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「感染症と関連法規の動向と展望 」
厚生労働省健康局結核感染症課 課長 
塚原 太郎  


 本日は、「感染症法について」、「予防接種法について」、「結核予防法について」の3点について説明したい。

I.感染症法について


 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(以下、「感染症法」)及び検疫法の一部を改正する法律(平成15年法律第145号)が平成15年10月16日に公布され、一部の事項を除き、同年11月5日から施行された。


1.積極的疫学調査の機動的な実施

  1. 対象の拡大
     積極的疫学調査の対象者に、感染症を人に感染させるおそれがある動物並びにその死体の所有者及び管理者を明示した。
     なお、地方公共団体がカラス、蚊等の媒介動物に関して病原体の有無を確認する調査を行っているが、当該調査についても積極的疫学調査と解して差し支えない。
     厚生労働大臣は、感染症の発生を予防し、又はそのまん延を防止するため、緊急の必要があると認めるときは、当該職員に一類感染症、二類感染症、三類感染症、四類感染症若しくは五類感染症の患者、疑似症患者及び無症状病原体保有者、新感染症の所見がある者又は感染症を人に感染させるおそれがある動物若しくはその死体の所有者若しくは管理者その他の関係者に質問させ、又は必要な調査をさせることができることとした。

  2. 他県又は国の支援
     都道府県知事等は、積極的疫学調査を実施するため、特に必要があると認めるときは、他の都道府県知事等又は厚生労働大臣に感染症の治療の方法の研究、感染症の病原体の検査その他の感染症に関する試験研究又は検査を行っている機関の職員の派遣その他同項の規定による質問又は必要な調査を実施するため必要な協力を求めることができることとした。

2.予防計画における緊急時の対応
 厚生労働大臣の定める基本指針及び都道府県知事の定める予防計画について、緊急時における感染症の予防及びまん延の防止並びに医療の提供のための施策等に関する事項を定めた。なお、この改正を踏まえた基本指針の改正が行われている。
 また、各都道府県においては、予防計画について、基本指針の改正を踏まえた必要な見直しを行う必要がある。

3.広域的な対応が必要な場合の調整
 厚生労働大臣は、感染症の発生を予防し、又はそのまん延を防止するため緊急の必要があると認めるときは、都道府県知事等に対し、都道府県知事等が行う事務(新感染症に係る事務を除く)に関し必要な指示をすることができることとした。


4.動物由来感染症対策の強化
 動物(指定動物を除く)のうち感染症を人に感染させるおそれがあるものとして省令で定めるもの又は動物の死体のうち感染症を人に感染させるおそれがあるものとして省令で定めるもの( 以下「届出動物等」という)を輸入しようとする者は、省令で定めるところにより、当該届出動物等の種類、数量その他省令で定める事項を記載した届出書を厚生労働大臣に提出しなければならないこととした。
 この場合において、当該届出書には、輸出国における検査の結果、届出動物等ごとに省令で定める感染症にかかっていない旨又はかかっている疑いがない旨その他省令で定める事項を記載した輸出国の政府機関により発行された証明書又はその写しを添付しなければならないこととした。

5.対象疾患追加・類型化の見直し

  1. 一類感染症の追加
     一類感染症に「重症急性呼吸器症候群( 病原体がSARS コロナウイルスであるものに限る。)」( 以下単に「SARS」という)及び「痘そう」を追加した。 なお、SARSについては、患者は原則入院が必要であることや国内に病原体が侵入していないこと等から、一類感染症としたが、病態や感染経路等が明らかになり、また、治療方法やワクチンの開発といった医療の進歩に伴い、類型の見直しが行われることがあり得るものである。
     また、SARSについては、指定感染症から一類感染症に位置付けが変更されたことに伴い、無症状病原体保有者についても患者とみなして感染症法の規定が適用されることとなってが、現在得られている医学的知見では、無症状期における他者への感染力はないとされていることから、就業制限がかかる期間を「その病原体を保有しなくなるまでの期間又はその症状が消失するまでの期間」としていて、当該無症状病原体保有者に対しては、就業制限及び入院勧告の対象としないようにしている。 併せて、SARSについての正確な知識の普及啓発に努めるとともに、万一、SARSの患者が発生した場合に当該患者が不当な差別や偏見にさらされることのないよう十分配慮してほしい。
     痘そうについては、現在は、自然界には存在しないとされているが、テロ目的での使用が危惧されていること、痘そうによる生物テロが発生した場合には、致死率が極めて高く、人から人に強い感染力を有していること等極めて危険性が高いことから一類感染症とした。

  2. 感染症の類型区分
     感染症の類型区分を見直し、既に知られている感染性の疾病であって、動物又はその死体、飲食物、衣類、寝具その他の物件を介して人に感染し、国民の健康に影響を与えるおそれがあるものとして政令で定めるものを「四類感染症」とし、30疾病を定めた。
     また、既に知られている感染症の疾病(四類感染症を除く)であって、国民の健康に影響を与えるおそれがあるものとして省令で定めるものを「五類感染症」とし、42疾病を定めた。

