E型肝炎
国立感染症研究所ウイルス第二部
武田 直和

はじめに

E型肝炎はE型肝炎ウイルス(Hepatitis E virus、 HEV)の感染によってひき起こされる急性肝炎で、かつて経口伝播型非A非B型肝炎と呼ばれた疾患である。この肝炎は慢性化することなく一過性に経過する。E型肝炎は発展途上国で常時散発的に発生している疾患であるが、ときとして飲料水などを介し大規模な流行を引き起こすことが知られている。近年、先進国においてHEV常在地への渡航歴のない急性肝炎患者から遺伝子が検出されたこと、ブタからも遺伝学的に極めて類似のウイルスが検出されることなどから、本疾患が人獣共通感染症である可能性が濃厚になってきた。

E型肝炎の疫学

本疾患は中央アジアにおいてはA型肝炎と同じく秋に流行がピークに達するが、東南アジアでは状況が異なり、雨期に、特に広い範囲に大洪水が起こった後に発生するといわれている。E型肝炎は糞口経路によって伝播し、中でも水系感染である場合が多い。1955年、ニューデリーで急性肝炎の大流行が発生したが、これは糞便によって汚染された飲用上水が共通の感染源となっていた。この流行では黄疸性肝炎と診断された症例だけでも29,000人に及んでいる。これに似た水系感染による大流行が中央アジア、中国、北アフリカ、メキシコなどでも報告されている。近年においてもこのような大規模な流行がしばしば報告され、1991年、8万人近い集団感染が報告されたインドの例でも飲料水の汚染が原因であった。1986〜1991年には中国の新彊ウイグル自治区で4回に渡って大規模な急性肝炎の流行がみられている。毎年この地域では、秋季にHEV感染者が急激に増加する傾向にあるという。日本をはじめとする先進国でもE型肝炎の発生は時折見られる。旅行や仕事で滞在した発展途上国で感染をうけ、帰国後発症した例が大部分であるが、近年、全く海外渡航歴の無いE型肝炎症例が日本やアメリカなどの先進国で報告されている。

E型肝炎の臨床経過

E型肝炎は臨床的にはA型肝炎に類似している。一部の不顕性感染例を除き、臨床所見は主に黄疸を伴う急性肝炎である。患者は平均6週間の潜伏期の後に発熱と悪心、腹痛等の消化器症状が急速に始まる。ときには下痢もみられたり、数日の倦怠感、食欲不振等の症状が先行することもある。E型肝炎の典型的な症状である黄疸は、発症後の0〜10病日目に痒み、肝腫大とともに顕著になる。この時期にAST値とALT値は著しく上昇する。E型肝炎の特徴として高い死亡率があげられる。死亡率はA型肝炎の10倍ともいわれ、妊婦では実に20%に達するとする報告もある。E型肝炎の罹患率は大流行でも散発例の場合でも青年と大人で高く、小児で低いことが知られている。通常子供の間で流行するA型肝炎と対照的である。

E型肝炎ウイルスとは

HEVはエンベロープを持たない小型の球形ウイルスで、肝臓を主たる標的器官としている。1980年になって、それ以前には見られたことのない経口伝播型非A非B型肝炎が流行したことに端を発し、1983年に患者の糞便と回復期血清を用いた免疫電子顕微鏡法で直径27〜34nmのウイルス粒子が始めて観察された。精製ウイルス粒子の塩化セシウム平衡密度勾配遠心法での比重は1.35g/cm3、蔗糖密度勾配遠心法での沈降定数は176〜183Sである。形態学的には非細菌性急性胃腸炎の病原体であるノーウォークウイルスに類似するが、ウイルス遺伝子RNA上のウイルス蛋白の配置、特に非構造蛋白の機能ドメインの配置はノーウォークウイルスのそれらとは明らかに異なり、むしろ風疹ウイルスのそれに似ている。従って、HEVは一時的にカリシウイルス科に分類されていたが、現在、この科から除かれて未分類のウイルスになっている。

E型肝炎は人獣共通感染症か?

