SARSトップページ >


* 情報は日々更新されています。各ページごとにブラウザの
「再読み込み」「更新」ボタンを押して最新の情報をごらんください。

 

SARSの集団発生終息後の期間におけるアラート、情報確認、 公衆衛生上の管理

2003/8/14 WHO発表(原文English
PDF版ダウンロード(約284K)


1. SARSの継続的警戒が必要である論理的根拠

重症急性呼吸器症候群(SARS)は、2003年3月中旬に世界的規模の脅威であることが初めて認識されたが、4カ月以内の間に封じ込めに成功した。WHOは2003年7月5日に、SARSの最後のヒト−ヒト感染伝播の連鎖が断たれたことを報告した。

2003年3月以降、新しいコロナウイルス(SARS-CoV)が原因であることを含め、この疾患に関して多くのことが分かったが、SARSコロナウイルス感染およびこの疾患の、疫学や生態学に関する我々の知識は依然として限られたものである。SARSは明らかに再び流行する可能性があり、現状に甘んじていることはできない。

集団発生終息後の期間においては、すべての国々がSARSの再発生に対する警戒を緩めず、仮にSARSの再流行が起こった場合に検知し、対応する能力を維持していなくてはならない。集団発生期におけるWHOの症例定義は、非定型肺炎あるいは呼吸窮迫症候群(RDS)の症候群的臨床基準の特異度をあげるために、疫学的指標に大きく依存していた。しかしながら、SARS症例および、「最近の地域内感染伝播」が報告された地域との疫学的リンク(関連)は、もはや発端者(集団発生の最初の一例)の定義に何の助けにもならない。更にその上、SARSの非特異的臨床像、病初期の数日内に、高い信頼度でSARS-CoVを検出できる迅速診断検査法が現時点で無いこと、インフルエンザを含めた、他の呼吸器感染症の季節的発生などが、SARSに対するいかなるサーベイランスをも混乱させるであろうし、また世界でもごくわずかな保健医療システムにおいてしか継続実施ができないような、質的に高度で、密なサーベイランスを必要とするであろう。しかし、集団発生終息後の期間におけるSARSの初発患者は、最も高度なサーベイランスシステムにおいても早期発見を逃れる可能性がある。

この文書は、集団発生終息後の期間におけるSARSアラート機構(SARSへの注意喚起のシステム)について解説する。SARS「アラート」(注意喚起の警鐘)の取り扱いから、臨床検査による確定、あるいは精査中の個人をSARS症例から除くまでのガイダンス(実施要領)が提供される。本文書では、サーベイランスの詳細な事項やSARSの症例分類などについては言及しない。

本文書はまた臨床医家に対して、SARSの診断を助け、また、感染経路別に感染予防対策の導入を決定するための、臨床症状、検査および放射線学的所見についての指標を提供する。

前回のSARS集団発生に関する追加情報を希望する方は、SARS:breaking the chains of transmissionもご参照ください。

2. リスクアセスメント
各国がそれぞれにリスクアセスメントに基づき、集団発生終息後の期間におけるSARSのサーベイランスのレベルを決定するのが理想である。WHOは、先のSARSの集団発生における経過と、SARSの再興の可能性を考慮し、3つの大分類を行った。

Potential zone of re-emergence of SARS-CoV(SARS-CoV起源・潜在地域)
・2002年11月の集団発生の起源と特定された地域、あるいは、動物からヒトへのSARS-CoV感染が発生した確率が高い地域

Nodal area(発生警戒地域)
・前回の集団発生で、継続的に地域内感染が確認されていた地域、あるいは、SARS-CoV起源・潜在地域から多くの来訪者がある地域

Low risk area(低リスク地域)
・現時点まで症例の報告がない、輸入症例の報告だけであった、あるいは、限定された地域内感染伝播だけを経験した地域

これに従って、WHOは以下に示すようなサーベイランスの段階別アプローチを推奨する:
SARS-CoV起源・潜在地域
  ・SARSアラート 且つ
  ・SARSの強化サーベイランス 且つ
  ・動物社会およびヒト社会におけるSARS-CoV感染の特別調査

