国立感染症研究所 感染症情報センター
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◇ 腸管出血性大腸菌感染症2008年(2009年6月16日現在)


 腸管出血性大腸菌感染症は、感染症法に基づく3類感染症として、無症状病原体保有者を含む症例の報告が診断した全ての医師に義務づけられている。無症状病原体保有者は、食品産業従事者の検便によって偶然発見される場合もあるが、探知された患者と食事を共にした者や、接触者の調査などによって発見される場合が多い。腸管出血性大腸菌感染症の報告は1996年8月6日に伝染病予防法のもとで指定伝染病に規定された時に始まっているが、以下においては、1999年4月の感染症法施行以降の報告の範囲で記述する。


■年次推移(図1-1、図1-2
 2008年の年間報告数(診断週が2008年第1〜52週のもので、2009年6月16日までに報告されたもの)は4,321例であった。2000〜2007年の年間累積報告数(2000年3,648例、2001年4,435例、2002年3,183例、2003年2,999例、2004年3,764例、2005年3,589例、2006年3,922例、2007年4,617例)と比較すると、2007年、2001年に次いで3番目に多く、2年続けて4,000例を超えた。4,321例のうち有症状者は2,818例であり、65.2%を占めた。
図1-1. 腸管出血性大腸菌感染症の年別・症状別発生状況(1999年4月〜2008年) 図1-2. 腸管出血性大腸菌感染症の年別・有症状者割合(1999年4月〜2008年)


■週別推移(季節性)(図2)
 例年、報告数の最大のピークは夏季にみられ、2008年においても8月をピークとして、7月中旬から9月中旬にかけて報告数が多かった。なお、3月(第11、12週)にみられた報告数の増加は、海外へ修学旅行に出かけた高校生・教員およびその家族の間での集団感染(76例)が佐賀県で発生したためのものである。
図2. 腸管出血性大腸菌感染症の年別・週別発生状況(1999年第14週〜2008年)


■都道府県(報告地であり、必ずしも感染した都道府県を示すものでない)(図3)
 都道府県別にみると、東京都(410例)、福岡県(267例)、大阪府(245例)、千葉県(183例)、神奈川県(173例)、佐賀県(173例)の順に多く、18の都道府県で年間累積報告数が100例を超えた。人口10万人当たりの罹患率でみると、佐賀県(20.2:報告数173例)、岩手県(12.2:報告数165例)、長崎県(9.7:報告数139例)、福井県(9.6:報告数78例)、山形県(8.4:報告数100例)、石川県(8.1:報告数94例)の順に多かった。
図3. 腸管出血性大腸菌感染症の都道府県別報告数と罹患率(2008年)


■感染地域(確定または推定として報告されている)
 感染地域を国内とするものが4,216例(97.6%)、国外とするものが99例(2.3%)、不明が6例(0.1%)であった。
 国内の感染地域詳細として4,216例について内訳をみると、東京都(333例)、福岡県(247例)、大阪府(239例)、岩手県(168例)、千葉県(160例)、愛知県(146例)、長崎県(136例)が多かった。国内感染での比較的大きな集団発生事例としては、岩手県の幼稚園関連(84例:第36〜39週)*1、福岡県の幼稚園関連(46例:第36〜38週)、東京都の保育施設関連(39例:第41〜49週)、長崎県の保育施設関連(37例:第32〜33週)、富山県の保育施設関連(34例:第26〜32週)*2、東京都の保育施設関連(33例:第31〜35週)、長崎県の病院関連(32例:第24〜26週)*3などがあった。
 国外の感染国の内訳は、オーストラリア73例、韓国6例、タイ5例、インドネシア4例、ハワイ3例、ベトナム2例、アラブ首長国連邦、トルコ、メキシコ、モンゴル、台湾/タイ、アルジェリア/チュニジア各1例であった。国外感染での集団発生事例としては、オーストラリアへの修学旅行(72例:第10〜12週)*4が報告された。

