第1セッション 感染症新法



感染症新法下での病原体サーベイランス


国立感染症研究所 感染症情報センター
主任研究官 山下 和予


1.病原体サーベイランスに必要なシステム

病原体サーベイランスにおいては、情報を収集・分析すること以前に、正確な情報を創りだすために、精度の高い「病原体検査システム」が必要である。その上でこれに基づく検査結果を収集・蓄積・解析・還元公布して感染症の予防・対策に資する「病原体情報システム」が必要である。

2.病原体サーベイランスの目的

@ 国外から侵入する病原体の検出:国内に常在しない病原体の国内への侵入を早期に検出して国内流行を未然に防ぐことが感染症危機管理の観点から病原体サーベイランスの第一の目的として挙げられる。

A 国内病原体の動向のモニター:流行早期に病原体を検出し、感染源対策・感染経路対策を講じて国内流行を最小限に抑えるため、国内各地域において病原体の動向を常時監視するための検査システム・情報システムが必要である。

B インフルエンザ対策:インフルエンザワクチンの有効性を高めるためには、常に最新の流行株を分離して、分離ウイルスの型と抗原変異とを監視し、多くのワクチン候補株を確保し、その中から次季ワクチンのための最適なワクチン株の選定を行うことが必要である。国内のみならず近隣諸国との協力で広くウイルス分離を行う必要がある。

C diffuse outbreak(広域な散発、散在性の集団発生)の感染源の究明:食品等で媒介される感染症において、患者から分離された病原体と推定原因食品等から分離された病原体の遺伝子マーカーを比較することによって、病原体に汚染された共通原因食品等を追跡することができる。

D 薬剤耐性菌対策:薬剤耐性株の出現による治療困難例が問題となっている。日常検査の精度管理が行き届いた病院検査室と直結した菌株モニタリングシステムが必要である。

3.病原体検査における病原微生物検出の特殊性

@ 感染症の病原体の多くは目に見えぬ微生物なので、病原体に関する情報は、微生物を分離・検出する技術に依存する。病原体の質的(抗原性、遺伝子)変化を検出するためにも、まず、微生物を分離培養する技術を維持しておかなくてはならない

A 微生物分離同定には時間がかかる。特にウイルスではそうである。従って病原診断は患者発生より遅れる。

B 微生物分離のための臨床材料は、適切に採取、保管、搬送される必要がある。それが不適切であると、検出効率が低下し分離の努力が無駄になる

C 微生物検査のための定期的な技術研修が必要である。また検査試薬を確保、さらに改良する体制が必要である。

D 微生物検査は以上のように多大な労力を必要とするので、病原体サーベイランスの目的には、微生物の分離・検出は量ではなく質を考えたやり方にする。

4.病原体検査体制

1) 病原微生物検査における感染研、地研、保健所と病院検査室・民間検査所との役割分担:保健所は積極的疫学調査の第一線として、あるいは指導監視を行うために検体を採取するとともに一部の病原体についての分離も行う。

2) 地研と感染研は病院検査室・民間検査所や保健所で扱わない、または扱えない領域の検査および予防接種副作用発生時の病原検索を分担あるいは共同して行う。
@ ウイルスの分離同定
A 新しい病原体の分離同定
B 稀な病原体の分離同定
C 病原体の遺伝子や抗原性の解析

3) 上記役割分担に基づいて、臨床医から保健所・地研へ迅速に検体を輸送する手段を各都道府県の責任で確保する必要がある。検体輸送を保健所あるいは地研の業務として位置づける。

4) 地研間の分担協力も必要である。全国6ブロック毎に、稀な病原体の検査、特殊検査をブロック内で分担して行う。

5) 地研は感染源対策・感染経路対策のために患者からの病原体検出のみでなく、動物、食品、環境中の病原体をも検出し、管轄地域内の病原体の動向を把握する。

6) 地研は平常時サーベイランスの一環として「病原体定点」(4類感染症の定点観測を行う診療所・病院の一部)からの臨床検体について病原体の分離同定・疫学マ―カ―の検査を行う。

7) 地研と感染研で分担して病原体の分離株を系統的に長期に保存する。感染研は1−2類感染症の病原体については全分離株、3類感染症の病原体については必要な分離株を検査実施機関(病院、民間検査所、保健所、地研、検疫所)から収集し、詳細な解析を行う。

8) 感染研と地研が共同で新しい検査法の開発、標準化、普及のため、レファレンス試薬(標準株、同定用抗血清、PCR用プライマー、ハイブリダイゼーション用プローブ等)、検査マニュアルの作成、地研の技術研修を行う。地研は病院検査室・民間検査所の精度管理や技術研修を行う。

5.病原体サ−ベイランス体制(表1、表2、図参照)

1) 保健所は臨床医から1−3類感染症および4類感染症(全数届け出疾患・定点報告疾患)の患者発生報告を受理するが、必要に応じて病原体検査のための検体(あるいは既に分離された病原体に関する情報)の提供を様式2の検査票を添付して患者を診断した医師に依頼する。医師は保健所の協力を得て検査票を添付して地研に検体または病原体情報を送付する。

2) 地研は送付された検体について検査を行い、その結果を医師に通知する。地研で得られた検査結果および医師から送付された病原体情報を様式2により保健所、都道府県等の本庁および地方感染症情報センターに送付する。地研において実施することが困難なものについては、必要に応じて感染研または他地研(6地域ブロックレファレンスセンター)に検査を依頼する。

3) 病原体サ−ベイランスでは地研が地方感染症情報センターの役割を担うべきである。地研は(形式的には地方感染症情報センターとして都道府県庁の業務を代行する形で)病原体検査情報を感染症検査情報オンラインシステムにより直ちに中央感染症情報センター(感染研感染症情報センター)に報告する。

4) 地方感染症情報センターは、地域内の全てに患者情報と病原体検査情報を収集・分析する。保健所と地研で実施した検査結果だけでなく、病院検査室と民間検査所で実施した検査結果も医師から病原体情報として収集する。

5) 地方感染症情報センターは、全国還元データとともに地域のデータの解析評価を行い、地域への情報還元・公布を行う。

6) 感染研病原体専門部では地研から依頼を受けた検体について検査を実施し、その結果を地研および感染研感染症情報センターに報告する。

7) 検疫所は海外帰国者から検出された病原体情報について感染研感染症情報センターに報告する。

8) 感染研感染症情報センターは上記で収集された全国の病原体検査情報を患者発生とともに一元的にモニターし、解析評価を行う。速報性を損なわないようにWISH-NET(メール、フォーラム、個別システム)・インターネット(ホームページ、メーリングリスト)によって情報を還元・公布すると共に、病原微生物検出情報月報(IASR)を発行する。また、正確な情報を蓄積するために報告機関と協力して確定データを作成し、病原体年報を発行するとともに検索可能なデータベース化を図り維持管理する。

6.病原体情報の還元・公布と利用

1) WISHフォーラム:地研からの速報記事、事務局からの検出状況速報
WISH個別システム・メール:生データの還元(月末)
WWW−WISH:個別情報・事例別情報の最新データ閲覧・ダウンロード(2000年〜予定)

2) 感染症情報センターホームページ:最新動向―病原体情報速報記事、検出状況グラフ
* WWW−WISHからもみることが出来る。

3) 月報(IASR):特集記事、国内情報、外国情報、検出状況集計表
* 感染症情報センターホームページでもみることが出来る。

4) 年報:確定データ集計表

5) データベース:過去のデータの蓄積→データ検索、解析資料







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