発生警戒地域
  ・SARSアラート 且つ
  ・SARS強化サーベイランス

低リスク地域
  ・同一の医療施設における医療従事者、他の病院職員、患者とその訪問者などで、SARS感染が疑われ、注意喚起を必要とする「アラート」症例(下項参照)の集積のサーベイランス(クラスター・サーベイランス)

3. SARSアラート(SARS注意喚起の警鐘)
「SARSアラート」とは、非定型肺炎や呼吸窮迫症候群(RDS)の原因としてSARSが除外されるまでの間に、適切な感染制御対策と公衆衛生上の対策が確実に取られるように作られた、対策実施上の定義である。

3.1 SARSアラートの目的
  ・SARS再興の可能性を早期に注意喚起し:
    −早急に適切な感染制御対策手法の導入を行う
    −迅速な診断を督励する
    −公衆衛生上の対策を開始する
  ・必要に応じて、世界的警戒体勢を喚起する

SARSアラートの定義
同一の医療機関内で、SARSの臨床的症例定義を満たし(3.3 項を参照)、10日間の間に前後して発症した2人以上の医療従事者が発生した場合

 あるいは

同一の医療機関において、医療従事者、その他の病院職員、患者、来訪者のあいだで、SARSの臨床的症例定義を満たし(3.3 項を参照)、10日間の間に前後して発症した3人以上の院内感染が発生した場合

各国は経験に基づき、クラスター(患者の集積)を定義する最少「アラート」症例数を増やすことも可能である。クラスターの発生を監視する医療機関の施設単位の定義は、その地域の現状に基づく。単位の大きさは、小さい場合の全医療施設から、大きな第三次医療病院の場合の一科あるいは一病棟まで変わる可能性がある。

3.2 SARS事例の臨床的特徴と背景
「付1 SARS事例の臨床的特徴と背景」を参照する。これは、臨床医の診断を助ける目的で、SARSの臨床経過に伴う臨床像の詳細な進展状況を提供し、放射線学的、あるいは臨床検査上の所見を提供している。非典型的な病像を含めた、この疾患のあらゆる領域における情報を提供している。

3.3 症例定義

SARSの臨床的症例定義
下記の臨床的症例定義は、公衆衛生を目的として設定された。

以下の病歴がある者:
  ・発熱(≧38℃)
そして 一つ以上の下気道症状(咳嗽、呼吸困難、息切れ)を有する

且つ

肺炎またはRDSの肺浸潤影と矛盾しない放射線学的所見、あるいは、明らかな他の原因がなく、肺炎またはRDSの病理所見と矛盾しない病理解剖所見がある

且つ

他にこの病態を完全に説明できる診断がつかない

SARSの微生物・血清学的症例定義
臨床上SARSであることを示唆する症状、徴候を呈する者で、それに加え、下記の診断基準に基づき、SARS-CoVに対するひとつ以上の検査で陽性所見を示す者:

a) SARS-CoVに対するPCR法陽性
信頼性が確立された方法を用いたPCR法で、以下の条件で陽性:
・最低2つの異なる臨床検体(例:鼻咽頭拭い液と糞便)あるいは
・同一種の臨床検体で、臨床経過中に間隔をあけ2回以上の複数回採取されたもの(例:鼻咽頭吸引検体の経時的採取)あるいは
・2つの異なるアッセイ系で、または毎回新たに原検体からRNA抽出を行って同じアッセイ系でPCR法を反復して実施

