第3セッション 感染症情報の収集と還元
食中毒事例における疫学調査について


国立公衆衛生院疫学部長
簑輪眞澄

1.はじめに
 最近の食中毒の動向をみると,これからは腸管出血性大腸菌O157感染症およびサルモネラ感染症の時代であるといえる。いずれも潜伏期間が比較的長いなど原因究明のための調査が困難な特徴をもっている。従って,これからは食中毒対策にはより高度な疫学調査機能が要求されるようになっているといえる。そこでそれらを念頭に入れた疫学調査について解説する。疾病の集団発生の原因等を究明する調査は流行調査と呼ばれる。流行調査は,大きく病因の検索と疫学調査に分れるが,ここでは主として後者について,特に食中毒事例における流行調査の手順として述べる。
 疫学研究法は大きく分けて表1のように分類できるが,食中毒等の流行調査において最小限理解しておく必要のあるのは,記述疫学と患者(症例)対照研究である。


表1 学方法論の分類
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観察的方法
  記述疫学 時(患者発生の時間的分布。具体的には流行曲線)
       場所(空間的な分布の観察。地理的分布など)
       人(性,年齢分布など人の属性による分布の観察)
       
  分析疫学 コーホート研究(曝露者群と非曝露者群の追跡)
患者(症例)対照研究(患者群と対照群における曝露経験の比較)

介入研究(何等かの因子を与えたり,除いたりして,問題となる疾病発生の率を対照
    群と比較する)
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2.流行調査のステップ
 流行調査の主なステップの手順は表2の通りである。しかし,この通りやらなければうまくゆかないというものでもなければ,この通りやればうまくゆくというものでもない。基本を踏まえつつ,臨機応変な工夫が必要である。以下,概ねこの手順にそって流行調査の方法を概説する。


表2 流行調査のステップ
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1.流行存在の決定
2.診断の確認
3.患者の定義と患者数の調査
4.時,場所および人の検討
5.病気になるリスクを持ったものの範囲の決定
6.疾病を起こした仮説の設定とその仮説の検証
7.これまでの知識との比較
8.より系統的な研究
9.報告書の作成
10.対応と予防の実施
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3.流行の発生と規模の確認
 表3には,流行存在の決定について考慮しなければならない点を列記した。


表3 流行存在の決定
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情報源はどこか
流行の存在が明らかなこともあるが,常にそうとは限らない
通常の発生状況と比較を要することも必要である
流行を見逃さない
人工的なものではないか
流行を隠蔽しようという圧力が加えられることもある
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今回の患者発生が,その集団にとって異常なものか否かを客観的に認知する必要がある。日常的にはほとんど認められない疾患であれば,患者報告が続けばそれだけで流行であろう。そのような患者報告があれば,診断の確認を行った後に流行の規模を確認する必要がある。通常は1例もしくは複数例の発端患者の報告からはじまるので,その患者が所属する組織や団体に問い合わせてその外の患者発生がないかどうかを確認する。発生規模を確認するには,地域(場合によっては隣接する管内)の医療機関に問い合わせ同様の症例がないかを聞く必要がある。医療機関には,入院患者や重症度などの情報も入手すべきである。たとえば発端患者がある学校の生徒であった場合にはその学校のみならず管内の他の学校の学校長その他の教職員に同様の症状を有する生徒がいないかどうかを確認する必要がある。仮に発端患者が小児でも成人にいたるまで広く患者を探す必要がある。これらは,発端患者が通報された日のうちに行うことが望ましい。また,患者の家庭および通学区域にある学童のいない家庭も調査することになる。戸別訪問して当該疾病の患者または容疑者発生の有無を確かめることも行われるこ ともある。範囲の広い場合は,無作為抽出で戸別訪問をしたり,また訪問の代わりに調査票を配ることもある。

一方,普段から少しくらいは患者発生がある場合は流行かどうかは数量的に判定せざるをえない。たとえば,集団発生がなかった過去何年間かの発生数を,週別あるいは月別に集計して,各時点の平均値と標準偏差の2倍もしくは3倍の線をひき,今回の発生数と比較する方法で例年見られるような患者数を今回の数が大きく上まれば流行とみなすことができる。

