国立感染症研究所 感染症情報センター
Go to English Page
ホーム疾患別情報サーベイランス各種情報
◆ インフルエンザA(H1N1)pdmによる急性脳炎−2(2009年11月13日現在)


 インフルエンザ脳症は、現在、感染症法に基づく五類感染症の全数届出疾患である急性脳炎に含まれるものとして、診断したすべての医師に診断から7日以内に届け出ることが義務づけられている。(急性脳炎の届出基準:http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-03.html)。インフルンザ脳症の診断については、厚生労働科学研究「インフルエンザ脳症の発症因子の解明と治療及び予防方法の確率に関する研究(研究代表者:森島恒雄)」班により診断基準が示されているところであるが、感染症法に基づく届出はその届出基準(上記URL参照)に基づき行われている。

 本稿は、日本国内におけるインフルエンザウイルス(AH1N1)pdm(以降AH1pdm)によるインフルエンザ脳症に関する情報を、迅速に明らかにすることを目的として記述するものである。感染症法に基づく届出内容のみでは得られない情報について、関係する公衆衛生機関および医療機関に対して再度情報提供を依頼して得られた結果について以下に報告する。その情報提供および調査の円滑な遂行等にご協力いただいた方々に深謝する。


 2009年4月28日(第18週)、WHOにより新型インフルエンザA/H1N1(以降新型インフルエンザ)の発生が宣言され、5月には国内発生例も認められた。その後、新型インフルエンザの発生は日本国内においても増加し、2009年第28週以降は感染症発生動向調査によるインフルエンザの定点サーベイランスにおいてもその増加が明らかとなり、第45週現在では全国規模での本格的な流行となっている。

 一方、インフルエンザによる急性脳症は、国内においてインフルエンザの患者報告数が継続的に増加し、かつそのほとんどが新型インフルエンザと考えられる第28週以降第45週までの期間に、28都道府県から、計132例が報告された。インフルエンザの全ての型による急性脳症の報告数と、インフルエンザの定点当たり報告数の推移は、概ね同様の傾向を示しており、大半の教育機関の夏季休暇終了以降に増加傾向が顕著となっている(図1)。第1〜27週の季節性インフルエンザの流行が認められた期間のインフルエンザ脳症の報告数は48例であり、新型インフルエンザが流行している第28週以降においては、インフルエンザの定点当たり報告数に対する脳症の割合が高い傾向にある。

 2009年第28週以降に報告された132例について、インフルエンザウイルスの型及び亜型別にみると、AH1pdm 116例、A型15例、B型1例であり、AH1pdmによるものが88%を占めた。年齢別にみると、95.5%の症例が15歳未満であり、年齢中央値は8歳( 範囲1〜67歳)、最も症例が多かったのは7歳で22例であった(図2)。第28〜45週までの期間で、都道府県別に、インフルエンザの報告数とインフルエンザ脳症の報告数を比較すると、インフルエンザの報告数が多い都道府県において、多くのインフルエンザ脳症が報告されている傾向が認められた(図3)

図1. インフルエンザ脳症報告数及びインフルエンザ定点当たり報告数の推移(2009年第1〜45週)

図2. インフルエンザ脳症の年齢群別報告数(2009年第28〜45週)

図3. インフルエンザ脳症及びインフルエンザの都道府県別累積報告数(2009年第28〜45週)


 感染症法に基づく感染症発生動向調査における急性脳炎(脳症)の届出においては、意識障害の持続時間などの臨床経過や治療内容の情報を求めているものではない。しかし、新型インフルエンザの重要な臨床像のひとつである脳症について、それらの情報を明らかにすることは、現在臨床の場で治療にあたる医療従事者のみならず、国民や保健行政担当者にとっても重要と思われる。そのため、国立感染症研究所感染症情報センターでは、第28週以降にA型インフルエンザウイルス(AH1pdmを含む)による脳症として届出のあった症例について、各自治体の感染症情報センターを通じて届出医師に対して、基礎疾患の有無、臨床経過等の詳細について追加調査を依頼しており、現在もまだ調査を継続中である。可及的速やかに広く情報を還元することの有用性を考慮し、10月16日までに回答を得られた20例についての調査結果を第一報としてすでに公開した(http://idsc.nih.go.jp/disease/influenza/idwr09week41.html)。ここでは第二報として、11月13日までに得られた回答を加えた60例のAH1pdmによる急性脳症の症例についての調査結果を記述する(表1、表2)

 60例の年齢分布は1〜24歳(中央値8歳)であり、男性35例、女性25例である。25例に基礎疾患や既往歴を認めており、その内訳は熱性けいれん12例、気管支喘息9例であった。気管支喘息9例のうち現在治療薬の投与が行われているのは4例であり、そのうちテオフィリン製剤が投与されていたのは1例であった。

