流行調査

国立公衆衛生院疫学部

簑輪 眞澄



1.はじめに
 消防署は,普段は防火活動を行なっているが,火災が起これば消火に従事し,火災がおさまれば火災の原因を究明する。保健所等における感染症対策も同様であり,感染症等が発生した時にはその原因の究明が必要である。
 疾病の集団発生の原因等を究明する調査は流行調査outbreak investigationと呼ばれる。このinvestigationという語は犯罪捜査にも使われる言葉であるが,流行調査はいわゆる犯人探しのために行なわれるのではなく,次の集団発生を予防するために行なわれる。しかしその結果は,民事上あるいは刑事上の裁判にも用いられるかもしれない。
 流行調査は,大きく病因の追求と疫学調査に分れるが,病因の追求(感染症の場合には病原体の検索)は別に説明されるであろうから,主として疫学調査について概説する。


2.疫学方法論のあらまし
 疫学とは,人集団における患者発生の分布を観察することにより,主として疾病の原因を究明しようという学問である。しかし,こうすればいつでも満点の疫学研究ができるという方法があるわけではない。置かれた状況によって,常に工夫が必要である。とはいいながら,あくまで科学であるから,常識を働かせることを忘れてはならない(ということは,非常識なことはやってはならない)。
 疫学的アプローチにはさまざまなやり方があるが,それらを分類すると図1のようになる。実際に流行調査で用いられる方法は,記述疫学と患者対照研究(case-control study。現在では症例対照研究という表現が多くなりつつあるが,厚生省からの通知では患者対照研究となっているので,混乱を避けるためにとりあえずそれに従う)である。曝露集団全員についての,曝露情報が調査できた場合には歴史的コーホート研究としての解析も可能であるが,より一般的には患者対照研究としての解析とした方が分りやすいであろう。
 以下,食中毒事件録における記述を念頭に置きながら,主として経口感染症(食中毒)の流行調査の手順を述べる。

図1 疫学方法論の分類

           ┌人(性,年齢など,人の属性による分布の観察)
      ┌記述疫学┼時(患者発生の時間的分布。具体的には流行曲線)
      │    └ 場所(空間的な分布の観察。地理的分布など)
┌観察的方法┤
│     │    ┌コーホート研究(曝露者群と非曝露群の追跡)
│     └分析疫学┤
│          └患者(症例)対照研究(患者群と対照群における曝露状況の観察)
└介入研究(何等かの因子を与えたり,除いたりして,問題となる疾病発生の率を対照群と比較する)


3.流行の発生と規模の認知
3.1.患者または容疑患者発生の情報入手
 流行の発生を早期に認知することは,その後の対応にとって極めて重要である。そのためには,公衆衛生の第一線機関である保健所が,医師からの届出(法によるか否かにかかわらず),一般よりの通報,保健所職員による探知などに務めなければならない。2例の乳児結核症例が同一保健所に届け出られたことから,産院の新生児室での集団感染が明らかになったことがあるが,同一保健所に多数の関節結核が報告されていたにもかかわらず,適切な対応がなされなかったこともある。
 また,入手した情報は,憶測等を交えず,ありのままを確実に記録しておくことが大切である。

3.2.診断の確認
 報告された患者または容疑患者の病名を確認することが流行調査の出発点となる。病原体検索などに時間がかかる場合においては,同一の疾患か否かだけでも診断する必要がある。
 特に,未知の疾患については,臨床的に同一な疾患であると確認された患者についての流行調査を行なう必要
がある。

3.3.流行存在の認知
 普段まったくみられない疾患ならば,1例だけでも発生の原因を究明しなければならない場合もある。2例発生すれば集団発生といえるかもしれない。学校などでの集団発生でなく,地域における散発例であっても集団発生である。
 感染症サーベイランスでモニタリングを行なっている疾患ならば,観察地域内における通常の患者発生件数を把握しておき,流行曲線を観察することによってその疾患の異常な多発を知ることができる。そのような場合にも,この研修会で問題にしているような流行調査が必要である。