b) ELISA(固相酵素結合免疫測定法)あるいはIFAでの血清抗体陽転

・同時平行して行われた検査で、急性期血清において抗体陰性で、続いて回復期血清において抗体陽性を確認 あるいは

・同時平行して行われた検査で、急性期と回復期の血清の間で4倍以上の抗体価の上昇を(回復期血清で)確認

c) ウイルス分離
・いずれかの検体からウイルス培養によってSARS-CoVが分離され、且つ、信頼性が確立されたPCR法で陽性の確認

検査は、WHOの提言にあるように国立あるいは地域のリファレンス・ラボだけで行われるべきである(Use of laboratory methods for SARS diagnosis [SARS:診断検査の入手状況と検査方法の実際 5訂])。WHOは資材の乏しい国々に対し、研究施設間の協力体制を通じてSARSの最初の症例を確認する支援を行う。


3.4 SARSアラートの公衆衛生学的取り扱い
SARSアラートが発せられた場合:
1.患者を直ちに隔離し、もしまだ実施されていない場合には、 感染経路別の予防対策を導入する(clinical management guidelines [重症呼吸器症候群(SARS)の管理指針4訂を参照])

2.迅速な診断を督励しなければならない(「付2 集団発生終息後の期間におけるSARSの診断に関する指針−すべての医療従事者の問題」を参照)。WHOは適宜、臨床検査サービスの利用促進を含め、SARSアラートの調査に支援を行う(「付3 WHOのSARS担当者(Focal point)」を参照)。

3.SARSの可能性について調査中の人の「接触者」は、追跡調査しSARSが疾病の原因であることが否定されるまで、行動を制限される必要がある。

(1)

「接触者」とはSARS症例に曝露(接触)したために、SARSを発症する
リスクが高い人のことである。高リスクの曝露には、SARS症例の看護をしていた、同居していた、又は気道分泌物、体液あるいは排泄物(例:糞便)に直接接触した場合が含まれる。

(2)

SARSアラートクラスターに含まれる人、あるいは数人に高リスクの曝露
(接触)をした者は、SARSが疾患の原因であることが否定されるまで「接触者」
として管理される必要がある。

(3)

医療施設内の「接触者」に対しては、以下に記す方法により管理するべき
である:
_接触者のうち入院中の者は、個室隔離、あるいは複数の場合は特定の場所、部屋へ集めて暴露されていない患者から隔離し、感染経路別に感染防止対策を実施しなければならない。また、これらの者は、発熱サーベイランス下に置かれなければならない。
_曝露した病院スタッフは積極的発熱サーベイランス下に置き、現場の状況に応じ、他の病院スタッフや患者から隔離し、前出の曝露を受けた患者の看護のために勤務してもらうか、または自宅隔離下に置かなければならない。

(4)

コミュニティー(地域社会)内での「接触者」に対しては、下記のように
対処する必要がある:
○SARSの臨床像、感染の伝播経路などについての情報を提供する。
○10日間の積極的サーベイランス下に置き、自主的な自宅隔離が推奨される。
○公衆衛生ケアチームによって、訪問あるいは電話により毎日連絡をとる。
○毎日体温の記録を行う。
○万一「接触者」が発症した場合には、その地域において適切な医療機関で検査を受けなければならない。
○全体を通して最もよく見られる初発症状は、「発熱」である。

(5)

国の公衆衛生当局は、検査結果陽性が確認されたすべてのSARS症例を
WHOへ報告しなければならない(下記 国際報告を参照)。


SARSの国際報告
SARSの新たな集団発生は、ひとり以上の臨床症例定義を満たし、確実な検査により、臨床検査陽性が定義に則り確認されたSARSの確定症例がいずれかの国において発生した場合と定義する。SARSがヒト社会に再出現することは、世界的な公衆衛生の危機と位置づけられる。

集団発生終息後の期間におけるSARSの国際報告の目的に則り、加盟各国はWHOに対し、検査陽性による確定症例だけを報告する。

検査陽性によるSARS確定症例は、「SARSアラート」の確認過程で検知することができるが、急性呼吸器疾患の孤発例に対してSARS-CoV検査が行われた例(3.3 項の「症例定義」を満たす)としても検知される。WHOへの報告は、この両方の場合を含まなければならないが、検査結果陽性の無症状者と、臨床検査により確認が行われていない有症状者は除く。症例なしの報告は必要としない。

