2010年度インフルエンザ抗体保有状況調査
−速報第1報−

(2010年12月7日現在)
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はじめに / 調査対象および方法 / 調査結果 / コメント
はじめに
 感染症流行予測調査事業において実施している「インフルエンザ感受性調査」は,毎年,インフルエンザの本格的な流行が始まる前に,インフルエンザに対する国民の抗体保有状況(免疫状況)を把握し,感受性者に対するワクチン接種等の注意喚起ならびに今後のインフルエンザの流行状況の推測を行うことを目的としている。

 インフルエンザワクチンの製造に用いられているウイルス株は,前シーズンおよび南半球の流行状況,分離ウイルスについての抗原性や遺伝子解析の成績,国民の抗体保有状況調査の成績,候補株の発育鶏卵での増殖効率,抗原的安定性,免疫原性,エーテル処理効果など製造株としての適格性が検討された後,数回にわたる検討会議を経て,次シーズンのワクチン株が選定され,最終的には厚生労働省により決定されている。1998/99シーズン以降は,A/H1N1亜型,A/H3N2亜型,B型(ビクトリア系統あるいは山形系統)の3つのインフルエンザウイルスがワクチン株として用いられている。本事業では,これら3つのワクチン株に加え,ワクチンに用いられなかった別系統のB型インフルエンザウイルスについて抗体保有状況調査を行っている。

 本速報では,2010年度の調査により得られた暫定データから,インフルエンザに対する年齢群別抗体保有状況について掲載する。また,2009年に世界的な大流行(パンデミック)を起こしたA/H1N1亜型については,2009年度と2010年度の結果を比較検討した。
1.調査対象および方法
 2010年度の調査は,24都道府県から各225名,合計5,400名を対象として実施された。

 インフルエンザウイルスに対する抗体の有無および抗体価の測定については,対象者から採取された血液(血清)を用いて,調査を担当した都道府県衛生研究所において赤血球凝集抑制試験(HI法)により実施された。採血時期は原則として2010年7〜9月(例年のインフルエンザの流行シーズン前かつワクチン接種前)とした。また,HI法に用いたインフルエンザウイルス(測定抗原)は以下の4つであり,このうちa〜cは2010/11シーズンのインフルエンザワクチンに用いられているウイルス,dは抗体保有状況の把握が必要と考えられるワクチン株とは異なる系統のB型インフルエンザウイルスである。
a) A/California(カリフォルニア)/7/2009pdm [A/H1N1亜型]
b) A/Victoria(ビクトリア)/210/2009 [A/H3N2亜型]
c) B/Brisbane(ブリスベン)/60/2008 [B型(ビクトリア系統)]
d) B/Florida(フロリダ)/4/2006 [B型(山形系統)]
2.調査結果
 2010年12月7日現在,北海道,福島県,茨城県,栃木県,群馬県,千葉県,東京都,神奈川県,新潟県,富山県,石川県,福井県,山梨県,長野県,静岡県,愛知県,三重県,京都府,山口県,愛媛県,高知県,佐賀県,宮崎県の23都道府県から合計6,035名の対象者について結果が報告された。

 5歳ごとの年齢群別対象者数は,0-4歳群:715名,5-9歳群:578名,10-14歳群:676名,15-19歳群:521名,20-24歳群:372名,25-29歳群:483名,30-34歳群:517名,35-39歳群:426名,40-44歳群:366名,45-49歳群:347名,50-54歳群:296名,55-59歳群:272名,60-64歳群:317名,65-69歳群:81名,70歳以上群:68名であった(※測定抗原により対象者数は若干異なる)。

