国立感染症研究所 感染症情報センター
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高病原性鳥インフルエンザ



医療機関での新型インフルエンザ感染対策: 第三段階(まん延期)以降

          
2009年5月20日

国立感染症研究所感染症情報センター

本文書は、新型インフルエンザA(H1N1)患者が国内で多数発生し、第三段階(まん延期)*となった時点で、新型インフルエンザの患者などからの医療関連感染(院内感染)をできるだけ防止するための、暫定的な手引きである。今後、知見が積み重なるに従って改訂される可能性がある。

*ここで言うまん延期とは、必ずしも政府や地方自治体が宣言する「発生段階」と一致させる必要はない。それを踏まえて、地域の流行状況や医療体制も参考にしつつ、柔軟に判断することが肝要である。

推奨される感染対策

  • すべての医療機関において、すべての外来患者を含む来訪者に対する発熱や咳、くしゃみなどのインフルエンザ様症状を指標としたスクリーニングを行う。医療機関の入り口に近いところでその有無をチェックする
  • インフルエンザ様症状を呈している患者と、そうでない患者を別の領域に誘導する
  • これらの業務に従事するスタッフは、常時サージカルマスクを着用していることが望ましい
  • 患者に対して迅速診断キットやウイルス分離・PCR検査のための検体を採取する場合は、それに加えて眼の防護(ゴーグルまたはフェイスシールド)と手袋を着用する。この手技は、他の患者からなるべく離れた場所で行うようにする
  • 患者に対して入院加療が必要な場合、用いる病室は個室が望ましいが、他の患者と十分な距離を置くことのできる状況では、この限りではなく、インフルエンザ様疾患の患者を同室に収容することも考慮する
  • 患者の部屋に入室するスタッフは、サージカルマスクを着用する。手指衛生の励行に努める
  • 気管支鏡、気管内挿管などのエアロゾルを産生するリスクのある手技は、個室で行い、スタッフはサージカルマスクに代えてN95マスクまたはそれ以上の性能の呼吸器防護具、眼の防護(ゴーグルまたはフェイスシールド)を着用することが望ましい
  • 標準予防策や手指衛生も忘れずに行う


以下、上記の推奨に至った理由につき解説する。この解説は、医療関連感染(院内感染)に関する基礎的な用語や知識の解説を省略しているため、用語に関する不明点がある場合は、医療関連感染に関連する成書や文献もあわせてお読み頂きたい。


流行状況や感染経路などに関する現状分析

まず、新型インフルエンザA(H1N1)に関して、現時点で判明している流行状況や感染経路などの現状分析は以下の通りである:

  • ブタ由来のインフルエンザA(H1N1)が持続的なヒトーヒト感染を起こしており、新型インフルエンザとなっている
  • 世界30カ国以上で患者が確認されている。WHOはその疫学的状況を鑑みて、新型インフルエンザ警戒フェーズを5に上げた、すなわち大流行が差し迫っているが、まだ大流行にはなっていないとの判断であるが、実質的に大流行になっていると指摘する見解もある
  • こ? 日本でも5月16日に国内で感染したと考えられる患者の発生が確認され、5月19日午前9時現在、155名が確認されている。他に成田空港検疫にて4名が診断確定されている。これらの症例の多くが学校内や家庭内での集団発生である。暫定的な調査により、国外症例との疫学的関連性がなく、最近の海外渡航歴もないとみられている。これらの症例のうちいくつかは相互に感染伝播したものの、別に国内初発例が居るはずであり、感染がかなりの範囲に拡大している印象を受ける
  • 潜伏期はおそらく1〜4日、最大7日程度(CDC、WHO)
  • 患者の他人への伝播可能期間は発症の前日から始まり、発症日から7日後、または無症状になるまでのうち長い方(CDC)
  • ノイラミニダーゼ阻害薬(オセルタミビル、ザナミビル)が有効と思われるが、ザナミビルは呼吸器症状の重い患者に対する有効性の制限が示唆されている
  • 季節性インフルエンザに対するワクチンは効果が確認されていない
  • WHOに報告された確定患者数だけからみた致死率は約1%であるが、死亡者の多くが慢性疾患などの背景を有した患者である。またアメリカ・NY市の学校では無治療で軽快した、WHOの確定患者数に入っていない者が多くいた(1000人とも言われる)とみられ、実際の重症度や死亡率はもっと低い可能性もある。WHOに報告された患者数だけみると、メキシコの死亡率は2%台であるが、メキシコの村における集団発生を対象にした研究[1]によれば、0.4%程度と推定されている
  • 本疾患の感染経路が接触・飛沫・空気感染のいずれによるものであるかという点に関する情報はまだ利用可能ではないが、季節性インフルエンザと同様に飛沫感染が主体であると考えられる。空気感染を積極的に示唆するエビデンスはないが、否定するエビデンスもない。
  • 眼を侵入門戸とする感染(広い意味での飛沫感染)については議論の余地がある。侵入門戸としての可能性は、解剖学的観点からは涙とともに鼻涙管から鼻腔内に流れ込み得るとされている[2]。今回の新型インフルエンザに関連して、アメリカの642例の確定症例をまとめた論文[3]では、結膜炎に関する記載はなく、眼の症状を呈している患者はほとんどいないものと考えられる。一方で、メキシコの村における集団発生を対象にした研究[4]では、556例のインフルエンザ様患者(新型インフルと確認された症例は1例のみ)の症状として、9.0%(50例)に結膜炎が報告されている。
  • 一方、アメリカの642例の症例報告[3]では、下痢を呈する患者が25%(323名中82名)いるとされている。これらの患者の下痢便にウイルスが排出され、糞口感染などの感染源になりうるかどうかは、十分な知見がない。



日本でこれまで想定されていた新型インフルエンザの感染対策の見直しの必要性

 これまで新型インフルエンザに対して作成された感染対策のガイドラインは、2007年3月に厚生労働省新型インフルエンザ専門家会議から発出された、「医療施設等における新型インフルエンザ感染対策ガイドライン」である[4]。このガイドラインは、鳥インフルエンザA(H5N1)のような致死率が高いウイルスが新型インフルエンザウイルスとなった場合に対応できるように作成されてきた。

 今回新型インフルエンザウイルスとなったブタ由来インフルエンザウイルスA(H1N1)は、現時点ではヒトの疾患としての重症度はさほど高くない。しかし今後、ヒトに対する病原性を増す変異を起こす恐れがないとも言えない。軽症とあなどるわけにはいかないが、少なくとも鳥インフルエンザA(H5N1)のヒト感染症例のようなイメージでとらえることは適切とは言えない。


アメリカCDC、およびWHOの医療機関における感染対策ガイドラインと、その内容

 
CDCとWHOはそれぞれ、医療機関における感染対策ガイドラインを発表している[5,6]。これ以外に新型インフルエンザA(H1N1)に対する感染対策の手引きはないが、両ガイドラインは少なくとも1度改訂され、流行状況や感染経路に関して得られた知見によって内容を変えてきているものと思われ、参考にすべき文書である。

  • 新型インフル感染患者は個室に入れ、換気を良くする(陰圧室は不要)
  • 気管内挿管などエアロゾル産生リスクのある手技を行う際の陰圧室への収容については触れられていない
  • 患者の部屋に入る際のPPEについては触れていない
  • 患者に近寄ったりケアをしたりする際は、標準予防策に加えて、飛沫予防策(=サージカルマスク)と手指衛生を行う
  • 気管内挿管などエアロゾル産生リスクのある手技を行う際には、N95マスクと眼の防御をする


WHOのガイドライン[6]の要旨は以下である(4月29日に最終改訂):

