感染症情報センター地域保健平成13年度危機管理研修会


院内感染対策サーベイランス(JANIS)について

国立感染症研究所 細菌・血液製剤部
荒川宜親

院内感染対策サーベイランス事業の目的と実施状況
 院内感染対策サーベイランス事業(以下、事業)の目的は、医療施設から提供されたデータを集計・解析し、利用可能な形で情報を還元することにより、各々の医療施設で行われている院内感染対策の向上に資する情報を提供することにある。
 事業は、病院の検査室からの情報を中心に集める「検査部門サーベイランス」、侵襲的手技と薬剤が多用される特殊な環境における「集中治療部門サーベイランス」、特定の薬剤体耐性菌について、国立病院のネットワークを利用し、患者情報を盛り込んだ「全入院患者サーベイランス」の3つの構成要素からなる。
 平成9-11年度の厚生科学研究班により「事業」で収集する情報の種類、データ入力の方法、データファイルの形式、解析方法、還元方法等が吟味され、平成12年7月から「事業」が開始された。平成12年7月〜9月のサーベイランスは、従来から研究班に参加していた施設を中心に行われ、検査部門サーベイランスでは12施設、集中治療部門サーベイランスでは17施設、全入院患者サーベイランス部門では22施設からデータの提供があり、集計と解析が行われた。結果は毎月参加医療機関に還元され、その一部は「季報」として国立感染症研究所感染症情報センターのホームページを介して一般に公開される。


平成12年7-9月「季報」の要旨
検査部門サーベイランス
○ 検査部門サーベイランスは、参加医療機関において検出される各種細菌の検出状況や薬剤感受性パターンの動向を全般的に把握するとともに、新規耐性菌の早期検出等を目的とする。これらのデータは、抗菌薬の安全で有効な使用方法や、使用上の注意等について、具体的かつ確実な検討を行う際に参考となる。
○7〜9月の間に報告された総検体数5,234検体の血液及び髄液から分離された菌種について集計・解析が行われた。
○ 血液から分離された菌株総数に対する主要分離菌の頻度は、黄色ブドウ球菌(17%)、表皮ブドウ球菌(14%)、表皮ブドウ球菌以外のCNS(コアグラーゼ陰性ブドウ球菌)(10%)、大腸菌(7%)、肺炎桿菌(6%)であった。従来から院内感染の原因菌として注意が必要とされていた細菌が上位を占めていた。皮膚常在菌である表皮ブドウ球菌やその他のCNSが、今回の集計結果で、高頻度で分離されていることに関しては、検体採取時の皮膚表面や毛嚢などの常在菌の混入汚染も想定する必要がある。

  (注)主要菌分離頻度(%)=(分離件数/総分離菌数)×100

○ 血液から分離された菌のうち、緑膿菌(6%)、セラチア(3%)などが比較的上位に入り、また、グラム陽性桿菌ではバシラス(3%)も検出された。バシラスは耐熱性の芽胞を形成し、アルコール消毒や煮沸滅菌に抵抗することが知られており、これらは決して希な菌種ではないが確認された。
○ 血液から分離された黄色ブドウ球菌の主要抗菌薬に対する耐性度の特徴としては、黄色ブドウ球菌37株におけるオキサシリン(MPIPC)の成績で判断する限りでは、76%がいわゆるメチシリン非感性株(MRSAを含む)であった。今後の分離状況を引き続き注意深く監視するとともに、分離株数が増加した時点で、MSSAとMRSAに分けて、薬剤感受性の状況を比較する必要がある。
○ 今回の調査で検査された72株の黄色ブドウ球菌(MRSAを含む)は、NCCLS(米国臨床検査標準化会議)の判定基準に従い判定した結果、それらは全てバンコマイシンに「感性」(MIC, ≦4μg/ml)と判定された。また、今回調査した62株のCNSも、全てバンコマイシンに「感性」と判定された。

