本来鳥インフルエンザウイルスは種の壁があるため、ヒトへは感染しないと考えられていました。この理由は、ヒトインフルエンザウイルスが感染、すなわちヒトの細胞の中に侵入するために用いる受容体と鳥インフルエンザウイルスが鳥に感染する際に用いる受容体は異なったものであり、それぞれヒトはヒトインフルエンザウイルスに対する受容体を、鳥は鳥インフルエンザウイルスに対する受容体を持つため、それぞれのウイルスには感染するが、ヒトは鳥インフルエンザウイルスの受容体をもっていないため、これには感染しないと考えられていたからです。
しかしながら、過去世界的にみると現在までにいくつかの感染事例が報告されており(表)、この理由は明確ではないが、おそらくは受容体の違いというのは、厳密なものではないため、大量にそのウイルスが体内に入れば多少の違いがあっても感染してしまうのだろう、すなわち大量暴露によっては感染しうるものであると理解されていました。
現在アジアを中心に広がっている、H5N1亜型の流行は、2003年12月17日に韓国において家きんにおけるH5N1感染が報告され、2004年1月12日に、ベトナムで家きんにおける発生とともに、3例のヒトにおけるH5N1感染の報告を皮切りに、2004年から2005年にかけて日本、タイ、カンボジア、ラオス、インドネシア、中国、マレイシアにおいて家きんにおける流行が報告されました。このうち、ベトナム、タイ、カンボジア、インドネシア、中国で、ヒトへの感染の報告があります。2005年7月以降、中東、ヨーロッパ大陸に拡大し、トルコ、イラクにおけるヒト感染が報告されており、その後、2006年の2月になると、ついにアフリカ大陸でも家きんの感染が確認され、エジプトではヒトにおける感染も報告され、感染地域の広がりとともに、ヒトにおける感染報告例が徐々にではあるが増加しつつあります。H5N1亜型の鳥インフルエンザは、2004年以来アジア、アフリカ、中東、ヨーロッパにまたがり、家きん、野鳥を含めてこれまで53カ国にて鳥における発生がみられており、そのうち、10カ国において258例のヒトにおける感染とうち死亡154例が報告されています(2006年11月29日現在)。すなわち、この一連の発生事例は、鳥インフルエンザウイルスといえども、濃厚に接触すれば、やはり感染するということを如実に物語っています。
科学的には、ヒトの気管/気管支上皮細胞に鳥インフルエンザウイルスに対する受容体があるという報告(Proc. Natl Acad. Sci.101:4620-4624, 2004.)や、肺胞上皮細胞がH5N1亜型のウイルスに感染しているという報告(Emerg. Infect. Dis. 11:1036-1041,2005.)がありましたが、最近の研究結果(NATURE 440(23): 435-436,2006.)は、ヒトの肺胞上皮に鳥インフルエンザウイルスに対する受容体があることを示しており、この受容体が肺の深部にあるために、鳥インフルエンザウイルスに大量に暴露された場合には鳥からヒトに感染しうるが、ヒトからヒトへは容易には感染しないことを示唆しています。
表.過去の鳥インフルエンザウイルスのヒトへの感染事例
[参考]
- WHOに報告されたヒトの高病原性鳥インフルエンザA(H5N1)感染確定症例数
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