ブタの日本脳炎HI抗体保有状況調査速報
−2005年第5報−

 日本脳炎は,日本脳炎ウイルスに感染したヒトのうち数百人に一人が発症すると考えられている重篤な脳炎である(文献1)。ヒトへの感染は,日本脳炎ウイルスを媒介する蚊(コガタアカイエカ)が日本脳炎ウイルスに感染したブタを吸血し,その後ヒトを刺すことにより起こる。
 感染症流行予測調査事業では,全国各地のブタ血清中の日本脳炎ウイルスに対する抗体を赤血球凝集抑制法(Hemagglutination inhibition test;HI法)を用いて測定することにより,間接的に日本脳炎ウイルスの蔓延状況を調査している。前年の秋以降に生まれたブタが日本脳炎ウイルスに対する抗体を保有し,さらに2-メルカプトエタノール(2-ME)感受性抗体(IgM抗体)を保有している場合,そのブタは最近日本脳炎ウイルスに感染したと考えられる。

 1960年代までは,毎年夏から秋にかけて多数の日本脳炎患者が発生しており(文献2,3),ブタの感染状況から日本脳炎ウイルスが蔓延している地域に多くの患者発生がみられた。Konnoらは,当時調査したブタの半数以上が日本脳炎ウイルスに感染していると,約2週間後からその地域に日本脳炎患者が発生してくると報告している(文献4)。現在では,日本脳炎ワクチンの普及や生活環境の変化等により,ブタの感染状況と患者発生は必ずしも一致していない。近年における日本脳炎患者発生数は毎年数名程度であるが,ブタの感染状況から日本脳炎ウイルスが蔓延していると推測される地域では,ヒトへの感染の危険性が高くなっていると考えられる。

 本速報は,日本脳炎ウイルスの感染に対する注意を喚起するものである。また,それぞれの居住地域における日本脳炎に関する情報にも注意し,日本脳炎ウイルスが蔓延していると推測される地域においては,予防接種を受けていない人,乳幼児,高齢者は蚊に刺されないようにするなど注意が必要である。
No. 2005-5 ⇒ 都道府県別日本脳炎抗体保有状況(地図)
国立感染症研究所ウイルス第1部・感染症情報センター発 2005年8月1日
下記の都道府県におけると畜場のブタの日本脳炎抗体保有率は次の通りである。
HI
抗体
2-ME
感受性
抗体
都道府県 と畜場
所在地
採血月日 検査数 HI抗体
陽性率
*
2-ME感受性
抗体陽性率
**
そ の 他

4/26

5/10
沖 縄 北部 7月11日 25 0%
(0/25)
  7月5日採血分(前回)の調査では20%(5/25)のブタがHI抗体陽性であり,40%(2/5)のブタが2-ME感受性抗体を保持していた。

4/26

5/17
沖 縄 中南部 7月11日 25 0%
(0/25)
  7月5日採血分(前回)の調査ではHI抗体陽性のブタは確認されなかった。

7/25

7/25
鹿児島   7月25日 20 40%
(8/20)
67%
(4/6)
7月12日採血分(前回)の調査ではHI抗体陽性のブタは確認されなかった。

6/27

7/11
宮 崎 都城
都農
7月19日 20 30%
(6/20)
0%
(0/1)
7月11日採血分(前回)の調査では25%(5/20)のブタがHI抗体陽性であり,100%(4/4)のブタが2-ME感受性抗体を保持していた。

7/13

7/13
大 分   7月22日 20 50%
(10/20)
80%
(8/10)
7月22日採血分の調査でHI抗体陽性率が50%を超えた。
7月13日採血分(前回)の調査では5%(1/20)のブタがHI抗体陽性であり,100%(1/1)のブタが2-ME感受性抗体を保持していた。
    熊 本 菊池 7月25日 20 0%
(0/20)
  7月11日採血分(前回)の調査でもHI抗体陽性のブタは確認されなかった。

7/12

7/12
長 崎 佐世保 7月19日 20 40%
(8/20)
100%
(1/1)
7月12日採血分(前回)の調査では10%(2/20)のブタがHI抗体陽性であり,100%(1/1)のブタが2-ME感受性抗体を保持していた。

