国立感染症研究所 感染症情報センター
ホーム疾患別情報サーベイランス各種情報
研修

 

 


平成16年度危機管理研修会 > プログラム 15     次へ →


「保健所の疫学調査への技術支援について」
 

 埼玉県衛生研究所感染症疫学情報担当医幹
 岸本 剛


保健所の疫学調査への技術支援について
〜埼玉県の感染症危機対応における衛生研究所の役割〜

埼玉県衛生研究所 感染症疫学情報担当医幹
 岸本 剛

1 はじめに

 新興再興感染症から院内感染症問題まで幅広い課題を持つ感染症対策は,都道府県等の自治体にとって重大な行政業務である.また,重篤な患者が発生したり,未発生でも社会的なパニックが起こってしまった際には,通常の業務形態では対応できないこともままある.O157等の感染症に関しては様々な経験を持つ埼玉県では,感染症対策強化のための施策を展開している.

 今回は,地域の感染症対策の中核機関である保健所を支援する衛生研究所の疫学調査機能を中心に埼玉県の状況について報告する.

2 自治体における感染症行政

 1)自治体における主な感染症関係機関

    A 本庁感染症担当部署
    B 保健所
    C 衛生研究所

 2)感染症対策における衛生研究所の位置づけ

   地方自治体における感染症の技術的かつ専門機関

  ※衛生研究所業務の4本柱

  (平成9年厚生省事務次官通知「地方衛生研究所の機能強化について」)

   1) 調査研究
   2) 試験検査
   3) 研修指導
   4) 公衆衛生情報等の収集・解析・提供

3 埼玉県の感染症対策

1)埼玉県の特徴

  人口・・・約700万人

  地理的要因・・・首都圏の一角

  保健所・・・県立が20,政令指定都市1,中核市1の合計22

  地勢的特徴・・・海に面していないし,空港もないが,東日本の陸路要所

  保健所の数は比較的多いが,人的余裕は少ない

  O157,クリプトスポリジウムの集団発生等の事例が過去に発生

  感染症,食品衛生関連では,衛生研究所の役割が重視されている

2)埼玉県衛生研究所

  • 平成8年度衛生部内での衛生研究所の在り方で「疫学機能の強化」の方向性
  • 平成12年度部科制を廃止し,担当グループ制に
    (川越保健所検査ミス事件)
  • 平成13年度保健所検査室を統合し,9担当2支所制に(O157患者多発,diffuse outbreakも,原因究明のための感染症疫学機能強化を県庁が衛生研究所へ指示)
  • 平成14年度「O157等感染症に係る疫学的原因究明事業」の立ち上げとともに 「感染症疫学情報担当」を新設する.
  • 平成15年度SARS対策のために県庁医療整備課内にSARS対策担当を新設し, 感染症疫学情報担当医幹を同担当医幹兼務とする(5/19〜3/31)
  • 平成16年度「埼玉県感染症情報センター」を県庁から移管することに伴い,感染 症疫学情報担当2名増員(県庁には「感染症対策室」を新設)

3)埼玉県衛生研究所感染症疫学情報担当

 A 設立時期
   平成14年4月1日

 B 設立目的
   O157や食中毒も含めた感染症発生の早期探知・拡大防止及び疫学的原因究明体制の強化を図る.

 C 業務内容

   a  感染症発生動向調査事業

  • 迅速な情報還元・・・「日本一早い感染症発生情報」
  • 前週の県内発生状況を,翌週の火曜日に集計,解析,保健所等向け情報提供
  • 患者情報と病原体検出情報の連携
  • 解析データ上異常が認められる時は異常通知を県庁及び全保健所通知
  • 近隣自治体への情報提供
  • 平成14年度にはW杯開催のための臨時サーベイランスも実施
  • 情報共有のための所内担当者会議を開催(週1回)

    b 予防接種の接種状況調査

  • 埼玉県予防接種調査として平成9年から県内全市町村の定期予防接種状況を年代別に把握するために実施(0歳児の接種状況から経年的に追うことにより,市町村別接種状況を把握し,早期の接種率向上の資料とする.)

