第6セッション 話題の感染症
手足口病
国立感染症研究所感染症情報センター
 感染症情報室長 
岡部 信彦


 昨年の当感染症危機管理研修会において、マレーシアおよび大阪における手足口病(hand,foot and mouth disease: 以下HFMD)と小児の急性死についてトピックスとして紹介し、さらに研修会前後に台湾で発生した同じくHFMDおよびそれに伴う小児の急性死例の多発についてもその時点での情報について紹介した。
その後、国立感染症研究所は台湾での調査協力を行い、また国内におけるHFMDサーベイランスの強化ならびに重症合併症例についての全国調査などを厚生省に協力して行った。今回はその結果などについてご紹介する。
 
HFMDについて
 HFMDは、口腔粘膜および四肢末端に現われる水疱性の発疹を主症状とし、幼児を中心に流行するありふれた急性ウイルス性感染症である。我が国では1967年頃からその存在が明らかになり、最近では1985,1988,1990,1995年に大きな流行がみられている。夏を中心として毎年発生がみられるが、秋や冬にもHFMD の発生を見ることはある。

HFMDの主な病因ウイルスは、エンテロウイルスであるコクサッキ−A16(CA 16)、あるいはエンテロウイルス71(EV 71) であるが、コクサッキーA10(CA10)などのその他のエンテロウイルスによっても同様の症状を呈することがある。いずれのウイルスであっても現れる症状は同じなので、ウイルス分離を行わない限り、病原的診断は不可能である。流行の中心となるウイルスはその年によって異なる。いったんHFMD に罹患すると感染を受けたウイルスに対する免疫は成立するが、異なった血清型のウイルス感染を受けて再び同様の症状を表すことはあり、この場合HFMD を反復して発症しているかのようにみえる。中枢神経合併症の存在がこれまでにも知られているが、そのほとんどは急性髄膜炎であるり、予後は良く、死に至ることは稀とされていたが、最近の状況からは急性脳炎の合併についても注意をしておく必要がある。

ウイルスの感染経路としては経口・飛沫・接触のいずれも重要であり、潜伏期は3〜4日位がもっとも多い。エンテロウイルス全般として、主な症状が消失した後も3〜4週間は糞便中にウイルスが排泄されることがある。
 
マレーシアにおける小児急性死の多発 (1997)
 マレーシア・サラワク州(ボルネオ島)では、1997年2月頃より小児の間でHFMDの大流行がみられ、同年4月から、発熱および発疹に引き続き急速に全身状態が悪化し死亡するという幼児例が相次ぎ、7月中旬頃より沈静化した。この間の登録死亡例は30例であった。マレーシアにおける小児急性死についての最終結論は得られていないが、HFMDの経過中には急性死例があること、剖検所見から中枢神経系合併症ことに脳幹脳炎などの重篤なものが見られたこと、EV71感染がその原因の一部となっている可能性があること、などが明らかとなった。

岡部信彦他:マレーシアにおける手足口病と小児の急性死の多発
      病原微生物検出情報(IASR) 19:152, 1998.
Lum LCS, et al.: Neurologenic pulmonary oedema and enterovirus 71
      encephalitis. Lancet 352:1391, 1988.

 【大阪での手足口病・EV71と小児の急性死 (1997)
1997年大阪市では例年をやや下回る程度のEV71を中心としたHFMDの流行があったが、その中でHFMDもしくはEV71感染に関係があると思われる3例の小児の急性死例(第4-5病日での急変)が報告された。3例とも急性脳炎症状に加えて肺水腫がみられ、2例にHFMDの発疹があり、1例の便材料からEV71が分離された。

塩見正司、外川正生:手足口病の最近の話題 小児科診療 41:366-374, 1999.

台湾における小児急死例の多発 (1998)
台湾では1998年2月頃よりHFMDが発生し、5月をピークとした大流行となった。この間にHFMDに関連したと思われる髄膜炎、脳炎、急性弛緩性麻痺(AFP)などが相次ぎ、同年7月末までに台湾全土で314名が入院、55名が死亡した。同年10月末までの死亡例は合計72例と伝えられている。7月までの調査では、死亡した55例はいずれも発熱と口腔内潰瘍を伴い、発症2-7日(中間値3日)に急性心肺不全で入院、その多くは入院24時間以内に死亡している。年齢は3ヶ月から13歳まで及んでいるが、78%は3歳以下であった。長庚小児病院で死亡した急性脳炎7例の小児は、いずれも肺水腫がみられ、1例についてEV71感染が証明されている。Changらは、EV71が中枢神経系から分離された8歳女児の急性脳炎死亡例について報告している。

Deaths among children during an outbreak of hand-foot-mouth disease
       - Taiwan, Republic of China, February - July 1998.
    Epidemiology Bulletin 14:131-136, 1998.
Chang LY et al. : Fulminant neurogenic pulmonary oedema with
   hand,foot, and mouth disease. Lancet 352-367-368, 1998.

