感染症情報センター地域保健平成13年度危機管理研修会




セラチアによる院内感染事例

堺市保健所
安井 良則

≪はじめに≫
   平成12年6月30日、堺市保健所は市内のM病院より「同一病棟において3名のセラチア(Serratia marcescens)によると思われる敗血症例が発生し、うち1名が死亡した。」との院内感染疑い事例発生の報告を受けた。保健所は直ちに関係職員を招集して協議を行い、状況把握のために同日M病院に対して立入検査を行った。立入検査現場での病院からの報告では、平成12年5月〜6月にかけて5病棟にわたって15名のセラチア陽性例の全体像の概要把握を行った。さらに保健所において、対策本部の立ち上げと今後事態解明に向けた徹底的な調査と指導を行っていくという基本方針を決定した。以降、8月18日まで50日間にわたって積極的疫学調査を行い、本事例の検証・原因究明にあたった。以下に今回の事例の簡単な事例経過、堺市保健所が行った主な調査結果、そして考察について記述する。

≪事例経過≫
平成12年6月30日(金)
  午後2時にM病院より堺市保健所にセラチアによる院内感染に関する第一報あり。午後4時に詳細情報をFAXで入手、午後6時に病院第1回立入検査及びふき取り検査開始。

平成12年7月1日(土)
   保健所に対策本部を設置(本部長保健所長)
   専門調査班を編成(班長本田武司大阪大学微生物病研究所教授)、第1回専門調査班会議開催
   第2回立入検査、ふき取り検査および現地指導

平成12年7月2日(日)
    M病院に対して事情聴取および口頭指導

平成12年7月3日(月)
   第3回立入検査および現地指導

平成12年7月4日(火)
   M病院に対して、7項目の文書指導
   第2回専門調査班会議開催

平成12年7月6日(木)
   使用済み超音波ネブライザー薬液からセラチア検出
   M病院内の超音波ネブライザーの調査及びふき取り検査実施

平成12年7月14日(金)
   第3回専門調査班会議開催

平成12年7月19日(水)
   国立感染症研究所感染症情報センターより、専門調査班を支援する目的で実地疫学調査チームが来堺。
   保健所側も加えた総勢8名の医師からなる合同調査チームを編成し、M病院において7月19日(水)〜28日(金)の10日間実地疫学調査を開始。
   さらに8月16日(水)〜18日(金)まで追加疫学調査を実施。

平成12年7月31日(月)
   第4回専門調査班会議開催

平成12年8月15日(火)
   第4回立入検査を大阪府と合同で実施

平成12年8月17日(木)
   M病院は通常診療を再開

平成12年9月3日(日)
   第5回専門調査班会議開催
   専門調査班報告書作成

平成12年9月5日(火)
   M病院に対して、6項目の文書指導

平成12年9月8日(金)
   M病院より第1回院内感染対策に関する定例報告
   以降毎月1回の保健所への定例報告が開始される(平成13年9月まで予定)

平成13年1月26〜27日
   セラチア事例発生6カ月後の院内感染対策改善の効果を検証するための疫学調査を実施

≪調査結果≫
1.患者等調査結果
1)平成12年5〜6月のセラチア陽性者について
・平成12年5〜6月の入院患者中セラチア陽性者は15名であった。
・セラチア陽性者15名の入院病棟は5カ所にわたっていた。
・15名中5名は血流感染(全例死亡)であり、そのうち4名は一次性血流感染と認定された。
・4名中3名は同一病棟に入院し、PFGEによるDNA解析からも同一の感染源による集団感染であると判定された。
・これら3名のセラチア伝播経路を解明するには至らなかったが、共通するものとしては末梢静脈留置針・留置経路の長期間の留置があった。

2)過去1年間の菌陽性者71名の概要
・平成11年7月〜平成12年6月の1年間のM病院入院患者71名から、計226検体のセラチアが分離されていた。
・内訳は喀痰陽性者52名(171検体)、血液培養陽性者10名(12検体)、中心静脈留置カテーテル由来検体陽性者2名(4検体)であった。

3)喀痰陽性例に対する症例対照研究
・呼吸器系へのセラチアの定着・感染を起こす危険要因を明らかにするために、症例対照研究を行った。
  症例:平成11年7月から平成12年6月の間に喀痰よりセラチアが検出された入院患者52名中分析可能36例
  対象:同期間に1週間以上入院して何らかの培養検査を行い、いずれの検体からもセラチアが検出されなかった小児科・婦人科・耳鼻咽喉科以外の入院患者95例
・宿主側の要因や呼吸器系への治療及びケア等、複数の項目が危険因子としてあげられた。
・特に呼吸器系への医療行為である超音波ネブライザーの使用、口腔・鼻腔吸引、口腔ケアについてはその行為の期間及び頻度が危険度と関連していた。


2.ふき取り調査結果
平成12年6月30日から7月21日までの間に、保健所及び堺市衛生研究所とM病院がそれぞれ病院内のふき取り調査を実施した。保健所側238検体、病院側297検体の合計535検体のふき取り検体について検査を行った結果、16検体(患者由来検体4件を含む)からセラチアが分離された。特に病棟詰所シンク等の手洗いが実施されていた場所周辺や超音波ネブライザー薬液等からセラチアが検出された。

3.医療手技の観察及び聞き取り
医療手技の観察及び聞き取りからは主に以下の問題点が認められた
・末梢静脈留置針・留置経路の維持・管理法
・超音波ネブライザーの消毒・管理・運用方法
・口腔・鼻腔吸引操作手技
・50%イソプロピルアルコール浸漬綿の管理・運用方法
・ガウンテクニック及びガウンの保管・保清方法
・点滴作成場所の保清
・手洗い手順とその基準

≪まとめ≫
1.M病院においては平成12年6月に同一病棟で発生した血液培養陽性症例3例は院内集団感染である可能性が極めて高く、また平成11年7月から平成12年6月にわたって呼吸器系へのセラチア院内感染の可能性があったと判断された。
2.医療手技の観察及び聞き取りからは、末梢静脈留置針・留置経路の維持・管理方法、超音波ネブライザーの消毒・管理・運用方法、口腔・鼻腔吸引操作手技、アルコール綿の管理・運用方法、ガウンテクニック、点滴作成場所の保清、手洗い手順などにそれぞれ問題点が指摘された。
3.平成12年6月に発生した本事例に対する調査及び指導を受けて、M病院では院内感染対策にける面目を一新し、セラチアのみならずMRSA陽性者の比率も減少し、それに関連して抗生物質の使用量及び使用内容も変化している。

≪考察≫
1.本事例における積極的疫学調査の結果、医療行為を介したセラチア感染の可能性が示唆された。
2.多数の入院患者が存在する医療現場における今回のような調査においては、疫学調査を充実させるための現場保全と、被害拡大防止のための早急な改善という2つの相反する事象を両立させなければならず、迅速にしかも正確に調査・判断する必要があった。
3.集学的な医療を提供している医療現場・病院において、医療行為を介した感染をゼロにすることは今後も不可能である。大事なことは、現実問題から目をそむけず、院内感染を「あってはならないこと」ではなく「起こり得ること」であると捉え、いかにその可能性を減じるように対策を立てていくかであると思われる。
4.今回の調査にあたっては、FETPのスタッフ及びメンバーの果たした役割が極めて大きいことは言うまでもない。堺市では本調査を遂行するにあたって得た知見やノウハウをいかに行政の現場で生かしていくかが今後の課題である。

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