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鳥インフルエンザ−ファクトシート
 2004年1月15日 WHO(原文
 



鳥インフルエンザに関する以前の報告に加えて、WHOは人類の健康に対する鳥インフルエンザの重要性に関するファクトシートを発行した。

鳥インフルエンザとそのヒトへの感染伝播の重要性

鳥における病気:影響力と制御方法

鳥インフルエンザはA型インフルエンザウイルスを原因とする鳥の感染症である。この疾患は100年以上前にイタリアで明らかにされ、全世界的に発生している。

すべての鳥は鳥インフルエンザの感染を受けると考えられるが、種の中には他の種よりも感染に抵抗力をもっているものもある。感染により鳥は、軽症な場合から非常に伝染性が強く早期に死に至り結果的に重大な流行を引き起こす場合まで、多種多様な症状をきたす。後者は「高病原性鳥インフルエンザ」として知られている。この型式は突然の発症、重症、そして急速に死に至る、死亡率が100%近いという特徴を持っている。

15の亜型のインフルエンザウイルスが鳥に感染することが知られている。すなわち、鳥類では、循環することによりインフルエンザウイルスの幅広い保有体となっている。これまでにすべての高病原性鳥インフルエンザの集団発生はH5とH7の亜型によって発生している。

渡りをする水鳥−特筆すべきは野ガモ−は鳥インフルエンザの自然界保有体であり、この鳥は感染にもっとも抵抗性である。鶏や七面鳥を含む地域の家禽は、急速に死に至るインフルエンザに特に感染しやすい。

地域の鳥の一群が野生の渡りをする水鳥と直接的あるいは間接的に接触することが、流行の原因として一般的である。生きた鳥の市場は流行の拡散に重要な役割を果たしている。

近年の研究によると、低病原性ウイルスは家禽の群れの中で短期間循環した後に高病原性ウイルスに突然変異し得ることが示されている。アメリカにおける1983-1984年の流行の間、H5N2ウイルスは当初低い死亡率であったが、6ヶ月の間に高病原性となり、90%近い死亡率を持つようになった。集団発生の制御として1,700万羽以上の鳥の殺処分を要し、6,500万ドル近くの損害をもたらした。イタリアにおける1999−2001年の流行の間、当初は低病原性であったH7N1ウイルスが、9ヶ月以内に高病原性に変異した。1,300万羽以上のトリが死亡ないしは処分された。

感染のあった農場に対する移動制限と、感染・暴露の可能性のある鶏の一群に対する殺処分は、感染が他の農場へ拡散し結果的に一国の家禽類集団においてウイルスが定着することを防止する目的を持った、標準的な感染制御策である。感染性が強いことは別として、鳥インフルエンザは汚染された器具、車両、飼料、鳥かご、衣服のようなものによる機械的手段で農場から農場へと容易に感染伝播する。高病原性ウイルスは、特に気温が低い状態では環境中で長期間生存する。しかしながら、農場において厳格な衛生的手法をとることはある程度の感染防御になる。

良好なサーベイランスに裏打ちされた迅速な感染制御対策がなければ、流行は数年間持続しうる。例えば、1992年にメキシコで始まったH5N2鳥インフルエンザの流行は、はじめは低病原性であったが、高い致死性を持った形に進化し、1995年まで制御できなかった。

絶えず変異するウイルス:二つの因果関係

ヒトにおける季節的流行を定期的に引き起こすものを含めてすべてのA型インフルエンザウイルスは遺伝子的に不安定で、宿主の防御を回避するべく上手に順応する。インフルエンザウイルスは遺伝子複製の際におこるエラーの「校正」と修復の機構を持っていない。修正されないエラーの結果、ウイルスはヒトや動物の中で複製する際にその遺伝子構成が変化し、既存の株は新規の抗原変異株に置換される。インフルエンザAウイルスの抗原性における定常的で永続的で通常は小規模の変化は「抗原連続変異(antigenic drift)」として知られている。

インフルエンザウイルスが頻繁で永続的な抗原性の変化をきたす傾向があるために、世界的なインフルエンザの状況を常に監視し、インフルエンザワクチンの組成の年毎の修正を行う必要が生じる。この二つの活動はいずれも、1947年の設立以来、WHOの「世界的インフルエンザ計画」の中心である。

