ブタの日本脳炎HI抗体保有状況調査速報
−2007年第3報−

 日本脳炎は,日本脳炎ウイルスに感染したヒトのうち数百人に一人が発症すると考えられている重篤な脳炎である(文献1)。ヒトへの感染は,日本脳炎ウイルスを媒介する蚊(コガタアカイエカ)が日本脳炎ウイルスに感染したブタを吸血し,その後ヒトを刺すことにより起こる。
 感染症流行予測調査事業では,全国各地のブタ血清中の日本脳炎ウイルスに対する抗体を赤血球凝集抑制法(Hemagglutination inhibition test;HI法)を用いて測定することにより,間接的に日本脳炎ウイルスの蔓延状況を調査している。前年の秋以降に生まれたブタが日本脳炎ウイルスに対する抗体を保有し,さらに2-メルカプトエタノール(2-ME)感受性抗体(IgM抗体)を保有している場合,そのブタは最近日本脳炎ウイルスに感染したと考えられる。

 1960年代までは,毎年夏から秋にかけて多数の日本脳炎患者が発生しており(文献2,3),ブタの感染状況から日本脳炎ウイルスが蔓延している地域に多くの患者発生がみられた。Konnoらは,当時調査したブタの半数以上が日本脳炎ウイルスに感染していると,約2週間後からその地域に日本脳炎患者が発生してくると報告している(文献4)。現在では,日本脳炎ワクチンの普及や生活環境の変化等により,ブタの感染状況と患者発生は必ずしも一致していない。近年における日本脳炎患者発生数は毎年数名程度であるが,ブタの感染状況から日本脳炎ウイルスが蔓延していると推測される地域では,ヒトへの感染の危険性が高くなっていると考えられる。

 本速報は,日本脳炎ウイルスの感染に対する注意を喚起するものである。また,それぞれの居住地域における日本脳炎に関する情報にも注意し,日本脳炎ウイルスが蔓延していると推測される地域においては,予防接種を受けていない人,乳幼児,高齢者は蚊に刺されないようにするなど注意が必要である。なお,日本脳炎に関するQ&Aについては以下のサイトをご覧ください(http://idsc.nih.go.jp/disease/JEncephalitis/QAJE.html)。
2007-3  都道府県別日本脳炎抗体保有状況の推移(地図
2007年7月26日
 都道府県におけると畜場のブタの日本脳炎抗体保有率は下記のとおりである。
HI
抗体
2-ME
感受性
抗体
都道府県 採血月日 検査
頭数
HI抗体
陽性率
*
2-ME感受性
抗体陽性率
**
コ メ ン ト

4/23

6/4
沖 縄
(北部)
6月25日 25 0%
(0/25)
  6月25日採血分(今回)の調査ではHI抗体陽性のブタは認められなかった。
6月18日採血分(前回)の調査では4%(1/25)のブタがHI抗体陽性であり,そのブタはHI抗体価1:40以上を示し,2-ME感受性抗体も検出された。

4/23

6/11
沖 縄
(中南部)
6月25日 25 0%
(0/25)
  6月18,25日採血分(前回,今回)の調査ではHI抗体陽性のブタは認められなかった。
6月11日採血分(前々回)の調査では12%(3/25)のブタがHI抗体陽性であり,そのうち2頭はHI抗体価1:40以上を示し,そのうち1頭から2-ME感受性抗体が検出された。
    鹿児島 7月11日 20 0%
(0/20)
  7月2日採血分(前回)の調査でもHI抗体陽性のブタは認められなかった。
    宮 崎 7月17日 11 0%
(0/11)
  7月9日採血分(前回)の調査でもHI抗体陽性のブタは認められなかった。

6/22
  大 分 7月6日 20 10%
(2/20)
  7月6日採血分(今回)の調査ではHI抗体陽性のブタ2頭はすべてHI抗体価1:40未満であった。
6月22日採血分(前回)の調査では5%(1/20)のブタがHI抗体陽性であったが,そのブタはHI抗体価1:40未満であった。
    熊 本 7月9日 20 0%
(0/20)
   
    佐 賀 7月10日 10 0%
(0/10)
  7月3日採血分(前回)の調査でもHI抗体陽性のブタは認められなかった。
    福 岡 7月17日 10 0%
(0/10)
  7月10日採血分(前回)の調査でもHI抗体陽性のブタは認められなかった。

7/4
  高 知 7月4日 10 50%
(5/10)
0%
(0/2)
7月4日採血分の調査でHI抗体陽性率が50%を超えた。
7月4日採血分(今回)の調査ではHI抗体陽性のブタ5頭のうち2頭はHI抗体価1:40以上を示したが,2-ME感受性抗体は検出されなかった。
6月28日採血分(前回)の調査ではHI抗体陽性のブタは認められなかった。