 何例あれば集団発生というかという規定はないが,それが数例の発生でとどまっているのかもっと多い数の患者が発生しているのかでは対策が異なってくる。問題となっている疾患の臨床医学的性格,社会的インパクト,伝染性,発生地域あるいは集団の特性などの情報に基づいて,集団発生かどうか,すなわち日常業務の範囲内で対応できそうな事例か,特別の対応を要する事例かを判断する必要がある。 また,空間的な広がりの規模をみることも重要である。例えば,学童間に集団発生があった場合,それが学校内だ'けのものか,あるいは一般家庭でも起こっているのかを確認することは,防疫上からいっても,また原因を探究する点から見ても極めて大切である。


4.診断の確認

 診断の確認にあたっては,最新の検査法というよりは基準的な検査(微生物学的,血清学的,化学的,etc.)によるべきである。しかし,未知の病態の多発の場合にはこの限りではない。代表的な症例で確認されれば良い。必ずしもすべての症例で確認される必要はない。また,確認された症例だけがその流行における症例数という訳ではない。
 学校など特定の集団内での集団感染事例の場合は全校生徒や教職員の検便検査を行う場合が多い。O157感染症などにおいては流行の事実が報道され,パニックが少なからず形成されることが多いが,その際健康調査の結果は有症状者の多発の方向に偏る可能性が高い。従って,本人の思い出しに影響されない細菌学的検査結果は疫学的な手法による原因究明作業にも有用である。しかし,患者であっても治療の影響などにより菌が検出されない場合もあり細菌学的検査のみを絶対視し,患者かどうかの判定に用いるのは危険である。また,検便検査の対象者の拡大や同一人物に対する複数検査等にはやりすぎにならないよう十分注意を払うべきである。いずれにせよ本人や保護者への十分な説明のうえの同意を得て行わなければならない。


5.病気になるリスクを持ったものの範囲の決定
流行の規模と広がりの程度を知ることはその流行に対する対策を講じる上でも重要である。
まず,その流行における簡単で客観的な基準患者の定義を作成する。この段階では流行の規模を推定することが重要なのであるから,検査結果による確認は必ずしの必要ではない。従って,真の症例とは出入りがあることは避けられない。また,人口学的要因や発症前の行動,飲食など原因に繋がる情報を定義に含むことは,後の流行原因の究明の妨げになる。

集団発生を探知した時点で原因を曝露されたであろう集団に対する調査を開始する。学校や職場などある特定の集団内に限定された発生の場合はその集団全員が調査対象となるが,本当にその集団に限定されているのか否かの確認は必要である。

地域での集団発生のように症例が散発している場合には,地域の医療機関への照会や戸口調査を行なうこともある。
調査内容としては,症状,年齢,性,住所,職業,勤務先(学校名),発症日時,行動パターン(外食など),などを聞き取っておく必要があろう。

具体的には,日別の症状を流行発生からさかのぼり調査対象者に尋ねる。O157感染症の場合は発端患者の報告日よりさかのぼり3週間くらい前からの状況を調査する。本人が回答できない場合は保護者に回答してもらう。不十分な回答は後でスタッフが確認をとる。この情報をもとにして個人の発症日を決定する。O157感染症では腹痛,下痢などの消化器症状以外の多彩な症状をあらわしうるといわれており,どの症状を従っていつを発症日にするか迷うことがあるが,一定の基準があるわけではないのでそれぞれの事例でルールを作って決定すべきである。

これらの情報から,この流行の大きさとどの範囲に広がっているのかを決定する。範囲の表現は,地域,年齢(学年),性,職業,特定職場,特定施設の利用者,などという形で表現できるであろう。そして,この範囲がその後の調査の主たる対象として限定される。


表4 症例発見の手段
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特定グループの場合
医療機関への照会
戸口調査
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6.流行原因仮説の設定

