第6セッション 話題の感染症
デング熱
国立感染症研究所ウイルス第一部
 部長 
倉根 一郎

1.はじめに
 デング熱・デング出血熱は再興感染症の一つとして世界的な規模で問題となっている疾患である。デングウイルスに対するワクチンは実用化されておらず、病態生理も解明されていない現在、早期診断が重要となる。

2.デングウイルス
 デングウイルスはウイルス学的にはフラビウイルス科、フラビウイルス属に分類されるウイルスである。デングウイルスには4つの型(1、2、3、4型)が存在する。いずれの型のデングウイルス感染によっても同様の病態を示す。都市型のデングウイルス感染ではヒトが自然宿主となっており、蚊ーヒトー蚊が感染サイクルである。
 デングウイルスは直径40〜50nmの球形のウイルスである。主に熱帯シマ蚊、時にヒトスジシマ蚊よって媒介される。ウイルスがヒトの体内に入ってからの感染進展のメカニズムは完全に理解されているわけではないが、以下のように考えられている。蚊の吸血時、唾液中に含まれたウイルスが、毛細血管周囲の組織あるいは直接末梢の毛細血管中に注入される。ウイルスは、血管周囲の組織や所属リンパ節において、主に単球/マクロファ−ジ系細胞で増殖し血液中に放出される。このウイルスが各臓器に到達し、単球/マクロファ−ジ系細胞や各臓器の構成細胞で増殖したウイルスはさらに血液中に放出され標的器官に感染する。デングウイルスは各臓器の単球/マクロファ−ジ系細胞で増殖すると考えられているが、どの臓器で主に増殖しているかは明らかにされていない。

3.デングウイルスに感染した場合の症状
 
 デングウイルスに感染した場合、かなりのパ−セントは不顕性感染となり、症状を示さない。典型的な症状を示す場合デング熱とデング出血熱と呼ばれる2つの異なる病態を示すが、単に発熱のみを症状として終わる場合もある。

A)デング熱
 デング熱は一過性の熱性疾患であり、デングウイルス感染によって症状を示す患者の大多数を占める。多彩な症状が出現するが、他のウイルス感染症と比べ、デング熱のみに特徴的にみられるものはない。感染3-7日後、突然の発熱(39−40℃)で始まる。頭痛、眼窩痛、筋肉痛、関節痛を伴うことが多い。食欲不振、腹痛、便秘を伴うこともある。発症後3−4日後より胸部、体幹からはじまる発疹が出現し、四肢、顔面へ広がる。リンパ節腫張もみられる。血液所見では軽度の白血球減少、血小板減少がみられる。これらの症状は1週から10日程度で消失し、患者は普通後遺症なく回復する。しかし、消化管の潰瘍などの基礎疾患を有する症例では消化管出血など出血がみられることもある。

B)デング出血熱
 デング熱とデング出血熱を病態生理学的に区別するものは、血管透過性の亢進による血漿漏出である。デングウイルス感染後上記デング熱とほぼ同様に発症し経過した患者の一部において、血漿漏出と出血傾向を主症状とする重篤な致死的病態を示すことがある。患者は不安、興奮状態となり発汗がみられ四肢は冷たくなる。胸水や腹水が高率にみられる。肝臓は腫張し、SGOTやSGPTは上昇する。補体は活性化されC3は減少、C3a、C5aは上昇する。血小板は減少し100,000/mm3以下となる。血液凝固時間は延長し、注射箇所からの出血がみられる。出血斑、鼻血、消化管出血等が半分以下の症例で、また最も重篤な例ではDisseminated intravascular coagulation (DIC) もみられる。しかし、症状の主体は血漿漏出であり、血漿漏出が進行すると循環血液量の不足からショックになる。ショック症状は発熱が終わり平熱にもどりかけた時に起こることが特徴的である。デング出血熱(Dengue hemorrhagic fever, DHF)は症状の重篤度によりグレ−ト1から4の4段階に分けており、DHFグレート3と4はデングショック症候群(Dengue Shock Syndrome, DSS)と呼ばれることもある。デング出血熱は適切な治療が行われないと死に到る致死的疾患である。