集中治療部門サーベイランス
○ 集中治療部門サーベイランスは、ICUにおける感染症の発生状況を把握し、その対策を支援する情報を還元することを目的とする。感染の状況の把握を通じ、医療機関が自ら行うICUの管理・運営のパフォーマンス評価とその改善に資する情報を医療機関に提供することが可能となる。
○ 7〜9月の間に、ICU入室患者の延べ2,270名について報告があったものについて集計・解析が行われた。
○ 集中治療室に入室し、人工呼吸器などを装着している患者の院内感染率は、@人工呼吸器装着患者の肺炎発生率が15.2、A尿路カテーテル装着患者の尿路感染症は0.5、B血管留置カテーテル装着患者の血流感染の発生率は、1.1であった。

(注)感染率(発生率)=(感染患者数/カテーテル延べ装着日数)×1000

○ 集中治療室に入室の患者の院内感染率は、5.8%であり、その内訳は、人工呼吸器関連肺炎(2.7%)、創感染(1.3%)の順であった。

  肺炎 カテ血流 敗血症 創感染 尿路 その他 全感染症 全感染症延べ
感染率(%) 2.7 0.3 0.6 1.3 0.2 0.7 4.4 5.8

(注)感染率(%)= (感染患者数/入室患者数)×100

○ ICU入室患者の重症度別平均ICU在室日数をみると、非感染者に比べ感染者の在院日数が長い傾向がみられた。

  耐性菌感染有り 感性菌感染有り 感染なし 全体
平均在室日数(日) 14.8 12.5 4.4 5.0


全入院患者サーベイランス

○  全入院患者サーベイランスは、臨床上の問題性がすでに指摘されているMRSA 、VRE、PRSP、および国内各地で分離されているメタロ-β-ラクタマーゼを産生するカルバペネム耐性緑膿菌等主要な薬剤耐性菌による感染症を発症している患者について、その発生動向を把握し院内感染対策の向上に貢献するデータを確保することを目的とする。7〜9月の間に、356例のMRSAによる感染症例が報告された。

○  当該3か月間のMRSAの感染率は0.55%であった。ただし、この数字の評価については、サーベイランス事業に参加した医療施設の機能や規模、診療科構成、入院患者の疾病の種類やその重症度、外科手術数の多少、治療方法の種類などの諸要素を加味して行う必要があり、10月以降に得られる医療施設のデータも考慮し、引き続き検討する必要がある。

  (注)感染率=(当該月のMRSA感染者数/当該月の総入院患者数)×100

○ MRSAによる感染症の内訳をみると、@肺炎(36.2%)、A手術創感染(13.2%)、B皮膚・軟部組織感染(12.6%)、C消化系感染(11.5%)の順であった。


留意点
 医療施設内で入院患者が二次的に感染症を発症する場合、癌の末期患者などの感染防御能力の著しく低下した患者その他において、その腸管内などに生息する常在菌による不可抗力的な「内因性感染症」がある。したがって、医療施設内で発生する感染症の全てが、直ちに医療側に落ち度があるというわけではないということに留意する必要がある。
 一方、「外因性感染」は、医療従事者の注意や努力で減らすことが可能な部分もある。そのためには、各施設内で発生する感染症を院内感染対策委員会が中心となって正確に把握すると共に、国内の平均的状況を調査しそれらとの比較において個々の施設での対策を講じる必要があり、本サーベイランスの結果がその推進に活用される事が期待される。


総 評
 7〜9月の3か月間の各サーベイランスでは、研究班に参加する限られた参加施設から提供されたデータについて集計・解析が行われ、データのエラーや集計方法の問題点を洗い出す作業が集中的に行われた。したがって、疫学的な有意差を論議するために必要と思われるデータ数を十分に確保できておらず、現時点で結論的なことを導き出すまでには至っていない。今後、10月以降の参加施設数の増加と感染症の診断、検査法の精度管理等の充実を進める中で、信頼度の向上を図る予定である。従って、本委員会において必要な検討を継続して実施する必要がある。

 

| 危機管理研修会トップ |