第4セッション 話題の感染症



手足口病と小児の急性死例(マレーシア・大阪・台湾)


国立感染症研究所 感染症情報センター
感染症情報室長  岡部信彦

◎手足口病(hand,foot and mouth disease:以下HFM):

HFMは、口腔粘膜および四肢末端に現われる水疱性の発疹を主症状とし、幼児を中心に流行するありふれた急性ウイルス性感染症である。患者発生は世界中でみられるが、我が国では1967年頃からその存在が明らかになり、最近では1985,1988,1990,1995年に大きな流行がみられた(図)。夏を中心として毎年発生がみられるが、秋や冬にもHFM の発生を見ることはある。

◎原因ウイルス:
  HFMの原因となるウイルスは一つではない。主な病因ウイルスは、エンテロウイルスであるコクサッキ−A16(CA 16)、あるいはエンテロウイルス71(EV 71) であるが、
その他のエンテロウイルスによっても同様の症状を呈することがある。いずれのウイルスであっても現れる症状は同じなので、ウイルス分離を行わない限り、病原的診断は不可能である。流行の中心となるウイルスはその年によって異なり、1984年にはCA10 によるHFM患者が多数確認されている。いったんHFM に罹患すると感染を受けたウイルスに対する免疫は成立するが、異なった血清型のウイルス感染を受けて再び同様の症状を表すことはあり、この場合HFM を反復して発症しているかのようにみえる。

◎感染経路:
感染経路としては経口・飛沫・接触のいずれも重要であり、潜伏期は3〜4日位がもっとも多い。エンテロウイルス全般として、主な症状が消失した後も3〜4週間は糞便中にウイルスが排泄されることがあるので、HFMから回復期した患者も、長期にわたって感染源となり得る。

◎合併症:
 中枢神経合併症(そのほとんどは髄膜炎)の合併があり、経過中の頭痛と嘔吐には注意が必要である。EV71感染の方が、中枢神経合併症の発生率が高い。予後は良く、死に至ることは稀である。 CA16 感染では心筋炎合併例の報告がある。

◎マレーシアにおける小児急性死の多発について(1997)
【背景】東マレーシアサラワク州(ボルネオ島)では、1997年2月頃より小児の間でHFMが発生し大流行となった。それまでにマレーシアではHFMの流行の記録はなく、人々にとって聞き慣れない病名であった。これまでに、HFMはもちろんエンテロウイルスに関する臨床的・ウイルス学的サーベイランスはマレーシアで行われたことはなく、過去の流行状況に関する実態は不明である。

同じくサラワク州では4/15から幼児の急性死例(入院1-2日で死亡)が散発的に発生、5月に入るとその数は急増し、5月末には11例に達した。当初川崎病なども疑われたが、臨床的には急性心筋炎がもっとも疑われるところとなり、地元誌には "Killer virus (Coxsackie B virus?) による急性心筋炎の多発"などの見出しで報道され、小児がおかされる原因不明の致死的疾患の流行としてマレーシア全土で社会不安を引き起こすに至った。

【感染症研究所の対応】WHOのプロジェクトであるポリオ根絶計画の関係で当国立感染症研究所(感染研)とも協力体制にあるクアラルンプールの医学基礎研究所( Institute f or Medical Research :IMR) から、この原因ウイルスの検索について協力の要請が我々のもとにきた。これまでのわが国の国際医療協力は、このような海外での感染症の発生に対して迅速に対応する点に欠けていることが常々指摘されていたが、今回は、
 1)新たに国立感染所研究所として発足した当研究所には、国際間の感染症情報の交換と予防対策に関する協力という役割が課せられていること、
 2)今回の発生はアジアの中での発生、ことにわが国もそのメンバーの一員であるWHO西太平地域(WPRO)での出来事であること、
 3)マレーシアには、小児を含めた多くの邦人が滞在していること、
 4)マレーシアとわが国の人物の交流が増加している中、万一不明の病原がわが国に持ち込まれた場合への対応を考えておく必要のあること。
 などが考慮され、6/9には感染研内でスタッフを緊急現地派遣することが検討された。さらにマレーシア政府からはWPROを通じてわが国への協力要請が届いたことなどから、6/16には感染研所員2名がWHO Temporary Adviserとして派遣されるに至った。なお米国のCDC(Center for Disease Control and Prevention)はWHOとは別にマレーシアより要請を受け、6/10に2名の疫学担当者を派遣している。