WHOは加盟各国が、SARSの検査陽性による確定症例の定義に当てはまる者につき、地区支部事務所あるいは本部の担当者(focal point)へ直ちに報告することを求める(「付3 WHOのSARS担当者」を参照)。WHOは必要に応じて、その報告に基づき世界的な警戒への警鐘を発し、SARSの世界規模のサーベイランスを再び導入する必要性を評価検討することが可能になる。

一旦、検査により確認された確定例が報告され始めた場合、新たな状況に適した新しい症例定義、サーベイランスの基準や取り下げの基準の設定が必要になると考えられる。

海外旅行者がSARSに関連し検査されている場合には、その症例に関連する国際的な接触者追跡調査に関与するすべての加盟国は、調査期間中互いに直接に連絡しあう必要がある。WHOには、その事例が検査陽性によって確定例となった場合にのみ、連絡すべきである。

WHOは引き続き、十分に確立された機構を通じて、SARSに関する「うわさ」も含め、国際公衆衛生上の懸念事項に関する未確認情報の特定と確認を行う。

SARSアラート機構の精度の指標
WHOは、各国の公衆衛生当局が、例えば下記に基づく指標等を確立して、SARSアラート機構の精度を監視することを勧奨する。

  ・予測されるアラート数と、期間中に医療施設から報告されたアラート数
  ・感染経路別の予防策の導入と、迅速な診断の促進に要した時間
  ・地域保健当局や国の保健当局にアラートを出す(警戒が必要で有ることを知らせる連絡が届く)までに要した時間
  ・接触者追跡調査と接触者の自主隔離が完了するまでに要した時間

この一覧表は、必要事項をすべて網羅しようとするものではなく、アラート機構を監視する上で参考となる取り組み方法の一例である。

4. ヒトおよび動物社会におけるSARS-CoV感染の強化サーベイランスと特別研究

「発生警戒地域」と「SARS-CoV起源・潜在地域」の管轄当局は集団発生の期間中、強化したSARSのサーベイランスを維持し、近い将来に備えてそれを継続している。WHOはこれら当局に対し、すべての国際社会へそのようなサーベイランス活動の詳細を公開することを奨励し、ウェブサイト上に掲載される情報の総括と更新に支援を提供する用意がある。

リスクアセスメントと入手可能な資材によって、「発生警戒地域」と「SARS-CoV起源・潜在地域」は、以下の活動のうちひとつ以上を行うことが望ましい:

  ・老人介護施設、リハビリテーション施設、地域保健健康センター、私立医療機関などの施設における非定型肺炎のサーベイランス(「付2 集団発生終息後の期間におけるSARSの診断に関する指針−すべての医療従事者の問題」を参照)

  ・原因不明の非定型肺炎と診断された退院時患者サーベイランス
  ・医療従事者の欠勤者サーベイランス
  ・臨床検査結果に基づくSARS-CoV感染サーベイランス
  ・呼吸器感染症の原因病原体、あるいはSARS-CoVの検査依頼状況のサーベイランス
  ・急性呼吸器疾患に続いて起こった、原因不明の死亡のサーベイランス
  ・医療従事者、動物取り扱い業務者(飼育係、動物輸入業者など)、市場労働者、狩猟者などの、高リスク群における血清学的サーベイランス
  ・SARS-CoV感染に関する、抗体保有状況の変化を監視するための、地域単位の血清学的調査
  ・動物における血清学的調査

