予防接種
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; ポリオ根絶とその後のワクチン-
生から不活化へ

国立感染症研究所
 ウイルス第二部
  宮村 達男


 世界保健機構 (WHO) が掲げた当初目的である2000年には達成されなかったが、改めて設定された2005年に向けて、世界ポリオ根絶計画は着々と進行している。この計画の骨子は、(1) 徹底したワクチン投与と (2) その効果を証明する急性弛緩性四肢マヒ (AFP) とポリオウイルスのサーベイランスである。地球上より野生株の伝播が完全に絶ち切られ、患者の発生が3年間ゼロとなることをもって根絶が証明されることになる。その後、更に数年間のワクチン投与とサーベイランスを維持し、患者発生のないことが確認されれば、最終的にはワクチンを廃止することができる。これが真の根絶の意味と言える。1988年にこの計画がスタートした時からみると、現在はまさにその最後の段階に入っており、ワクチン作戦もサーベイランス機能も、より精緻なものとならなければならない。

 1990年には世界中で2万5千人もいた真性ポリオ患者(野生株ウイルスによる)は、2000年には2,971人、2001年には521人となった。南北アメリカでは1991年の例を最後に、西太平洋地域では1997年、ヨーロッパ地域では1998年以降、地域個有の野生株の伝播は絶ち切られている。いまや野生株の伝播によるポリオ流行が明らかに認められるハイリスク地域は、世界中で3ヶ所に絞り込まれた[(i)ウタブラディシュ州・ビハール州を中心とした北部インド、(ii) パキスタン/アフガニスタン、(iii) ナイジェリア/ニジェール]。この他エジプト、ソマリア、アンゴラ、スーダン、エチオピアでは、まだ散発の例が見られる。ネパール、バングラディシュ、ミャンマーなど、2000年まで散発のあったアジアの国々では、2001年には一例も分離されなかった。しかし、マヒを発症するのは、100?1,000人にひとりであるのがポリオの最大の特徴であり、マヒ患者の周囲に感染者が存在していることを考慮しなければならない。しかも、現在残されたハイリスク地域は、世界の最貧地域であり、かつ戦争や内乱、宗教的理由により、中央のコントロールや国際協力の及びにくい領域である。インドにおける2002年の患者発生は8月13日現在すでに232例で、2001年全体の268例にせまっている。WHOのシナリオどうりにはいかない現実である。

 にもかかわらず、野生株ポリオウイルスは、上述のごとく着実に追いつめられ、その流行は地球上のごく限局された地域に限られてきている。しかし真の根絶まで、サーベイランスもワクチン接種も、より徹底せねばならない。

 近年起こったドミニカ、ハイチのポリオ流行は、重大な警鐘として捉えられている。2000年から2001年にかけて中米ヒスパニオーラ島(ドミニカ共和国及びハイチ)で21例のポリオ患者から1型ポリオウイルスが分離された。患者の年令は9ヶ月から21歳までで、そのうちの84%は6歳以下であった。分離されたウイルスは、投与されていたワクチン株と97%の塩基配列の相同性を持っていたこと、しかもその遺伝子の5’非翻訳領域を含め、病原性を規定している塩基に置換があったこと、これらのウイルスはトランスジェニックマウスの実験で野生株並の神経毒力を持っていたことなどが、次々に明らかになった。ドミニカ共和国、特にハイチ国では、ここ数年のワクチン接種率が50%を割るほど低下していたのである。そして分離された変異株ウイルスの分子系統樹解析から、この変異株はセービンワクチン株から2年くらい前に生じ、この間、この地域でサーキュレートしていたことがわかった。又、もうひとつのこのウイルスの特徴は、由来は完全に未だ証明はされていないが?おそらく近縁の他のエンテロウイルスとの組換えウイルスであったことで、このことがウイルスの伝播性に関わっているのかもしれない。また症例数は少ないがフィリピンでも、ワクチン由来のポリオウイルス1型変異株が分離され、現在解析中である。これらのポリオ流行は、ひとえにワクチン接種率の低下によるものである。過去にこのような例がなかったか、調べてみると、1983?1993年にかけてエジプトで10年続いた2型ポリオの例が今あらためて詳しく分析されている。

一方わが国でのワクチン関連症例はすべてワクチン接種者自身か一次的な接触者の散発例であり、二次、三次の感染の拡大はない。

 ポリオワクチンには経口生ポリオワクチン(OPV)と不活化ポリオワクチン(IPV)とがある。OPVは、弱毒化した生きたポリオウイルスを自然感染と同じルートで(経口投与)感染させるため、ポリオウイルスの増殖の場である咽頭や腸管で局所免疫が誘導されること、免疫の持続が長時間であること、接種者の便から排泄されたワクチンウイルスがさらに非接種者に経口感染し免疫効果が拡大することなど、社会レベルで疾患の流行を抑制するのに極めて有利である。さらに投与法が容易で、注射器材などの消毒や廃棄処分などを考慮する必要が無く価格も安いことから、途上国を含む世界中での利用が可能である。世界レベルのポリオ根絶計画にはOPVが必須であった根拠である。

 IPVは、ほぼOPVと反対の位置にある特徴がみられる。ワクチンの本体は完全にその感染性を殺したウイルス蛋白であるから、ウイルスが増えることはありえず、極めて安全なものである。接種方法はその他の多くのワクチンと同様、注射による経皮接種であり、血中抗体を上昇させることができる。しかし腸管免疫を誘導せず、接種の回数も4回程度必要となる。OPVに比べ、個人レベルの安全なワクチンといえる。

 日本では1961年のOPV緊急輸入直前、IPVが一部用いられたが、それ以降は一貫してOPVが用いられている。しかし世界レベルでは先進国ではIPVが主流である。北欧の国々のように一貫してIPVを貫いてきた国もあるし、アメリカやイタリア、ドイツなど、最近IPVに変換した国もある。ワクチンの有効性という点からすれば、断然OPVが優れている。また、地球レベルでのワクチン計画はOPV以外には考えられない。問題は400万回に1回はどうしても避けがたいワクチン関連マヒ例をどう考えるかである。ワクチン関連マヒ患者を発症せしめたのはワクチンに由来する病原性復帰変異株であり、このような復帰株は健常なワクチン服用者の糞便からも排泄される。しかし、こういう復帰株が原因で新たなポリオの流行がおこらないのはワクチンにより周囲に高い免疫が保持されているからである。

 ワクチン関連マヒをおこすのは生ワクチンであるが、その感染拡大を防いでいるのもワクチンであるとなると、OPVは永久にやめられないことになる。ポリオの根絶が視野に入ってきた現在、世界レベルの根絶計画の現況をたえず視野に入れながら、我国の子供達にとって最善のポリオワクチンが選択されねばならない。可能な国からIPVを導入し、野生株のまだ存在する国ではOPVを徹底させ一刻も早く野生株の伝播をたつこと、そしてOPVをやめてもいいと判断できる状況になったら、それは一斉に行なうというのが現実的な方策であるが、果たしてそううまくいくであろうか。