第2セッション 予防接種について
予防接種と生体の免疫反応


                         

 東京医科歯科大学小児科教授
                                 矢田純一

○感染防御機構
1. 化膿菌の防御
 肺炎球菌、ブドウ球菌、レンサ球菌、大腸菌、緑膿菌などの一般細菌は好中球の食菌・殺菌作用によって処理される。これらの細菌は増殖が速いが、好中球は一挙に多数を動員できるのでそれに対処しうる。好中球の食菌作用はIgGクラスの抗体が菌に結合することにかなり依存している。好中球はその表面のFcレセプターを利用して菌に結合している抗体のFc部を捕え細菌をつかまえるからである。この抗体のように食作用を促進させることをオプソニン化という。

細菌の産生する毒素は抗体によって中和される。外毒素が発病にかかわっているジフテリアや破傷風の防御には、この中和抗体が特に重要である。

グラム陰性菌については補体による細菌破壊すなわち免疫溶菌が働く。特にナイセリア(髄膜炎菌、淋菌)の防御には重要である。補体の活性化は細菌への抗体の反応によって誘導されるが、細菌表面の物質によって補体が直接活性化されることもある。

2. 細胞内寄生性細菌・真菌・原虫の防御
 結核菌・癩菌・サルモネラ・リステリアなどの細菌は増殖が速くないけれども細胞内でも生存・増殖することができ、食細胞の殺菌作用に抵抗性である。したがって寿命の短い好中球では対処できない。その防御は寿命の長い食細胞であるマクロファージ(大食細胞、血中では単球)の食菌・殺菌作用による。しかし、マクロファージが十分な殺菌能を発揮するには活性化される必要があり、それは主として細菌抗原と反応し活性化されたT細胞の放出するインターフェロンγの作用をうけることによる。

ガンジダ・アスペルギルスなどの真菌、マラリア・カリニなどの原虫の防御も同様の機序が主体と考えられる。

3. ウイルスの防御
 ウイルスは細胞内で核酸にまで解体し、宿主細胞を利用して核酸を複製して増殖する微生物である。ヘルペス・麻疹・風疹・ムンプス・インフルエンザなど多くのウイルスは増殖がすむとひとつずつ隣接する細胞に新たに感染していくという増殖様式をもっている。

抗体は細胞内に侵入することができないので、この過程を阻止することにはほとんど無力である。増殖過程をくい止めるにはT細胞やNK細胞が感染細胞を破壊し、細胞ごと処理することが必要である。したがって、必然的に生体側の犠牲も伴う。

このようなウイルスについても、遊離ウイルスが拡散する段階は中和抗体によって阻止することができる。A型肝炎ウイルスは腸で一次増殖した後血中に入り肝に到達し病気を起こす。麻疹ウイルスは気道などで一次増殖した後血中に入り全身に広がって発症させる。抗体はそのウイルス血症を阻止し、発症を予防することができる。

ポリオなどのエンテロウイルス、日本脳炎・デング熱などのアルボウイルスは細胞内での複製が完了すると宿主細胞を破壊し一斉に遊出してきて新しい細胞に感染していくという増殖様式をもっている。抗体は遊出してきたウイルスを中和でき、これらのウイルスの増殖過程の阻止には抗体の役割が大きい。

4. 局所免疫
 多くの微生物は外界から生体内に侵入してきて感染を起こすが、それは表皮を介してである。特に角質の発達していない粘膜を経由しての場合が多い。表皮の表面の細菌叢、PH、殺菌物質などが、微生物の侵入阻止に役立っているが、特に粘膜表面に分泌されて存在する抗体の存在が感染阻止に大きな役割を果している。微生物の侵入局所で成立している免疫を局所免疫といる。粘膜下のリンパ組織で産生されたIgA抗体(二量体の型をしている)は粘膜上皮を通過して分泌されてくる。この間上皮細胞の産生する分泌成分と呼ばれるペプチド鎖の結合をうけて分泌型IgAとなる。分泌型でない抗体は不安定であまり役に立たない。分泌型IgAに属する抗体は細菌やウイルスに結合し、それらの感染性を失わせて微生物の生体への侵入そのものを阻止する。