*病原微生物検出情報IASR
1 Vol.30 p128-129.2009 http://idsc.nih.go.jp/iasr/30/351/dj3517.html
2 Vol.30 p126-127.2009 http://idsc.nih.go.jp/iasr/30/351/dj3515.html
3 Vol.30 p76-77.2009 http://idsc.nih.go.jp/iasr/30/349/kj3492.html
4 Vol.29 p162-163.2009 http://idsc.nih.go.jp/iasr/29/340/pr3406.html


■性・年齢群(図4・図5)
 性別では男性1,997例(うち有症状者1,342例、67.2%)、女性2,324例(うち有症状者1,476例、63.5%)で、年齢は0〜100歳(中央値18歳)であった。年齢群別にみると、10歳未満1,610例(0〜4歳977例、5〜9 歳633例)、10代633例、20代639例、30代460例、40代242例、50代301例、60代207例、70代133例、80代85例、90代10例、100代1例であった。20歳未満では男性がやや多いが、20歳以上では女性が多くなっており、年齢中央値は男性12歳、女性23歳で2007年(男性14歳、女性21歳)と同様の性差が認められた。症状別でみると、男性では30代、40代で、女性では30代、40代、50代で無症状病原体保有者が多かった。有症状者の占める割合は10代79.6%、70代以上73.8%、20代71.8%、10歳未満71.2%、60代54.1%の順に大きかった。
図4. 腸管出血性大腸菌感染症の年齢群別割合(2008年) 図5. 腸管出血性大腸菌の性別・年齢群別・症状の有無別報告数(2008年)


■感染経路・感染源(確定または推定として報告されている)
 4,321例の感染経路は、経口感染1,636例(37.9%)、接触感染835例(19.3%)、経口または接触感染142例(3.3%)、経口または動物・蚊・昆虫等(以下動物等)からの感染31例(0.7%)、動物からの感染12例(0.3%)、経口または接触または動物等からの感染6例(0.1%)、接触または動物等からの感染4例(0.1%)、その他38例(0.9%)、不明・記載なしが1,617例(37.4%)であった。その他としては、職場の定期検便・健康診断37例、検査中の感染1例などが報告されていた。経口感染とされた1,815例(複数の感染経路での報告を含む)のうち、肉類の喫食が記載されていたものは576例あった。576例のうち、257例は生肉(加熱不十分の肉を含む)を喫食しており、種類として生レバー・レバ刺しが144例と多かった。


■O血清群・毒素型(表1)
 4,321例のO血清群は、O157 2,767例(64.0%)、O26 917例(21.2%)、O111 168例(3.9%)の順に多く、これは従来と同様であった。毒素型も加えると、O157 VT1・VT2 1,548例(うち有症状者76.2%)、O157 VT2 1,055例(うち有症状者63.8%)、O26 VT1 868例(うち有症状者50.0%)の順であり、これも従来と同様であった。集団発生事例では例年保育施設・幼稚園に関連したものが多く含まれているが、なかでもO26 VT1によるものが多い。2008年は18事例が確認され、そのうち30例以上の感染者(無症状病原体保有者を含む)が報告されたものが4事例あった*5

*病原微生物検出情報IASR
5 Vol.30 p123-124.2009 http://idsc.nih.go.jp/iasr/30/351/dj3512.html
表1. 腸管出血性大腸菌感染症の報告症例における原因菌の血清群と毒素型(2008年)