インフルエンザウイルスは公衆衛生的に重要性のある第2の特徴を持っている。A型インフルエンザウイルスは異なる種の亜型も含めて遺伝子を交換あるいは再集合し結合する。この再集合の過程は、「抗原不連続変異(antigenic shift)」として知られているが、その結果、元になったウイルスのいずれとも異なる新たな亜型となる。ヒトの集団はこの新しい亜型に対して免疫を持たず、既存のワクチンではいずれも防御することはできないことから、抗原不連続変異は歴史的に高い致死率の大流行という結果をもたらしてきた。これを起こす条件として、新たな亜型は持続的にヒトからヒトへ容易に感染伝播できるよう、ヒトインフルエンザウイルスから遺伝子を獲得する必要がある。

抗原不連続変異の発生に対して好都合な状況として地域の家禽やブタと近接して生活している人が関連すると昔から考えられてきた。ブタはトリとヒトを含む哺乳類のウイルスに感受性があるため、ヒトおよびトリのウイルス由来の遺伝物質を混合させる「混合容器」の役割を果たしうる。その結果、新しい亜型が発生する。しかしながら、近年の事例によると機構に関する第2の可能性が指摘されている。トリの間を循環している少なくとも15種のトリインフルエンザウイルス亜型のうち少なくともいくつかにとっては、ヒトそのものが「混合容器」の働きをすることへの証拠が蓄積されつつある。

鳥インフルエンザウイルスによるヒトへの伝染:年表

鳥インフルエンザウイルスは、通常鳥とブタ以外の種に感染しない。最初に記録された鳥インフルエンザウイルスによるヒトの感染は1997年に香港で生じたが、その時、H5N1株が18人のヒトに重症呼吸器疾患を引き起こし、6人が死亡した。ヒトの感染は、香港の家禽集団における、同じ株によって引き起こされた高病原性鳥インフルエンザの流行と同時に発生した。

その集団発生の広範囲な調査により、生きている感染家禽との密接な接触がヒトへの感染の源であると断定された。遺伝子レベルの研究により、ウイルスが鳥からヒトへ直接飛び移ったことがさらに確認された。医療従事者への限定的な伝播は生じたが、重篤な症状を引き起こさなかった。

香港の全ての家禽は約150万羽と見積もられているが、その3日以内の迅速な殺処分がヒトへのより直接的な伝播の機会をさらに縮小し、疾病の大流行を防いだのかもしれない。

鳥インフルエンザウイルスが人間に直接感染伝播し、高い死亡率を伴う重篤な疾病を引き起こした事例が初めて発生したため、その事件は公衆衛生当局に警鐘を鳴らした。警鐘は2003年2月に再び鳴らされた。香港でのH5N1鳥インフルエンザの集団発生により中国南部へ最近旅行した家族の人々に2症例および1死亡例が発生したからである。その家族の中のもう一人の小児は中国南部への訪問の間に死亡した。しかし、死因は不明である。

他の2つの鳥インフルエンザウイルスが最近ヒトに疾病を引き起こした。2003年2月にオランダで始まった高病原性H7N7鳥インフルエンザの集団発生は、2か月後に1人の獣医の死亡およびその他83人の軽症例を引き起こした。小児における鳥インフルエンザH9N2の軽症例が、1999年(2症例)および2003年12月中旬(1症例)に香港で発生した。H9N2は鳥に対しては高病原性ではない。

警戒すべき直近の事例は2004年1月に発生した。ベトナム北部でのヒトの重症呼吸器疾患症例において、H5N1鳥インフルエンザウイルスの存在が実験室検査により確定した。

H5N1は何故特別に重要なのか

15の鳥インフルエンザウイルスの亜型のうち、H5N1がいくつかの理由により特別に重要である。H5N1は急速に変異し、他の動物種に感染するウイルスから遺伝子を獲得する傾向があると記述されている。H5N1がヒトにおいて重篤な疾病を引き起こす能力は現在2つの事例に対して記述されている。さらに、実験室での研究は、このウイルスからの分離物は高病原性があり、ヒトにおいて重篤な疾病を引き起こしうることを証明している。感染から生き残った鳥は、少なくとも10日間、口腔もしくは糞便でウイルスを排泄し、それにより、生きている鳥市場やおよび渡り鳥によって一層の蔓延を助長する。
H5N1による高病原性鳥インフルエンザの流行は、大韓民国で2003年12月中旬に始まり、現在も他のアジアの国々でみられているが、公衆衛生的に特に重要である。H5N1の変種は、1997年にヒトに直接感染し、2004年1月にベトナムで再びそうした能力を実証した。鳥における感染の広がりは、ヒトへの直接感染の機会を増加させる。より多くのヒトが時間の経過とともに感染するならば、ヒトが、ヒトおよび鳥のインフルエンザ株に同時に感染する場合、ヒトからヒトへ容易に感染伝播するために十分なヒトの遺伝子を持つ新たな亜型の出現のための「混合容器」としての役割を果たしうる可能性も増加する。そのような出来事は、インフルエンザの世界的流行の第一歩となるかもしれない。

インフルエンザの世界的流行:回避可能か?