○目的とする微生物に適切なワクチン
 破傷風、ジフテリアについては外毒素を中和する抗体を産生させることが目的になる。
したがって、外毒素を無害化したトキソイドがワクチンとして用いられる。

肺炎球菌は莢膜を有しており抗体によるオプソニン化がないと好中球の食作用をうけない。オプソニン抗体を作らせる目的で細菌表面の多糖体がワクチンとして使われる。百日咳については、毒素を中和したり、菌をオプソニン化したりする抗体を作らせることが目的になる。

結核菌の防御にはマクロファージを活性化すべきT細胞が重要であり、予防には結核菌に反応するT細胞を増加させる必要がある。その目的には不活化ワクチンでは不十分でBCG という生ワクチンが用いられる。

一般のウイルスについては、その増殖阻止にT細胞の働きが中心になっている。抗体を作らせることは発症予防に有用であるけれども、それだけでは不十分である。そこでウイルスに反応するT細胞を増加させる作用も強い生ワクチンの方が優れている。通常の不活化ワクチンは抗体産生をよく導くけれどもT細胞の免疫をつける作用は弱いからである。

麻疹、風疹、ムンプス、水痘には生ワクチンが用いられている。

ポリオや日本脳炎についてはウイルス増殖阻止にも抗体が有用であり。不活化ワクチンで十分効果を挙げることができる。B型肝炎についてもウイルス血症を阻止し肝にウイルスが到達するの防げればウイルスの増殖が生じないので、抗体を作らせることができる不活化ワクチンで目的が達せられる。

インフルエンザは侵入部の粘膜で増殖すること自体が発症につながっている。不活化ワクチンを注射する方法は血中に抗体を持たせることはできるが、その局所でのウイルス増殖を防ぐことはできない。十分に予防するには粘膜上に分泌型IgAの抗体を持たせることが望ましい。そのためには点鼻、吸入など粘膜を経由したワクチンの接種がより有効である。血中の抗体はウイルスの拡がりを抑えるので重症化を防ぐには不活化ワクチンも役立っていると思われる。
 不活化ワクチンによって血中に中和抗体を持たせることは麻痺性ポリオを防ぐことには有効であるけれども、ポリオウイルスの腸における増殖を阻止することはできない。それは野生ウイルスの増殖を許すことになる。経口生ワクチンを接種し分泌型IgAの抗体を誘導する方がより望ましい。

○ワクチンとアレルギー
 ワクチン中には微生物抗原のみならず、微生物の増殖に使われた培地の成分(インフルエンザの場合の鶏卵など)、安定化添加物(ゼラチンなど)、細菌汚染を防ぐための抗生剤、防腐剤(チメロサールなど)が含まれている。そのいずれかに対する免疫反応がアレルギーを起こすことがある。ゼラチンに対するIgEクラスの抗体をもつ人にゼラチンを含むワクチンを接種してアナフィラキシーが発生することはよく知られている。卵アレルギーのある人に卵成分を含むワクチンを接種しても同様のことが起こりうる。抗生物質アレルギーのある人も同様である。

ワクチン中のいずれかの成分によって以前アナフィラキシーをおこしたことがある人ではそのワクチンの接種は禁忌となる。なんらかのアレルギーの症状がある人でワクチン中の成分がアレルゲンかどうか不明な場合はワクチンで皮膚テスト(10倍希釈液0.05・皮内注射)で反応がでるかどうか調べ、陰性であったら接種するのも一法である。過敏性が強いと考えられ皮内テストでは誘発の危険があると予想される場合には検出感度は下がるけどもプリック試験から始める方が望ましい。陰性であったらより感度の高い皮内テストで確認する。陽性であった場合はワクチン中のどの成分がアレルゲンかを同定し、それを含まないワクチンがあればそれを接種する。そのようなワクチンがない場合は接種をひかえることになるが、どうしても感染を防ぎたい時にはあらかじめ抗アレルギー薬を使用しておき、ワクチンを少量ずつ分割して接種する方法もとれる。アナフィラキシー発生時直ちに対処できる準備をととのえておく必要があることはいうまでもない。



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