1) 記述疫学
 流行を起こした仮説の設定にあたっては,まず前項で得られた症例についての記述疫学的検討を行なう。
(1) 時についての検討
 まず,行うべきは流行曲線の作成である。これは流行の発生を時間的により観察することである。例えば,時間別または日別の患者発生曲線(流行曲線)を作ると,その流行の特徴がある程度分る。図2のように一峰性で立上がりが急で右に裾を引く曲線を示しておれば,原因が一時点または極めて短時間に作用した時に現われる現象である。この様な流行は,爆発流行または点流行とも呼ばれる。伝染病では,流行曲線の右裾に小さくなだらかな山がみられることがあり,二次感染によるものである。ヒトからヒトへの連鎖的な伝播では,むしろだらだらした起こり方と減少を示す。この流行曲線から曝露時点を推定する簡便な方法は,O157が原因菌であれば累積患者数が50%の時点より潜伏期間の中央値の日数をさかのぼったあたりが曝露時点であると推定する方法である。また,従来の推定式は数学的な根拠の弱いこと,実際に当たらないこと,信頼区間が示せないといった問題点があることが指摘されている。最近では,潜伏期間に対数正規分布を仮定した暴露時点の推定方法が提唱されており,関心のある方は実際の発症日別の度数分布のデータを国立公衆衛生院疫学部丹後俊郎理論疫学室長まで 問い合わせていただきたい1)。

(2) 人についての検討
 性・年齢別など,人の特性別の発生状況を観察することが流行の原因を解く鍵になることがある。この場合,通常は性・年齢別の患者数を示すことが多いが,曝露集団ににおける発生率で示す方が特徴を正確に表わすであろう。たとえば,学校での集団感染事例では,学年別やクラス別の発生率を比較する。児童生徒と教職員での発生の仕方の特徴をみたりする。また,地域での集団発生事例では特定の職業の人がなっていないかどうかをみる。

(3) 場所についての検討
 患者発生の地域的な分布を知ることも,流行の特性を知る上で重要である。散発例の多発であっても,特定の地域に集中しておれば,その地域に特有な要因が関係しているのかもしれない。従って,地図上に患者をプロットするとわかりやすい。このとき注意を要するのは罹患率についてである。人口の多い地域では患者が多くでてもおかしくないので,地図上に患者をプロットしたら,曝露を受けたであろう分母人数で患者数を割った率も表現するのがよい。表現の仕方は発症率を何段階かに分けて地域を塗り分ける方法などである(断彩地図)。あるいは健康者もプロットして分布を比較する方法もある2)。また流行の時期が地区ごとで異なる場合もあるので発症日ごとにプロットの色を変えてもよい。地図ができたら,食料品店,水系,わき水,農場や牧場,レストラン,医療機関,学校などの施設との位置関係を検討しながら患者発生状況を検討するとよい。

2) 児童生徒の欠席日等の調査
 学校での集団感染事例の場合,一定期間の日別欠席者名簿を入手しておく。給食が原因の場合その日の欠席者からは患者がでないなずなので,欠席日別の分析が有力な手がかりになることがある。また,特定の学年,特定の学級が学校行事などで特定の日の給食を受けなかったなどいう情報があれば,曝露食の推定に役立つかもしれない。

3) 容疑要因の調査
 たとえば学校での集団発生の場合,即座に学校給食が原因であると考えがちであるが,飲料水による一斉曝露や幼稚園,保育所などではトイレを介する伝搬等いろいろな発生経路がありうるので初動のうちから先入観をもった情報収集は禁物である。集団発生を見た現場や対策会議のメンバーおよび保健所のスタッフ等の推測なども一見ありえないようにみえても少しでも可能性があるのなら調査の内容に盛り込むべきである。特にO157感染症の場合,曝露から保健所への発端患者の報告まで1週間前後間があるのが通例なので初動のうちに集めれる情報を集めておかないと後で後悔しても手遅れになる。たとえば,1996年に発生した盛岡市一小学校でのO157集団食中毒事例では,校区内のある町会で行われた祭りで出されたおにぎり,ある学年が主に使うトイレ,校区内にあるわき水,児童が登校前に集合する地域の砂場などいろいろな仮説が現れ,その他の情報で否定できなかったものは,後ほど述べる全校生徒への調査票へ盛り込まれた。