7/5
  佐 賀 多久 7月12日 10 0%
(0/10)
  7月5日採血分(前回)の調査では20%(2/10)のブタがHI抗体陽性であったが,2-ME感受性抗体を保持しているブタは認められなかった。

7/19
  福 岡 太宰府 7月19日 10 10%
(1/10)
  7月12日採血分(前回)の調査ではHI抗体陽性のブタは確認されなかった。

6/23

6/23
高 知 四万十 7月13日 10 100%
(10/10)
0%
(0/8)
6月23日採血分の調査でHI抗体陽性率が50%を超えた。
7月13日採血分の調査でHI抗体陽性率が80%を超えた。
7月6日採血分(前回)の調査ではHI抗体陽性のブタは確認されなかった。

7/5

7/5
愛 媛 大洲 7月26日 20 5%
(1/20)
100%
(1/1)
7月12日採血分(前回)の調査では15%(3/20)のブタがHI抗体陽性であり,100%(3/3)のブタが2-ME感受性抗体を保持していた。
    香 川 坂出 7月19日 10 0%
(0/10)
   

7/5

7/12
広 島 三次 7月26日 10 100%
(10/10)
60%
(6/10)
7月12日採血分の調査でHI抗体陽性率が50%を超えた。
7月26日採血分の調査でHI抗体陽性率が80%を超えた。

7月12日採血分(前回)の調査では70%(7/10)のブタがHI抗体陽性であり,43%(3/7)のブタが2-ME感受性抗体を保持していた。
    兵 庫   7月14日 16 0%
(0/16)
   
    滋 賀 日野 7月21日 10 0%
(0/10)
  7月5日採血分(前回)の調査でもHI抗体陽性のブタは確認されなかった。

7/25
  三 重 松阪 7月25日 10 40%
(4/10)
  7月20日採血分(前回)の調査ではHI抗体陽性のブタは確認されなかった。
    石 川 金沢 7月26日 10 0%
(0/10)
  7月19日採血分(前回)の調査でもHI抗体陽性のブタは確認されなかった。

7/12
  富 山 新湊 7月19日 20 15%
(3/20)
  7月12日採血分(前回)の調査では15%(3/20)のブタがHI抗体陽性であったが,2-ME感受性抗体を保持しているブタは認められなかった。
    新 潟 新潟 7月25日 10 0%
(0/10)
   
    栃 木 宇都宮 7月25日 10 0%
(0/10)
   
*  HI抗体は、1:10以上を陽性とした。
** 2-ME感受性抗体は、HI抗体価が1:40以上(北海道・東北地方は1:10以上)であったものについて検査した。

  2-ME処理後のHI抗体価が1:40から<1:10に下がった検体は2-ME感受性抗体陽性と判定した。
   今シーズンの調査でブタの日本脳炎ウイルスに対するHI抗体陽性率が80%を超えた地区。
   今シーズンの調査でブタに2-ME感受性抗体が検出され,さらにHI抗体陽性率が50%を超えた地区。
   今シーズンの調査でブタに2-ME感受性抗体が検出された地区。
 今シーズンの調査でHI抗体陽性あるいは2-ME感受性抗体陽性のブタが認められた地区。
 数字は陽性となった採血日を示す。
文献 1. Southam, C. M., Serological studies of encephalitis in Japan. II. Inapparent infection by Japanese B encephalitis virus. Journal of Infectious diseases. 1956. 99: 163-169.
2. 松永泰子,矢部貞雄,谷口清州,中山幹男,倉根一郎. 日本における近年の日本脳炎患者発生状況−厚生省伝染病流行予測調査および日本脳炎確認患者個人票(1982〜1996)に基づく解析−. 感染症学雑誌. 1999. 73; 97-103.
3. 新井 智,多屋馨子,岡部信彦,高崎智彦,倉根一郎. わが国における日本脳炎の疫学と今後の対策について. 臨床とウイルス. 2004. 32(1): 13-22.
4. Konno, J., Endo, K., Agatsuma, H. and Ishida, Nakao. Cyclic outbreaks of Japanese encephalitis among pigs and humans. American Journal of epidemiology. 1966. 84: 292-300.

国立感染症研究所 ウイルス第一部
国立感染症研究所 感染症情報センター

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