第3セッション:No. 4

事例紹介(兵庫県でのB型肝炎感染事例)


兵庫県県民生活部健康福祉局医療課室長 今井雅尚
                   

<事例の概要>
 平成11年4月1日から施行された「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」に基づき、平成11年5月26日に県内の医療機関(以下、「当該医院」という。)から3名のB型肝炎発症者の届出が行われた。同27日には、当該医院の透析患者のうち、さらに2名がB型肝炎を発症していたことが確認され、計5名のB型肝炎の発症があったことから院内感染が疑われた。
 兵庫県は、同28日に、専門家により構成される「院内感染調査委員会」を設置して、感染源の究明、感染経路の解明に取り組んだ。
 後に、新たに2名のB型肝炎の発症が判明し、発症者は計7名、そのうち6名が死亡という事態となった。


<兵庫県B型肝炎院内感染調査報告書の結論>
 当該医院における透析患者のうち、7名がB型肝炎に罹患し、うち6名が死亡するという事態を招いたが、調査の結果、感染源がキャリアのうちの1名であったと極めて強く示唆されるものの、感染経路については特定できなかった。しかし、当該医院以外でこのキャリアとB型肝炎発症者の間に接点がないことから、院内感染があったものと考えられる。
 複数のB型肝炎の発症者があったことについては、キャリアから感染者への感染経路が主に推定されるが、発症者から発症者への感染経路も否定できない。
 最低でも2回以上の感染機会があったことが推定されるが、感染経路になったと疑われる医療行為等が特定できないことから、複数の感染が同一内容の行為等によって成立したものであるかどうかについても結論するには至らなかった。
 今回の院内感染が当該医院で起こった背景には、キャリアに対する医療従事者の認知と対策及び衛生管理など、「ウイルス肝炎感染対策ガイドライン(医療機関内)」に示されている院内感染防止対策の不徹底があったものと考えられる。

<当日の講演要旨>
 同報告書に基づき、調査の目的、対象、方法、調査のまとめ(感染源、感染時期、感染経路及び結論)、再発防止に向けての提言(施設及び透析医療機器に関する事項、専門職員の配置等に関する事項、透析医療の実施に関する事項、院内感染対策及び透析医療システムの構築)等につき、概説するとともに、県、保健所における院内感染対策実施体制について、具体的に説明する。

 

[兵庫県B型肝炎院内感染調査報告書の概要]

I 事例の概要
 平成11年4月1日から施行された「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」に基づき、平成11年5月26日に県内の医療機関(以下、「当該医院」という。) から3名のB型肝炎発症者の届出が行われた。同27日には、当該医院の透析患者のうち、さらに2名がB型肝炎を発症していたことが確認され、計5名のB型肝炎の発症があったことから院内感染が疑われた。
 兵庫県は、同28日に、専門家により構成される「院内感染調査委員会」を設置して、感染源の究明、感染経路の解明に取り組んだ。
 後に、新たに2名のB型肝炎の発症が判明し、発症者は計7名、そのうち6名が死亡するという事態となった。

II 肝炎院内感染調査の目的、対象、方法
1 調査の目的
  本事例の感染源の究明、感染経路の解明を行うことにより、今後の透析医療の安全を確保する。
2
 調査の対象
   B型肝炎発症者及びHBVキャリアを含む全透析患者、従業員、透析患者カルテ、透析記録、透析装置などの透析医療に関わるもの全てを調査対象とした。
  当該医院の概要:昭和49年4月1日開設、診療科目 泌尿器科・皮膚科
           病床数19床、透析ベット数50床総従業員数68名
           透析患者数123名(平成11年5月31日現在)
3 調査の方法
  当該医院に対して、関係資料の提出について協力を求めるほか、従業員や透析患者からの聞き取り及び、必要に応じて血清学的・ウイルス学的検査を行った。

