第5セッション インフルエンザ情報と対策



1997/98および1998/99シーズンにおける
インフルエンザウイルス流行株の性状と
ワクチン株の選定インフルエンザ脳炎・脳症
国立感染症研究所ウイルス製剤部
 部長 
田代 眞人


 我が国では、各地方衛生研究所によって毎年約6000株のインフルエンザウイルスが分離されている。地衛研はこれらの分離ウイルスについて、ワクチン株に対するフェレット抗血清を用いたHI試験によって型、亜型の同定および抗原解析を行い、その結果を国立感染症研究所に報告している。感染研ではそれらの成績をまとめて公表するとともに、それに基づき、抗体保有状況や海外の報告、WHOの勧告等を参考にしながら、次のシーズンの流行予測とワクチン株の選定を行っている。

1)1997/98シーズンの流行状況
 1997/98シーズンは、10年ぶりの大きなインフルエンザの流行があった。1998年3月に、国内外の1997/98年のインフルエンザ流行状況と分離ウイルス株の抗原解析の成績を検討した結果、(1)A/香港(H3N2)型に関しては、ワクチン株であるA/武漢株類似ウイルスに加えて、1997年後半から世界各地で抗原性がずれたA/シドニー型の流行が顕著であり、日本でも次の流行の主流になることが予想された。(2)A/ソ連(H1N1)型の流行はなく、ウイルスは国内ではほとんど分離されなかった。従って、次ぎのシーズンはH1N1型が流行の主流となるとは考えられず、もし流行したとしても、大きな健康被害は出ないであろうと考えられた。(3)B型はA香港型の流行に先駆けて12月より小さな流行を起こしたが、引き続き2月以降にも小規模な流行が続いた。B型は1990年初頭から2系統に分岐しており、最近の主流を占めていた山形株系統とは抗原性が大きく異なるB/ビクトリア系統が再出現して、山形系統のウイルスと併存していたが、主流を占めるには至らなかった。

2)1998/99シーズンの流行予測とワクチン株の選定 
 以上の検討から、1998/99年のシーズンは、シドニー株類似のA/香港(H3N2)型が流行の主流となり、A/ソ連(H1N1)型の流行の可能性は低いものと予想された。海外では、ワクチン株であるA/北京/262/95株類似のウイルスが主に分離されており、一部ではこれと抗原性が4ー8倍程度変異した株も報告されている。しかし、A/北京/262/95株に対する抗体は両株ともに反応するので、ワクチン株としてはA/北京/262/95株を選定すれば、変異株にも対応できるものと判断された。また、B型については、2系統のウイルスが併存する事が予想された。特に、ビクトリア系統のウイルスはワクチン株であるB/三重/1/93株とは抗原性に殆ど交叉が認められず、また3ー4年前から中国を中心に流行を繰り返しているので、来シーズンには流行の主流をなす可能性も考えられたため、B型の流行予測は困難であった。さらに、ワクチン株として両系統のウイルスを用いた場合には、抗原量が不足していずれに対しても十分な効果が得られないことが危惧され、ワクチン株の選定は困難を極めた。
 そこでワクチン株としては、A/ソ連型は昨シーズンと同じくA/北京/262/95(H1N1)、A/香港型は新たにはA/シドニー/5/97(H3N2)、およびB型は比較的可能性の高いと判断された山形系統のB/三重/1/93が選定された。

    1998/99年のインフルエンザシーズンに対するワクチン株
ワクチン株       ウイルス含量    
(CCA/ml相当量)
Aソ連型 : A/北京262/95(H1N1) 250
A香港型 : A/シドニー/5/75(H3N2) 300
B 型   : B/三重/1/93 300
合計 850

3)抗体保有状況からの流行予測
 一方、厚生省の伝染病流行予測事業による1998年8〜9月に採血された健常者の血清抗体価およびその保有状況調査によると、ワクチン株であるA/シドニー/5/97株に対しては、若年者の抗体価および抗体保有率が高いのに対して、中高齢者ではいずれも低いことが示された。これは、昨シーズンのA/シドニー/5/97型ウイルスによる流行は、主に若年者の間で拡がったものであり、高齢者の多くは感染防御免疫を持っていないことが想定された。従って、1998/99シーズンは、A/シドニー/5/97型の流行が起こるとすると、特に高齢者の間で大きな流行が起こり、健康被害の増加が危惧された。

4)1998/99シーズンの流行状況とワクチンの評価
 1998/99年のインフルエンザの流行は12月に始まったが、全体としては昨年よりも小規模の流行であった。(1)流行の主流は圧倒的にA/香港(H3N2)型が占め、予想どおりA/シドニー/5/97株類似のウイルスであった。分離されたウイルスのほぼ100%がワクチン株と抗原性がほぼ完全に一致するものであった。また、予想通りに、抗体保有状況の低かった高齢者を中心に流行が起こったことが示唆されている。(2)予想通りに、H1N1型の流行は殆ど起こらなかった。(3)B型の流行も、比較的長期にわたって認められたが、地域的な偏りをもって小規模な流行を起こしていたことが示唆されている。分離されたウイルス株の中では、ワクチン株であるB/三重1/93類似株とこれとは抗原性を大きく異にするビクトリア系統のウイルスがほぼ同数を占めた。ビクトリア系統に対しては、ワクチンの効果は低かったものと判断される。



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