セラチアによる院内感染事故対策
世田谷区世田谷保健所健康推進課 
橘とも子


1          事故発生から対策開始までの経過

平成14年1月15日、区内のT病院から世田谷保健所に、感染症疑い事例の原因究明調査を依頼する一報があった。状況把握の結果、発熱後数日で6人の患者が亡くなっており、セラチアの院内感染も視野に入れた原因究明調査が必要と判断した。翌16日、都や国の協力により区に対策委員会を立ち上げることを決定した。同日対策委員会(委員長=世田谷保健所長)を設置し、専門調査班(班長=国立感染症研究所感染症情報センター長)を組織して「調査」・「対策」両面の体制をとった。18日にはT病院による院内感染疑い事故発生の記者会見発表があり、報道されるに至った。

2          原因究明調査と拡大・再発防止策

(1)世田谷区および東京都の対応経過(表1)

(2)調査結果:

I病院は1999年、療養型病床群を急性期対応一般病院に変更。2001年、脳神経外科病院に改修。33床。常勤看護師11名、変則2交替性。

(ア) 観察調査

ナースステーション内や包交車は、全般的に清潔域と不潔域が区別されていなかった(流し場、点滴調整台、包交車の棚段など)。ヘパリン加生理食塩水(100ml、使用中)が室温に放置されていた。アルコール綿は75%消毒用エタノール。医療スタッフの手指消毒には「中性水(低濃度次亜塩素酸Na)」が使用されていた。

(イ)  実地疫学調査 (図1:流行曲線)

1日以上入院患者(H.13/12/20〜H.14/1/15)のうち38.5度以上発熱者を「疑い例」、そのうち流血中からPFGE等の一致するセラチア分離者を「確定例」。セラチア感染症の集団発生(確定例12例、疑い例12例、死亡例7例)を確認した。流行曲線は4つのピークを描いた。患者居室分布は特定の医療者と関連する集積をみなかった。症例の多くが留置針、ヘパリンロックを施されており(間歇的点滴、MRI・CT検査の際など)、昨年頃から時に500mlのヘパリン生食を作成することがあったこと、数日間室温放置することもあったこと等をききとった。疫学解析の結果、静脈留置針およびヘパリン生食を発症の危険因子として確認した。

(ウ) 細菌学的調査:患者検体85、ふきとり検体159。

患者検体ではセラチア・MRSA・緑膿菌・エンドトキシンを検索し、確定例12人に同一のセラチアを確認した(グループT)。またグループU(尿路感染患者1人)、グループV(確定例1名の1検体)と、患者由来セラチアは3パターン検出された。ふきとり検体では、グループTがナースステーション内水切り篭の敷きタオルから、グループUが検出患者のそけい部医療用フィルムと三方活栓から検出された。

(エ) 実験的調査
1       ヘパリン生食液内におけるセラチア増殖試験→ 温度条件が最適なら緩やかに菌は増殖した。
2       中性水の殺菌力試験→ 有機物の混入下で殺菌力は低下した。
3       アルコール綿・アルコール中での殺菌力試験→アルコール綿中で菌は生き残っても増殖不可。有機物存在下では殺菌に時間がかかった。

 

3          対策委員会の提言(各方面への院内感染予防の提言)
3.1          T病院に対して:予防講演会の継続実施、感染対策委員会の活性化等。
3.2          他の医療機関に対して:院内環境整備推進委員会の設置等。
3.3          都・国に対して:専門相談窓口設置、院内感染サーベイランス強化等。
3.4          薬剤・医薬機器製造業者等に対して:ヘパロックを要しない留置針の検討等。

 

4          協働(collaboration)による区内の院内感染再発防止策

東京都や地区医師会等との協働による、他の医療機関に対する院内感染予防策。

3/18、7/2

第1・2回/院内感染予防講演会(区・医師会共催)

3月

「院内感染に対する標準予防策」医師会作成

3月

「院内環境整備推進委員会」医師会内設置

4月〜

東京都の院内感染予防対策に関する立ち入り検査への協力

14年6月〜

人工透析診療所(9か所)の実態調査


5          考察


5.1       緊急時対応について

5.1.1         区(保健所)に「対策委員会・専門調査班」を立ち上げたのは、よかった(都・地区医師会・国立感染症研究所・都立衛生研究所・都立病院等との連携による)。地区医師会が主体性を持つ予防策が打ち立てられた。
5.1.2         当該病院は「救急病院」であり、消防署へ最優先で連絡すべきであった。「新入院患者受け入れのストップ」確認のみであった。
5.1.3         各回「対策委員会・専門調査班」の終了直後に記者会見を組んだのはよかった。班長による丁寧な講評付で、隠すことなく発表したと受け入れられた。


5.2       平常時院内感染予防活動への転化について

5.2.1         地区医師会と協働する平常時院内感染予防活動の構築は前進。
5.2.2         新しい平常時感染予防活動が構築されつつある(医療提供側の自主管理、区民、行政の協働による医療の安全性保障体制)。
5.2.3         中小病院に対して院内感染症サーベイランス等の構築支援は今後の課題。各病院の感染症対策委員会を中心に病原体検出情報提供などをはたらきかけていく。


表1.世田谷区および東京都の対応経過

月日

世田谷区(=「原因究明調査」と「改善助言」)

東京都(=「監視指導」)

1/16(水)

第1回現地調査:@患者検体調査、Aききとり調査 開始。→衛生管理の資料提供・助言。

第1回対策委員会・専門調査班会

第1回医療監視「保健所の調査に協力すること。」

1/17(木)

Bふきとり調査開始。→全患者の点滴フィルター収去、検体採取などによる拡大防止策。

 

1/18(金)

C実地疫学調査の開始。診療録の閲覧・詳細なききとり調査。[T病院による記者会見発表]

 

1/19(土)

(地区医師会の協力のもと受診体制を整備)

 

1/20(日)

 

第2回医療監視

1/21(月)

(区内部向け対応マニュアルを作成)

第3回医療監視→全入院患者の転院指導。完了23日。

1/22(火)

転院先病院での患者調査開始。→T病院に対する転院者把握・フォローの助言。

第2回対策委員会・専門調査班会

 

1/24(木)

 

第4回医療監視

1/25(金)

[I病院に対する第1回感染症予防講習会]

 

1/28(月)

 

特別医療監視チーム設置・第1回立ち入り。

1/31(木)

[I病院に対する第2回感染症予防講習会]

 

2月

D実験的調査開始(菌増殖試験、殺菌力試験)。

 

2/12(火)

 

第2回特別医療監視チーム監視指導。

2/14(木)

第3回対策委員会・専門調査班会

 

3/27(木)

第4回対策委員会・専門調査班会

 

5月

「セラチア院内感染事故対策報告書」発行