3.4.流行規模の認知
 流行の規模がどの範囲に起こっているのかを知ろうというものである。例えば,学童間に集団発生があった場合,それが学校内だけのものか,あるいは一般家庭でも起こっているのかを確認することは,防疫上からも,原因究明のためにも極めて大切である。具体的には,学童に集団発生があれば,その家庭および通学区域にある学童のいない家庭をも調査する。学校を通じての調査だけでは学童のいない家庭での発生状況が分らないからである。戸別訪問(検病戸口調査)が原則であるが調査票を配ることもある。対象が多い場合には無作為抽出を行なってもよい。
 これによって曝露集団(人口)population at riskが定まり,その後の疫学調査における観察集団となる。


4.流行状況の検討(記述疫学)
4.1.時についての検討
 流行の発生が時間的にどうなっているのかの観察である。例えば,時間別または日別の患者発生曲線(流行曲線)を作ると,その流行の特徴がある程度分る。一峰性て立上がりが急で右に裾を引く曲線を示しておれば,原因が一時点または極めて短時間に作用した時に現われる現象である(図1)。この様な流行は,爆発流行または点流行と呼ばれる。伝染病では,流行曲線の右裾に小さくなだらかな山がみられることがあり,二次感染によるものである。
 ヒトからヒトへの連鎖的な伝播では,むしろだらだらした起こり方と減少を示す。
 食中毒事件録の報告では,表としては示されているが,多くは図示されていない。
 この流行曲線から曝露時点を推定することが行なわれているが,現在用いられている方法は職人芸的な面があることもあって,再現性に乏しく,信頼区間を示すことができない。国立公衆衛生院疫学部理論疫学室(丹後俊郎室長)ではこの改善を試みており,ある捏度の目途が立っている(現在投稿中)ので,日時別発症数を頂ければ丹後の方法による推定曝露日時をお返しすることができる。

 有症者発生数の推移
 患者発生動向を把握するために、日別有症状者の発生状況を区分した。
 有症状者の発生は、10月24日から始まり、26日をピークとして、30日で終息している。


図1 流行曲線の例
 (北海道内で集団発生した腸管出血性大腸菌O-157感染症報告書,
  北海道帯広保健所,1997)


4.2.人についての検討
 性・年齢別など,人の特性別の発生状況を観察することが流行の原因を解く鍵になることがある。この場合,通常は性・年齢別の患者数を示すことが多いが,曝露集団ににおける発生率で示す方が特徴を正確に表わすであろう。この場合にも図示することによって特徴が分りやすくなる。

4.3.場所についての検討
 患者発生の地域的な分布を知ることも,流行の特性を知る上で重要である。散発例の多発であっても,特定の地域に集中しておれば,その地域に特有な要因が関係しているのかもしれない。


5.流行原因の検討
 感染症の場合,流行は感染源,感染経路および宿主の感受性が揃った時に発生する。実際に遭遇する流行例は,感受性のある個体がすでに存在していたことを示している。しかし,その特徴を把握することはむしろ平常時の活動であり,流行調査として早急に追求しなければならないのは,感染経路と感染源である。これらを把握することによって,流行原因が明らかになり,的確な予防が可能になる。
 一般に,曝露様式としては,(1)単一曝露と(2)連続曝露があるが,これは流行曲線から推察がつくであろう。連 鎖伝播の場合には,(1)ヒトからヒトへの伝播,(2)昆虫など媒介動物を介しての伝播が考えられる。ここでは,もっとも普通にみられる食中毒における共通経路同時曝露を例として説明する。