3.輸入感染症としてのデングウイルス感染症
 デングウイルス感染症は現在世界の熱帯、亜熱帯地域のほぼ全域にみられる。東南アジア、南アジア、中南米において患者の報告が特に多いが、アフリカ、オ−ストラリア、南太平洋にも存在する。年間約1億人がデング熱を発症し、50万人前後がデング出血熱を発症すると推定されている。
 日本国内にネッタイシマカは生息していないが、デングウイルスを媒介しうるヒトスジシマカは存在する。現在デングウイルスの国内感染はないが、海外において感染し帰国後発症するいわゆる輸入感染症としてのデング熱・デング出血熱は存在する。上述のように、特にデング熱の場合デング熱のみにみられる特徴的な症状はないので、デングウイルス感染症の診断がつかずに他の感染症として治療され回復している例がかなりあるのではないかと思われる。実際の患者数に関してはデータがなく不明である。デング熱は一般的には、死に至る疾患ではないが、デングウイルス感染症はデング出血熱へと進む可能性をしめている。デング出血熱は重篤な致死的疾患であるので、デングウイルス感染症の早期診断と診断後の経過観察は重要な意味を持つ。

4.デング熱・デング出血熱の診断
A)臨床像
 臨床所見からまずデングウイルス感染症を疑うことが大切である。デング熱の診断として発疹を有するウイルス性疾患との鑑別が必要となる。デング出血熱の鑑別診断としては他のウイルス、細菌、寄生虫感染症、特にチフス、他のウイルス性出血熱、マラリアがあげられる。

B)旅行歴、海外居住歴
 デングウイルス感染症は現在ほぼ全世界の熱帯、亜熱帯地域にみられる。東南アジア、南アジア、中南米において患者の報告が特に多いが、アフリカ、オ−ストラリア、南太平洋にも存在する。発症前にその地域へ旅行したか、あるいはこれらの地域に居住しているかは診断にあたって重要である。蚊との接触の記憶も診断の情報となりうる。デングウイルス感染の危険地域は現在拡大傾向にあるので、最新の情報をチェックしておく必要がある。

C)実験室診断
 実験室診断はデング熱・デング出血熱の確定診断に重要である。赤血球凝集反応(HI test)や中和反応による特異抗体の測定が主に用いられてきたが、最近ではデングウイルス特異的IgM抗体やIgG抗体のELISA法による測定が広く用いられるようになってきている。Polymerase chain reaction (PCR)を用いた診断もいくつかの施設で実用化されている。デングウイルス初感染では(日本脳炎に対する免疫の有無にかかわらず)デングウイルス特異的IgM抗体を検出することにより、一点の採血でほぼ診断を確定することができる。 初感染では、IgM抗体は発症後5日で約80%、発症後10日で約99%で陽性となる、2ー3ヵ月持続する。発症後非常に早期ではIgM抗体が検出されない例もあるが、このような例ではPCRにより、デングウイルスを検出できる例が多いので、IgMーELISA法とPCR法を組み合わせることにより、発症後の時期にかかわらず、デングウイルス初感染を実験室診断できる。
 デングウイルスに対する抗体反応は、他のフラビウイルスに対する免疫の有無によりかなり修飾される。特に、日本人の場合、日本脳炎ワクチンの接種によりデングウイルス感染以前に、日本脳炎ウイルスに対する交叉性免疫を有しているヒトが多い。このような例はデングウイルス初感染ではあるが、フラビウイルス再感染としての抗体反応を示し、HI試験、中和試験、IgGーELISA法いずれの方法でもデングウイルスに対する反応とともに、日本脳炎ウイルスに対する抗体反応が見られるので、デングウイルス特異的IgM抗体あるいはウイルスを検出する以外には一点の採血では確定診断できない。
 デングウイルス再感染の例でもデングウイルス特異的IgMを検出することにより、診断できる例がある。再感染例では、感染初期からデングウイルスにたいする高レベルのHI抗体、中和抗体、IgGーELISA抗体を認めるが、確定診断には急性期と回復期の抗体価を比較し、デングウイルス特異的抗体の4倍以上の有意な上昇を確認する必要がある。