4) その他の情報
 細菌学的検査のためのフードサンプル,食材(同一保存物,同一ロット,同一業者からの同一品種など),調理場の器具,床,設備等,流通過程の業者の施設などからの検体の収集も必要である。また,調理工程,調理動線,役割分担,調理時間,調理温度,衛生管理状況,出入りする人と物などの記録や関係者への面接記録なども収集する。O157対策においては,原因となった給食メニューが明らかになり給食施設を使用停止にし,一定期間後に再会するだけでは父母や世間は許さないので,原因食がなぜ汚染されたのかがかなり絞り込めるまで詳細な情報収集をする必要がある。そのために,初動のうちに,給食が原因とわかってない時点でも調理工程については情報収集を怠ってはならない。なぜなら,調理場の器具や設備あるいは食材の細菌学検査では菌が検出されないことがほとんどだからである。

5) 仮説の設定
 上記の,記述疫学的事項,児童生徒の欠席日等の調査,容疑要因の調査およびその他の情報をもとにして,曝露時期の推定を行ない,容疑要因を列挙する。また,たとえば曝露時期についてある程度の推定ができ,学校給食がその原因として疑われたら,その期間における学校給食のメニューを入手する。


7.流行原因仮説の検証
1) 感染経路の追求
一口でいえば,患者群と,それと同一曝露集団に属していながら発症しなかった者からなる対照群にどのような違いがあるかを見出すことである。一般には,患者群と対照群における各種の仮説要因(容疑要因)に対する曝露状況を比較する。感染経路に関する仮説要因としては,典型的には特定の機会に飲食をした特定の食品に対する曝露とである。飲食の機会の特定方法としては,潜伏期間と患者の広がり具合(流行規模)を考慮して決めることが多いが,信頼できる曝露時点推定ができれば参考になる。

O157感染症など食中毒はやはり食べ物が原因であることが多いので,喫食調査は必ず行うことになる。学校での集団感染事例では学校給食について聞くことになるが,その場合は学校給食のメニューの記録が残されているので日別のメニューを記載した調査票を作成し調査対象者に配布し各メニューの喫食の有無を記入してもらう。本人が回答を記入できないときは保護者を通して尋ねてもらう。特に年少者は記憶がはっきりしないことが多いが,小学生くらいになると2週間前のあるメニューを食べたかどうか覚えてなくても自分の好き嫌いからして食べてないに違いないといえる場合があるのでこれは有力な情報となるかもしれない。

機会が特定できなければ,仮説要因としての食品数が多くなり,時間的に古くなれば記憶が定かでなくなる。特にO157感染症においては,潜伏期間が長いためかなり以前からの喫食状況を聞くことになり原因追究は困難である。その様な場合には,それぞれの飲食機会があったか否かを調査することによって,飲食の機会を特定することはできるかもしれない。こちらの方が信頼性が高いかもしれない。

具体的には,原因食品を決めることを目的として,患者群が共通に飲食する機会のあった食品について喫食調査を行ない,次に述べるマスターテーブルなどを作成して,対照群に比べて患者群の喫食率の高い食品を見つけだす。それと同時に,たとえば,ある日の学校給食の一部を持ち帰り,それを食べた家族が発症した,というような特殊例があれば,それも重要な所見になる。さらに学校での事例などでは欠席日別の分析が有効である。これは原因食の出された日の欠席者からは発症者がでないことを利用する分析である。容疑食品については,可能な限り,細菌学的検査や化学的検査をするが,さらにその購入経路から製造元における製造工程にまでさかのぼって調査することにより,流通経路のどの過程で,どのような汚染があったのかを追求しなければならない。

2) 流行原因の検討
 以下,マスターテーブルの作成と解析を仮想例によって示す。

N県下の某地区で25人の食中毒患者が発生する事件があった。調査の結果,この25人はある会食に一緒に出席した以外,共通の食品または水を飲食する機会のなかったことが分ったので,その会食が原因と考えられた。そこでその時の供された会食の各食品の喫食状況を,患者とその他の出席者から無作為の選んだ26名について調査した結果,表5のような成績となった。このように,患者群と対照群との仮説要因に対する曝露状況を比較する表はしばしばマスターテーブル(点呼表)と呼ばれる。

