感染症情報センター地域保健平成13年度危機管理研修会




腸管感染症の最近の話題

国立感染症研究所細菌部
 渡辺 治雄

1.話題となっている腸管細菌感染症の概要
 この数年来サルモネラがトップであったが、1998年は腸炎ビブリオが急増してきている。病原性大腸菌(腸管出血性大腸菌 O157も含む)は、1996年には堺市等における大規模集団事例により爆発的に増加し、1997−1998年には減少傾向に合ったが、2000年以降増加傾向にある。

a)腸管出血性大腸菌(O157等)
 これら大腸菌の中で一番新しく発見された腸管出血性大腸菌 O157:H7は、1982年アメリカ合衆国のオレゴン及びミシガン州で発生したハンバーガー食中毒事件の出血性大腸炎患者の便から最初に分離された。わが国では、1984年の大阪の食中毒事件の患者より分離されているが、注目されたのは1990年浦和の幼稚園で汚染された井戸水が原因で死者2名を含む268名の集団事件が起こってからである。1991年から1995年まで、毎年100名前後の患者であったが、1996年には堺市をはじめとし学校給食を原因食とする大流行を起こし有症患者17,877名にも及んだ。その後1997年は1,576名、1998年も2,077名、1999年には2,957名、2000年には3,622の患者が出ている。2001年の3〜5月にかけて牛タタキ事件、サイコロステーキ事件等の牛製品による事例がクローズアップされてきている。これらは広域で発生する集団事例(いわゆるdiffuse outbreak)であり、それらの関連性を明らかにするのにパルスフィールドゲル電気泳動(PFGE)法による解析が威力を発揮している。そのネットワークの構築(Pulse Net Japan)を行っているので紹介する。

b)サルモネラ感染症
 @Salmonella Enteritidis の増加
 食中毒の原因細菌別に見た事件数としては、1992年以降、サルモネラが腸炎ビブリオと1,2位を争っている。又、患者数としては、1991年以降サルモネラがトップであったが、1998年は腸炎ビブリオに抜かれている。サルモネラの保菌率は、鶏、ブタ、ウシ等の家畜に高く、汚染を受けた食肉及び鶏卵を主とした畜産物あるいは汚染された水がヒトへのサルモネラ媒介物とされている。我が国のサルモネラ症は、1990年以降から血清型S.Enteritidisによるものが急増してきている。これは、欧米諸国で1985年頃より始まったサルモネラエンテリティディスによる鶏卵の汚染が世界中に拡大し、1990年以降日本でもサルモネラによる食中毒が激増したものと考えられる。
 A注意を要する Salmonella Typhimurium DT104
  欧米では、1994年以降から多剤耐性のSalmonella Typhimurium DT104(サルモネラ・ティフィムリウムを細分化するのに菌を溶菌するファージによる分類が使われており、DT104はその溶菌パターンによる分類番号を示している)が急増している。ペニシリン、テトラサイクリン、クロラムフェニコール、ストレプトマイシン、サルファ剤の5薬剤に耐性を獲得しているものが多いが、同時にナリジクス酸などのキノロン剤にも耐性を示している株が最近オランダで見つかっている。菌血症を起こした場合に、抗菌薬治療に抵抗性を示すので問題となっている。我が国においても1993年頃からの株に Salmonella Typhimurium DT104が認められている。DT104ばかりでなく、Salmonella Typhimurium 全体が多剤耐性化の傾向にある。Salmonella Typhimurium 分離株の64%が耐性菌でありその中には9剤耐性の菌も存在している。
 また最近、我が国において臨床例からフルオロキノロン耐性を含む多剤耐性Salmonella Typhimurium DT12 が分離された。海外においては、ceftriaxon 耐性 S.Typhimurium も報告されている。

c)増加する腸炎ビブリオ
 1998年に腸炎ビブリオが、トップに踊りでてきたが、この原因は、今までに見られなかった血清型O3:K6のクローンの増加による。このクローンは1996年頃からインド、バングラデシュを中心に出現し、瞬く間に東南アジア、アメリカ等に伝播してしまった。日本も例外ではなく1998年頃からこのクローンによる食中毒事例が急増し、現在は腸炎ビブリオ事例の半数以上がこのクローンの菌の汚染によっている。エビ、カキ等の魚介類を介しての伝播であり、世界がグローバル化してきていることの一例でもある。

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