国立感染症研究所 感染症情報センター
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◆ インフルエンザA(H1N1)pdmによる急性脳炎−3(2010年1月27日現在)


 インフルエンザ脳症は、現在、感染症法に基づく五類感染症の全数届出疾患である急性脳炎に含まれるものとして、診断したすべての医師に診断から7日以内に届け出ることが義務づけられている(急性脳炎の届出基準:http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-03.html)。インフルンザ脳症の診断については、厚生労働科学研究「インフルエンザ脳症の発症因子の解明と治療及び予防方法の確率に関する研究(研究代表者:森島恒雄)」班により診断基準が示されているところであるが、感染症法に基づく届出はその届出基準(上記URL参照)に基づき行われている。
 本稿は、日本国内におけるインフルエンザウイルスA(H1N1)pdm(以降AH1pdm)によるインフルエンザ脳症に関する情報を、迅速に明らかにすることを目的として記述するものであり、2009年41週(http://idsc.nih.go.jp/disease/influenza/idwr09week41.html)、および同第45週(http://idsc.nih.go.jp/disease/influenza/idwr09week45.html)の続報である。これまでと同様、感染症法に基づく届出内容のみでは得られない情報について、関係する公衆衛生機関および医療機関に対して再度情報提供を依頼して得られた結果についての報告も含まれており、その情報提供および調査の円滑な遂行等にご協力いただいた方々に改めて深謝する。

 2009年5月に、新型インフルエンザの国内発生例が確認され、2009年第28週(7月6日)以降は感染症発生動向調査によるインフルエンザの定点サーベイランスにおいてもその増加が明らかとなった。第31週には、定点当たり報告数は前週に比べ倍増(0.28→0.56)し、第32週には、これまでの季節性インフルエンザの全国的な流行開始の指標値(1.00)に相当する0.99となった。その後全国規模での本格的な流行となり学級閉鎖なども各地で相次いだが、定点当たり報告数は2009年第48週の39.63をピークに、2010年第2週(8.13)まで減少傾向となった。ただし、第3週は9.03とやや増加に転じており、今後もその推移には注意をはらわねばならない。

 インフルエンザの定点当たり報告数の推移と、インフルエンザの全ての型による急性脳症の報告数とは、概ね同様の傾向を示しており、大半の教育機関の夏季休暇終了以降に増加傾向が顕著となっている(図1)。2009年第1〜27週の季節性インフルエンザの流行が認められた期間のインフルエンザ脳症の報告数は48例であったが、2009年第28週以降2010年第3週までの29週間に、37都道府県から、計285例が報告された。2009年第28週以降に報告された285例について、インフルエンザウイルスの型及び亜型別にみると、AH1pdm 240例、A型(亜型不明)38例、B型1例、型別不明6例であり、AH1pdmによるものが84%を占めた。
 年齢別にみると、90.5%(258例)が15歳未満の症例であり、年齢中央値は7歳(1カ月〜72歳)、最も症例が多かったのは7歳(39例、13.7%)、次いで8歳(33例、11.6%)であった(図2)。2007年、2008年、2009年第1〜27週、2009年第28週〜2010年第3週の各期間で、インフルエンザ脳症の人口百万対発症者割合を年齢群別に求めると、図3のようになる。2007年、2008年、2009年第1〜27週の期間では、年齢群別の発症者割合は0〜4歳で最も高く、以後低くなるという、同様の傾向を示していたが、新型インフルエンザによる脳症が主体の、2009年第28週以降の期間では、それ以前の期間に比べ、全ての年齢群、特に29歳以下の年齢群で高い発症者割合を示しているだけではなく、5〜9歳の年齢群で最も顕著に発症者割合が高いことが特徴的である。

図1. インフルエンザ脳症報告数及びインフルエンザ定点当たり報告数の推移(2009年第1週〜2010年第3週)

図2. インフルエンザ脳症の年齢群別報告数(2009年第28週〜2010年第3週)