この一覧表は、必要事項をすべて網羅しようとするものではなく、サーベイランスを強化する上で参考となる取り組み方法の一例である。


------------------------------------------------------
(付1)SARS事例の臨床的特徴と背景

病 因
重症急性呼吸器症候群(SARS)はSARSコロナウイルス(SARS-CoV)により引き起こされる疾患である。

疫 学
SARSの集団発生の顕著な特徴は、SARS-CoVの院内感染である。症例のほとんどは成人である。小児の患者はほとんどみられていない。
潜伏期は2〜10日、平均5日である。より長い潜伏期の報告もいくつかある。発症前の患者から感染が伝播した報告は、今までのところ無い。

疾病の自然経過
発病第1週
患者は最初に、インフルエンザ様の前駆症状で発症する。発熱、倦怠感、筋肉痛、頭痛、戦慄などを含む症状を示す。特異的な症状、あるいは症状群は確認されていない。発熱歴が最も頻繁に報告されるが、初期の検温では見られないこともあり得る。

発病第2週
咳嗽(初期には乾性)、呼吸困難、下痢は発病第1週にも見られるが、一般的には第2週目により多く報告されている。重症例は急速に呼吸窮迫と酸素飽和度の低下が進行し、約20%が集中治療を必要とする。最大70%の患者が、血液や粘液を含まない、大量の水様性下痢を発症する。感染の伝播は主に発病第2週の間に起こる。

臨床転帰

カナダ、中国、香港特別行政区、シンガポール、ベトナム、米国からのデータの分析によると、SARSの致死率(CFR)は感染した症例の年齢群により、0%から50%以上までの範囲に渡り、全体としてはおよそ11%と推計された(Update 49 -SARS case fatality ratio, incubation period [日本語] を参照)。幾つもの研究で男性であることと、基礎疾患があることが高死亡率と関連付けられている。

高齢者ならびに小児の症例と、妊娠とSARS
高齢者における特別な問題点として、発熱無しでの発症や、細菌性の敗血症または肺炎の併発のような、非定型的な発症の仕方が取り上げられている。慢性の基礎疾患が有ることと、他の年齢層より頻繁に医療施設を利用することの両方が、当初確認できなかった院内感染の伝播の事例に繋がった。

小児においてはSARSの発生頻度は低く、より軽い病態として見られた。

妊婦のSARS症例では、妊娠初期には流産の、妊娠後期には母体死亡の増加に繋がっていることが示唆された。

放射線学的所見
呼吸器徴候が無い場合にも、ほとんどの患者で、初期の胸部レントゲン写真あるいはCT上の変化が、早くて第3〜4病日に見られる。典型的な所見は、片側の末梢肺野の孤立斑状硬化影の出現に始まり、陰影の増多またはすりガラス様陰影へ進行する。移行性の陰影もある。さらに進行した病期では、時に自然気胸、気縦隔、胸膜下線維症や嚢胞性変化などを含む所見がみられることがある。

血液学的および生化学的所見
SARSに特異的な血液学的、生化学的パラメーターは無い。しかしながら、複数の研究により、以下に示すような事項が繰り返し注目された:

 

血液学的所見
低リンパ球血症が一般的に見られ、病状の進行と共により顕著になる。時に、低血小板血症とAPTT(活性化部分トロンボプラスチン時間)延長が見られる。

 

生化学所見
LDH(乳酸脱水素酵素)はしばしば高値を示し、いくつかの報告によると予後不良との関連が示唆されている。ALT(アラニンアミノトランスフェラーゼ:GPT)、AST(アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ:GOT)、CPK(クレアチンホスホキナーゼ)の上昇の報告はそれより少ない。初診時あるいは入院中の、低ナトリウム血症、低カリウム血症、低マグネシウム血症、低カルシウム血症を含む、血清電解質の異常も報告されている。


------------------------------------------------
(付2)集団発生終息後の期間におけるSARSの診断に関する指針−すべての医療従事者の問題

