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「新潟県・秋田県・山形県で多発した急性脳炎・脳症」
国立感染症研究所 FETP 
山口 亮


【背景】

平成16年9月中旬から10月下旬にかけて、新潟県・秋田県・山形県等において、原因不明の急性脳炎・脳症(以下、本症)の多発が報告された。3県からの要請を受け、本症の集団発生の確認と全体像の把握を行い、伝播経路、危険因子を明らかにし、本症の再発防止のための提言を行うことを目的として国立感染症研究所実地疫学専門家養成コース(Field Epidemiology Training Program=FETP)は県と共同して疫学調査を実施した。

【方法】

集団発生の確認として3県における感染症発生動向調査(5類感染症「急性脳炎」)の報告数を検討した。3県ではFETPが提示した症例定義等を活用し症例の探査を行った。また、症例またはその家族に対し、喫食や行動に関する疫学調査を実施した。さらに、症例の入院している医療機関の主治医に対する質問紙調査と聞き取り調査を実施した。他に、診療録や画像所見の調査や症例の転帰に関する調査を実施した。こうした調査で得られた結果から、危険因子である可能性のある因子について質問紙に基づく症例対照研究を秋田県において実施した。

平成16年12月、秋田県急性脳炎原因究明プロジェクト検討委員会は秋田県内の透析医療機関のほぼ全てにあたる44機関の透析患者、およそ1700人に対して質問紙を用いた聞き取り調査を実施した。聞き取りは主に医療機関の医療従事者が行った。症例群は秋田県の急性脳炎・脳症の症例のうち、血液透析を受けており居住地の判明していた15例とした。対照群は、聞き取り調査の対象から、症例が発生していない市町村に居住する者を除外し、対照群とした。変数としては「年齢」、「透析期間」、「スギヒラタケの喫食」、「キノコ採りなどのため山へ入ったか否か(以下、入山)」等を危険因子として、Studentのt検定、オッズ比の評価、多変量解析を行った。

【結果】

平成16年9月から10月にかけての3県の感染症発生動向調査における5類感染症の急性脳炎の届出数は45であり、平成15年11月〜平成16年8月までの3県の合計4よりも著しく多かった。また、主治医からの聞き取り調査では、こうした急性脳炎・脳症の集団的な診療経験は過去には経験したことがないという情報を入手した。

症例定義を定めて情報収集した3県の本症症例はあわせて55(新潟19、秋田23、山形13)症例で、内訳は男23例、女32例、平均年齢は70.0歳であった。

発症前に腎障害のある者は46例(83.6%)、血液透析をしていた者が33例(60%)であった。

症例の主な症状は、意識障害、痙攣、上肢振戦、下肢脱力であった。

55症例中、死亡が19例(CFR=34.5%)であった。

発症前4週間以内に50例(96%)でスギヒラタケの喫食が認められた(喫食していない2例、喫食歴不明2例、情報収集不能1例)。発症前1ケ月以内に農作業や川釣りなどの屋外活動があった症例は62%(33/53)であった。同一世帯での患者の複数発生はみられなかった。発症日は平成16年8月9日〜11月13日の間であった。症例の住所を地図上にプロットしたところ、大規模な河川沿いに多くが存在した。

多くの症例に共通した病原微生物は現在まで検出されていない。

質問紙法による聞き取り調査では、秋田県内の44透析施設の透析患者1674人のうち、40施設の1321名から回答が得られた(回答率=78.9%)。このうち、症例群が発生していない市町村に居住する者等を除いた529人を対照群とした。単変量解析では、スギヒラタケの喫食についてオッズ比が8.3(95%CI 1.9〜37)、入山について7.5 (95%CI 2.5〜22)と統計学的に有意差が認められた。一方、年齢、透析期間、自宅から川等までの距離が100m以内については、有意差は認められなかった(それぞれp=0.52、p=0.16、p=0.80)。多変量解析では、「キノコ採りなどのために山に入った」調整オッズ比:7.5(95%CI、2,2〜26)、「発症前2週間のスギヒラタケの喫食あり」調整オッズ比:5.6(95%CI、1.5〜21)、「腎透析導入の原疾患が糖尿病」調整オッズ比:5.8(95%CI、1.5〜22)、「透析期間」調整オッズ比:1.1(95%CI、1.0〜1.2)と統計学的に有意差が認められた。

【考察】

今回の事例は時間的、空間的集積性のある急性脳炎・脳症の集団発生であることを確認した。

3県の症例の現住所をプロットした地図からは、河川の周囲への集積が見られたが、「自宅から川等までの距離が100m以内」を指標とした今回の解析では集積が明らかにはならなった。これらの川の周囲にもともと人口が集積していたために症例が集積していたように見えたのかもしれない。

家族内患者発生がみられず、比較的広範囲に症例が散在していることは、「ヒト-ヒト間の伝播」の可能性が低いことを示唆するものと考える。

症例では発症前4週間以内にスギヒラタケを喫食している者が9割以上であり、症例の8割以上に発症前に腎障害が認められ、6割は本症発症前からの血液透析患者であった。解析疫学においては、「スギヒラタケの喫食(発症前2週間)」の調整オッズ比が5.6であったことから、スギヒラタケの喫食と本症には強い関連性が認められた。スギヒラタケの喫食が本症の単一原因と推定した場合、急性脳炎・脳症の原因となる何らかの毒物の関与、もしくは感染性病原物質の関与が考えられる。しかし、今回の調査では現在までいずれの関与についても明らかにすることができていない。

多変量解析の結果では、「発症2週間前のスギヒラタケの喫食」の他、「入山」が最も高い調整オッズ比を示し、続いて「腎透析導入の原疾患が糖尿病」、「透析期間」が統計学的に有意な関連性を認めた。

本症はいまだ原因不明であり、「山に入ること」が本症発症のための何らかの曝露を示す指標であると可能性を考慮し、その曝露要因を想定(「ダニや虫に刺される」、「毒性のある植物等を入手し食べる」、「山へ行った際に川等の水を飲む」等)し、さらに詳しい調査を行うことで、再発予防に役立てるべきと考えている。

「血液透析の原因疾患が糖尿病」と「透析期間の長さ」も急性脳炎・脳症発症に関連をもつ結果となっており、こうした要因をもつ方々はリスクが高いことを認識しておく必要もあるであろう。 今後、致命率が34.5%と高率である原因不明の本症の再発を避けるため、スギヒラタケの喫食等の危険因子を避ける提言を県庁と協力して行い、本年の本症発症に備えて、医師からの疑われる症例に関する情報収集、症例や症例の家族への聞き取り調査、新たな症例対照研究のための対照群への調査の準備をしているところである。

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