【活動内容】要請の主目的は疫学的調査ではなく、IMRにおけるウイルス診断に関する技術協力ということであるため、組織培養細胞、培地、プライマー(pan-enterovirus) などを持ち込んだ。現地の細かい状況が不明であるため、実験室内あるいはフィールドでの感染予防のためデイスポーザブルのゴム手袋・ガウン・ボウシ・マスクなども相当量を持ち込んだ。
 具体的な活動の概要は以下のようである。
 1)IMRへ送られた検体の整理、ウイルス分離、PCRなどの技術的アドバイス
 2)臨床診断についてのアドバイス
 3)患者検体の採取
 4)死亡患者に関する臨床的ウイルス学的検討とアドバイス
 5)背景としてのHFMのウイルス学的調査
 6)必要な検体の持ち帰り
 7)現地対策会議への出席
 8)在マレーシア邦人への状況説明

【その後の経過】 疫学的状況(IMR疫学部): サラワクにおいて、急性心筋炎による死亡として登録された患者数は総計30例に達した。 

臨床的状況(サラワク総合病院小児科・シブ病院小児科): 典型的なHFM の流行があった。急性死亡患者27例にはHFMの発疹が見られたが、必ずしも全例に認められたわけではない。6/8例に髄液細胞数の増多が見られた。エコー所見およびマレーシア小児循環器医の意見では、死亡例については心筋障害を否定することはできない、というものであった。

病理所見(サラワク総合病院・米CDC・感染研): 登録死亡例30例のうち、7例について心筋のbiopsy、4例の全剖検例が調査されたが、全例とも心筋に炎症所見は見られなかった。4例の全剖検例については、3例は中枢神経系に軽度の浮腫と炎症が見られたが、1例については脳幹脳炎に一致する所見であった。

ウイルス学的所見(IMR・マレーシア大学サラワク校・米CDC・感染研): CDCでは1死亡例の血液、非死亡例2例の咽頭および便よりEV71を検出、その他未同定のウイルスが得られているが、最終的結論は得られていない。サラワク校では、死亡例の心筋より adenovirus like agentが得られており、検討中である。 IMRおよび感染研では、HFMからは EV-71およびCA16 が優位に得られているが、 echo virusなど各種のエンテロウイルスも得られている。血清学的には Coxsackie B virus が存在していたことも肯定的であり、複数のウイルスがこの発生の間にみられた。

◎大阪での手足口病・EV71と小児の急性死3例(1997)

昨年大阪市では例年をやや下回る程度のHFMの流行があった。その中で、HFMもしくはEV71感染に関係があると思われる3例の小児の急性死例が報告された(大阪市立総合医療センター 塩見正司ほか IASR Vol.19 No.3 1988)。

症例1(1997.7.):9カ月女児 兄と姉に続きHFM発症。発熱が見られたが全身状態は良好であった。3病日、突然ぐったりとし呼吸困難出現。ショック状態となり、入院6時間後に死亡。胸部のみの剖検では、心筋には異常は見られなかった。

症例2(1997.8.):15カ月男児 HFM第5病日、ぐったりとして近医受診、嘔吐後心肺停止。一旦蘇生されたが、入院4時間後死亡。単球優位の髄液細胞増多が見られた。

症例3(1997.9.):5カ月男児 発熱第3病日、多呼吸・頻脈となり近医受診、呼吸困難出現。気管内挿管を受けて搬送、入院12時間後に死亡。髄液細胞増多、出血傾向などが見られ、Haemorrhagic Shock Encephalopathy (HSE)と考えられる状態であった。便よりEV71が分離された。

【EV71の分子疫学】ウイルス分離は大阪府立公衆衛生研究所で行われ、分離株はマレーシア株を含み他のEV71との比較のため感染研に分与された。昨年マレーシアで得られたEV71サラワク型は、これまでのEV71分離株とはその塩基配列は独立したグループであることが最近分かった。大阪株をこれに比較すると、日本各地で分離されるEV71型とは異なり、サラワク型に類似しているものであった。横浜・香川・滋賀などからの分離株にも、サラワク型が含まれていることが分かった(感染研ウイルス2部)。

