第6セッション 話題の感染症



Q熱(Coxiella burnetii感染症)
国立公衆衛生院獣医学部
 乳肉衛生室長 
山本茂貴

はじめに
 Q熱は1935年にオーストラリアに発生した原因不明の熱性疾患(Query fever)に由来し各国で患者が増加傾向にある。Q熱はリケッチアであるCoxiella burnetii感染により引き起こされる人獣共通感染症である。ヒトでは、いわゆるインフルエンザ様症状を呈し、診断可能な施設が少ないため、原因不明のまま見落とされている場合が多い。わが国でも最近のペットブームにより急性および慢性のQ熱が広がりつつある。本年4月から感染症新法が施行するにあたり、Q熱も届出の義務が生じたが診断は、施設設備と人的な問題が解決されなければ難しいと思われる。

病原体と宿主域
 Q熱病原体C. burnetiiはリケッチア科コクシエラ属の小桿菌状で多形性を示す。その大きさは0.2〜0.4μm、球菌の2分の1から4分の1である。本菌は胞子様構造を持つ小型細胞(SCV)と母細胞の大型細胞(LCV)から成り、共に感染性がある。LCVは浸透圧に弱いが、SCVはそれに対し強く、ほかのリケッチアと異なって、熱、乾燥、消毒剤に対して抵抗性が強い。
 また、グラム陰性腸内細菌のS−R変異に似た相変異を示し、IおよびII相菌がある。C. burnetiiの感染環は、ダニ→野生動物(鳥類)→ダニとダニ→家畜→愛玩動物→ダニの系がある。本菌は宿主域が広く、また自然環境中に広く分布し、複雑に交差し維持されている。感染宿主はヒトをはじめ、家畜、イヌ、ネコ等の愛玩動物、野生動物、鳥類などきわめて広い。感染動物は軽い発熱や流産など以外にはほとんど臨床症状を示さないが、乳汁、流産胎仔、胎盤、羊水、糞および尿などから長期間にわたって大量の病原体を排泄する。したがって、動物は汚染飼育環境から再び本菌にさらされる。ヒトは主に自然界での感染環から病原体を含む粉塵を吸入することによって感染することが最も多い。次いで生乳、生乳を原料とする乳製品などから経口的に感染する。保菌ダニの咬傷による感染やヒトからヒトへの感染もまれに起こる。

症状
 Q熱の病態は、主に、急性と慢性の2つに分けられる。急性例の潜伏期は14日から26日で感染量が多いと短い。インフルエンザに似た急性かつ熱性のリケッチア血症を呈し、発熱、頭痛、胸痛、筋肉痛、関節痛、発汗、悪寒、食欲不振、嘔吐、咳漱などから気管支肺炎、肺炎、肝炎、皮膚発疹、髄膜炎、髄膜脳炎、肝性脳炎、眼神経炎、腎臓障害などを起こす。病像は多彩で同時に重複することも知られている。
 予後は、一般によく、多くは2週間いないで解熱し、回復する。慢性例では、肝炎、心内膜炎、心筋炎、心外膜炎、壊死性気管支炎、血管炎、骨髄炎、アミロイド症などの病像も知られている。治療が遅れると死の転帰をとることもある。また、不顕性感染や一過性の発熱・呼吸器症状などで終息する事も知られている。これは株による病原性の強弱、あるいは免疫不全者によることで説明されているが、必ずしも明らかではない。