図3. インフルエンザ脳症の年齢群別人口百万対発症割合(2007〜2010年第3週)


 感染症法に基づく感染症発生動向調査における急性脳炎(脳症)の届出においては、意識障害の持続時間などの臨床経過や治療内容の情報を求めているものではない。しかし、新型インフルエンザの重要な臨床像のひとつである脳症について、それらの情報を明らかにすることは、現在臨床の場で治療にあたる医療従事者のみならず、多くの国民や保健行政担当者にとっても重要であると思われる。そのため、国立感染症研究所感染症情報センターでは、2009年第28週以降にA型インフルエンザウイルス〔インフルエンザA(H1N1)pdmを含む〕による脳症として届出のあった症例について、各都道府県を通じて基礎疾患の有無、臨床経過等の詳細について追加調査を依頼している。第一報、第二報の公開後も調査を継続しており、2010年1月22日までに136例についての回答が得られた。そのうち、RT-PCR法によってインフルエンザウイルスA(H1N1)pdm感染が確認された120例の新型インフルエンザA/H1N1による急性脳症の症例についての調査結果を記述する(表1、表2)

表1. インフルエンザA(H1N1)pdmによる急性脳症120例の臨床像(背景と症状)

表2. インフルエンザウイルスA(H1N1)pdmによる急性脳症120例の臨床像(治療転機、合併症)

【症例の背景】
 120例の年齢分布は1〜70歳(中央値7歳)であり、男性74例、女性46例である。基礎疾患や既往歴は、不明であった1例を除く119例のうち57例に認められ、その内訳は熱性けいれん24例、気管支喘息16例などであった。気管支喘息16例のうち現在治療薬の投与が行われているのは5例であり、そのうちテオフィリン製剤が投与されていたのは1例であった。
 今シーズンの季節性インフルエンザワクチン接種に関する情報が得られた33例のうち、接種なしが27例、1回接種後が4例、2回接種後が2例であった。新型インフルエンザワクチン接種に関する情報が得られた37例のうち、接種なしが34例、1回接種後が2例、2回接種後が1例であった。

【症状】
 全例に意識障害を認めた。発熱から意識障害出現までの期間は0日(同日)が29例、1日が66例、2日が14例、3日が4例、4日が2例であったが、6日, 7日, 8日との回答もそれぞれ1例ずつ認めた。1例は発熱と意識障害の時間関係が不明であり、1例は発熱の前日に意識障害をきたしていた(中央値1日)。意識障害の程度はJapan Coma Scale(JCS)20以上が79例、JCS10が15例、JCS10未満が24例であり、1例は判定不能、1例は記載なしであった。意識障害の持続時間が記載されていた116例中では、48時間以上が40例、24〜48時間が17例、12〜24時間が30例、12時間未満が29例であった。けいれんは66例(年齢1〜24歳、中央値7歳)に認められ、うち26例はけいれん重積を認めた。異常行動や異常言動は81例(年齢1〜70歳、中央値8歳)に認められた。

【検査】
 脳症に関した検査として脳波検査が施行されていたのは95例で、うち66例で高振幅徐波などの所見を認めていた。頭部CT検査または頭部MRI検査が施行されていた118例のうち、いずれかの検査で何らかの所見を認めたのは62例であった。頭部CT検査では脳浮腫を認めた症例が多く、予後不良例では視床や脳幹に低吸収域を認めた症例もあった。頭部MRIではT2強調画像や拡散強調画像で脳梁膨大部などに高信号領域を認めたとの回答が複数例あった。脳波検査と頭部画像検査(CTまたはMRI)が施行された95例のうち、いずれにも異常所見を認めなかった症例は16例(17%)であった。髄液検査は81例で施行されたとの記載があり、うち6例で髄液中の細胞数増多、1例で髄液糖の低下、1例で蛋白濃度上昇(66.4 mg/dl)とIL-6上昇(143pg/ml)の所見ありと報告された。1例で髄液RT-PCR検査でインフルエンザA(H1N1)pdmが検出されていた(http://idsc.nih.go.jp/iasr/31/359/kj3591.html)。

