第4セッション 話題の感染症
香港におけるH5N1型インフルエンザウイルスの出現と対応

                   

国立感染症研究所ウイルス製剤部
                              田代 眞人


A型とB型インフルエンザウイルスは、RNA遺伝子の突然変異によってウイルス表面のHA蛋白の抗原性が少しづつずれたウイルスが次々に出現し(連続抗原変異)、毎年のように流行を繰り返す。更にA型では、数十年に一度の割合で、HA抗原性の全く異なる新(亜)型ウイルスが出現する(不連続抗原変異)。この際、殆どのヒトは新型ウイルスに対して免疫を持たないので地球規模での大流行を起こす。これには3つの要素がある。
(1)A型ウイルスのHA蛋白には15亜型が存在し、これらのウイルスが渡り鳥の間に広く分布している。
(2)A型ウイルスは、ヒト以外にも鳥類、ブタ、ウマ等を自然宿主とする人獣共通感染症である。
(3)ウイルス遺伝子が8本の分節になっており、各分節は独立に複製するので、一つの細胞に2種類の亜型のウイルスが同時に感染すると、HA遺伝子分節の交換・再集合が起こり、新(亜)型のウイルスが出現する。従来の新型ウイルス出現のシナリオは、様々な亜型のウイルスを持つ野生ガモが中国南部で越冬するが、ここの水場でアヒルにウイルスを伝播し、更にブタが感染する。ブタは、ヒトのウイルスにも感受性を持つので、ブタにトリとヒトのウイルスが同時に感染すると、遺伝子の交雑が起こり、ヒトに感染性を持つ新(亜)型ウイルスが出現すると言うものであり、アジアカゼや香港カゼはこれで説明されてきた。トリのウイルスが直接ヒトには感染することは無く、ブタを介してヒトに感染すると考えられてきた。

香港では昨年4月からニワトリの間で強毒型のH5N1型インフルエンザの流行があり、多数のニワトリが弊死していたが、5月に死亡した患者からH5N1型トリインフルエンザウイルスが分離されたとの報道は世界を驚かせた。その後、11月から12月にかけて、患者18人と死者6名を出す事態となり、新型ウイルスによる大流行の可能性が議論された。更にこのウイルスはトリに全身感染を起こす強毒型であるために、大流行の際には未曾有の健康被害が危惧された。そこで、WHOの下で米国・日本を中心とした国際的な対応支援・疫学調査が行われた。調査結果は、トリからヒトへの直接感染という予想外の伝播経路を示唆しており、ヒトからヒトへの二次感染の可能性も否定されていない。そこで香港当局は12月末に感染源となるニワトリをすべて殺処分に付し、中国本土からのニワトリの輸入も禁止した。その後トリの間での流行も新たな感染者も出ておらず、問題は解決したかに見える。しかし、トリ強毒株ウイルスの起源は不明であり、中国本土でのウイルスの存続を危惧する研究者も多く、火種は消えていない。

一方、新型ウイルスに対するワクチンの準備も国際協力のもとに進められてた。今回のウイルスが強毒型であるので、製造過程での安全確保という新たな問題を解決せねばならず、そのために弱毒型のワクチン製造株を開発する必要があった。日米両国では、最新のリバース・ジェネティクス・遺伝子組換え技術を駆使してこの問題を克服することが出来た。今後のワクチン準備体制の確立に向けて国際的な協力を進める。

香港の新型インフルエンザは、健康危機管理の面で多くの問題点と課題を明白にしたので、これを教訓にして、今後の準備体制と対応を検討していく必要がある。

 



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