2007/08シーズン前インフルエンザHI抗体保有状況調査速報
−第1報−

(2007年12月26日現在)

 感染症流行予測調査事業は、厚生労働省が実施主体となり、都道府県、都道府県衛生研究所ならびに国立感染症研究所が協力して、定期予防接種対象疾患について各種疫学調査を実施している。
 インフルエンザについては、本年度もインフルエンザ流行シーズン前(ワクチン接種前)に、当該シーズンに
流行すると推定されるインフルエンザウイルスの型に対する国民の免疫(抗体)保有状況を調査した。ここでは、速報として報告された暫定データから本年度の年齢群別抗体保有状況、および2000年度調査以降の年度比較について掲載する。


 本年度のインフルエンザ赤血球凝集抑制(HI)抗体測定には、次の4抗原が使用された。このうち1、2、3は今シーズン(2007/08シーズン)のワクチンに使用されている株と同じである。
 なお、今シーズンのワクチン株選定の経緯については、病原微生物検出情報(IASR)月報2007年11月号「平成19年度(2007/08シーズン)インフルエンザワクチン株の選定経過」1)を参照いただきたい。


 1. A/Solomon Islands (ソロモン諸島)/3/2006 [H1N1亜型]
 2. A/Hiroshima (広島)/52/2005 [H3N2亜型]
 3. B/Malaysia (マレーシア)/2506/2004 [ビクトリア系統]
 4. B/Florida (フロリダ)/7/2004 [山形系統]

 一般の方々、医療従事者からよくある質問への対応に関しては、インフルエンザQ&A2007年度版)を現在準備中である。また、当センターホームページ上(http://idsc.nih.go.jp/index-j.html)、フォーカスのインフルエンザのサイトには、インフルエンザQ&A2006年度版)や総説などを含む「国内情報・ガイドライン」をはじめ、「流行状況」としてインフルエンザ流行レベルマップ、過去10年間との比較グラフ、インフル様疾患発生報告(学校欠席者数)、インフル関連死亡迅速把握システムなどの情報があり、他にも「抗体・ウイルス情報関連」、「海外からの情報」、「その他のインフルエンザ情報」へのリンクなどを掲載している。これらには、インフルエンザについての疫学、病原体、臨床症状、病原診断、予防・治療などに関して解説がなされており、これからのシーズンに有用である。なお、IASR月報の200711月号はインフルエンザの特集号である2)
調査結果および考察
 採血時期は原則として20077〜9月(予防接種実施前・流行シーズン前)であるが、昨シーズン(2006/07シーズン)のインフルエンザの流行が終息していることが確実な場合は、この時期以前でも可とした。ただし5月以降であることとした。

 
20071226日現在、北海道、山形県、福島県、茨城県、栃木県、群馬県、千葉県、東京都、神奈川県、新潟県、富山県、福井県、山梨県、長野県、静岡県、三重県、山口県、愛媛県、高知県、佐賀県宮崎県の21都道県から合計6,064検体についての結果が報告された。

 年齢群別の検査検体数は、
0-4歳群:702検体、5-9歳群:560検体、10-14歳群:752検体、15-19歳群:467検体、20-24歳群:388検体、25-29歳群:451検体、30-34歳群:559検体、35-39歳群:467検体、40-44歳群:372検体、45-49歳群:326検体、50-54歳群:298検体、55-59歳群:289検体、60-64歳群:195検体、65-69歳群:113検体、70歳以上群:122検体、年齢不明:3検体であった。


 なお、本速報では、抗体保有率について、60%以上を「高い」、40%以上60%未満を「比較的高い」、25%以上40%未満を「中程度」、10%以上25%未満を「比較的低い」、5%以上10%未満を「低い」、5%未満を「きわめて低い」とし、以下の表現に用いている。

A/Solomon Islands(ソロモン諸島)/3/2006H1N1亜型]に対する抗体保有率HI抗体価1:40以上)図1上段
 本株は、
2000/01シーズン以降7シーズン連続してワクチン株に用いられていたA/New Caledonia(ニューカレドニア)/20/99から、今シーズンに変更となった株である。
 この株に対する
1:40以上のHI抗体保有率は、10-14歳群、15-19歳群、20-24歳群でそれぞれ62%、73%、77%と高く、また、25-29歳群および30-34歳群ではそれぞれ50%、41%と比較的高い抗体保有率であった。その他の各年齢群では40%未満の抗体保有率であり、中でも0-4歳群、60-70歳以上の各年齢群では、11〜22%と比較的低い抗体保有率であった。

