The Topic of This Month Vol.22 No.2(No.252)


輸入マラリア 2000年12月現在
(Vol.22 p 23-24)

マラリアは、蚊(ハマダラカ属)の刺咬によって媒介される原虫感染症である。Plasmodium falciparumP. vivaxP. ovaleP. malariae の4種の原虫により、それぞれ熱帯熱マラリア、三日熱マラリア、卵形マラリア、四日熱マラリアが引き起こされる。世界では年間に3〜5億人の罹患者と150〜 270万人の死亡者があると推定されている。特に熱帯熱マラリアは脳症、肺水腫/急性呼吸窮迫症候群(ARDS)、腎不全、出血傾向、代謝性アシドーシス等を生じて短期間に重症化・死亡する危険がある。さらに、従来マラリアが流行していなかった地域での新たな流行も報告されている。近隣の韓国では1993年から三日熱マラリアが一部地域で再興している(WHO, WER 74 265-270,1999参照)。種々のマラリア流行地域へ日本人が出かけている現在、国内でのマラリアへの対応はますます重要になるであろう。

国内患者発生状況:ほとんどが海外で感染した輸入例であるが、輸血関連の症例も散見される(本月報Vol.18、No.11参照)。マラリアは、伝染病予防法(旧法)で届出が義務づけられていた感染症で、年間50〜80例程度の患者が報告されていたが(図1)、研究班での調査では、それより多い100例以上の患者が把握されていた(表1)。その後、1999年4月施行の「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(感染症法)に基づく感染症発生動向調査でも、全医師の届出が義務づけられた全数把握の4類感染症となった。1999年4〜12月の9カ月間では110例が報告され、1999年の患者発生数は旧法下で1〜3月に届出のあった10例と合わせて120例となった。2000年1〜12月は152例に増加した(図1)。報告数の増加については、実数の増加とともに、法律の改正を機会に医療機関がきちんと報告するようになったことも影響していると推測される。また、徐々にではあるが熱帯熱マラリアが増加する傾向にあり、1994年、1998年、2000年では三日熱マラリアを上回り最も多くなっている(表1表2)。

1999年4月〜2000年12月の患者発生状況を月別に見ると、3〜5月と8〜9月にやや多い傾向が見られる。年齢分布を見ると三日熱マラリアでは20歳代が多く、熱帯熱マラリアでは30歳代が最も多い(図2)。性別は男198例(76%)、女64例(24%)であった。マラリア型別の推定感染地を図3に示す。三日熱マラリアはアジア・太平洋地域に多いが、熱帯熱マラリアはサハラ以南アフリカ諸国が含まれるのが目立つ。

診断:マラリア診断の基本はあくまでも100年以上も行われているギムザ染色血液標本の光学顕微鏡検査であり、今後もそうであろうと思われる。しかし、この方法では熟練していないと原虫の見逃し、原虫種同定の誤りなどの問題がおこりうる。それゆえに、下記の優れた補助的診断法を活用して適切に診断を行うことも勧められる。

アクリジン・オレンジ法(名古屋大学・川本)は、薄層塗抹血液標本上で染色するものである。蛍光顕微鏡にて暗い視野に原虫の核酸が蛍光を発して観察され、熟練すれば短時間で、しかも見逃しが少なく検査が可能である。他に、PCR-MPH法(岡山大・綿矢ら)は簡便に4種類のマラリア原虫を感度良く検出する方法である(本号3ページ参照)。また、海外では特に熱帯熱マラリアを対象として、簡便迅速で感度・特異度の高い抗原検出キットも市販されており、国内でも一部の医療機関で使用されている(本号4ページ参照)。

1997年10月から新東京(成田)、関西、1998年4月から福岡、名古屋の国際空港検疫所では希望する該当者に対して入国時にマラリアの迅速診断のための検査を行っている。これまでに 247人を検査し、10人が陽性であった。このシステムは他の国で例を見ない画期的なものである(本号5ページ参照)。

治療:現在国内で認可されている抗マラリア薬はスルファドキシン/ピリメタミン合剤(ファンシダールR )と経口キニーネの2種類のみであり、他の抗マラリア薬は研究班から供給されている(6ページ参照)。また、抗マラリア原虫療法以外に、病態に応じた適切な支持療法も不可欠である。

しかし、三日熱マラリアでは既にパプアニューギニア、インドネシアなどでクロロキン耐性、プリマキン低感受性も出現している。熱帯熱マラリアではクロロキン、スルファドキシン/ピリメタミン合剤などには耐性が増えつつあり、また、タイ・カンボジア、タイ・ミャンマーなどの国境地帯ではメフロキン耐性が高頻度に見られる。熱帯熱マラリアでは試験管内薬剤感受性試験が可能であり、適切な治療薬剤を選択する上で臨床的にも有用なことがある(本号7ページ参照)。

予防:1)個人的防蚊手段(暗くなってからの外出の回避、長袖長ズボンの着用、昆虫忌避剤使用、エアコン付きの部屋、蚊帳、蚊取線香)、2)薬物予防、3)スタンバイ治療(緊急治療あるいは自己治療。旅行者がマラリア治療薬を携行し、マラリアが疑わしいが24時間以内に医療機関を受診できない場合に自分の判断で服用すること)、などの方法がある。欧米では薬物予防が積極的に行われており、メフロキンを中心にクロロキン/プログアニル併用、ドキシサイクリンなどが用いられている。最近ではアトバコン/プログアニル合剤(マラローンR )が注目されている。このうち国内で市販されているのはドキシサイクリンのみで、ただし、その適用はマラリア予防薬でなく、細菌感染症の治療薬としてである。

問題点:わが国の旅行者は欧米の旅行者に比べて薬物予防を行わない傾向があると、欧米のマラリア予防の専門家から指摘されている。その理由としては1)薬物予防法があることの認識不足、2)薬剤の入手難、3)わずかでも副作用があると服用したがらない、あるいは服用を勧めない、などが考えられる。マラリア予防、なかでも薬物予防による効果や副作用、その適切な応用、スタンバイ治療の適切な実施などの問題は、最近国内でも発達し始めた「旅行医学(travel medicine)」の分野で活発に論議されている。

熱帯熱マラリアも早期診断・早期治療を行えば治癒可能な疾患であるが、実際には重症化して死亡する例が散見される(表1)。この傾向はわが国だけでなく欧米諸国でも問題になっている(WHO、 WER、 76:25-27および本号18ページ参照)。今回のサーベイランスデータから、受診の遅れた例が多いことが明らかになった。熱帯地域からの帰国者の不明発熱時には、マラリアを含む疾患の鑑別を迅速に行うことが重要である(本月報Vol.18、No.11 参照)。感染症指定医療機関、大学等の感染症・熱帯医学の専門家に相談を請う必要もある。

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