  • 新型インフル感染患者は個室に入れ、換気を良くする(陰圧室は不要)。もし個室が利用不可能の場合、複数患者を1m以上離して同じ部屋に入れる。
  • 気管内挿管や吸入薬投与などのエアロゾル産生リスクのある手技を行う際は、患者を陰圧室に収容して行う
  • 患者の部屋(個室)に入室するスタッフは、N95マスクを着用する
  • 患者に近寄ったりケアをしたりする際は、標準予防策に加えて、接触予防策(=ガウンと手袋)と眼の防御と手指衛生を行う(飛沫予防策に触れてないのは、すでにN95マスクを着用しているから)


 いずれのガイドラインにおいても、患者に近寄る際には一段高めの感染対策、患者にエアロゾル産生手技を行う際にはもう一段高めの感染対策を講じている。これはすなわち、医療従事者の職業上の感染リスクと、防護具のコストや着脱の手間、着用による不快感や患者の不安感、適切な着脱に要する訓練などとのバランスを考慮していると言える。

 CDCガイドラインはすでに市中での感染が拡大している国(アメリカ)から発出されていると同時に、入院が必要なほど重症の患者に主に対象を絞った内容になっている可能性がある。一方、WHOガイドラインは、資源が乏しい発展途上国でもある程度実行可能な内容となっている点にも注意が必要である。

 これらを踏まえつつ、日本におけるまん延期においての感染対策の手引きとなるべく、以下に述べる。すでに、海外発生期から国内拡大早期における推奨される感染対策[7]については、5月5日に発行した。そちらもあわせてお読み頂きたい。

 基本的には、まん延期に入った新型インフルエンザの感染対策は、季節性インフルエンザの感染対策に準じるべきである。それと同時に、季節性インフルエンザと異なる点は、ワクチンがまだ利用可能でないこと、重症度や致死率がまだ確定的ではないこと、感染経路が異なるかもしれない、などである。


【A】症例に対して医療従事者が最初に接する場所での感染対策

 海外渡航などの疫学的リンクを疑わせる要因だけでは患者のリスク別振り分けができなくなってきた現状では、来院患者の新型インフルエンザ様症状に対するスクリーニングが重要になってくる。患者同士が待合室でうつしあったり、医療従事者が患者から伝播を受けたりするなどの事象を防ぐことが大切である。CDCもWHOも、患者同士の間隔を確保する、呼吸器衛生・咳エチケットを実施するなど、来院患者に関して新型インフルエンザを明確に疑う前の予防策を強調している。

 これらの病院区域において、常時サージカルマスクを着用することに関しては、エビデンスがないという指摘もある。しかしながら、新型インフルエンザに関して想定される主な感染経路である飛沫感染を防ぎ、また医療従事者自身が発症前日(=感染源となりうる)である可能性もふまえ、特に人と人が大勢出会うこの病院区域においてサージカルマスクをスタッフが常時着用することは意味があると考える。実際、日本でも季節性インフルエンザの流行シーズンには、外来スタッフがサージカルマスクを着用し、手指衛生を頻回に行うなどの留意を行っているが、それと同様の考え方で対処するのが適切であろう。

 その他の病院区域においても、季節性インフルエンザの流行シーズンに、スタッフがサージカルマスクを着用して勤務することもしばしば行われており、これも参考になろう。

 患者同士の距離があまり取れない場合、屋外に一時的に待合い施設を設けるのも一つの案である。これから夏期に向かうので、屋外のオープンスペースを有効に活用する待合い場所も一案であろう。


【B】確定患者のケアを行う医療従事者のとるべき経路別予防策

 新型インフルエンザA(H1N1)の感染経路は依然として不明であるが、おそらく飛沫感染が主体であろうと考えられている。従って、患者ケアにあたる医療従事者や見舞いの者は、少なくとも飛沫予防策(=サージカルマスク)は必要である。目の防御は通常飛沫予防策には入れられない。しかし、鳥インフルエンザA(H7)では鳥→ヒト感染の事例においてヒトが結膜から感染したことが示唆されていること、この経路による感染は飛沫感染に分類されることから、新型インフルエンザA(H1N1)に対する飛沫予防策に目の防御を追加するかどうかは議論のあるところである。

