感染症情報センター地域保健平成13年度危機管理研修会





乳製品による集団食中毒事件

大阪市保健所
中澤秀夫

1.はじめに
 近年、食品の製造、加工、保存技術の高度化や消費者ニーズの多様化などにより、輸入食品を含め多種多様な食品が、長期的、広範囲・大量に流通している状況のもと、ひとたび食品事故が発生すると、その影響は広範囲に及ぶことが懸念されている。しかしながら、本事件の原因となった食品は、その製造工程中に完全な殺菌工程があり、risk management として自主衛生管理が確立されているはずの「総合衛生管理製造過程」いわゆるHACCP(hazard analysis critical control point、危害分析・重要管理点)の認定工場の製品から、安全な食品であるという先入観が、事件に対する判断、対応を誤らせる危険性を含んでいた。史上初めての大規模集団食中毒事件に対する保健所の体制及び初期危機管理(crisis control)について検証する。

2.大阪市保健所における危機管理
 大阪市では、平成12年4月より従来の各区(24区)に置かれていた保健所を保健センターにするとともに、新たに全市域を所管する大阪市保健所を設置し、新しい地域保健体制を施行した。新しい保健所では、地域保健法で目指している広域的・専門的・技術的拠点とし、食中毒やO157感染などの区域を越えた大規模発生時の健康危機管理の強化を図るため、監視員を集約化し、食品衛生部門については営業監視課・食品衛生監視課も2課による専従監視体制を確立している。また、IT(Information Technology)革命が日常的に言われている今日、遅れている本市の保健衛生情報システムの整備・情報収集・分析・提供の促進を図ることを目的とする新たな担当係が置かれている。
 当保健所は交通の要所である市南部のターミナルの近くに位置しており、市内各区への職員の派遣が容易である。また、大阪市立大学医学部に隣接するとともに、市立環境科学研究所にも近い距離にあるため、必要に応じ専門的・技術的連携が密にできる体制となっている。
 通常、食中毒の処理は、各区保健センターなどからの情報に基づき、食品衛生監視課が営業監視課と連携して、「大阪市食中毒対策要領」および「食中毒処理要領」に基づいて対応している。事件では対象施設が大規模なため、食品衛生監視員である保健副主幹(課長代理級)をチーフに両課の食品衛生監視員を大量(多いときには15名)に投入して立入調査を実施するとともに、保健所には、保健主幹(課長級)がデスクに張りつき、情報の収集・整理・、各機関との連絡調整の業務に専念することにより、中枢基地としての役割を果たすなど、新体制が円滑に機能した。
 また、厚生省など関係機関・議会関係・マスコミ対応などについても、本庁の生活衛生課や庶務課と密接な連携のもとに行なわれた。
 危機管理で重要なことは、当面している事例がごく小規模で収束するのか、大規模な事件に発展するのかをいち早く見極めることであり、そのためにはリアルタイムの情報をできるだけ多く集め、専門職員集団により、迅速・的確な判断を下すことである。食中毒の判定においては、病院物質の特定によることはもちろんであるが、疫学的手法により原因食品、原因施設を特定して、早期に被害拡大防止のための有効な措置をとることが重要である。
 今回の事例では、その製造工程中に完全な殺菌がされ、その後の温度管理が万全であれば食中毒とは縁がないと考えられていた加工乳などに起因していること、主に個人単位で摂取されていることから発症の情報が把握されにくいこと、発症者症状も比較的軽いこと、大量生産され広域に流通しているわりには初期の患者届出者が少なかったことなどから判断が非常に難しかった。

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