第2セッション:No. 6

薬剤耐性菌


国立感染症研究所 細菌・血液製剤部  荒川 宜親
                   

◆「抗生物質の半世紀」の光と蔭
 合成抗菌薬や抗生物質の発見により、細菌感染症の治療は著しい進歩を遂げ、「抗生物質の半世紀」として20世紀の後半を特徴付けることが可能である。しかし、1980年代から、MRSAやVRE、ペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP)などグラム陽性菌における薬剤耐性の出現が医療にとって大きな障害となっている。また、肺炎桿菌や緑膿菌などのグラム陰性桿菌における、広域β-ラクタム薬、アミノグリコシド、フルオロキノロンなどへの耐性の進行が、21世紀の医療にとって現実的な脅威となっている。
◆あらゆる病原細菌での耐性菌の出現
 「薬剤耐性菌」として MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)やVRE(バンコマイシン耐性腸球菌)などの院内感染症起因菌がマスコミで取り上げられることも多く一般の方々にも広く認知されている。しかし、これらの院内感染菌にとどまらず、ペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP)やインフルエンザ菌などの市中感染症起因菌、カンピロバクター、サルモネラなどの食中毒菌、赤痢菌、ペスト菌、コレラ菌などの伝染病起因菌、淋菌などの性病起因菌、さらに胃潰瘍や胃癌の原因とされるヘリコバクターピロリなど、人に感染症を引き起こすほぼ全ての病原細菌において薬剤耐性が例外なく進行している。しかも、多剤耐性や高度耐性を獲得した耐性菌が出現しつつある。
◆21世紀の公衆衛生的最重点課題としての薬剤耐性菌対策 
 21世紀には、臓器移植などの高度医療や先端医療の一層の推進が見込まれ、また、高齢者の増加が確実となっている。このような状況の下で、これらの「易感染宿主」あるいは"immunocompromised host"を、薬剤耐性菌による感染症から如何に守っていけるが、全人類に対し、深刻な課題として突きつけられている。
一方、健常者に対しては、伝染病や食中毒の原因菌、性病の起因菌における耐性菌の出現と増加が現実的な脅威となっており、食品分離菌などにおける薬剤感受性試験の実施の明確化などその動向の十分な監視を可能とする、行政的対策が不可欠となっている。
◆不適切な抗菌薬投与の危険性
 耐性菌問題のなかで、特に注意すべき点として、多剤耐性サルモネラなどの感染症に対し、感受性の無い不適切な抗菌薬を投与した場合、常在菌が死滅する一方で耐性菌が増殖し、敗血症など、より危険な状態を誘発する事態が懸念される。事実、第三世代セフェム薬やフルオロキノロンなど、通常有効な抗菌薬に耐性を獲得したサルモネラなどが海外でも報告され、警戒が呼びかけられている。
◆薬剤耐性菌をめぐる内外の相違点
 MRSAやVREなど各種の薬剤耐性菌による感染症が内外で大きな問題となって久しい。MRSAやPRSPの状況は、欧米と我が国で同じ様な動向を示しているが、VREやESBL産生菌は、欧米で広がっているものの、我が国での報告例は少数となっている。
一方、我が国では、IMP-1型メタロ-β-ラクタマーゼを産生する緑膿菌やセラチアなどが各地から分離され、感染症の専門家などの間で問題視されている。最近、この種の耐性菌が英国やイタリアなどからも分離され、海外の関心も高まりつつある。
◆薬剤耐性菌監視システムの構築
 これらの耐性菌の出現は、細菌感染症に対する化学療法の限界を暗示しており、新しい抗菌薬の開発が滞っている現状を考えたとき、21世紀を目前にして、細菌感染症の治療や、対策・対応において根本的な発想の転換が求められていると言える。
 一方、各種の薬剤耐性菌やそれらによる感染症に対し、適切な対策や対応を実施する上で、その実態がどのようになっているかを把握することが不可欠である。そのため、国内における薬剤耐性菌感染症を把握するためのナショナルサーベイランスシステムの確立が重要となっている。それにより、菌情報と患者情報を総合的に集積したデーターベースを構築し、院内感染起因菌や術後感染起因菌の動向を常時監視することにより国内の全般的な状況を把握する事が可能となる。また、特定の耐性菌による院内感染が発生している医療施設に対し、個別に情報を提供し、院内感染対策の推進に貢献することが期待される。同時に、特異な耐性を獲得した、新たな耐性菌の出現を早期に検出することも可能となる。
 以上述べた如く、薬剤耐性菌の問題は、医療機関内のみの問題ではなく、健常者も含め、国民一般に共通する公衆衛生上の最重点問題となっており、実効ある監視と対策の組織作りが、急務となっている。

 

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