 なお,本速報における抗体保有率とは,HI法で測定した場合に重症化予防の目安と考えられる抗体価1:40以上の抗体保有率を示し,抗体保有率が60%以上を「高い」,40%以上60%未満を「比較的高い」,25%以上40%未満を「中程度」,10%以上25%未満を「比較的低い」,5%以上10%未満を「低い」,5%未満を「きわめて低い」と表す。
1) 年齢群別抗体保有状況
a) A/California(カリフォルニア)/7/2009pdm [A/H1N1亜型]
 本ウイルスは2009年に世界的大流行(パンデミック)を起こしたインフルエンザの原因ウイルスであり,2009/10(昨シーズン)は単価ワクチンとして,季節性インフルエンザワクチン(3価ワクチン)とは別に接種が行われたが,2010/11シーズン(今シーズン)は季節性インフルエンザワクチンの1つとして用いられているウイルスである。
 このウイルスに対する抗体保有率は,10-14歳群(65%)および15-19歳群(65%)で60%以上と高かった。また,5-9歳群(58%),20-24歳群(57%),30-34歳群(41%)は比較的高い抗体保有率であったが,0-4歳群,25-29歳群および35歳から49歳の各年齢群では25〜39.5%と中程度の抗体保有率であった。50歳以降の各年齢群は12〜23%と比較的低い抗体保有率であった。
図1上段
b) A/Victoria(ビクトリア)/210/2009 [A/H3N2亜型]
 2010/11シーズンのAH3N2亜型のワクチン株は,2009/10シーズンのワクチン株であるA/Uruguay(ウルグアイ)/716/2007から本ウイルス株に変更となった。
 このウイルスに対する抗体保有率は,15-19歳群で最も高く63%であった。また,0-4歳群(16%)を除くすべての年齢群で25%以上の抗体保有率であり,5-9歳群(47%),10-14歳群(45%),20-24歳群(51%),25-29歳群(42%)および70歳以上群(47%)では比較的高い抗体保有率を示した。
図1下段
c) B/Brisbane(ブリスベン)/60/2008 [B型(ビクトリア系統)]
 本ウイルスは2009/10シーズンに引き続き,2010/11シーズンもワクチン株に選択された。
 このウイルスに対する抗体保有率は,35-39歳群で64%と高く,25-29歳群(49%),30-34歳群(52%),40-44歳群(53%)および45-49歳群(48%)では比較的高かった。また,5歳から24歳の各年齢群,50代の各年齢群および70歳以上群では,25〜37%と中程度の抗体保有率であった。その他の年齢群は25%未満の抗体保有率であり,特に0-4歳群では9%と低かった。
図2上段
d) B/Florida(フロリダ)/4/2006 [B型(山形系統)]
 本ウイルスは2010/11シーズンのワクチンとは別系統のB型の代表として,調査に用いたウイルスである。
 このウイルスに対する抗体保有率は,20-24歳群で66%と高く,15-19歳群,25-29歳群ではそれぞれ54%,46%と比較的高かった。また,10-14歳群および30歳から49歳の各年齢群では27〜33%と中程度の抗体保有率であったが,その他の年齢群では25%未満であった。特に0-4歳群および60歳以降の各年齢群では10%未満の抗体保有率であった。
図2下段
2) A/California(カリフォルニア)/7/2009pdmに対するHI抗体価1:40以上の抗体保有状況(昨年度と今年度の比較)
 A/California(カリフォルニア)/7/2009pdm(インフルエンザA/H1N1 2009)に対する抗体保有率を,昨年のパンデミック開始初期(2009年度)とその1年後(2010年度)について比較検討した。
 パンデミック発生初期(2009年7〜9月)である2009年度調査では,中学・高等学校での流行が中心であったことを反映して,15-19歳群が21%と最も高く,パンデミック発生前からすでに抗体を保有していたと考えられる80歳以上群の21%と同等であった。しかし,それ以外の年齢群は10%未満の低い抗体保有率であった。
 パンデミックから約1年が経過した2010年度調査(2010年7〜9月)では,5歳から24歳の各年齢群で抗体保有率は50%を超え,特に10-14歳群,15-19歳群は65%の高い抗体保有率であった。2009年度調査と2010年度調査を比較すると,5-9歳群は56ポイント,10-14歳群は62ポイント,15-19歳群は44ポイント,20-24歳群は43ポイント,それぞれ抗体保有率が上昇していた。また,30-34歳群は40%以上の比較的高い抗体保有率を示し,すべての年齢群において2009年度より抗体保有率は高くなっていた。
図3
コメント
 A型インフルエンザについては5-9歳群から20代前半の年齢群の抗体保有率が他の年齢群と比較して高かった。これは例年みられる傾向であり,これらの年齢群は学校等での集団生活によりインフルエンザウイルスに曝露する頻度が高く,これまでの流行の結果を反映していると考えられた。一方,B型についてはビクトリア系統,山形系統ともに,それぞれ成人層である35-39歳群と20-24歳群に抗体保有率のピークがみられ,A型とは異なる結果であった。この理由については不明であるが,それぞれの系統がいつ,どのような年齢層で流行したか等について,過去の流行状況についても総合的に検討する必要がある。

 今シーズンは2010年12月7日時点ですでに,茨城県の小学校においてインフルエンザウイルスAH1pdm(インフルエンザA/H1N1 2009)による集団発生が報告されており1),また,インフルエンザ様疾患発生報告(学校欠席者数)によると,2010年10月24日から11月27日の期間に学級閉鎖を実施した学校数は82校,学年閉鎖を実施した学校数は25校,休校を実施した学校数は14校と報告されている2)。病原微生物検出情報による今シーズンの亜型別分離状況は,2010年第36週から第48週(12月2日現在)においてA/H1pdm亜型が126例,A/H3亜型が321例,B型(ビクトリア系統)13例,B型(山形系統)2例であり3),A/H1pdm亜型とA/H3亜型が混在し,現時点ではA/H3亜型の方が分離報告数は多い。

 本調査の結果から,抗体保有率が低い年齢群においては,本格的な流行シーズンとなる前にワクチン接種等の予防対策が望まれる。
1) 土井育子,永田紀子,笠井 潔,増子京子,原 孝,杉山昌秀,大竹美記,益子佳和,岸 恵理
<速報>小学校における今季初のインフルエンザAH1pdmの集団発生−茨城県
IASR速報
2) 厚生労働省健康局結核感染症課
インフルエンザ様疾患発生報告(第5報)
3) 国立感染症研究所感染症情報センター
都道府県別インフルエンザウイルス分離・検出報告状況,2010年第36〜48週(病原微生物検出情報:2010年12月2日現在報告数)

 国立感染症研究所 感染症情報センター/インフルエンザウイルス研究センター

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