【その他の国内での重症例報告】1997年大津でのEV71感染によると思われる中枢神経合併例(髄膜炎6、脳炎7)、大阪での15例のHFM経過中の急性小脳失調症例、1995年岡山でのEV71感染によると思われる限局性脳炎例、1993年横浜でのHFM経過中の8例の限局性脳炎例など、最近HFMまたはEV71感染に伴う髄膜炎以外の中枢神経合併症があり、中には死に至るものがあるとの報告が相次いでいる。

◎台湾でのHFMの流行と急性死例の増加(1998)
1998.5.より、台湾ではHFMあるいはRV71感染に伴ってと思われる幼児の死亡例が増加し、社会問題となっている。感染研では現在、台湾側とこの問題について情報の交換中である。

【台湾疫情監視摘要報導−長庚児童医院感染科からの報告 1998年 4巻 22号 6月1日:エンテロウイルス71型による手足口病で7人の幼児死亡】 台湾でここ1カ月ほど流行している手足口病及びヘルパンギーナは、従来のものとかなり様相が異なっている。これまでの例はほとんど合併症を起こすことはなかったが、当院ではかなりの症例が無菌性脳膜炎、脳炎、小児麻痺様の急性麻痺を呈した。中でも7例の小児が、発症2〜4日後に突然活動が低下し、呼吸不全となった。挿管・呼吸管理目的で当院に転送された者もあり、また急患として当院受診時に呼吸困難、チアノーゼのため緊急挿管となった者もいた。患児はいずれも、気管内に多量の赤色の泡沫を認め、胸部X線ではわずか数時間のうちに正常または軽度の肺炎から、肺水腫の状態に陥った。いずれも心拡大はなかった。患児は発病後12時間以内に死亡した。
 死亡患者のうち1人は生後4ヶ月、他の6人は1〜2歳の幼児で、兄弟姉妹が手足口病にかかっている例もあった。7人のうち6人にウイルス培養を行い、現在3例からエンテロウイルスを検出、うち1例についてはエンテロウイルス71型と同定されている。患者の兄弟姉妹について行ったウイルス培養でも2例からエンテロテロウイルス71型が検出された。また当院ではこの月47株のウイルスを培養し、20株について同定を終了したが、半数以上が71型、2株がコクサッキーウイルスB5であった(当院では間接蛍光抗体法を使用したが、より正確には中和試験による確認が必要)。台湾では81年にエンテロウイルス71型が流行したが、その後流行はなく、今年になって再び増加している。

 【Pro MED Jun 4:エンテロウイルス71流行に台湾が積極的対策に乗り出す】 台湾政府は6月4日、すでに小児26人の死亡、入院患者132人、少なくとも9,000人の患者を出しているエンテロウイルス71に対して対策チームを設置することを発表した。このウイルスは空気によって成人にも感染し得るが、死亡例は小児だけである。また内閣は文部省に
対し、流行を監視し、必要なら学校を閉鎖するよう指示した。保健省が確認した感染者は9,000人であるが、小児科医の推定では10万人以上の小児が感染しているという。
 
◎当面のHFMへの対処

HFMは基本的には、ポピュラーな軽症の疾患である。目下のところこれらの重症合併症の発生は極めて稀なことであり、HFMになった総ての患者に厳重な警戒を呼びかける必要はないと思われる。しかし、あまり軽く考えすぎることなく、症状の変化には注意すべきである。ことに、元気がない、頭痛・嘔吐を伴う、高熱を伴う、発熱が2日以上続く、などの症状が見られた場合は慎重に対処する必要があろう。

HFM は、現行の学校保健法では学校伝染病第3類の「その他」として解釈されているが、出席停止期間等についての明確な規定はない。本症は前述のように主症状から回復した後もウイルスは長期にわたって排泄されることがあるので、急性期のみの登校登園停止による学校・幼稚園・保育園などでの流行阻止効果はあまり期待ができない。本症の大部分は軽症疾患であり、発疹だけの患児に長期の欠席を強いる必要はなく、また現実的ではない。したがって登校登園についてては、目下のところ流行阻止の目的というよりも患者本人の状態によって判断すればよいと考えられる。ただし合併症ことに髄膜炎・脳炎などの存在について、医療担当者および学校・幼稚園・保育園などの関係者には再認識を促しておく必要があると考える。




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