日本のQ熱

 ヒトのQ熱は諸外国で多数報告されているが、これまで、わが国ではあまり報告がない。1952年北岡らは、間接蛍光(IF)抗体法による抗体調査により、901人のと畜場従事者のうち22人(2.4%)が陽性であったと報告している。内訳は、獣医師275人中62人(22.5%)、食肉処理業者107人中12人(12.2%)、呼吸器疾患患者184人中28人(15.2%)であった。Q熱病原体の分離は、1989年にカナダから帰国した呼吸器疾患患者から小田と吉家により初めて行われたが、海外で感染したか、国内での感染かは不明であった。長岡らは、インフルエンザ様症状を示す小児科の患者血清からC. burnetiiを分離し、これら患者は海外渡航歴がないことから日本にもQ熱が存在していることを証明した。さらに、インフルエンザ様症状を示す別の患者およびその家族の血清からマウスを用いてC. burnetiiが分離され、また、患者家族が飼育しているイヌおよびネコからもC. burnetiiを分離した。同時に、患者および家族の血清中にIF抗体法により抗体を検出した。これらの結果から、ヒトおよび動物にC. burnetii感染が成立し、それらは互いに感染源となりうることが明らかとなった。

診断
 先に述べたように、ヒトの症状はインフルエンザ様の急性熱性疾患を主徴とし、ウイルスおよび細菌による呼吸器疾患ときわめて類似することから、臨床的に鑑別が難しい。したがって、病原学的または血清学的診断によらなければならない。しかし、わが国では診断用の特異的病原体および血清は全く普及しておらず、一般の臨床検査センターでは実施できない。現在Q熱を診断できる機関は大学(酪農大学、秋田大学、東北大学、岐阜大学、鹿児島大学)、国立感染症研究所および各県の研究所(青森県環境保健センター、宮城県保健環境センター、新潟顕衛生公害研究所、東京都立衛生研究所、千葉県衛生研究所、神奈川県衛生研究所、静岡県衛生環境センター、愛知県衛生研究所、岐阜県保健環境研究所、三重県衛生研究所、大阪府公衆衛生研究所、大分県衛生環境研究センター)、民間(北里研究所)である。先進諸国ではキット化された製品が普及している。わが国においても早急に、検査材料の種類、検査目的、経済性などを考慮して、民間の臨床検査センターで実施できる新しい簡便な診断法の開発が望まれる。

病原学的診断
 C. burnetiiは実験室内感染しやすく危険度クラス3の病原体であるので、分離には十分な注意が必要である。病原学的には実験小動物、発育鶏卵および培養細胞接種法のいずれかの方法で行われる。
 同定は動物の臓器、卵黄嚢ないし培養細胞の塗沫標本のGimenez染色による細胞質内の菌体検出、動物接種3ないし4週後の特異抗体の検出、脾臓・卵黄嚢・培養細胞などの塗沫標本の既知抗血清によるIF抗原の検出、PCR法による遺伝子断片の検出および電子顕微鏡による特徴的形態の観察で行う。
 
血清学的診断
 Q熱の血清学的診断には凝集反応、補体結合反応(CF)、IF抗体法、酵素抗体法(ELISA)などがある。IFおよびELISAが最も一般的に用いられている。I相菌に対する抗体は患者回復期の後期(発症4週後)に出現し短期間で消失する。また、II相菌に対する抗体は回復期の早期(発症1週から2週後)に出現し長期間持続する。したがって、診断用抗原にはII相菌が一般に用いられている。IF抗原は精製ホルマリン死菌または感染臓器ないしは感染培養細胞をアセトン固定したものを用いる。ELISA抗原は精製菌体を可溶化して用いる。両方法ともIgM、IgGおよびIgA抗体も検出できる。また、ELISA抗体価はIF抗体価とよく相関する。諸外国ではIF抗原やELISAキットが市販されている。

治療
 テトラサイクリン系の抗生物質とニューキノロン系抗生剤が最も有効で、多くの場合2日から3日以内に解熱する。次いで、リファンピシンやエリスロマイシンなどが有効である。リケッチアは症状回復後も長期間体内に生残し、宿主からの消失は容易でない。したがって、3週から4週間の継続投与が望ましく、症状の改善があっても3週間以上投与しないと再発することがある。ストレプトマイシン、カナマイシン、ゲンタマイシン、バンコマイシン、ペニシリン、クロラムフェニコールなどは臨床的にはほとんど効果がない。
 Q熱のヒトからヒトへの感染は極めてまれであるが、患者から医師、看護婦、同室の患者などへの感染も報告されており、患者との接触対策も考慮する必要がある。



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