A/Hiroshima(広島)/52/2005H3N2亜型]に対する抗体保有率HI抗体価1:40以上)図1下段
 今シーズンのワクチン株は、昨シーズンに引き続き
A/Wisconsin(ウィスコンシン)/67/2005類似株である本株が選定された。
 この株に対する
1:40以上のHI抗体保有率が60%以上で高かったのは、10-14歳群の60%および15-19歳群の61%であり、5-9歳群、20-24歳群、70歳以上群では41%〜56%と比較的高い抗体保有率であった。その他の各年齢群では40%未満の抗体保有率であり、0-4歳群および40-44歳群では25%をわずかに下回る比較的低い抗体保有率であった。


B/Malaysia(マレーシア)/2506/2004[ビクトリア系統]に対する抗体保有率HI抗体価1:40以上)図2上段
 昨シーズンの
B型の流行株はビクトリア系統の株であり、今シーズンも昨シーズンに引き続きビクトリア系統の本株がワクチン株として選定された。
 この株に対する
1:40以上のHI抗体保有率は、30-34歳群の比較的高い47%を除くすべての年齢群で40%未満であった。中でも0-19歳の各年齢群および45-69歳の各年齢群では25%未満の抗体保有率であり、特に50-64歳の各年齢群では10%未満と低く、0-4歳群では3%ときわめて低い抗体保有率であった。


B/Florida(フロリダ)/7/2004[山形系統]に対する抗体保有率HI抗体価1:40以上)図2下段
 本株は、
今シーズンのワクチン株がビクトリア系統であったことから別系統のウイルス株の代表として調査対象株となった。
 この株に対する
1:40以上のHI抗体保有率は、15-19歳群および20-24歳群でそれぞれ71%、69%と高く、また10-14歳群、25-29歳群、30-34歳群では40〜55%と比較的高い抗体保有率であった。その他の各年齢群では40%未満の抗体保有率であり、中でも0-4歳群、50-69歳の各年齢群では25%未満の抗体保有率であった。特に0-4歳群、60-64歳群では10%未満と低い抗体保有率であった。


近年8年間の抗体価1:40以上のHI抗体保有率の比較
 2000年度以降の調査結果を年度ごとに比較すると、B型のビクトリア系統を除き、5-19歳の各年齢群(あるいは10-24歳の各年齢群)は他の年齢群と比較して抗体保有率が高い傾向がほぼ毎年度みられるが、これは学校等の集団生活を送っている年齢層では、インフルエンザウイルスの曝露を毎年、頻回に受けることにより、抗体価が高く維持されているためと推察された。今年度の調査においても同様の傾向が認められた。
 また、
2001年度の調査以降、調査株のほとんどで65歳以上群の抗体保有率が60-64歳群と比較して高い傾向がみられており(多くは有意な差をもって高い)、これは200111月からワクチン接種が65歳以上で定期接種として導入された効果と推察された。


A/H1N1亜型:図3上段
 A/H1N1亜型については、20002006年度の調査でA/New Caledonia(ニューカレドニア)/20/99が連続して用いられており、この期間において多くの年齢群で抗体保有率は年々上昇傾向にあった。全年齢の平均抗体保有率で比較すると、2000年度は16%であったのが、2001年度22%、2002年度25%、2003年度31%、2004年度31%、2005年度40%、2006年度43%と上昇していた。これについては、A/H1亜型の流行がほとんどみられなかった2002/032004/05シーズン(分離報告されたインフルエンザウイルスのうち、A/H1亜型が分離された割合は2002/03:0.01%、2003/04:0.1%2004/05:3.0% ※病原微生物検出情報より)の次年度の調査においても全年齢平均抗体保有率は上昇していたことから、同じ株が連続してワクチン株として用いられていることによる効果と推察された。従来、インフルエンザワクチンの効果の持続は半年程度と言われていたが、毎年同じワクチン株による接種を繰り返すことで、抗体保有率は高くなる(抗体保有の持続期間が長くなる)可能性も考えられた。また、2007年度は調査株が変更になったことにより、2006年度と比較して多くの年齢群で抗体保有率の低下(保有する抗体と調査株との反応が低いためと考えられる)がみられたが、全年齢平均抗体保有率で2ポイント程度の低下であった。
 年齢群間での抗体保有率の比較について、
2000〜2003年度の調査では、5-19歳の各年齢群の抗体保有率が他の年齢群と比較して高い傾向がみられていたが、2004年度以降、この年齢層は年長側にシフトする傾向がみられ、20052007年度調査では10-24歳の各年齢群が他年齢群と比較して抗体保有率が高い年齢層となっていた。この傾向については、今後さらに解析が必要と考えられる。
 定期接種による効果と考えられる
65歳以上群の抗体保有率が60-64歳群と比較して高い傾向は、2001〜2006年度では統計的に有意な差をもってみられていたが(p値=0.000〜0.049)、2007年度調査では65歳以上群の方が高いものの有意差はみられなかった(p値=0.310)。


