国立感染症研究所 感染症情報センター
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麻疹 風しん 2008〜2010年(2011年 5月12日現在)



 風しんは「三日はしか」とも呼ばれ、風しんウイルス(TogavirusRubivirus 属)によって引き起こされる感染症で、感染から14〜21日(平均16〜18日)の潜伏期間の後、発熱、発疹、リンパ節腫脹(ことに耳介後部、後頭部、頚部)が出現する。発熱は風しん患者の約半数にみられる程度である。上述の3徴候のいずれかを欠くものについての臨床診断は困難である。溶血性レンサ球菌による発疹、典型的ではない場合の伝染性紅斑などとの鑑別が必要になり、確定診断のために検査室診断を要することが少なくない。通常は数日で治癒する基本的には予後良好な疾患であり、血小板減少性紫斑病(1/3,000〜5,000人)、急性脳炎(1/4,000〜6,000人)などの合併症をみることもあるが、これらの予後もほとんど良好である。成人では、手指のこわばりや痛みを訴えることも多く、関節炎を伴うこともある(5〜30%)が、そのほとんどは一過性である。一方で風しんウイルス感染に生じる大きな問題として、先天性風しん症候群(congenital rubella syndrome:CRS)がある。これは妊娠前半期の妊婦の感染により、風しんウイルスが胎児に感染し、先天異常を含む様々な症状を呈する症候群である。妊娠中の感染時期により重症度、症状の発現時期が様々である。詳細は感染症週報IDWR2002年第21週号「感染症の話:先天性風疹症候群http://idsc.nih.go.jp/idwr/kanja/idwr/idwr2002-21.pdf 」などを参照していただきたい。風しんも麻しんと同様に特異的な治療法はなく、先天性風しん症候群を含め、唯一の有効な予防方法はワクチンの接種によって風しんに対する免疫を予め獲得しておくことである。

 風しんは、感染症法制定に伴い、1999年4月から全国約3,000の定点医療機関からの報告による定点把握調査が続けられていたが、2008年1月1日からは5類の全数把握疾患に位置づけられた。2008〜2010年の各年ごとの報告数は、2008年294例、2009年147例、2010年89例であり、年々減少していたが、2011年の第1〜18週の累積報告数は90例となり、すでに昨年の年間報告数を上回った(図1)

 2008〜2010年の各年の報告数を都道府県別にみると、各年に報告数の多かった上位5都道府県は、以下のようだった。2008年:東京都46例、神奈川県33例、大阪府22例、福岡県21例、静岡県17例。2009年:福岡県22例、東京都19例、神奈川県13例、大阪府12例、千葉県11例。2010年:東京都15例、大阪府9例、神奈川県8例、千葉県7例、兵庫県6例、広島県6例(図2)

 2008〜2010年の3年間の累積報告数は530例で、うち検査診断例283例、臨床診断例247例であった。届出基準上の診断方法は、①分離・同定による病原体の検出、②検体から直接の病原体遺伝子の検出、③血清IgM抗体の検出、④ペア血清による抗体の陽転または抗体価の有意上昇、とされているが、検査診断例283例における診断方法では、血清IgM抗体の検出のみが最も多く71.7%を占めた(表)

図1. 風しんの年別・週別報告数(2008〜2011年第18週)

図2. 風しんの年別・都道府県別報告数(2008〜2010年)

表. 風しん検査診断例の診断方法(2008〜2010年)


 530例は、男女別では男性318例、女性212例であり、男性の報告数は女性の1.5倍であった。年齢別では男女ともに1歳が最も多かったが、年齢群でみると、男女とも全体の約50%は20歳以上の成人であった(図3)。さらに年齢群別に男女別報告数を比べると、50歳以上を除く2歳以上の年齢群で男性が女性より多く、特に10代および30代では男性が女性の約2倍、40代では約2.4倍の報告数であった(図4)

図3. 風しん累積報告数の男女別・年齢群別割合(2008〜2010年)

図4. 風しんの男女別・年齢群別累積報告数(2008〜2010年)

図5. 風しん累積報告数の男女別・接種歴別割合(2008〜2010年)


 風しん含有ワクチンの接種歴では、男女ともに不明な者が最も多かったが(図5)、それらを除いて接種歴のない割合を男女で比較すると、有意差をもって男性のほうが接種歴のない割合が多かった(χ2 検定、p=0.02)。特に30代以上の男性105例において、接種歴ありは1回接種歴のある3例(3%)のみで、2回接種歴のある症例はなかった。一方、30代以上の女性59例中では、1回接種歴あり7例(12%)、2回接種歴あり1例(2%)であった(図6)

 先天性風しん症候群は1999年4月から全数把握疾患であり、1999年は報告がなく、2000〜2003年各1例、2004年10例、2005年2例、2009年2例が報告され、2010年以降現在まで報告はない。

 以上のように、2008〜2010年の期間には、1980年〜90年代の全国的な流行や、2004年にみられたような複数の自治体での地域流行などは認められなかった。しかし、散発例が大半を占め、明らかな地域流行を認めなかった2009年においても先天性風しん症候群の報告があったことからも、風しんの発生がなくならない限り先天性風しん症候群の発生もなくならない。さらに今年は、既に昨年2010年の年間報告数を超える症例が報告されており、2008年と同等以上の発生を認める可能性がある。

図6. 風しん累積報告数の男女別・年齢別・接種歴別報告数(2008〜2010年)

 風しんおよび先天性風しん症候群は予防接種により予防できる疾患である。風しんワクチンは、わが国では1976年から接種が開始され様々な経緯を経たのち(IASR,Vol.24 p55-57http://idsc.nih.go.jp/iasr/24/277/dj2771.html)、2006年4月1日からは第1期として生後12〜24カ月未満の者に、第2期として5歳以上7歳未満で小学校就学前1年間の者に麻しん風しん混合ワクチン(MRワクチン)が定期接種として実施されている。さらに、2007年の中・高・大学生を中心とした麻しんの流行を契機に、2008年4月1日から5年間の措置として、第3期(中学1年生相当)と第4期(高校3年生相当)の定期接種が始まり、MRワクチンの2回目の接種機会が確保された。しかし、現在報告されている風しん症例の約半数は20歳以上の成人であり、なかでも新たに子を持つ機会の多い20〜30代が全体の約4割を占めている。1977〜1994年の間は、女子中学生のみを対象に風しんワクチンの定期接種が実施されており、当時のその対象者は2008〜2010年の時点で27〜48歳に相当する。この年代では明らかに男性症例の報告が多く、また、風しん抗体価の保有率も低いことが示されている(参照:「年齢/年齢群別の風疹抗体保有状況〜2010年度感染症流行予測調査より〜」http://idsc.nih.go.jp/yosoku/Rubella/Serum-R2010.html )。風しんおよび先天性風しん症候群の予防のため、前述の定期接種の対象者とともに、これらの年代の成人、特に将来妊娠を望む女性とその夫や同居家族などは積極的にMRワクチンを接種していただきたい。


IDWR週報 2011年第17・18号


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