効果的な感染制御対策と、公衆衛生上の対策を導入するのに十分な病初期にSARSを診断することは、非常に困難なことであり、すべての医療関係者が診療や看護を行うにあたり、常にリスクに基づいた感染防御対策を実施することが必要である。これは、感染の予防と制御を、すべての人の責任として対応する文化の下でのみ実現できる。すべての医療従事者に対し、彼らが診療、看護する患者の中に、SARS症例がいる可能性を考慮にいれることを奨励する必要がある。SARSを示唆するような徴候があるなら、いかなる懸念も直ちに報告し、リスクに基づいた感染制御対策の手法を実施するべきである。この事態の経過は、必ず監視し、情報の還元が行われなければならない。

非特異的なSARSの臨床所見は、結局は他の疾患であると証明される莫大な数の患者において、問題を引き起こす可能性がある。実際には、SARSの可能性の心配は、非定型肺炎が疑われる段階で示されることになる。

このような過程は臨床医に全面的に頼るのではなく、それ例外の医療関係者によって提出された懸念に対しても対処する必要がある。

臨床医から寄せられるSARSの懸念
現場の臨床医にとって、当初SARSを疑ったときから、SARSの診断の確定あるいは除外するまでの間は(「症例の背景と特徴」を参照)、通常下に例示したような様々な面からの情報を連続的に収集し、漸次積み重ねて行く過程である。
  ・現病歴
  ・理学的所見
  ・ベッドサイドでの臨床経過観察
  ・放射線学的検査
  ・血液学的検査
  ・生化学検査
  ・微生物学的、ウイルス学的検査
  ・治療反応性
  ・患者、家族、関係者、医療機関から入手した疫学的情報

他の医療関係者からのSARSの懸念
SARSに関する心配は、いかなる医療従事者からも提起される可能性がある。すべての医療従事者は、SARSを臨床的に疑うにはどのような項目の、どのような状態が必要か、その業務上診察、検査、治療などにおいて、未確認のSARS患者に接する可能性があることを十分に理解していることを確認する必要がある。

医療業務上の過程の監視および情報還元をするべき臨床医や、感染症コントロールチームと共に、他の医療従事者が懸念事項を報告することは、督励されなければならない。
下にいくつかの例を示す:
  ・感染症コントロールスタッフ(例:院内感染による肺炎の増加の指摘)
  ・看護スタッフ(例:SARSを疑わせる患者における病状の悪化パターンの報告)
  ・高齢者介護にかかわるスタッフ(例:重症疾患の増加の指摘)
  ・職場の保健衛生担当者(例:非定型肺炎と一致するスタッフの病状の報告)
  ・理学療法士(例:非定型肺炎のパターンに注目)
  ・放射線技師(例:非定型肺炎のパターンを報告)
  ・放射線学者(例:非定型肺炎のパターンの指摘)
  ・血液学者(例:非定型肺炎を疑わせる血液所見に注目)
  ・生化学者(例:非定型肺炎を疑わせる血清検査所見に注目)
  ・微生物学者(例:診断のつかない肺炎の増加に注目)
  ・ウイルス学者(例:呼吸器系病原体の抗体検査の依頼の増加を指摘)
  ・薬剤師(例:肺炎に対する処方の増加に注目)

非定型肺炎
肺炎球菌(Streptococcus pneumoniae )やインフルエンザ桿菌(Haemophilus influenzae )のような一般的な細菌は、いわゆる「定型肺炎」を起こす。「定型肺炎」の症例は、発熱と、病初期に多く見られ、しばしば喀痰を伴う咳嗽や息切れのような呼吸器症状、白血球増多、胸部レントゲン上の辺縁明瞭な変化を示す。これらの症例は、市中肺炎に対する抗菌薬治療に反応する傾向にある。

これに対して「非定型肺炎」は、非定型的な様相を呈する肺炎、あるいは下気道感染で、しばしば喀痰を伴わない乾性咳嗽、様々に異なる白血球数や胸部レントゲン上の変化などの症状が徐々に現れてくる。これらには、斑状や辺縁不明瞭な陰影のレントゲン所見が含まれ、しばしば臨床像から推測されるより重症である。原因となる病原体には、肺炎マイコプラズマ(Mycoplasma pneumoniae )、クラミジア属(Chlamydia spp.)、レジオネラ・ニューモフィラ(Legionella pneumophila )、コクシエラ・バーネッティ(Coxiella burnetii )などがある。

