第1セッション 感染症新法



<患者発生サーベイランス>


国立感染症研究所 感染症情報センター
感染症対策計画室長  
谷口 清州

はじめに

 これまで、国内の感染症患者の発生状況の把握については、主に伝染病予防法などの法律に基づく届出や厚生省の予算事業で行われてきた(旧)結核・感染症発生動向調査事業などで行われてきたが、本年4月1日の「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(以下新法)の施行により、新しい感染症類型である1類感染症から4類感染症の全てについて、一元的な情報収集、分析、提供、公開体制を構築することとされた。すなわち、1類感染症から4類感染症の全てを統一して、週報単位(一部は月報単位)で、情報収集、分析、提供・公開していくこととなっている。また、感染症の病原体に関する情報は、予防のためにも蔓延防止、あるいは早期治療のためにも必要不可欠であるので、患者情報とともに病原体に関する情報も統一的に収集、分析されるような体制を構築するとしている。 実際には、全数届出疾患はそれを診断した全医師が、定点届出疾患については定点医療機関の医師が、一定の書式によってもよりの保健所に届出を行い、そこからオンラインにて、都道府県、政令指定都市、地方感染症情報センター、基幹地方感染症情報センター、および中央感染症情報センターに 伝送されることになる。地方感染症情報センターではその地域の患者情報、病原体情報を収集、分析し、中央感染症情報センターが全国的な情報を扱うということになる。新しいサーベイランスシステムが稼働をはじめて2ヶ月が経ったが、急激な変更によっていまだ十分に機能していない部分もあり、解決すべき問題も多々残されていると考えられる。本稿では、患者サーベイランスの現状をレビューして、今後の対策につなげていくためにいかに解析・広報を行うかについて検討したいと考える。

全数届出疾患について

 新法では、1〜3類の疾患は診断直ちに、4類の全数届出対象疾患は診断後7日以内に報告することとされている。少なくとも、旧法にて届出が義務づけられていた疾患については、新法になっても大きくデータが変わることはないと考えられ、解析において過去のデータを比較の対象として用いることができると考えられる。新法施行からこれまでのデータを総覧してみると、もちろん報告数は疾患によって大きく違うが、共通していることは最大5週間の報告の遅れがあると言うことである。例えば、細菌性赤痢は第14週のデータを第16週に集計してみると13例の報告があるが、同じ週のデータをその後週を追って集計をしていくと、18例、20例、20例、20例、22例と5週間にわたって増加していく。急性ウイルス性肝炎は、同様に21例、23例、31例、33例、37例、41例と報告数の増加が見られ、迅速性を重視して、最も早い時期での集計データを評価・広報すると、実際の発生数の数分の一の数となり、実状を反映していないことが危惧される。
 これは、諸外国でも同様の問題が指摘されており、米国でもreporting delayあるいはbatch reportingにより報告のタイムラグが生じるため、実際の解析・広報は4週間合計数や累積数を用いている。本邦でのデータからも、毎週の集計データのみを用いるよりも、毎週の累積データあるいは4週間合計データを用いる方がより実状に近いと考えられる。

定点届出疾患について

 新法に変わって、旧感染症発生動向調査で行われていた定点サーベイランスは、新法の範疇で行われるようになった。基本的な方式は変わってはいないが、大きく変わったのは定点の質と数である。これらは「感染症サーベイランスの定点に関する研究班」(班長:埼玉医大公衆衛生学 永井正規教授)によって、定点からの報告数から全体の患者数、すなわち罹患率を推計することを目的として設定されたものである。定点数はインフルエンザについて2375から3605へ、小児疾患については2375から2689へ、性感染症は609から772へ、眼科は314から525へと増加した。その定点の質についても、以前の小児科・内科定点では内科標榜医と小児科標榜医が半々であったが、今回の設定では基本的に小児科定点となった。概ね年間を通して変動が少ない突発性発疹のデータは定点医療機関での疾患捕捉率を反映していると考えられているが、今回の変更により定点当たりで約0.2〜0.3の報告数の増加が認められている。
 この場合、直接的に過去のデータとの比較には若干の困難が生じるために、あくまでトレンドの目安としての比較しかできないのではないかと思われる。現状で行うとすれば、毎週の保健所単位での報告数の分布を描き、ある一定の値より報告の多かった保健所の割合で判定するという方法が考えられる。これによれば、地域的な状況と全国的な状況をひとつの図で表すことができるのではないかと思われる。

原因不明疾患あるいは新感染症のサーベイランス

 これまで述べてきたことは、疾患名サーベイランスによるものであり、全く新しい感染症や診断の付いていない疾患、あるいは付けるのが難しい疾患については無力であり、見逃される恐れがある。世界保健機関(WHO)は、今般国際保健規則の見直しに伴い、症候群アプローチの採用を検討している。これは診断名ではなく、症状の組み合わせにより報告基準を作成し、これに合致する患者が発生した場合に、速やかな報告を要求し、報告には直ちに対応するという枠組みで考えられている。また、米国では、こういった不明疾患に加えて、バイオテロリズムをも視野に入れて、全米122都市における死亡数の迅速サーベイランスをおこなっている。実際、本邦でウイルス性出血熱などが発生しても、直ちに診断に結びつけるのは困難が伴うと思われるが、こういったものを不明熱のままで終わらせることなく直ちに対応するためには、consulting systemを包含したネットワークの形成が必要不可欠であると思われる。

対策につなげる解析のために

 具体的な対策につなげるためには、積極的疫学調査を行うことが必要不可欠であるが、サーベイランスから、異常な発生数であるという事実を検出する必要があり、それがサーベイランスの目的でもある。基本は、ベースラインを設定して、そこからはみ出た場合に異常を疑うことであるが、全国データのみの解析では、ともすれば、地域での小流行はマスクされてしまうことが危惧される。新法にも記載されているように、都道府県あるいは保健所単位での、サーベイランスデータの注意深い監視が、迅速な対応に結びつくものであり、地方感染症情報センターの整備が期待されるところである。

 



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