7/10

7/10
愛 媛 7月17日 20 0%
(0/20)
  7月17日採血分(今回)の調査ではHI抗体陽性のブタは認められなかった。
7月10日採血分(前回)の調査では5%(1/20)のブタがHI抗体陽性であり,そのブタはHI抗体価1:40以上を示し,2-ME感受性抗体も検出された。

7/17

7/17
広 島 7月17日 10 60%
(6/10)
100%
(1/1)
7月17日採血分の調査でHI抗体陽性率が50%を超えた。
7月17日採血分(今回)の調査ではHI抗体陽性のブタ6頭のうち1頭はHI抗体価1:40以上を示し,2-ME感受性抗体も検出された。
7月9日採血分(前回)の調査ではHI抗体陽性のブタは認められなかった。

7/12
  鳥 取 7月12日 10 20%
(2/10)
  7月12日採血分(今回)の調査ではHI抗体陽性のブタ2頭はすべてHI抗体価1:40未満であった。
7月4日採血分(前回)の調査ではHI抗体陽性のブタは認められなかった。

7/3

7/3
兵 庫 7月3日 12 17%
(2/12)
50%
(1/2)
7月3日採血分(今回)の調査ではHI抗体陽性のブタ2頭はすべてHI抗体価1:40以上を示し,そのうち1頭から2-ME感受性抗体が検出された。
    滋 賀 7月11日 10 0%
(0/10)
   

7/9

7/9
三 重 7月23日 10 20%
(2/10)
0%
(0/1)
7月23日採血分(今回)の調査ではHI抗体陽性のブタ2頭のうち1頭はHI抗体価1:40以上を示したが,2-ME感受性抗体は検出されなかった。
7月17日採血分(前回)の調査では10%(1/10)のブタがHI抗体陽性であったが,そのブタはHI抗体価1:40未満であった。

7/3
  富 山 7月17日 30 3%
(1/30)
  7月17日採血分(今回)の調査ではHI抗体陽性のブタ1頭はHI抗体価1:40未満であった。
7月9日採血分(前回)の調査では35%(7/20)のブタがHI抗体陽性であったが,それらのブタはすべてHI抗体価1:40未満であった。
    東 京 6月18日 50 0%
(0/50)
  5月21日採血分(前回)の調査でもHI抗体陽性のブタは認められなかった。
    栃 木 7月10日 20 0%
(0/20)
   
*  HI抗体は,抗体価1:10以上を陽性とした。
**
 2-ME感受性抗体は,HI抗体価1:40以上(北海道・東北地方は1:10以上)であった検体について検査した。
   原則として2-ME処理後のHI抗体価が3管(8倍)以上低下した検体を陽性,2管(4倍)の低下を疑陽性,
   不変または1管(2倍)の低下を陰性と判定したが,1:40から1:10未満に低下した検体(北海道・東北地方は
   1:10および1:20から1:10未満に低下した検体も含む)は,2-ME感受性抗体陽性と判定した。
   今シーズンの調査でブタの日本脳炎ウイルスに対するHI抗体陽性率が80%を超えた地区。
   今シーズンの調査でブタに2-ME感受性抗体が検出され,さらにHI抗体陽性率が50%を超えた地区。
   今シーズンの調査でブタに2-ME感受性抗体が検出された地区。
 今シーズンの調査でHI抗体陽性あるいは2-ME感受性抗体陽性のブタが認められたことを示す。
 数字は今シーズンで初めて陽性のブタが認められた採血月日を示す。
文献 1. Southam, C. M., Serological studies of encephalitis in Japan. II. Inapparent infection by Japanese B encephalitis virus. Journal of Infectious diseases. 1956. 99: 163-169.
2. 松永泰子,矢部貞雄,谷口清州,中山幹男,倉根一郎. 日本における近年の日本脳炎患者発生状況−厚生省伝染病流行予測調査および日本脳炎確認患者個人票(1982〜1996)に基づく解析−. 感染症学雑誌. 1999. 73; 97-103.
3. 新井 智,多屋馨子,岡部信彦,高崎智彦,倉根一郎. わが国における日本脳炎の疫学と今後の対策について. 臨床とウイルス. 2004. 32(1): 13-22.
4. Konno, J., Endo, K., Agatsuma, H. and Ishida, Nakao. Cyclic outbreaks of Japanese encephalitis among pigs and humans. American Journal of epidemiology. 1966. 84: 292-300.

国立感染症研究所 ウイルス第一部
国立感染症研究所 感染症情報センター

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