感染症情報センター地域保健平成13年度危機管理研修会



海外感染症アウトブレーク時の対応
-ウガンダ・エボラ出血熱での経験-

国立感染症研究所感染病理部
佐多 徹太郎

   2000年10月8日、ウガンダ北部のグル地区で急性熱性疾患の集団発生が報告された。14日、南アフリカウイルス研究所の検査で、エボラ出血熱と判明し、スーダン株に類似していることがわかった。16日、WHOはウガンダ・グル地区でエボラ出血熱の流行を確認し、35例の死亡者を含む71例の感染者が発生していることを報道発表し、各国に協力を求めた。25日、WHOはわが国に対し医療チームの派遣を要請し、厚生省は専門家の緊急派遣を決定し、28日に第一陣が出発した。計3回、計5名の専門家を派遣し、日本は資金的援助とともにエボラ出血熱アウトブレイクに対し人的貢献を行った。
 エボラ出血熱はアフリカ中央部に存在する死亡率の高いウイルス感染症で、わが国の感染症法では1類感染症に分類されている。しかし診療経験のある日本人はいままでいなかった。1976年、当時のザイール(現コンゴ共和国)の北部ヤンブクとスーダンの南部ヌザラで、88%ないし53%の高い死亡率を示したのが最初である。エボラウイルスはひも状のフィロウイルス属に分類され、ヒトの感染するものだけでなく、カニクイサル由来のレストン株もある。自然宿主は知られていない。ヒトからヒトへの直接接触感染によって起こる。ウイルスは全身のマクロファージと血管内皮細胞に感染し、広範な臓器障害とともに出血を含む致死的病態を引き起こす。有効なワクチンや特異的治療法はないので対症療法のみで、ヒトからヒトへ直接感染するので流行の防止は感染者・患者の隔離は有効である。
 10月16日のWHOの呼びかけに対し、国際的に25以上の組織から派遣された計104人が現地に入り、現地のウガンダ人とともに活動した。WHOの活動は、疫学チーム、患者管理チーム、フィールド検査チーム、住民教育チーム、そして全体を統括するWHOチームからなっていた。隔離病棟はグル病院とSt.Mary病院の2ヵ所に設置され、日本人専門家は前者で感染防御対策を行いつつ、患者の診療に当たった。患者をCase definition にもとづいて診察し、入院隔離した。エボラ患者は38度台の発熱と下痢を主症状とし、強い衰弱と右季肋部(肝臓)の圧痛が特徴的であった。他の熱帯病との鑑別が困難であり、エボラ抗原および抗体検査結果で診断した。患者は発症後8日、入院後4日で死亡した。今回の流行では、出血症状は20%に認められた。計425例の感染者と224名の死亡者(死亡率53%)におよぶ過去最大の流行となった。また院内感染例は29例にのぼったが、その大部分は感染防御対策導入前に起こったものであった。
   隔離病棟に勤務する医療関係者は全員、帽子、マスク、ゴーグル(あるいはカバー付きのマスクや眼鏡)、二重のラテックス手袋、防水サージカルガウン、ビニールエプロン、長靴を着用した。針や刃物の使用は原則禁止された。病舎内外には数ヵ所、次亜塩素酸のタンクが用意され、患者および汚物に接触した場合は必ず手洗いを行うこと、汚物等は10倍濃い濃度の消毒液で処理した。輸液はプラスチックの留置針を使用し、静脈内に針が挿入されたあと、金属内筒はすぐに廃棄容器に捨てた。汚染リネン類も次亜塩素酸で処理された後に洗濯され、庭に干されていた。病棟内の床は毎日消毒液で拭き清掃されていた。死亡者はベッド上で、そのまま濃い濃度の消毒液を噴霧され、プラスチックバッグに包まれ、さらに外部を消毒したのち担架で運び出された。この作業は感染防御服を着用した兵士3名で行われた。家族と接触することなく直ちに埋葬された。上記のバリアナーシングはWHO/CDC発行のマニュアルに書かれてある(http://www.who.int/emc-documents/haem_fevers/docs/whoemcesr982sec1-4.pdf)。
 検査は患者血液を用いたEbola virusの抗原検出とIgGの抗体の検出のみが行われており、一般臨床検査は行われていない。RT-PCRは抗原検出よりも1日早くウイルス検出が可能となるという。また死亡者からは、エボラの確認を目的として、皮膚、肝臓、脾臓の針生検と心血の採取が行われた。
 今回のアウトブレイクにおける各国際組織の「ヒト日貢献度」は、CDC、MSF、WHO、ISS、Canada、Japanの順で、CDCは疫学、患者管理、そして検査で、MSFはCoordinationと患者管理、そしてWHOはCoordination、患者管理そして疫学で貢献した。今回のアウトブレイクは過去と異なり、英語圏であるウガンダで発生したこと、WHOの主導のもとに各国から参加者が集まって国際チームを形成し活動したこと、日本はWHOの一員として参加できたことが特徴でもある。わが国には独自に専門家を派遣し活動するだけの経験も能力もない。しかし1類感染症対策をより確固たるものにするには、機会を得て迅速にチームを作って専門家を派遣することや海外感染症の情報を常に得られるよう経験の豊富なPasteurやCDCと人的関係を作り、かつ経験を積むことが必要である。サハラ砂漠から南のアフリカ地域には 25,000人以上の日本人が1999年中に訪問している。24時間以内で帰国できることを考えると、エボラのみならず1類感染症が日本に持ち込まれる可能性は否定できない。そのためにも、わが国における輸入感染症対策の充実が望まれ、また国際的対応の重要性が痛感された。

    なお、今回の派遣については、厚生労働省平成12年度大規模感染症発症時の緊急対応の在り方に関する研究班から「ウガンダ・グル地区エボラ出血熱集団発生に対する日本人専門家派遣報告および緊急派遣時の問題点と将来の方向性」と題する報告書にまとめた。また疫学的報告は WER 2001,76,41-48 (http://www.who.int/wer)、MMWR 2001, 50(No.5),75-77、病原体検出情報 IASR 2001, 22(No.3), 57-59 (http://idsc.nih.go.jp/iasr/22/253/inx253-j.html) に報告されている。

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