    c O157等感染症に係る疫学的原因究明事業

  • O157のdiffuse outbreakを早期に探知し、原因究明を行い、感染被害の拡大を防ぐことが主目的である.
  • 埼玉県独自システムとしてEvidenceに基づいた調査・検査・解析・行政対応システムを活用し,平成14年度から実施.
  • 感染症・食中毒対策の行政対応のため、新しい疫学調査票を考案
  • その疫学調査票の解析結果と菌の分子疫学解析結果との総合判定に基づく組織的調査システムであり,衛生研究所としては調査指導支援,検査,結果解析,情報提供,行政対応支援を行っている.
  • 平成14,15年度は平成13年度に比べ,3類感染症の県内発生が1/3程度に留まっており,集団発生は認められていない.
  • 本事業を通じて,関係機関の連携は強化されており,感染症発生時の対応の迅速化が進むとともに,衛生研究所の感染症疫学機能の専門性が認知された.

   d 感染症危機管理関連調整

  • 平成14年度途中から県庁LANを使った県庁幹部・県庁感染症担当・衛生研究所(所長・医幹・検査担当主幹)・管轄保健所長のメイリングリストを作成し,感染症情報の迅速な共有化が進み,感染症危機発生時にはラボを含めた所内調整及び所外連絡を行っている.
  • 平成14年度には2つの急性肝炎調査において,国立感染症情報センター及び大学等との協力を得て,管轄保健所の調査支援を行った.
  • 平成15年度はSARSについて疫学調査支援システム及び検査体制調整を行った.

  e 保健所等への疫学調査技術支援業務

  • O157のPFGEパターンが同一である場合は,保健所担当者に食品等の聞き取り再調査の連絡を行うが,調査には可能な限り,職員を派遣し,協同の聞き取り調査を行う
  • 食品の流通調査や他自治体への連絡の必要性について,県庁担当課に提案
  • 感染症集団発生の可能性がある場合,県庁との連携のもとに保健所を支援して実地疫学調査に参加する.

   f 感染症情報センター研修業務

  • 恒常的な研修として,保健所食品衛生及び感染症担当者向け研修を実施
  • 臨時応急的研修として平成15年度はSARS関連研修を9回実施
  • 平成16年度は保健所への出張研修をも企画中

  g 感染症情報センター相談業務

  • 平成16年度は4月〜7月で100件を越える相談に回答.

  h 厚生科学研究等

  • 健康危機管理のための地域での連携体制の構築に関する研究
  • 大規模感染症発生時における行政機関,医療機関の間の広域連携に関する研究
  • O157広域集団感染早期探知のための行政対応システムに関する研究
  • 保健所における健康危機管理情報システムの構築に関する研究
  • 効果的な感染症発生動向調査のための国及び県の発生動向調査の方法論の開発に関する研究

 D 行政報告書

   a 埼玉県感染症発生動向調査報告書(毎年度)

   b 埼玉県予防接種調査資料集(毎年度)

   c 「O157等感染症発生原因調査事業」報告書(平成16年3月)

4 まとめ

1)埼玉県においては,感染症対策上の衛生研究所の役割は関係機関と連携した県民のための危機管理を行う専門機関と位置づけられる.

2)埼玉県の特徴として衛生研究所の感染症疫学調査機能強化があり,その発展段階として「埼玉県感染症情報センター」を位置づけている.

3)平常時には感染症発生動向調査・予防接種率調査・O157等の発生状況調査等のサーベイランス調査を行って,情報を随時保健所等に還元している.

4)保健所とは密接な連携を取り,疫学調査の際には必要に応じて保健所職員に同行し,疫学調査実地支援にあたる.

5)保健所職員の資質の向上のため,食品衛生・感染症担当職員向け実務研修を行っている.

6)県庁関係課に対しても,専門情報等を送り,行政対応に関する助言等を行っている.

7)感染症対策の専門機関としての研修機能を向上させるとともに相談業務も増加している.

8)感染症アウトブレイク発生時には,県庁・保健所と密接な連携のもと,検査調整及び実地調査に積極的に参画する.

9)今後の課題として,地方自治体における感染症情報センター機能の確立が必要

  <埼玉県感染症情報センターの目標>

  ○県民の立場に立った感染症情報の提供

  ○感染症の専門機関として責任ある感染症情報の提供

  ○保健所職員等向け感染症専門研修の充実

  ○院内感染症発生時の専門的調査

  ○実践的な感染症危機管理調査研究

  ○生物テロ等への対応強化

  ○動物由来感染症への対応強化


     資料(288 K)

Copyright ©2004 Infectious Disease Surveillance Center All Rights Reserved.