5.1.感染経路の追求
 一口でいえば,患者群と,それと同一曝露集団に属していながら発症しなかった者からなる対照群にどのような違いがあるかを探すことである。
 一般には,患者群と対照群における各種の仮説要因に対する曝露状況を比較する。感染経路に関する仮説要因としては,典型的には特定の機会に飲食をした特定の食品に対する曝露とである。飲食の機会の特定方法としては,潜伏期間と患者の広がり具合(流行規模)を考慮して決めることが多いが,信頼できる曝露時点推定ができれば参考になる。
 機会が特定できなければ,仮説要因としての食品数が多くなり,時間的に古くなれば記憶が定かでなくなる。その様な場合には,それぞれの飲食機会があったか否かを調査することによって,飲食の機会を特定することはできるかもしれない。
 具体的には,原因食品を決めることを目的として,患者群が共通に飲食する機会のあった食品について喫食調査を行ない,次に述べるマスターテーブルなどを作成して,対照群に比べて患者群の喫食率の高い食品を見つけだす。それと同時に,たとえば,ある日の学校給食の一部を持ち帰り,それを食べた家族が発症した,というような特殊例があれば,それも重要な所見になる。
 容疑食品については,可能な限り,細菌学的検査や化学的検査をするが,さらにその購入経路から製造元における製造行程にまでさかのぼって調査することにより,流通経路のどの過程で,どのような汚染があったのかを追求しなければならない。しかし,一般には検食が保存されていない限り,患者が食べたと同じ食品が保存されていることは少ない。仮に病原体が検出されたとしても,患者が喫食した後で汚染されたり、増殖した可能性も否定できない。
 以下,仮想例によって解析例を示す。

5.2.マスターテーブルの作成の例(仮想例)
 N県下の某部落で25人の食中毒患者が発生する事件があった。調査の結果,この25人は某家の会食に一緒に出席した以外,共通の食品または水を飲食する機会のなかったことが分ったので,その会食が原因と考えられた。そこでその時の供された会食の各食品の喫食状況を出席者全員について調査した結果,表2のような成績となった。このように,患者群と対照群との仮説要因に対する曝露状況を比較する表はしばしばマスターテーブルmaster table(点呼表)と呼ばれる。この事例のマスターテーブルは,図2の様に示すことができる。
 ここに示した例は非常に単純なものであるが,実際にはもっと容疑食品が多いこともある。調査内容は回答者の負担や記憶能力を考慮して決めなければならないというのが現実である。
 ここに,オッズ比とは関連の強さを示す指標であり,0から無限大に分布し,1は無相関,1より小さければその要因に曝露された者ではその疾患のリスクが低いことを,1より大きければ曝露者にリスクが高いことを意味する。問題とする疾患の発生率が十分に小さい時には相対危険の良い近似となるが,通常の食中毒の様な高い発生率では相対危険よりも大きくなる。
 表2に示されているオッズ比は推定値であり,その真の値はその近傍にあると考えられる。95%信頼区間とは,95%の確率で真の値が存在する範囲である。95%信頼区間の下限値が1を越えていたり,上限が1を下回っておれば5%水準で有意であると言える。有意性はYatesの修正項付きのχ2検定によっても良いが、オッズ比が1を上回っていても,1を下回っていても同じ値になることに注意。

オッズ比(φ)とその95%信頼区間(φu上限:φl下限)は次の様に定義される。

φ=ab/bc
φu,φ=exp[ln(φ)±1.96×SE{ln(φ)}
   ただし,SE{ln(φ)=√(1/a+1/b+1/c+1/d)


表2 食中毒における原因食品推定の例

患者群
対照群

食品名
食べた
食べない
食べた
食べない
オッズ比(95%信頼区間)
煮物A
13
12
10
16
1.7 (0.5-5.3)
煮物B
14
11
13
13
1.3 (0.4-3.8)
麺類
11
14
9
17
1.5 (0.5-4.6)
かずのこ
13
12
11
15
1.5 (0.5-4.5)
刺身
13
12
9
17
2.0 (O.6-6.3)
焼き魚
18
7
7
19
7.0 (2.O-23.9)
吸い物
8
12
12
14
0.8 (0.2-2.5)

13
17
11
15
1.0 (0.4-3.0)



