第2セッション 耐性菌サーベイランス



薬剤耐性菌の現状と耐性菌感染症サーベイランス

国立感染症研究所         
細菌・血液製剤部長 
荒川 宜親

 20世紀の後半は、1940年代半ばからのペニシリンの工業的大量生産の成功に引き続き、各種の有効な抗菌薬が次々と開発され、「抗生物質の半世紀」として感染症の治療において大きな進展が見られた。しかし、1980年代から、MRSAやVRE、ペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP)などグラム陽性菌における薬剤耐性の出現が医療にとって大きな障害となっている。また、グラム陰性桿菌における、広域β-ラクタム薬、アミノグリコシド、フルオロキノロン耐性などの進行が、21世紀の医療に潜在的な脅威となっている。

 MRSAやPRSPの状況は、欧米と我が国で同じ様な動向を示しているが、VREやESBL産生菌は、欧米で広がっているものの、我が国での報告例は少数となっている。一方、我が国では、IMP-1型メタロ-β-ラクタマーゼを産生する緑膿菌やセラチアなどが各地から分離され、感染症の専門家などの間で問題視されている。最近、この種の耐性菌が英国やイタリアなどからも分離され、海外の関心も高まっている。

 現在、MRSAやVREなどの院内感染菌にとどまらず、PRSPやインフルエンザ菌などの市中感染症起因菌、ペスト、コレラなどの伝染病起因菌、淋菌などの性病起因菌、さらに胃潰瘍や胃癌の原因とされるヘリコバクター ピロリなど、人に感染症を引き起こすほぼ全ての種類の細菌において薬剤耐性が例外無く進行しており、しかも、多剤耐性や高度耐性を獲得した耐性菌が出現しつつある。

 21世紀には、医療の高度化や先端医療の一層の推進が見込まれ、また、高齢者の増加が確実となっている。このような状況の下で、これらの「易感染宿主」あるいは"immunocompromised host"を、薬剤耐性菌による感染症からいかに守っていけるが、人類に対し、深刻な課題として突きつけられている。

 各種の薬剤耐性菌やそれらによる感染症に対し、適切な対策や対応を実施する上で、その実態がどのようになっているかを把握することが不可欠である。そのため、国内における薬剤耐性菌感染症を把握するためのナショナルサーベイランスシステムの確立が必須となっている。その場合、菌情報と患者情報を総合的に集積したデーターベースを構築し、院内感染起因菌や術後感染起因菌の動向を常時監視することにより国内の全般的な状況を把握する事が可能となる。また、特定の耐性菌による院内感染が発生している医療施設に対し、個別に情報を提供し、院内感染対策の推進に貢献することが期待される。一方で、特異な耐性を獲得した、新たな耐性菌の出現を早期に検出することも可能となる。

 メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)やバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)など各種の薬剤耐性菌による感染症が内外で大きな問題となってなって久しい。これらの耐性菌の出現は、細菌感染症に対する化学療法の限界を暗示しており、新しい抗菌薬の開発が滞っている現状を考えたとき、21世紀を目前にして、細菌感染症の治療や、対策・対応において根本的な発想の転換が求められていると言えよう。








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