EV71の分子疫学的解析
感染研ウイルス2部では、マレーシア・大阪・台湾での死亡例及びHFMDから分離したEV71について分子疫学的解析を行っている。解析されたEV71は、プロトタイプであるBrCr/USA 70を除いてGenotype A(A-1, A-2)とBに分類され、1970-80年代に分離されたEV71はA-1に、1997年にマレーシアで得られた4(死亡例2株を含む)/5株と1997年に日本で分離された5株(大阪での死亡例1株を含む)及び1998年に台湾で得られた3株がA-2に分類された。また1998年に台湾で分離された10(死亡例3例を含む)/13株、1997年に年日本で分離された6/11株、1997年にマレーシアで分離された1/5株はGenotype Bに分類された。これらのGenotypeの分類が直ちにHFMDの重症度と結びつくものではないが、さらにEV71の分子系統樹の変化と神経毒性との関連などについて研究が進められている。

Shimizu H et al.: Enterovirus 71 from fataland nonfatal cases of hand,
       foot and mouth disease epidemics in Malaysia, Japan and
       Taiwan in 1997-1998.  Jpn J Infect Dis 52:12-15, 1999.

 【日本におけるHFMDおよび重症合併例(1998年)
1998年のわが国のHFMDは、シーズン当初は最近の最大流行年であった1990、95年に匹敵する増加傾向であったが、7月頃より発生のカーブは鈍り始め、結果的には中規模程度の流行にとどまった。分離ウイルスはCA16が大多数で、神経合併症として問題となることの多いEV71はごく少数であったことも逐次明らかとなった。これらの情報は、感染症情報センターのホームページ(http://idsc.nih.go.jp/index-j.html)を通じ週ごとに更新、公開された。さらに日本医師会や小児科関連学会をはじめ全国の医療機関ならびに関係者の協力を得て、HFMD重症例(HFMDまたはヘルパンギーナの臨床経過中に脳炎、脳症、心筋炎、AFP、急性呼吸不全を合併したもの、その他原因のはっきりしない急死例)の全国サーベイランスが厚生省結核感染課によって行われた。全国から合計10例の報告が寄せられ、その詳細を検討した結果、該当例は1歳男児の急性小脳失調症2例、20歳男性の急性脊髄炎1例、10か月男児の急性脳炎1例(死亡)の計4例であった。病因として、急性小脳失調例がそれぞれエコーウイルス18とコクサッキーウイルスA9と考えられたが、他の2例は不明であった。14歳女児の急性脳炎(血清診断でCA16; 死亡)、1才女児の乳幼児突然死症候群(ウイルス不明;死亡)、26歳女性の急性心筋炎(心停止したが回復)の3例は、調査規定期間前の発症ということで参考症例とされた(厚生省保健医療局報道発表資料より)。

 【今後のHFMDについて
 HFMDは、ポピュラーな軽症疾患であることには基本的に変化はない。以上に述べたような重症合併症の発生は稀なことであり、HFMDすべての患者に厳重な警戒を呼びかける必要はないであろう。しかしあまり軽々しく考えすぎることなく、その症状の変化には、保護者も担当医も、そして小児の集団生活を担当する者なども注意をするべきである。経過中に元気がない、頭痛・嘔吐を伴う、高熱を伴う、発熱が2日以上続く、などの症状が見られた場合はとくに慎重に対処する必要が考えられる。
 本症は主症状から回復した後もエンテロウイルスが長期にわたって便から排泄されることがあるので、急性期のみの登校登園停止による学校・幼稚園・保育園などでの厳密な流行阻止効果は期待ができない。HFMDの大部分は軽症疾患であることは基本であり、発疹だけの患児に長期の欠席を強いる必要はなく、また現実的ではない。したがって登校登園については、流行阻止の目的というよりも患者本人の状態によって判断すべきであり、症状の変化に注意するために急性期の3 -4 日間程度は学校などを休んだ方が良いが、一律に登校停止などを行う必要はない。学校保健法施行規則改正を機に文部省より発行された「学校において予防すべき伝染病の解説書」では、<全身症状の安定した者については、一般的な予防法の励行などを行えば登校は可能である>と解説されている。
 幸い1998年にはわが国ではHFMD重症例の多発ということはなかったが、今後EV71感染が主流となったHFMDが国内で大流行した場合に重症例が出現する可能性は否定できない。今後もエンテロウイルスに関する基礎的研究の継続と、臨床医の協力による本症のサーベイランスを強化し、的確な情報の還元をすることが必要である。



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