免疫電子顕微鏡法あるいは蛍光標識抗体法による観察から、ミャンマー、インド、パキスタン、ボルネオ、ネパール、ロシア、コスタリカ、メキシコ、アルジェリア、アイボリーコースト、ソマリア、およびスーダンで分離された株は同一の抗原性を示す。クロスチャレンジ実験からも交叉防御が示されている。比較するウイルス遺伝子領域によって多少変動はあるが、抗原性という視点から構造蛋白をコードするORF2をみると、ミャンマー、インド、パキスタン、中国、およびロシアの分離株は相互に塩基で90%以上のホモロジーを示し、遺伝学的に同一なグループ(I型)を形成している。一方、メキシコ株は他のアジア株と81〜82%の塩基ホモロジーを示し別の系統を形成していた(II型)。長年にわたり、HEVにはこの2つの遺伝子グループが存在すると思われていたが、最近これらとは遺伝学的に異なる新種のHEVが米国で発見された。この株はアジア株とメキシコの株に塩基レベルで78〜80%のホモロジーしかなく、これらとは明らかに異なる遺伝子型(III型)であった。興味深いことにこの株は過去10年間に海外渡航歴が全くないE型肝炎患者からの分離株である。さらにこの株は最近ブタから分離された株と塩基レベルで92.2%、アミノ酸レベルで97.7%のホモロジーを有し、非常に近縁のウイルスであった。日本でも海外渡航歴のない急性肝炎患者と豚からそれぞれウイルスが分離され、その遺伝子型は米国株及びブタ株と同じIII型であった。一方、最近になって中国、日本で散発例の急性肝炎患者からIV型遺伝子と思われる新しい株が分離された。このIV型はベトナムでの主な流行株であることも明らかになっている。したがって、現時点では4種類の遺伝学的に異るヒトHEVが存在すると考えられる。II型メキシコ株とI型アジア株間のアミノ酸配列のホモロジーは92〜93%で、血清学的に同一である点はクロスチャレンジ実験の結果と矛盾しない。我々はIII型、IV型HEVの患者血清がI型構造蛋白と強い反応を示すことを確認しており、HEVは遺伝学的に4つに分類されるが血清学的には同一であると考えている。最近、肝脾腫大疾患の鶏からヒトHEV遺伝子構造と類似するトリのウイルスも発見された。このウイルスは、ヒトやブタHEVとの塩基ホモロジーが低いものの、血清学的に交差反応を示すことが示されている。

III型のヒト由来HEVを静脈注射したブタは臨床的には無症状で不顕性に経過するが、肝組織は明らかな肝炎を呈し、血液、肝臓などの組織からHEVの遺伝子が検出される。ヒトHEVと交差する抗体も急速に上昇する。このことからヒトHEVがブタで複製することが示唆されている。ブタ由来のHEVがヒトに感染するかどうかはまだ明らかではないが、これを接種したアカゲザルではウイルス血症がおこり、便にウイルスが排泄される。また、野生ラット、牛、ヤギ、羊などの動物が高い抗体保有率を有することも明らかになっている。これらのことから、E型肝炎は人獣共通感染症である可能性が濃厚になってきている。

E型肝炎の診断

HEVが効率よく増殖する培養細胞系は確立されておらず、その複製機構は明らかではない。しかし実験動物としてチンパンジ、タマリン、ミドリザルのほか、アカゲザル、カニクイザルなどMacaca属のサルが感受性を有する。実験的に感染させたサルの胆汁中には多量のウイルスが排泄されることが明らかになって、これを出発材料とした遺伝子のクローニングと一次構造の解析が急速に進展した。

1989年にHEVの遺伝子が初めてクローン化され、その後診断を目的としたRT-PCR法(Reverse Transcription-Polymerase Chain Reaction)によるHEV遺伝子検出が可能になった。また、共通のプライマーで各遺伝子型間でよく保存される領域を増幅することも可能になっている。