 症状では、全症例に意識障害を認めた。発熱から意識障害出現までの期間は0日(同日)が12例、1日が36例、2日が8例であったが、3日、4日、7日、8日との回答もそれぞれ1例ずつ認めた(中央値1日)。意識障害の程度はJapan Coma Scale(JCS)20以上が34例、JCS10が9例、JCS10未満が16例であり、1例は判定不能であった。意識障害の持続時間は不明の2例を除く58例中では、48時間以上が19例、24〜48時間が9例、12〜24時間が15例、12時間未満が15例であった。けいれんは31例に認められ、うち11例はけいれん重積を認めた。異常行動や異常言動は45例に認められた。

表1. インフルエンザウイルスA(H1N1)pdmによる急性脳症60例の臨床像(背景、症状、検査所見)

表2. インフルエンザウイルスA(H1N1)pdmによる急性脳症60例の臨床像(治療、合併症、転帰)

 AH1pdm感染の診断はすべてRT-PCR法により行われていた。脳症に関連した検査として脳波検査が施行されていたのは47例で、うち35例で高振幅徐波などの所見を認めていた。全症例に対して頭部CT検査もしくは頭部MRI検査が施行されており、いずれかの検査で何らかの所見を認めたのは60例中32例であった。頭部CT検査では脳浮腫を認めた症例が多く、予後不良例では視床や脳幹に低吸収域を認めた症例もあった。頭部MRIではT2強調画像や拡散強調画像で脳梁膨大部などに高信号領域を認めたとの回答が複数例あった。脳波検査と頭部画像検査(CTまたはMRI)のいずれにも異常所見を認めなかった症例は8例であった。髄液検査は42例で施行されたとの記載があり、うち4例で髄液中の細胞数増多、1例で蛋白濃度上昇(66.4mg/dl)とIL-6上昇(143 pg/ml)の所見ありと報告された。

 全症例に対して抗インフルエンザウイルス薬が投与されており、その内訳はオセルタミビル38例、ザナミビル13例で、9例ではこの2剤が短期間併用されていた。発熱から抗インフルエンザウイルス薬投与までの期間は0日(同日)が15例、1日が32例、2日が10例、3日、4日、6日が各1例(中央値1日)であった(6日の症例は経口摂取が困難だったためとのことであった)。意識障害が出現する前日までに抗インフルエンザウイルス薬の投与が開始されていたのは12例、意識障害が出現した日に投与が開始されたのは38例、意識障害出現日より以降に投与が開始されたのは10例であった。なお、意識障害出現日に投与が開始された場合の前後関係については、今回の調査ではその詳細については不明である。さらに、薬剤別にみると、オセルタミビル投与例(38例)では意識障害出現の前日までの投与開始が6例、意識障害出現当日の投与開始が22例、翌日以降の投与開始が10例であり、ザナミビル投与例(13例)では意識障害出現の前日までの投与開始が6例、当日の投与開始が7例であった。両剤が投与されていた9例のうち、オセルタミビルが先に開始されたのは3例、ザナミビルが先に開始されたのは1例、どちらが先に開始されたか不明(もしくは同時に開始)であったのは5例であり、すべての症例において、意識障害出現日に投与が開始されていた。抗インフルエンザウイルス薬の投与量はいずれも通常量であった。解熱剤は36例で使用されていたが、1例(イブプロフェン)を除きすべてアセトアミノフェン製剤であった。

 インフルエンザ脳症に対する治療としてステロイドパルス療法、γグロブリン療法、脳低体温療法、血漿交換がそれぞれ47例、23例、6例、1例で行われていた。シクロスポリン療法、アンチトロンビンIII大量療法を用いたとの回答はなかった。13例ではこれらのいずれも行われていなかった。人工呼吸器は12例で使用されていた。

 22例において脳症以外の合併症を認めたとの回答が得られた。その内訳は気管支炎もしくは肺炎が17例、低Na血症が2例、気管支喘息発作が1例、腎不全が1例、多臓器不全が1例であった。転帰についての回答が得られた59例のうち、死亡3例、後遺症ありが7例、治癒・軽快が49例となっていた。入院日数についての情報が得られた50例(死亡例は除く)の入院日数は2〜39日(中央値9日)であった。後遺症の内容は精神神経障害を7例全てに認めたが、3例では身体障害(運動麻痺や失調)の合併も認められた。死亡例3例(4歳、5歳、7歳)の発熱から意識障害出現までの日数は1日2例、2日1例であり、発熱から死亡までの日数は2日、4日、9日各1例であった。

 以上のように、多くの症例ではインフルエンザ発症後比較的早期に脳症の症状が発現しており、抗インフルエンザウイルス薬やステロイドパルス療法を中心とした治療が行われて83%が軽快しているものの、中には後遺症を残したり死亡に至る症例も認められており、ひきつづき注意深く対応していく必要がある。今後さらに多くの症例についての情報を得ることで、より精度の高い調査になることが期待される。


 今回の調査にご協力いただき、貴重な情報を提供いただいた医療機関届出医師・関係自治体の皆さまに深く感謝するとともに、今後も引き続きご協力をいただければ幸いである。本調査結果が広く臨床現場をはじめとする関係各機関の方々に還元され、活用していただければ幸いである。



IDWR 2009年第45号「速報」より掲載)


Copyright ©2004 Infectious Disease Surveillance Center All Rights Reserved.