ブタの日本脳炎HI抗体保有状況調査速報
−2004年第3報−

 日本脳炎は,日本脳炎ウイルスに感染したヒトのうち数百人に一人が発症すると考えられている重篤な脳炎である(文献1)。ヒトへの感染は,日本脳炎ウイルスを媒介する蚊(コガタアカイエカ)が日本脳炎ウイルスに感染したブタを吸血し,その後ヒトを刺すことにより起こる。
 感染症流行予測調査事業では,全国各地のブタ血清中の日本脳炎ウイルスに対する抗体を赤血球凝集抑制法(Hemagglutination inhibition test;HI法)を用いて測定することにより,間接的に日本脳炎ウイルスの蔓延状況を調査している。前年の秋以降に生まれたブタが日本脳炎ウイルスに対する抗体を保有し,さらに2-メルカプトエタノール(2-ME)感受性抗体(IgM抗体)を保有している場合,そのブタは最近日本脳炎ウイルスに感染したと考えられる。

 1960年代までは,毎年夏から秋にかけて多数の日本脳炎患者が発生しており(文献2),ブタの感染状況から日本脳炎ウイルスが蔓延している地域に多くの患者発生がみられた。Konnoらは,当時調査したブタの半数以上が日本脳炎ウイルスに感染していると,約2週間後からその地域に日本脳炎患者が発生してくると報告している(文献3)。現在では,日本脳炎ワクチンの普及や生活環境の変化等により,ブタの感染状況と患者発生は必ずしも一致していない。近年における日本脳炎患者発生数は毎年数名程度であるが,ブタの感染状況から日本脳炎ウイルスが蔓延していると推測される地域では,ヒトへの感染の危険性が高くなっていると考えられる。

 本速報は,日本脳炎ウイルスの感染に対する注意を喚起するものである。また,それぞれの居住地域における日本脳炎に関する情報にも注意し,日本脳炎ウイルスが蔓延していると推測される地域においては,予防接種を受けていない人,乳幼児,高齢者は蚊に刺されないようにするなど注意が必要である。
No. 2004-3
国立感染症研究所ウイルス第1部・感染症情報センター発2004年7月12日
下記の都道府県におけると畜場のブタの日本脳炎抗体保有率は次の通りである。
  都道
府県
と畜場 採血月日 検査数 HI抗体
陽性%*
2-ME
感受性%**
その他

4/30
沖 縄 北部 6月29日 25 100%
(25/25頭)
28%
(7/25頭)
5月11日の調査で、2-ME感受性抗体陽性のブタが確認された。

5/6
中南部 25 20%
(5/25頭)
 0%
(0/2頭)
5月6日の調査で、2-ME感受性抗体陽性のブタが確認された。
5月18日の調査で、HI抗体保有率が80%を越えた。
  大 分   7月7日 20 0%
(0/20頭)
  6月23日の調査でも、HI抗体陽性のブタは確認されなかった。
  三 重 松阪 7月5日 10 0%
(0/10頭)
  6月23日の調査でも、HI抗体陽性のブタは確認されなかった。
  富 山 新湊 7月6日 20 0%
(0/20頭)
   
* HI抗体は、1:10以上を陽性とした。
** 2-ME感受性抗体については、HI抗体が1:40以上であったものについて検査した。
    ブタの日本脳炎ウイルスに対するHI抗体保有率が80%を越えた地区。
  ブタに2-ME感受性抗体が検出され、しかも日本脳炎ウイルスHI抗体陽性率が50%を越えた地区。
  ブタに2-ME感受性抗体が検出された地区。
今シーズンの調査でHI抗体陽性のブタが認められた地区。数字は陽性となった調査日を示す。
文献 1. Southam, C. M., Serological studies of encephalitis in Japan. II. Inapparent infection by Japanese B encephalitis virus. Journal of Infectious diseases. 1956. 99: 163-169.
2. 松永泰子,矢部貞雄,谷口清州,中山幹男,倉根一郎. 日本における近年の日本脳炎患者発生状況−厚生省伝染病流行予測調査および日本脳炎確認患者個人票(1982〜1996)に基づく解析−. 感染症学雑誌. 1999. 73: 97-103.
3. Konno, J., Endo, K., Agatsuma, H. and Ishida, Nakao. Cyclic outbreaks of Japanese encephalitis among pigs and humans. American Journal of epidemiology. 1966. 84: 292-300.

国立感染症研究所 ウイルス第一部
国立感染症研究所 感染症情報センター

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