歴史的な傾向に基づくと、インフルエンザの世界的流行は、平均的に一世紀に3〜4回あり、その際には新しいウイルスの亜型が出現して容易にヒトからヒトへと感染伝播する。しかしながら、インフルエンザの世界的流行の発生は予測できない。20世紀には、全世界で4千万人から5千万人の死亡者を出した1918-1919年の大規模なインフルエンザの世界的流行に続いて、1957- 1958年の流行、1967-1968年の流行がある。

専門家らは新たなインフルエンザの世界的流行は避けられず、おそらく目前に迫っているであろうと考えている。

さらに、ほとんどのインフルエンザ専門家は、1997年に香港が行った迅速な全家禽類の殺処分がおそらくインフルエンザの世界的流行を食い止めたであろうとの見解で一致している。

鳥におけるH5N1高病原性鳥インフルエンザの大きな集団発生により増大し得る全世界的な公衆衛生上の危機を最小にとどめるには、いくつかの方法が有用である。最優先事項は家禽類において、これ以上の拡散を食い止めることである。この方法はヒトがウイルスに曝露する機会を減らすという点から有効といえる。感染した家禽類への暴露の危険性の高い人々に対して、現在流行しているヒトインフルエンザ株に対して有効性のある既存のインフルエンザワクチンを利用したワクチン接種も、高病原性鳥インフルエンザ株とヒトインフルエンザ株の共感染の可能性を減少させるとともに、遺伝子の交換の機会も減らすことができる。家禽類の処分に携わる者は適切な衣服と装具による感染予防策をとらなければならない。さらに感染予防策のひとつとして抗ウイルス薬の予防内服を受けることが望ましい。

鳥インフルエンザのヒト感染例が発生した場合、ヒトのみならず動物におけるインフルエンザ感染の広がり、およびインフルエンザウイルスの伝播状況に関する情報は、公衆衛生上の危機を検討する上で、さらには最善の予防策を提示する上で緊急的に必要とされるものである。個々の症例の徹底的な調査もまた欠かすことができない。WHOとグローバルインフルエンザネットワークは他の国際機関と協力してこれらの活動の多くを援助するが、公衆衛生的危機の封じ込めの成功には、影響を受けている国々の疫学的・実験施設的な対応能力や、すでに施行されているサーベイランスシステムの妥当性にもかかっている。

これらすべての活動が世界的流行株の出現の可能性を低下させるが、新たなインフルエンザの世界的流行を避けることができるか否かという疑問に対しては明確な答えができない状態である。

H5N1鳥インフルエンザのヒト症例における臨床経過と治療

H5N1鳥インフルエンザのヒト感染例における臨床経過についての報告は、1997年の香港における集団発生の症例に関する研究に限られている。その集団発生の際には、患者は熱、咽頭痛、咳の症状があり、数例の死亡例においてはウイルス性肺炎に起因する二次性の重篤な呼吸不全が見られた。生来健康な成人と小児、慢性疾患の既往を持つものが感染した。

動物とヒトに感染するすべてのインフルエンザ株を診断する検査は迅速でかつ信頼性がある。WHOグローバルインフルエンザネットワークの多くの実験施設は、多くの経験だけでなくセキュリティの高い施設やそういった検査を行うための試薬類を保有している。ヒトインフルエンザを診断するためにベッドサイドで行える迅速診断法も利用可能ではあるが、それは、直近の症例を完全に理解し、鳥から直接ないしはヒトからヒトへと感染が広がりつつあるかどうかを決定する上で、現在必要なより大規模な検査がもつ正確性は備えていない。

抗ウイルス薬は、治療と予防の両方に用いることができるものもあり、元来健常な成人・小児の両者におけるインフルエンザAウイルス株感染に対し臨床的に有効であるが、限界もある。中には高価であったり、供給が限られるものもある。

インフルエンザワクチンの開発に関する経験は注目に値する。それはとりわけ、抗原連続変異による流行ウイルスの変化に合致させるため、毎年ワクチンの内容を変えているからである。しかし、新たなウイルス亜型に対する防御を与える能力のある新しいワクチンを十分な量製造するには少なくとも4ヶ月は必要と考えられる。

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(2004/1/17 掲載)