II.予防接種法について


1.日本脳炎の予防接種の差し控えについて

  1. 経緯
     日本脳炎ワクチンによる健康被害については、予防接種法に基づき、平成3年度以降、因果関係が否定できない又は肯定できるとして、13例(うち重症例4例)の救済を行ってきた。
     本年5月、疾病・障害認定審査会において、現行の日本脳炎ワクチンの使用と、重症のADEM(急性散在性脳脊髄炎)の発症の因果関係を肯定する論拠がある旨の意見が出され、5月26日、厚生労働大臣による因果関係の認定をしたところである。
     これらは、いずれも厳格な科学的証明ではないが、日本脳炎ワクチン接種と健康被害との因果関係を事実上認めるものである。
     従来、予後は良好であると考えられたADEMについて、日本脳炎ワクチン以外での被害救済例は2例であるが、日本脳炎ワクチンでは14例の救済例があり、そのうち、5例目の重症な事例が認知された状況においては、よりリスクの低いことが期待されるワクチンに切り替えるべきであり、現行のワクチンについては、より慎重を期するため、積極的な接種勧奨を差し控えるべきと判断した。

  2. 厚生労働省の対応
     マウス脳による製法の日本脳炎ワクチンと重症のADEMとの因果関係を肯定する論拠があると判断されたことから、現時点では、より慎重を期するため、定期予防接種として現行の日本脳炎ワクチン接種の積極的勧奨は行わないよう、各市町村に対し、地方自治法に基づく勧告を行った。
     流行地へ渡航する場合、蚊に刺されやすい環境にある場合等、日本脳炎に感染するおそれが高く、本人又はその保護者が特に希望する場合は、効果及び副反応を説明し、明示の同意を得た上で、現行の日本脳炎ワクチンの接種を行うことは認められる。
     日本脳炎の予防接種を継続する必要性については、専門家から指摘されているところであり、よりリスクの低いと期待される組織培養法によるワクチンが現在開発中であることから、供給できる体制ができたときに供給に応じ接種勧奨を再開する予定。
     各市町村において、日本脳炎の予防接種に関する問い合わせに対応するとともに、念のため、戸外へ出るときには、できる限り長袖、長ズボンを身につける等、日本脳炎ウイルスを媒介する蚊に刺されないよう注意喚起を行う。

2.麻疹及び風疹定期予防接種の2回接種の導入について
 麻疹(はしか)は、麻疹ウイルスによって引き起こされる高熱と発疹を特徴とする急性疾患である。小児で一般的な疾患の中では比較的重篤であり、肺炎や脳炎などの合併症をみることもある。平成11年(1999年)の感染症法施行以来、麻疹による死亡者数は年間平均15人程度報告されている。
 わが国では、平成13 年(2001年)には全国年間推定患者数約29 万人(平成15年度厚生科学研究)という比較的大きな麻疹流行があったものの、その後、報告患者数は減少し、平成16 年(2004年)には定点報告数は過去20 年で最低となった。この減少は、早期接種の促進及び接種率の向上によるものと考えられる。しかしながら、定点報告数から推定すると平成16年でも麻疹患者の絶対数は1万人を上回ると考えられる。また、感受性者(麻疹に対する免疫のない者)の蓄積により、将来も流行が定期的に起こることが予期される。
 風疹(三日はしか)は、風疹ウイルスによって引き起こされる急性の発疹性感染症である。妊娠早期の女子が風疹ウイルスに感染することにより、胎児に先天性の障害が生じる(先天性風疹症候群)ことが問題である。
 平成7年(1995年)に男女幼児への予防接種が定期化されて以来、全国的な流行はみられなくなったが小規模な流行は続いている。平成14 年(2002年)からは局地的な流行が続いて報告され、平成16 年(2004年)の患者報告数は平成111年以来最大となった。先天性風疹症候群の報告は、平成11年以降毎年1件以下であったが、平成16 年(2004年)には10 件もの報告があった。
 世界の麻疹対策の現状では、世界保健機関の全6地域のうちアメリカ地域で麻疹の根絶(elimination:一定の地域におけるウイルスの伝播が継続しないようにすること)が達成される見込みであり、ヨーロッパ地域及び東地中海地域では、平成22年(2010年)までの麻疹根絶の目標を設定している。日本の所属する西太平洋地域でも平成24年(2012年)までの目標を設定することが平成17年(2005年)の地域委員会で採択される予定である。風疹対策に関しては、先天性風疹症候群を可能な限り減少させるために対策を強化する国が増加している。麻疹の根絶及び風疹対策強化を達成するための方法論として、日本以外の先進国においては麻疹・風疹ウイルス含有ワクチンの予防接種は通常2回接種となっている。
 世界保健機関は、麻疹対策の強化のために麻疹ワクチンの2回接種を導入することを勧告している。患者の絶対数は減少しているものの、我が国においても2回接種を導入することにより、子どもの間での麻疹患者の減少が一層加速される。また、近年患者年齢は上昇傾向にあるが、麻疹ワクチンの2回接種により子どもから年長者、成人への感染が減少し、かつ一回の接種だけでは免疫を得ることができなかった人口の罹患を将来にわたって予防することができる。
 風疹においても、2回接種を導入することにより子どもの間での風疹患者を一層減少させ、全国的な流行のみならず、局地的な流行の阻止を達成することが期待できる。これにより子どもから妊娠初期の女子への感染機会はさらに減少する。また、1回の接種よりも強固な免疫を女子に与えることができ、中長期的な先天性風疹症候群の強化対策として更に有効である。
 以上のことから、麻疹、風疹の予防接種については、予防接種法に基づいて定期接種として、2回接種を導入することがわが国でも政策上適当である。
 近年患者は減少しているものの麻疹、風疹ともに幼児期早期の罹患が少なくないために、第1期の接種は月齢12か月から24か月に至るまでに行うものとする。
 また、麻疹、風疹対策を今後一層強化するためには集団生活をする子どもの間での高い接種率を維持する必要があることから、第2期の接種は就学前の機会をとらえて接種できるように入学前1年間の期間とする。