A/H3N2亜型:図3下段
 A/H3N2亜型について同じ株が連続して調査に用いられているのは、2000〜2003年度のA/Panama(パナマ)/2007/99、および2006〜2007年度のA/Hiroshima(広島)/52/2005であるが、これらの期間における全年齢平均抗体保有率を比較すると、前者においては2000年度28%、2001年度40%、2002年度37%、2003年度50%であり、2002年度のわずかな低下を除き、年々上昇する傾向がみられた。また後者においては、2006年度に31%であった全年齢平均抗体保有率は、2007年度には39%と上昇していた。両期間における抗体保有率の上昇傾向は、A/H1N1亜型と同様に同じ株が連続してワクチン株に用いられている効果も考えられるが、A/H3亜型は毎年流行がみられ、多くのシーズンで流行の主流となっていることから、この点も考慮した詳細な検討が必要と考えられる。
 また、
5-19歳の各年齢群が他の年齢群と比較して抗体保有率が高い傾向は2001〜2007年度で認められるが、2006〜2007年度ではA/H1N1亜型と同様、抗体保有率が高い年齢層が年長側に拡大し、20-24歳群も抗体保有率が高い年齢層に含まれる傾向がみられた。
 
65歳以上群の抗体保有率については、2002〜2006年度では60-64歳群と比較して有意に高かったが(p値=0.000〜0.013)、2001年度(p値=0.474)および2007年度(p値=0.122)では60-64歳群と比較して高いものの、有意な差は認められなかった。


B型:図4
 ビクトリア系統の株に対する抗体保有率は他の調査株と比較して毎年度低く、2000〜2004年度はすべての年齢群で25%未満であり、全年齢平均抗体保有率も3〜11%と低かった。2005〜2006年度は30-34歳群で25%以上を示したが、全年齢平均抗体保有率は12〜13%程度であった。2007年度は20-44歳の各年齢群および70歳以上群で25%以上を示し、全年齢平均抗体保有率は22%と過去8年間では最高であった。これは昨シーズンの流行(ビクトリア系統の分離報告の割合は全体の約40%)の影響と推察されるが、それでも他の調査株と比較して15〜19ポイント低い抗体保有率であった。ビクトリア系統の株においては、他の調査株と異なり25-29歳群あるいは30-34歳群に抗体保有率のピークがあることや抗体保有率が低いことについては、いまだよく分かっておらず、今後の検討課題である。また、65歳以上群と60-64歳群の抗体保有率の比較については、2001年度の調査以降、2005年度(p値=0.116)を除き、すべての年度で有意に65歳以上群が高かった(p値=0.000〜0.042)。
 一方、別系統の山形系統の株に対する全年齢平均抗体保有率は、
2004年度まではビクトリア系統より高いものの、A型の2株と比較すると同等あるいはそれより低かった(7〜27%)。しかし、2005年度(42%)および2006年度(46%)の全年齢平均抗体保有率は調査株中最も高く、2007年度はA型と同等であった(山形:37%、H1N141%、H3N239%)。これは、2004/05シーズンにみられた山形系統の株による流行(山形系統の分離報告の割合は約55%)の影響がなお反映されているものと推察された。また、5-19歳(あるいは10-24歳)の各年齢群の抗体保有率が他の年齢群と比較して高い傾向はA型と同様に認められ、2001年度以降における65歳以上群の抗体保有率が60-64歳群と比較して高い傾向も2002年度(p値=0.899)を除くすべての年度で認められた(p値=0.000〜0.026)。
コメント
 昨シーズン(20069月〜20078月)の流行はA/H1亜型、A/H3亜型、B型の混合流行であり、また、全国約5,000のインフルエンザ定点医療機関からの報告患者数は約108万人と中規模の流行であった2)