III 調査のまとめ
1 感染源
   B型肝炎を発症した7名のうち6名とキャリア4名のウイルス検査の結果から、キャリアのうちの1名と発症者6名のDNAの塩基配列が一致したため、発症者6名全員がこのキャリア由来のウイルスに感染したことが強く示唆される。
2 感染時期
  発症時期から感染が起こったのは、平成10年8月から平成11年5月と推定されるが、透析記録等からはこの間に感染源となったキャリアと発症者7名すべてが同一日に透析を受けたことはなく、感染の機会が1度ではなかったと推定される。
3 感染経路
   推定される感染時期における、感染経路の検討結果は次のとおりである。
 (1)当該医院以外におけるキャリアからB型肝炎発症者への感染の可能性は否定的である。
 (2)当該医院には院内感染防止対策上、種々の問題点があったものと推定される。
    当該医院におけるHCV抗体陽性者の割合が80%(123名中98名が陽性)と極めて高いことから、“当該医院では感染が日常的に起こる可能性があった”ことが示唆される。
 (3)当該医院の医療従事者は、キャリア認知と対策及び衛生管理等において十分な対応をとっていなかったものと推定される。
 (4)透析操作
  (a) 穿刺時の処置によりキャリアの血液から直接感染した可能性は発症者のうちの3名については否定できないが、他の4名の発症者に対しては、その可能性は否定的と考えられる。
  (b) ヘパリン注入や検査採血による感染の可能性は低いと考えられる。
  (c) 感染が、同じ注射薬剤から起こった可能性は否定的と考えられる。
  (d) 返血時の処置による感染の可能性は否定的であると考えられたが、返血用生理食塩水による感染の可能性は否定できないと考えられる。
 (5)透析機器類
  (a) 透析液を介する感染の可能性は否定的であり、透析装置による感染の可能性は低いと考えられる。
  (b) 透析中のトラブルによる感染はなかったものと推定される。
 (6)当該医院で行われた輸血、手術、検査等の血液透析以外の医療が原因となる感染はなかったものと考えられる。
 (7)感染性廃棄物処理等について、感染予防上の対応は十分ではなかったものと考えられる。
4 結論
  当該医院における透析患者のうち、7名がB型肝炎に履患し、うち6名が死亡するという事態を招いたが、調査の結果、感染源がキャリアのうちの1名であったと極めて強く示唆されるものの、感染経路については特定できなかった。しかし、当該医院以外でこのキャリアとB型肝炎発症者の間に接点がないことから、院内感染があったものと考えられる。
 複数のB型肝炎の発症者があったことについては、キャリアから感染者への感染経路が主に推定されるが、発症者から発症者への感染経路も否定できない。
 最低でも2回以上の感染機会があったことが推定されるが、感染経路になったと疑われる医療行為等が特定できないことから、複数の感染が同一内容の行為等によって成立したものであるかどうかについても結論するには至らなかった。
 今回の院内感染が当該医院で起こった背景には、キャリアに対する医療従事者の認知と対策及び衛生管理など、「ウイルス肝炎感染対策ガイドライン(医療機関内)」に示されている院内感染防止対策の不徹底があったものと考えられる。

 

[再発防止に向けての提言]

 今回の事例に関する調査や兵庫県下全透析医療施設を対象として行った「透析患者のB型・C型肝炎に関する調査」の結果を踏まえ、透析医療機関における透析医療の質の向上及び院内感染防止の徹底を図るため、国が示す「ウイルス肝炎感染対策ガイドライン(医療機関内)」を遵守するとともに、施設及び透析医療機器の適正管理の徹底、適正な専門職員の配置、適正な透析医療の実施、院内感染防止体制の整備、透析医療システムの構築等種々の対策を講じることが重要であると考える。

1 施設及び透析医療機器に関する事項
(1)透析室は、透析ベット数に応じ、感染防止の観点から透析操作に支障がないよう、
  透析ベット1床当たりの必要床面積を規定するなどにより十分な面積を確保する。
(2)透析医療機器の保守点検について一定の基準を設定し、定期的に実施する。
(3)静脈圧ラインにトランスデューサー・プロテクターを設置する。
(4)透析に使用する医療器具等は、原則としてディスポーザブルとする。

2 専門職員の配置等に関する事項
(1) 医師
   透析実施中においては、患者管理を適切に行うため、1人以上の透析に関する(専門)医師を配置する。
(2)看護婦等
   透析ペット数に応じて必要な看護婦等の人員を確保する。
(3)隠床工学技士
   一定以上の透析ベット数を有する医療機関においては、臨床工学技士を配置する。
(4) その他
   医療従事者は、職種及び氏名を明示した名札を付ける。

3 透析医療の実施に関する事項
(1)透析に従事する者は手指等の手洗いや消毒を励行し、観血的処理を行う場合は、手袋を使用するとともに、患者が変わる毎に手袋を取り替え、感染防止に努める。
(2)血液等が付着した感染性廃棄物は、「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」を遵守し、専用容器に保管し、専用の場所に他のものとは区分して保管するとともに適正処理を行う。
(3)透析ベット番号、穿刺担当者、血液回収者名、その他透析に関する記録すべき事項を記載した透析記録票を1人1回につき1枚作成する。
(4)透析医療実施マニュアルを作成するとともに院内研修を実施し、院内関係者に徹底する。

4 院内感染対策
(1)ウイルス肝炎等の血液を介する感染をはじめ、その他の感染症の予防のため、定期的な検査について基準を設定し、感染者の早期発見に努める。
 肝炎感染者等については、プライバシーの保護に配慮しつつ、本人に告知するとともに医療従事者に周知を図る。
(2)院内感染対策委員会を設置し、院内感染防止マニュアルを作成するとともに院内関係者に周知徹底する。
(3)院内において定期的に院内感染対策委員会を開催するとともに随時、関係職員に対し院内研修を実施する。
  また、新人職員を対象とした透析医療に関する研修を実施する。
(4)医師等に対し、院内感染対策等に関する教育及び研修を医師会、透析医会等の協力のもと実施する。
(5)院内感染発生時における危機管理体制を整備する。

5 透析医療システムの構築
 透析医療機関の適正配置を検討し、基幹医療機関を整備するとともに連絡体制を構築する。

 

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