非定型肺炎の診断自体が難しいが、呼吸器以外の症状を含めて注意深く臨床的評価を行うことが役立つであろうし、また通常の聴診所見がないことから、呼吸数の正確な測定、可能なら酸素飽和度の測定がより一層重要となる。胸部レントゲン像は診断に至るために非常に有用であり、呼吸器徴候が無くとも撮影を考慮に入れる必要がある。

臨床診断において一般的に役立つと思われるSARSの特徴

SARS

所見および見解

注意事項

現病歴

突然のインフルエンザ様前駆症状、乾性咳嗽、呼吸器外症状(例:下痢)

海外渡航歴、入院歴あるいは医療機関訪問歴について尋ねる。上記の経歴が無くとも、自動的にSARSの診断を除外することはできない。

臨床所見

胸部レントゲン写真上の変化と相関しない

特に高齢者群などで、呼吸器徴候の欠落が見られる

ベッドサイドでのモニタリング

低酸素

入院時に体温の上昇は見られないことがある。呼吸数の記載が必要。

血液学的検査

リンパ球数減少

 

生化学検査

LDH上昇

電解質と肝機能の検査項目をチェック

放射線学的検査

胸部レントゲン上の変化は境界不鮮明、斑状、進行性変化

大葉性肺炎を呈することがあり、気胸や気縦隔を発症する可能性もある。

微生物学的検査

非定型性肺炎を含む、市中肺炎と院内感染の肺炎について検査を行う。

共感染の発生の可能性がある。

ウイルス学的検査

非定型性肺炎の原因となり得る他のものに関して調べる。

SARS検査の結果の解釈には慎重を期す。

治療

未だSARSの治療としてその効果が確認されたものは無く、支持療法が推奨される。

非定型性肺炎を含む市中肺炎に対する標準的抗菌薬治療に反応しないものは、SARSである可能性がある。

--------------------------------------

(付3) WHOのSARS担当者(Focal Points)

   WHO Geneva
   Dr. Angela Merianos,
   CSR SARS Coordinator
   E-mail: sars@who.int
   Please use this email address for all SARS-related correspondence to WHO Geneva.

   WHO Regional Office for Africa (AFRO)
   Dr Paul Lusamba-Dikassa,
   Regional Adviser, Communicable Disease Surveillance and Response
   E-mail: lusambap@whoafr.org

   Regional Office for the Americas / Pan American Health Organization (AMRO/PAHO)
   Dr Marlo Libel,
   Regional Adviser in Communicable Diseases, Disease Prevention and Control
   E-mail: libelmar@paho.org

   Regional Office for the Eastern Mediterranean (EMRO)
   Dr Nadia Teleb,
   Medical Epidemiologist
   Tel: +202 276 5252,
   fax: +202 276 5414
   E-mail: telebn@emro.who.int

   Regional Office for Europe (EURO)
   Dr Bernardus Ganter,
   Regional Adviser, Communicable Diseases
   E-mail: bga@who.dk

   Regional Office for South-East Asia (SEARO)
   Dr M.V.H. Gunaratne, Regional Adviser on Communicable Disease Surveillance and Response
   Tel: +91 11 337 0804,
   fax: +91 11 337 8438
   E-mail: gunaratnem@whosea.org

   Regional Office for the Western Pacific (WPRO)
   Dr Hitoshi Oshitani, Regional Adviser in Communicable Disease Surveillance and Response
   Tel: +632 528 9730/9964,
   fax: +632 521 1036
   E-mail: outbreak@wpro.who.int 

-------------------------------------
 
  IDSCホームページへ

(更新日:2003/8/21)