■重症例・死亡例(図6、表2、表3)
 2006年の4月(第13週〜)から溶血性尿毒症症候群(HUS)発症例に限り、菌が分離されなくても、便からのVero毒素(VT)検出、あるいは血清におけO抗原凝集抗体または抗VT抗体検出によって診断されたものが、届出の対象となった。同時に届出様式が変更され、それまで任意記載であった臨床症状の報告は、主な症状が選択式となり、急性腎不全、痙攣、昏睡、脳症などが選択項目となり、これらの症状も把握されやすくなった。
 HUSは94例が報告され、有症状者の3.3%が発症していた。2006、2007年の報告数(102例、129例)および有症状者での発症率(4.1%、4.2%)と比較し、いずれも下回った。性別では男性39例、女性55例であった。年齢は1〜88歳(中央値4.5歳)で、年齢群別では0〜4歳が47例(有症状者の6.9%)と最も多く、5〜9歳21例(同4.5%)、10〜14歳8例(同3.2%)、15〜64歳12例(同1.0%)、65歳以上6例(同2.8%)であった。HUS発症例は10歳未満の小児に多くみられたが、有症状者に占めるHUS発症率は、0〜4歳と5〜9歳の両年齢群において2007年(各7.5%、8.9%)よりも低かった。HUS発症例の診断方法は、菌分離が64例(68.1%)、菌は分離されなかったが血清でのO抗原凝集抗体が30例(31.9%)で、便から直接のVT検出はなかった。菌が分離された64例の血清群・毒素型をみると、O157 VT1・VT2 29例、O157 VT2 27例などO157が計57例で全体の89.1%を占め、他にO111が4例(VT1・VT2 3例、VT不明1例)、O55 VT1が1例、O121 VT2が1例、O157 VT2とO26 VT1が1例であった。また、O抗原凝集抗体の検出により診断された30例のうち、確認できた範囲では21例がO157であった。
 死亡例の把握は届出時点で記載されていたか、または届出後に任意に追加報告されたものに限られるが、8例みられており、内訳は2歳男性(O157 VT2、HUS)、10代女性(O157 VT1・VT2、HUS、脳症)、60代女性(O157 VT2、急性腎不全)、70代男性(O157 VT1・VT2、急性腎不全、溶血性貧血、痙攣)、80代女性(O157 VT1・VT2、HUS)、80代女性(O157 VT2、HUS)、80代男性(O157 VT2、急性腎不全)、80代男性(O157 LPS抗体、HUS)であった。報告されたHUS発症例(94例)の致死率は4.3%であった。
 なお、HUSの合併や死亡の報告については、届出時点以降での発生が十分反映されていない可能性があるので、このような発生があった場合には報告の追加、修正をお願いしている。
図6. 腸管出血性大腸菌感染症のHUS症例の性別・年齢群別報告数(2008年) 表2. 腸管出血性大腸菌感染症のHUS発症例の年齢別報告数と有症状者に占める割合(2008年) 表3. 腸管出血性大腸菌感染症のHUS発症例における分離菌の血清群と毒素型(2008年)


■2008年のまとめ
 感染症法施行以降の年間累積報告数を2000年以降の9年間でみると、2008年は2007年、2001年に次ぐ3番目の報告数であり、2年連続して4,000例を超えた。2008年も従来と変わらず各地で保育施設・幼稚園での集団感染事例が発生し、特にO26 VT1による感染者の増加が目立った。
 HUS発症例は94例(2004年48例、2005年42例、2006年102例、2007年129例)で、HUS発症者の届出基準が改正された2006年以降の過去2年の報告数と比べて少なかったが、死亡の報告数は8例(1999年1例、2000年2例、2001年4例、2002年4例、2003年2例、2004年5例、2005年10例、2006年3例、2007年4例)であり、過去2年よりも多かった。小児や高齢者において、HUSなどの重症例や死亡例が多くみられており、特に10歳未満の小児は報告数が多く、HUS発症率は成人(15〜64歳)の約7倍であった。
 感染経路や感染源の推定・確定は、本症の潜伏期間が2〜14日と比較的長いこともあり、はっきりしないことも多いが、近年生肉や生レバーが感染源と見られる届出も多く認められている。特に小児、高齢者や抵抗力の弱い者などでは、肉・レバーなどはよく加熱し、生食は控える必要がある。食品の取り扱いには十分注意して、食中毒の発生予防を徹底するとともに、手洗いの励行などにより、ヒトからヒトへの二次感染を予防することが大切である。最近では自治体をまたいだ広域発生事例も散見されており、食材・食品の流通という観点も併せ、事例調査と対策における自治体間の連携は、本疾患の対策上今後ますます重要と考える。また、保育施設や幼稚園などでの集団感染事例が後を絶たない。1人では手指衛生を十分に行えない乳幼児が集団生活を営む施設では特に、感染症発生の早期探知と二次感染予防を含めた拡大防止策の徹底が重要である。


■2009年暫定報告数(2009年9月2日現在)
 報告数は2269例で、うち有症状者は1,531例、うちHUS発症例は39例である。




IDWR 2009年第35号「速報」より掲載)



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