 WHOは、サージカルマスクと手指衛生を必須の要素としている。目の防御については言及していない。一方CDCは、N95あるいはそれと同等のもの(Powered Air-purifying Respirator, PAPR)、および手袋(未滅菌で可)とガウン、目の防御を推奨している。つまり、WHOは飛沫予防策のみ、CDCは接触・飛沫(目の防御を含む)・空気予防策のすべてをとることを最低基準としている。

 WHOのガイドラインは先進国のみならず途上国でも適用可能なものとする必要があるため、このような内容となっていると考えられる。一方、CDCのガイドラインは、アメリカで通常行われている感染対策をベースに策定されたものである。

 まん延期の日本での経路別予防策は、途上国ほどではないにせよ、N95マスクが不足してくること、市中感染が発生している状況と医療機関において高度な感染対策を行っていることとのバランスの問題、から、通常のケアに従事するスタッフはN95による空気予防策を取る必要はなく、飛沫予防策と手指衛生を標準とすべきであろう


【C】患者を収容する病室

 重症でない患者を収容する病室は、CDCもWHOも陰圧室が必要とは述べていない。従って日本でも、できれば個室(陰圧はあるにこしたことはないが、不要)、個室が足りなければインフルエンザの患者同士を同室に収容するのが適切である。

 CDCは、エアロゾルを産生する気管内挿管などの手技を行う際には、できる限り陰圧室で行うべき、としている。感染リスクの高い状況には、レベルの高い部屋を使用する、という極めて合理的な考え方である。これは理想的であるが、どの施設でもいくつかの陰圧個室を持っているアメリカの医療体制を踏まえた勧告と考えられる。これを日本に適用すると、陰圧室のない医療機関では重症の新型インフルエンザ患者を受け入れられないということになってしまう。新型インフルエンザの空気感染の可能性、そのリスクと、市中感染が発生している状況を総合的に判断すると、手技を行う医療従事者がN95マスクを着用する以外の空気予防策は現実的ではないと考える。WHOのガイドラインに述べられている、発展途上国も意識した「適切な換気のできる個室」というのが、日本においても現実的な解決策であると考える。

[1] Fraser C, et al.  Pandemic potential of a strain of influenza A (H1N1): early findings Science Express  May 11, 2009

[2]  Olofsson S, et al.  Avian influenza and sialic acid receptors: more than meets the eye?  Lancet Infect Dis 2005;5:184-188

[3]  Novel Swine-Origin Influenza A (H1N1) Virus Investigation Team.  Emergence of a novel swine-origin influenza A (H1N1) virus in humans.  N Engl J Med 2009;361  published online, May 7, 2009)

[4] 「医療施設等における感染対策ガイドライン」

(新型インフルエンザ専門家会議、平成19年3月26日)

http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/pdf/09-07.pdf

[5]CDC:医療機関におけるブタインフルエンザA(H1N1)感染が確認された患者または疑わしい患者のケアにおける感染制御・暫定的手引き

http://www.cdc.gov/h1n1flu/guidelines_infection_control.htm(英語)

http://idsc.nih.go.jp/disease/swine_influenza/2009cdc/CDC_infection_control.html(日本語訳)

[6]WHO:A(H1N1)ブタインフルエンザの確認されたあるいは疑わしい患者のケアを行う医療施設における感染制御と対策・暫定的手引き

http://www.who.int/csr/resources/publications/infection_control/en/index.html(英語)

http://idsc.nih.go.jp/disease/swine_influenza/2009who/09who41.html(日本語訳)

[7]新型インフルエンザA(H1N1)の患者に対する医療機関における感染対策

http://idsc.nih.go.jp/disease/swine_influenza/2009idsc/09idsc1.html

 





(2009/5/20 IDSC 更新)
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