一方、合成ペプチド抗原、酵母、大腸菌、ワクシニアウイルスなどの発現系で調製した構造蛋白による診断キットで満足できるものはまだない。筆者らは、ネイティブなウイルス粒子に近い構造、抗原性、および免疫原性をもち、かつ、大量に産生できる発現系の構築を目的として構造蛋白遺伝子に様々な改変を加えた。現在までにN末端から111アミノ酸を欠失したを発現する組換えバキュロウイルスで昆虫細胞を感染し、その培養上清から、平均密度1.285g/  cm3、直径約23-24nmのウイルス様中空粒子(VLP)を大量に産生することに成功している。この粒子は、E型肝炎急性期の患者血清、ならびに感染サルの血清から特異的抗HEV IgM、IgG抗体をELISAで検出する上で申し分のない抗原であることが明らかになっている。この検査法は非常に簡単、迅速、かつ特異的な診断法であることから、E型肝炎の診断に非常に有用なものとなっている。本法で日本人の抗体保有率を調査した結果、IgGの保有率は5.4%であること、保有率は年齢と共に増加すること、さらに地域間で保有率に差があることが示されている。

E型肝炎ワクチン

E型肝炎は主に発展途上国で多発すると言われているが、近年、わが国でも輸入感染例としてしばしばみられる疾患である。また、アメリカや日本などの先進国で渡航歴が全くない症例が出てくるに及び、ワクチンの開発は発展途上国だけの問題でなく、先進各国にとっても必要になりつつある。HEVが効率よく増殖する培養細胞系は確立されていないため、ワクチン開発は主に組換え蛋白を用いて研究されてきた。サルを用いた動物実験では、組換えバキュロウイルスで発現した構造蛋白を投与した個体での抗体応答と感染防御が示されている。現在、注射ワクチンとしての研究が臨床実験の第三階段まで進んでいるという。

筆者らはマウスに経口投与および腹腔投与し、血中のIgG、IgM、および便中のIgA抗体を測定し、ウイルス様中空粒子が経口ワクチンとして使えるかどうかを検討した。その結果、HEV VLPは投与ルートに関わらずマウスに特異的免疫反応を誘導することができた。特筆すべきは、経口投与において腹腔投与では認められなかった腸管IgAの産生を誘導したことである。腸管IgA抗体は粘膜免疫に重要な役割を果たすことが知られており、HEV感染に対する防御も期待できそうである。そこでHEVに感受性を示すサルを用い、VLPを経口投与することによって抗体の誘導ができるかどうか、さらにネイティブなウイルスのチャレンジに対し、感染あるいは発症が回避できるか否かを検討した。VLPを二週毎に計四回カニクイザルに経口投与し、経時的に採血して血清中の抗体を測定した。血中IgG抗体は二回目の投与後に上昇し、三回目の投与後にピークに達した。誘導された抗体のレベルはサル間で差が見られたが、抗体上昇のパターンが非常に類似していた。そこでIgG抗体陰性のサル、IgG抗体陽性のサル(E型肝炎患者の便乳剤を静脈注射して感染後、肝炎から回復したもの)をコントロールに、感染防御実験をおこなった。これらのサルに、感染サルの便乳剤をチャレンジウイルスとして静脈注射した後、経時的に採血、採便し、血清ならびに便中のウイルス抗原、ウイルス核酸、生化学マーカー(ALT、AST)、および抗体を測定した。その結果、VLPを経口投与することによって血中IgGが誘導されていたサルでは、HEVに対して明瞭な感染防御が認められたことから、VLPはワクチンとして有望であることが確認された。

近年の遺伝子組み換え技術の進歩により、分子生物学者達は多種多様な遺伝子を植物の染色体に組み込むことによって多くの形質転換植物を作り出してきた。こうした形質転換植物が注目を集めた理由の一つは、従来の蛋白発現システムとは比較にならないほど大量に蛋白発現が可能になる点である。現在、食用植物として流通しているバナナやトマトなどで病原体の構造蛋白を発現する形質転換体が産生できれば、安価な経口ワクチンとしての利用価値は充分望めるであろう。筆者らもコーネル大学ボイストンプソン植物学研究所との共同研究でHEVの構造蛋白を発現する形質転換ポテト、およびトマトによるウイルス中空粒子の大量生産を試みている。トマトの果実1個で一度の免疫に十分な抗原量が産生されている。

ワクチンは、安価であること、注射による接種ではなく経口投与できること、発熱などの副作用がないこと、コールドチェーンが整備されていない熱帯地域へ常温で供給できること、開発途上国でも自主生産できるワクチンであること、特に子供にとって食べやすいこと、が理想である。形質転換植物は、これらワクチンの条件をすべて満足する理想的な食用ワクチンといえる。