III.結核予防法について


 結核予防法の一を改正する法律については、平成17年4月に施行されたが、関係者におかれては、法改正の内容及び法解釈等を踏まえ、法令遵守を旨とした適正な法律の執行及び公費負担医療の確保をお願いしたい。
 結核の罹患状況は、戦後、大幅に改善してきたが、依然として、我が国における主要な感染症の一つであり、世界的にも、香港、韓国、マレーシア等とともに、結核の中まん延国として位置づけられている。特に近年では、罹患状況の改善傾向が鈍化するという傾向がみられ、若年者中心の罹患から高齢者や一定の高危険層中心の罹患への変化や罹患率との地域格差が拡大するなど罹患状況が変化している。
 また、BCG予防接種に先だって行われるツベルクリン反応検査の必要性、有効性が否定されていることなど、戦後の結核対策が前提としてきたまん延状況や社会状勢が大きく変化する中で、全国的な結核の高まん延の時代に形成された従来の結核に関する法令及び予算措置を含め、政策の見直しが必要となってきたところである。
 このような背景の下で、平成14年3月には、厚生科学審議会感染症分科会結核部会において、数次の議論、検討を経て、今後取り組むべき結核対策について包括的な提言として「結核対策の包括的見直しに関する提言」が取りまとめられた。厚生労働省においては、これを参酌して、制度改正の検討に入り、まず、法律事項ではない改正内容である7歳(小学1年)及び13歳(中学1年)に達する日の属する年度に行われていた定期健診(ツベルクリン反応検査及びその陰性者へのBCG再接種)を平成15年4月限り廃止した。
 一方、感染症対策については、平成10年に近年の世界的な新興感染症、再興感染症の発生、まん延を受けて、感染症に関する一般法として、感染症の発生の予防及びまん延の防止に必要な諸規制及び人権に配慮した手続規定等を盛り込んだ感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(以下「感染症法」という。)が制定、平成11年に施行されたが、結核に関しては、その固有の性格に着目して法制的には、結核予防法を従前どおり別の法体系として存置することとした。
 これら結核を取り巻く諸情勢の変化に対応した対策が求められるようになる中で、戦後の高まん延の状況を基礎とする制度が維持されてきた結核予防法については、より適正、効率的、合理的な制度とする必要があることから、厚生労働省においては、同提言を参酌して、法制上の検討等を加え、(1)健康診断について、一律、集団的な対応からリスクに応じた対応が出来るようにすること、(2)科学的知見に基づき予防接種におけるツベルクリン反応検査の前置を廃止すること、(3)結核対策の計画的推進を図るための国による基本指針、都道府県による予防計画の策定等を主たる内容とする、結核予防法の一部を改正する法律案を立案、平成16年3月5日に閣議決定されるに至り、第159回通常国会に提出された。同法律案は、先に参議院に送付され(参議院先議)、同年4月22日同院厚生労働委員会において全会一致で可決、4月23日同院本会議において全会一致で可決、衆議院においては、6月11日厚生労働委員会において同じく全会一致で可決、6月15日本会議において全会一致で可決成立したところであり、平成17年4月1日を施行日とした。
 また、同法律案の成立後、改正法の施行に伴う法律事項以外の改正事項については、改正法で新たに命令に委任された事項を含め、結核予防法施行令の一部を改正する政令、結核予防法施行規則の一部を改正する省令によって定められている。そのほか、改正後の法に基づく基本的な指針についても、平成16年10月18日告示された。
 以上が、法令改正に至る経緯及び経過の概略である。

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