 A/H1亜型2004/05シーズン以降3シーズン続けて流行がみられ、昨シーズンは国内分離報告数の約12%がA/H1亜型ウイルスであった。解析が行なわれたA/H1亜型ウイルス分離株の半数以上はA/New Caledonia(ニューカレドニア)/20/99と抗原性が類似していたが、A/Solomon Islands(ソロモン諸島)/3/2006[今シーズンワクチン株]やA/Fukushima(福島)/141/2006などに代表される抗原変異株も多くみられ、シーズン後半には変異株が主流を占めるようになった3)今シーズンは変異株およびその類似株による流行が主流となることが予想されることから、0-4歳群および30代以降の抗体保有率が十分でない年齢群においては、ワクチンを受けるなどの注意が必要である。

 
A/H3亜型は昨シーズンの流行の主流(国内分離報告数の約47%)であったが、解析が行なわれたA/H3亜型ウイルス分離株の約6割は、A/Hiroshima(広島)/52/2005[昨・今シーズンワクチン株]とは抗原性が変化していた
3)今シーズンはこれら抗原変異株が流行の主流になることが予想されるが、現在のワクチン株でもある程度の交叉防御が期待できることから、抗体保有率が低い年齢群では、ワクチン接種による免疫の強化が必要である。

 
Bは一昨シーズン以降、ビクトリア系統の株の分離報告が増加しており、昨シーズンの国内分離報告数の約40%を占めたB型の大半はビクトリア系統の株であった。また、そのほぼ100%はB/Malaysia(マレーシア)/2506/2004類似株であった3)山形系統の株と比較してビクトリア系統の株に対する抗体保有率は、30-34歳群を除くすべての年齢群で低いことから、十分な注意が必要である。


 沖縄県では、2004/05シーズン以降、夏季にもインフルエンザ流行がみられており、昨シーズンも20075〜6月にA/H1亜型、A/H3亜型、B型の混合流行がみられ、7月にはA/H1亜型による流行がみられた4)。今シーズンに入ってもすでに9〜10月にインフルエンザの患者が発生し、A/H1亜型のウイルスが分離されている5)。他県においても、愛知県でA/H3亜型6)、千葉県7)、神奈川県8)A/H1亜型、広島県でA/H1亜型とB型(ビクトリア系統)9)、京都市からB型(ビクトリア系統)10)のインフルエンザウイルスの分離がそれぞれ報告されている。

 今シーズンは例年と比較して流行の開始が早く、また、インフルエンザHI抗体保有状況調査の結果から、現時点での抗体保有率は十分とはいえないことから、ワクチン接種等の対策が求められる。
参考文献
1) 小田切孝人、田代眞人
平成
19年度(2007/08シーズン)インフルエンザワクチン株の選定経過
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インフルエンザ
2006/07シーズン
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独立行政法人製品評価技術基盤機構
2006/07シーズンのインフルエンザウイルス流行株の解析
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2007/08シーズン9〜10月に分離されたAH1亜型インフルエンザウイルス−沖縄県
IASR 2007; 28(11), 324.
6) 秦 眞美、田中正大、伊藤 雅、川口まり子、山下照夫、小林慎一、皆川洋子
2007/08シーズン初のインフルエンザウイルスAH3亜型分離−愛知県
IASR 2007; 28(11), 324.
7) 小川知子、丸 ひろみ、吉住秀隆、岡田峰幸、篠崎邦子、小倉 誠、斉加志津子、三瓶憲一
2007/08シーズンのインフルエンザウイルスAH1亜型の分離−千葉県
IASR 2007; 28(11), 324.
8) 渡邉寿美、齋藤隆行、近藤真規子、佐野貴子、尾上洋一、近内美乃里
2007/08シーズンのインフルエンザウイルスAH1亜型の分離−神奈川県
IASR 2007; 28(12), 351-352.
9) 高尾信一、島津幸枝、佐々木由枝、福田伸治、妹尾正登、久保 滋、木原幹夫、高橋美佳、荒川 勇
2007/08シーズンのA/H1N1亜型およびB型インフルエンザウイルスの分離−広島県
IASR 2007速報
10) 近野真由美、松尾高行、梅垣康弘、竹上修平
2007/08シーズン初のインフルエンザウイルスB型の分離について−京都市
IASR 2007速報

国立感染症研究所 感染症情報センター第3
国立感染症研究所 ウイルス第3部第1

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