国立感染症研究所 感染症情報センター
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◆ インフルエンザA(H1N1)pdmによる急性脳炎(2009年10月14日現在)


 急性脳炎は、2003年11月5日施行の感染症法改正によって、基幹定点(全国約500カ所の病院)からの報告による定点把握疾患から、5類感染症の全数把握疾患に変更され、診断したすべての医師は、診断から7日以内に届け出ることが義務づけられている。届出の対象は、4類感染症として全数把握されるウエストナイル脳炎、西部ウマ脳炎、ダニ媒介脳炎、東部ウマ脳炎、日本脳炎、ベネズエラウマ脳炎およびリフトバレー熱を除く、それ以外の病原体によるもの、および病原体不明のものである(届出の時点で病原体不明なものについては、可能な限り病原体診断を行い、明らかになった場合には追加で報告することが求められている)。また、炎症所見が明らかでなくとも、同様の症状を呈する脳症も含まれる(熱性痙攣、代謝疾患、脳血管障害、脳腫瘍、外傷など、明らかに感染性とは異なるものは除外する)(急性脳炎の届出基準:http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-03.html)。当初、インフルエンザ脳症や麻しん脳炎など、原疾患が届出対象である場合は除くと解釈されていたが、厚生科学審議会感染症分化会の審議を経て、2004年3月1日以降はこれらも届出の対象となった。これによってわが国でその存在に気づかれたインフルエンザ脳症の発生動向も把握することができるようになった。インフルエンザ脳症の診断については、厚生労働科学研究「インフルエンザ脳症の発症因子の解明と治療及び予防方法の確率に関する研究(研究代表者:森島恒雄)」班により診断基準が示されているところであるが、感染症法に基づく届出はその届出基準(上記URL参照)に基づき行われるものである。

 2009年4月28日(第18週)、WHOにより新型インフルエンザの発生が宣言され、5月には国内発生例も認められた。一方、インフルエンザによる急性脳症は、国内においてインフルエンザの患者報告数が継続的に増加し、かつそのほとんどが新型インフルエンザと考えられる第28週以降第41週までの期間に、16都道府県から、計50例が報告された。その報告数の推移を、インフルエンザの定点当り報告数と比較すると、概ね同様の傾向を示しており(図1)、大半の教育機関の夏季休暇が終了した、第36、37週以降に増加傾向が顕著となっている。年齢別にみると、年齢中央値は8歳(範囲1〜43歳)であり、7歳が10例と最多であった(図2)

図1. インフルエンザウイルスによる急性脳症の週別報告数(2009年第28〜41週)

図2. インフルエンザウイルスによる急性脳症の年齢群別報告数(2009年第28〜41週)


 感染症法に基づく感染症発生動向調査における急性脳炎(脳症)の届出においては、意識障害の持続時間などの臨床経過や治療内容の情報は求められていない。しかし、新型インフルエンザの重要な臨床像のひとつである脳症について、それらの情報を明らかにすることは、臨床の場で治療にあたる医療従事者のみならず、国民や保健行政関係者にも重要である。そのため、国立感染症研究所感染症情報センターでは、第28週以降にA型インフルエンザウイルス(インフルエンザAH1pdmを含む)による脳症として届出のあった症例について、各都道府県を通じて届出医師に追加調査を依頼しており、現在も調査を継続中である。可及的速やかに広く情報を還元することの有用性を考慮し、第一報として10月16日までに回答を得られた20例のインフルエンザA(H1N1)pdmによる急性脳症の症例についての調査結果を記述する(表)

表. インフルエンザA(H1N1)pdmによる急性脳症20例の臨床像


 20例の年齢分布は5〜13歳(中央値9歳)であり、男性13例、女性7例である。11例に基礎疾患や既往歴を認め、その内訳は熱性けいれん6例、気管支喘息5例であった。気管支喘息5例のうち現在治療薬の投与が行われているのは2例であったが、テオフィリン製剤の投与は認められなかった。

 症状では、全例に意識障害を認めた。発熱から意識障害出現までの期間は0日(同日)が4例、1日が11例、2日が4例であったが、8日との回答を1例認めた(中央値1日)。意識障害の程度はJapan Coma Scale(JCS)20以上が9例、JCS10が3例、JCS10未満が7例であった。1例は判定不能であった。意識障害の持続時間は48時間以上が8例、24〜48時間が3例、12〜24時間が6例、12時間未満が3例であった。けいれんは10例に認められ、うち3例はけいれん重積を認めた。異常行動や異常言動は16例に認められた。

 インフルエンザAH1pdm感染の診断はすべてRT-PCR法により行われていた。脳症に関した検査として脳波検査が施行されていたのは17例で、うち13例で高振幅徐波などの所見を認めていた。全例に対して頭部CT検査もしくは頭部MRI検査が施行されており、いずれかの検査で何らかの所見を認めたのは20例中12例であった。頭部CT検査では脳浮腫を認めた症例が多く、予後不良例では視床や脳幹に低吸収域を認めた症例もあった。頭部MRIではT2強調画像や拡散強調画像で脳梁膨大部などに高信号領域を認めたとの回答が複数あった。脳波検査と頭部画像検査(CTまたはMRI)のいずれにも異常所見を認めなかった症例は2例であった。髄液検査は13例で施行されたとの記載があり、1例で細胞数増多(41/3:血液混入あり)、1例で蛋白濃度上昇(66.4 mg/dl)とIL-6上昇(143 pg/ml)の所見ありと報告されたが、明らかな髄膜脳炎の所見を有するものは認められなかった。

 全例に対して抗インフルエンザウイルス薬が投与されており、その内訳はオセルタミビル13例、ザナミビル5例で、2例ではこの2剤が短期間併用されていた。発熱から抗インフルエンザウイルス薬投与までの期間は0日(同日)が3例、1日が12例、2日が3例、3日が1例、6日が1例(中央値1日)であった(6日の症例は経口摂取が困難だったためとのことであった)。抗インフルエンザウイルス薬の投与量はいずれも通常量であった。解熱剤は13例で使用されていたが、すべてアセトアミノフェン製剤であった。
 インフルエンザ脳症に対する治療としてステロイドパルス療法、γグロブリン療法、脳低体温療法がそれぞれ16例、5例、3例で行われていた。血漿交換、シクロスポリン療法、アンチトロンビンIII大量療法を用いたとの回答はなかった。4例ではこれらのいずれも行われていなかった。人工呼吸器は4例で使用されていた。

 12例において脳症以外の合併症を認めたとの回答が得られた。その内訳は気管支炎もしくは肺炎が9例、低Na血症が2例、多臓器不全が1例であった。
 転帰についての回答が得られた19例のうち、死亡1例、後遺症ありが3例、治癒・軽快が15例となっていた。すでに退院している17例の入院日数は4〜39日(中央値7日)であった。後遺症の内容は精神神経障害を3例全てに認めたが、2例では身体障害(片麻痺や失調)も認められた。

 以上のように、多くの症例ではインフルエンザ発症後早期に脳症の症状が発現しており、抗インフルエンザウイルス薬やステロイドパルス療法を中心とした治療が行われて79%が軽快しているものの、中には後遺症を残したり死亡に至る症例も認められており、ひきつづき注意深く対応していく必要がある。

 現在も調査は継続しており、今後さらに多くの症例についての情報を得ることで、より精度の高い調査になることが期待される。今回の調査にご協力いただき、貴重な情報を提供いただいた医療機関届出医師・関係自治体の皆様に深く感謝するとともに、今後も引き続きご協力をいただければ幸いである。



IDWR 2009年第41号「速報」より掲載)


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