5.デング熱・デング出血熱の治療
 デングウイルスに対しての特異的な治療法はない。デング熱の患者に対しては対症療法が中心である。痛みと発熱に対してのアスピリンの投与は、出血傾向の増悪やReye症候群発症の可能性があるので避けるべきである。 血漿漏出により循環血液量が減少するデング出血熱の患者に対しては、ヘマトクリットを指標として補液を行いヘマトクリットが安定してきたら補液を止める。一般にデング出血熱の患者は症状が回復し始めると後遺症を残さず迅速に回復する。


表1.デングウイルス感染症が国内発生する国および地域(患者数の特に多い国を下線で示す)
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アジア、オセアニア、太平洋諸島:
 オーストラリア、バングラデシュ、ブルネイ、カンボジア、中華人民共和国、
クック諸島、フィジー、仏領ポリネシア、グアム、インドインドネシア、キリバス、ラオスマレーシア、モルジブ、マーシャル諸島、ミャンマー、ナウル、
ニューカレドニア、ニュージーランド、パキスタン、パラオ、パプアニューギニア、フィリピン、サモア、サウジアラビア、シンガポール、ソロモン諸島、スリランカ、タイ、中華民国(台湾)、トンガ、ツバル、ヴァヌアツ、ベトナム

南北米(カリブ海諸国を含む):
 アンティグア・バーブーダ、アルバ、バハマ、バルバドス、ベリーズ、ボリビア
ボネア、ブラジル、英領バージン諸島、コスタリカ、コロンビア、キューバ、
キュラソー、ドミニカ、ドミニカ共和国、エクアドル、エルサルバドル、ガイアナ、グレナダ、グアテマラ、仏領ギアナ、ハイチ、ホンジュラス、ジャマイカ、メキシコニカラグア、パナマ、パラグアイ、ペルー、プエルトリコ
セントクリストファー・ネイビス、セントルシア、セントマーチン、
セントビンセント・グレナディーン諸島、スリナム、トリニガード・トバゴ、
アメリカ合衆国、ベネズエラ、米領バージン諸島


アフリカ:
アンゴラ、ブルキナファソ、コモロ、コートジボワール、ジプチ、エチオピア、
ガーナ、赤道ギニア、ケニア、モーリシャス、モザンビーク、ナイジェリア、
セネガル、セイシェル、シエラレオネ、ソマリア、スーダン、タンザニア、ザイール
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* アルファベット順であり、報告患者数の順ではない。



表2.デング出血熱の重篤度に基づく分類
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グレード1:発熱と非特異的症状、出血傾向としてTourniquetテスト陽性のみ。
グレード2:グレード1に加えて自発的出血が存在。
グレード3:頻脈、微弱な脈搏、脈圧の低下(20mmHg未満)で代表される
      循環障害。
グレード4:ショック状態、血圧や脈圧測定不能

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*グレード3と4はデングショック症候群とも呼ばれる。


表3.デング熱・デング出血熱の診断
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デング熱
 急性の熱性疾患で以下の症状のうち2つ以上存在すること。
  頭痛、眼窩痛、筋肉痛、関節痛、発疹、出血傾向、白血球減少
 確定診断されたデング熱患者と同時期に同じ場所で発症。
 実験室診断として:
  デングウイルスに対するIgG抗体価がペア血清で4倍以上の上昇
  デングウイルス特異的IgM抗体の存在
  デングウイルスの分離
  デングウイルス遺伝子のPCR法による検出


デング出血熱
 発熱により発症し2ー7日持続。時に2峰性のパターンをとる。
 出血傾向
  Tourniquetテスト陽性
  点状出血/斑状出血
  粘膜、消化管、注射部位や他の部位からの出血
  血便
 血小板減少(100,000/mm3以下)
 肝臓肥大
 血管透過性亢進による血漿漏出
  ヘマトクリットの上昇(同性、同年代のひとに比べ20%以上の上昇)
  胸水、腹水
  血清蛋白の低下


デングショック症候群
 上記デング出血熱の症状の存在に加えて
  速く弱い脈拍
  脈圧の低下(20mmHg未満)
  低血圧
  冷たく湿った皮膚、興奮状態

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