【治療】
 120例のうち118例に対して抗インフルエンザウイルス薬が投与されており、その内訳はオセルタミビル80例、ザナミビル17例で、21例ではこの2剤が短期間もしくは全期間で併用されていた。発熱から抗インフルエンザウイルス薬投与までの期間が判明した112例の内訳は-1日(前日)が1例、0日(同日)が34例、1日が58例、2日が15例、3日、4日、6日がそれぞれ1、2、1例であった(中央値1日)(6日の症例は経口摂取が困難だったためとのことであった)。意識障害出現日と抗インフルエンザ薬投与開始日の記載があった111例のうち、意識障害が出現する前日までに抗インフルエンザウイルス薬の投与が開始されていたのは23例、意識障害が出現した日に投与が開始されたのは72例、意識障害出現日より以降に投与が開始されたのは16例であった。意識障害出現日に投与が開始された72例のうち、意識障害との前後関係を確認し得た17例では、意識障害出現前に投与が開始されていたのは7例、意識障害出現後の投与開始は10例であった。さらに、薬剤別にみると、オセルタミビル投与例(80例)では意識障害出現の前日までの投与開始が10例、意識障害出現当日の投与開始が49例、翌日以降の投与開始が16例(5例では不明)であり、ザナミビル投与例(17例)では意識障害出現の前日までの投与開始が8例、当日の投与開始が9例であった。両剤が投与されていた21例のうち、オセルタミビルが先に開始されたのは4例、ザナミビルが先に開始されたのは6例、どちらが先に開始されたか不明(もしくは同時に開始)なものは11例であった。抗インフルエンザウイルス薬の投与量は1例(10代、300mg/日投与)を除いていずれも通常量であった。解熱剤は回答の得られた119例のうち64例で使用されていたが、イブプロフェンが投与されていた1例と不明の2例を除きすべてアセトアミノフェン製剤であった。
 インフルエンザ脳症に対する治療として、ステロイドパルス療法(97例)、γグロブリン療法(49例)、脳低体温療法(12例)、アンチトロンビンIII大量療法(5例)、血漿交換(2例)、シクロスポリン療法(2例)で行われていた。18例(15%)ではこれらのいずれも行われていなかった。人工呼吸器は32例で使用されていた。

【合併症、転帰】
 合併症について情報の得られた117例のうち37例において脳症以外の合併症を認めたとの回答が得られた。その内訳は気管支炎もしくは肺炎28例、気管支喘息発作4例、低Na血症2例、腎不全2例、心不全2例、多臓器不全1例などとなっていた。転帰についての回答が得られた118例のうち、死亡8例、後遺症ありが14例、治癒・軽快が96例となっていた。入院日数についての情報が得られた99例(死亡例は除く)の入院日数は2〜56日(中央値9.5日)であった。後遺症をきたした14例のうち内容が記載されていた13例すべてにおいて精神神経障害を認めたが、8例では身体障害(運動麻痺、失調など)の合併も認められた。死亡例8例(3〜35歳、中央値4.5歳)の発熱から意識障害出現までの日数は1〜3日(中央値1日)、発熱から死亡までの日数は1〜47日(中央値3.5日)であった。


 以上のように、多くの症例ではインフルエンザ発症後比較的早期に脳症の症状が発現しており、抗インフルエンザウイルス薬やステロイドパルス療法を中心とした治療が行われて81%が軽快しているものの、中には後遺症を残したり死亡に至る症例も認められており、ひきつづき注意深く対応していく必要がある。今後さらに多くの症例についての情報を得ることで、より精度の高い調査になることが期待される。

 今回の調査にご協力いただき、貴重な情報を提供いただいた医療機関届出医師・関係自治体の皆さまに深く感謝するとともに、今後も引き続きご協力をいただければ幸いである。



IDWR 2010年第3号「速報」より掲載)


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