感染症情報センター地域保健平成13年度危機管理研修会







旅行医学におけるマラリアへの対応

国立感染症研究所感染症情報センター
木村 幹男

≪25才日本女性の異国での非業の死≫
 1999年9月8日に日本を出国し,タイ,南アフリカ,スワジランド,モザンビーク,ジンバブエ,ガーナ,ブルキナファソなどを訪問し,11月12日A国に入国する。11月19日高熱を発し,A国のB病院に入院した。通常の血液検査にてマラリアの疑いがおかれたが,QBC法では陰性との結果であった。その病院のやり方に疑問を感じ,22日に退院した。その後も高熱が続き,24日にC病院を経由してD大学病院に入院。赤血球感染率20〜30%の熱帯熱マラリアと診断された。意識障害,黄疸あり。経口クロロキンとプリマキンによる治療を開始したが,翌25日に死亡したとの連絡が家族に届いた。30日遺体は日本に到着。
 B病院担当医と連絡を取ったが,血液標本を国外に持ち出すことは法律上できないとのこと。D大学病院担当医からは,同国では注射用キニーネは入手不可能とのこと。

≪海外での実例≫
・インドネシア・スラバヤで3年間働いている英国人技師。週末をロンボク島で過ごしたが、マラリアの注意をしなかった。3週間後に脳性マラリアで死亡。
・過去26年にわたりサハラ以南アフリカを訪ねている英国人ビジネスマン。長くアフリカで過ごしているので、マラリアに免疫があると考えていた。帰国して発熱、悪寒があったが、受診するのに3日間遅れた。脳性マラリア、腎不全を生じ、ICUで3週間の治療が必要であった。
・ウガンダ在住のカナダ人女性。妊娠し、胎児に悪影響があると考えて、マラリア予防薬を中止した。脳性マラリアを発症し、重症マラリアの治療に経験豊富な病院で積極的な治療を受けたが、本人・胎児の両者とも死亡した。
J.W. Howarth著:Healthy Travel. Bugs, Bites & Bowels

マラリア予防

1.防蚊対策(antimosquito measures)
 1)日没後の外出を避ける
 2)長袖,長ズボン,昆虫忌避剤
 3)部屋に殺虫剤,蚊取線香,蚊帳

個人的防蚊手段の効果
(multiple logistic regression analysis)
項目 χ2
エアコン 4.01 0.0453*
蚊帳 0.12 0.7298
長袖,長ズボン 5.25 0.0219*
殺虫剤スプレー 0.37 0.5409
昆虫忌避剤 0.62 0.4293
ビタミンB 1.67 0.1962
蚊取線香 0.00 0.9459
電気式蚊取器 2.47 0.1158
その他 1.38 0.2406
Schoepke et al : J. Travel Med. 5:188,1998


昆虫忌避剤
最適濃度 平均効果持続時間 備考
DEET 35-50% 4-6時間 衣類や皮膚に使用可能
DMP 40% 1.5時間 >23℃では効果が減弱
RUTGERS 612 30-50% 1時間 皮膚や衣類に使用可能
35/35 20% 2時間 衣類に使用は不可能


2.薬物予防 (chemoprophylaxis)

・服用すべきかどうか?
   滞在地,季節,期間
   旅行方法,宿泊場所
   医療機関へのアクセス
・何を服用すべきか?
   目的地での薬剤耐性
   薬剤アレルギー
   年令,行動・職業
   妊娠,持病,他の服用薬剤


地域別マラリア薬物予防
分類 内容 地域 薬剤
熱帯熱マラリアは稀で、あってもクロロキン感受性 中米,中東,中国の大部分 クロロキン
熱帯熱マラリアが少なからずあり、時にクロロキン耐性 インド亜大陸,インドネシア,フィリピン クロロキンとプログアニルの併用
熱帯熱マラリアが多く、殆どクロロキン耐性 熱帯アフリカ,インドシナ半島の一部,中国の南部,南米アマゾン流域,パプアニューギニア,ソロモン メフロキン,ドキシサイクリン,またはマラローン®


新しいマラリア予防薬
・アトバコン/プログアニル (250 mg/100 mg, 商品名マラローン)
  ケニアの地元民で10週間の治験
  1錠/日,2錠/日の両者において有効率100%
・Etaquine (WR238605, 8-アミノキノリン)
  ケニアの地元民で13?15週間の治験
  loading dose (500 mgを3日間) のみで83%,250 mgのloading dose+250 mgの週1回服用で95%,500 mgの  loading dose+500 mgの週1回服用で97%の有効率
・プリマキン
  インドネシア・イリアンジャヤの地元民で1年間の治験
  0.5 mg/kg/日で熱帯熱マラリア,三日熱マラリアに93%の有効率


3.スタンバイ治療 (stand-by treatment, あるいは緊急治療,自己治療)

マラリアのスタンバイ治療
・概念:
  マラリアを疑わせる発熱があり,医療機関を24時間以内に受診することが不可能な場合,自分の判断で抗マラリア薬を服用する.しかし,その後も医療機関の受診を行うよう努力すべきである.

・適応:
   1) マラリア流行度が低い地域
   2) 短期間の複数回滞在
   3) 薬物予防が適当であるが,それが不可能な場合.

・問題点:
  マラリアでない場合の使用が多い.用法・用量の間違い.副作用が出た場合の対処.

・課題:
   自己診断キット (ParaSight F, ICT malaria P.f.) の活用.


変貌する旅行医学

・初期の旅行医学
   熱帯性感染症,ワクチン接種,途上国への旅行
・新しい旅行医学
  特殊条件での旅行 (呼吸器・循環器疾患,HIV感染症などを有する旅行者,若年者,高齢者,妊産婦など)
  特殊旅行目的 (トレッキング,ダイビング,冒険旅行)
  先進国への旅行 (精神的問題,犯罪,事故)
  機内での健康,安全
  気象条件などの変化による感染症の変貌
  政治的,経済的要因による大量の人の移動に伴う問題
  感染症サーベイランスのグローバル化
  宇宙旅行での医学


国際旅行医学会 (International Society of Travel Medicine, ISTM)
・学術集会
  1989年チューリヒ,1991年アトランタ,1993年パリ,1995年アカプルコ,1996年香港 (ASTM),1997年ジュネーブ,1998年台北 (ASTM),1999年モントリオール, 2000年バリ島 (ASTM),2001年インスブルック
・刊行物
  Journal of Travel Medicine: 1994年発刊の隔月刊雑誌
  Travel Medicine NewsShare: 季刊の新聞
・インターネット
  ISTMのWebPage: トラベルクリニックのディレクトリーを含む
  TRAVELMED: 会員専用の旅行医学・熱帯医学などに関する電子メールでのdiscussion group
  GeoSentinel: 新興再興感染症を対象とするトラベルクリニックのネットワーク
・専門委員会
  旅行企業や一般人に対する教育,医療従事者に対する教育,旅行医学の研究,看護婦の参加

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