 これによって,各食品摂取に伴う食中毒オッズ比を比較すると,多くの食品ではオッズ比が1をやや上回っているが,95%信頼区間の下限が1を下回っているので統計的には有意とはいえない。しかし,焼き魚ではオッズ比が7に達しており,95%信頼区間の下限が1を上回っているので,統計的にも有意であるといえる。
 この例では患者群に焼き魚を食べなかった人が7人いることになるが,こういう調査自身本人の記憶に頼らなければならないので,記憶違いということをまぬがれない。また,調理の過程や盛りつけの段階で焼き魚によって他の食品の一部が汚染されることもありうるので,原因食品と考えられる焼き魚を食べていなくても発病する場合がありうるのである。

5.3.喫食調査に伴う問題
 上記の例は極めて単純な例であるが,実際にはさまざまな問題が生ずることがある。それらのいくつかについての解決法を考える。

5.3.1.統計的に有意な食品が複数の時
 統計的に有意な食品が複数ある場合には,食中毒事件録ではしばしばχ2値の大きい方を原因食品としているが,むしろオッズ比の大きい方を選ぶべきである。オッズ比に大きな違いがないという場合には,(1)相互汚染,(2)交絡が考えられる。
 相互汚染であるか否かは,病原体検索の結果と,調理工程や盛りつけを考慮して決定する。

5.3.2.交絡
 患者群と対照群で分布が異なっており,仮説要因とも関連のある要因をいう。例えば,患者群の年齢が対照群よりも若ければ,そのことだけである種の駄菓子の摂取率は患者群群の方に高くなるかも知れず,駄菓子のオッズ比が高くなる。この様な時,駄菓子を交絡因子といい,両群の公平な比較を妨げる。交絡の調整は疫学の教科書にゆずるが,このような場合は取りあへず年齢群別の解析を行なうのが良い。年齢はしばしば交絡因子となる良い例であるが,その他にも交絡因子か有りうる。

5.3.3.全員が同じものを食べた時
 学校給食などでは,全員が同じものを与えられ,全員が食べ切ってしまうことがある。その様な場合には例で示したような食品別のマスターテーブルを作ることはできない。その様な場合には,欠席者などまったく食べなかった者の中からの患者発生状況を考慮して曝露があったと推定される機会を決めざるをえない。

5.3.4.地域での集団発生
 学校や職場での集団発生は認知も容易であり,流行調査も比較的やりやすいが,地域での集団発生の調査はむずかしい。まずは,流行曲線から単一感染源同時曝露か否かを判断し,患者に特有の要因や行動様式を明らかにしながら,特定の感染経路を見つけだす努力をするというのが常道であろうか。少数の患者に集って貰って,自分達に共通する経験はないかを話し合わせるというのも一手段かもしれない。いずれにしても,地域における集団発生についても流行調査を行なって原因を究明し,対策を立てる必要があることはいうまでもない。

5.4.感染源の究明
 感染経路の究明の行き着く所は感染源の究明である。感染源の究明は,流行の根本原因を解明するものであり,防疫上極めて重要であるから,最大の努力が払われなければならない。それには,疫学的な調査とともに,臨床的,試験室的な調査が並行して進められる必要がある。
 感染経路の追求の結果,感染源を突き止めうる場合も少なくないが,不明に終わる場合もある。例えば,飲食店での食事によって赤痢が流行した場合,調理人の中に保菌者または患者がいることがある。しかし,実際に調査してみると,菌検索によって調理人中に保菌者を発見したとしても,それが原因か結果かいうことになると,本人の隠蔽も加わって判断に苦しむことがある。


参考図書
1)重松逸造ら,編.伝染病予防必携.第4版補訂版.日本公衆衛生協会.
2)福富和夫・橋本修二:保健統計・疫学.南山堂.\2,400.-
3)重松逸造・柳川洋・監修:新しい疫学.日本公衆衛生協会.\3,398.-
4)日本疫学会編:疫学:基礎から学ぶために.南江堂.\2,800.-





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