調査内容は回答者の負担や記憶能力を考慮して決めなければならないというのが現実である。
ここに,オッズ比とは関連の強さを示す指標であり,0から無限大に分布し,1は無相関,1より小さければその要因に曝露された者ではその疾患のリスクが低いことを,1より大きければ曝露者にリスクが高いことを意味する。問題とする疾患の発生率が十分に小さい時には相対危険の良い近似となるが,通常の食中毒の様な高い発生率では相対危険よりも大きくなる。食中毒は,なにかを摂取した時に起こるので,原因食の場合はオッズ比が1より大きくなるはずである。

表5に示されているオッズ比は推定値であり,その真の値はその近傍にあると考えられる。95%信頼区間とは,95%の確率で真の値が存在する範囲である。95%信頼区間の下限値が1を越えていたり,上限が1を下回っておれば5%水準で有意であると言える。有意性はYatesの修正項付きのχ2 検定によっても良いが,χ2 検定量はオッズ比が1を上回っていても,1を下回っていても同じ正の値になることに注意が必要である。


---------------------------
患者 対照
---------------------------
喫食あり a c
なし b d
---------------------------
 オッズ比(φ)とその95%信頼区間(φu 上限;φl 下限)は次の様に定義される。
  φ=ad/bc

  φu,φl =exp[ln(φ)±1.96×SE{ln(φ)}
ただし,SE{ln(φ)=√(1/a+1/b+1/c+1/d)

 なお,この検定を組込んだ統計ソフト(FSTAT,Windows 95用)(国立公衆衛生院疫学部藤田利治環境疫学室長作成)を必要な方は,フロッピーディスクおよび返信用封筒(切手付き)を付して,下記に申し込むと無料で入手できる。

   窪山 順子 宛て
   国立公衆衛生院疫学部長室
   108-8638 東京都港区白金台 4-6-1


表5 食中毒における原因食品推定の例
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        患者群         対照群
     -------------- ---------------
食品名  食べた 食べない 食べた 食べない     オッズ比(95%信頼区間)
         a     b     c     d
---------------------------------------------------------------------
煮物A     13    12     10    16         1.7 (0.5-5.3)
煮物B     14    11     13    13         1.3 (0.4-3.8)
麺類      11    14      9    17         1.5 (0.5-4.6)
かずのこ    13    12     11    15         1.5 (0.5-4.5)
刺身      13    12      9    17         2.0 (0.6-6.3)
焼き魚     18    7      7    19         7.0 (2.0-23.9)
吸い物     8    12     12     14         0.8 (0.2-2.5)
酒       13    17     11     15         1.0 (0.4-3.0)
---------------------------------------------------------------------


 これによって,各食品摂取に伴う食中毒オッズ比を比較すると,多くの食品ではオッズ比が1をやや上回っているが,95%信頼区間の下限が1を下回っているので統計的には有意とはいえない。しかし,焼き魚ではオッズ比が7に達しており,95%信頼区間の下限が1を上回っているので,統計的にも有意であるといえる。この例では患者群に焼き魚を食べなかった人が7人いることになるが,こういう調査自身本人の記憶に頼らなければならないので,記憶違いということをまぬがれない。また,調理の過程や盛りつけの段階で焼き魚によって他の食品の一部が汚染されることもありうるので,原因食品と考えられる焼き魚を食べていなくても発症する場合がありうるのである。

3) 喫食調査に伴う問題
 上記の例は極めて単純な例であるが,実際にはさまざまな問題が生ずることがある。それらのいくつかについての解決法を考える。

(1) 統計的に有意な食品が複数の時
 統計的に有意な食品が複数ある場合には,実際に原因食品が複数ある場合と1つなのにいくつか有意差がたまたまでた場合とがある。検食が2週間保存されるようになり,細菌学的検査により複数の食品から菌が検出された事例もでてきている。喫食調査の結果をχ2 検定により解析する場合は,普段は95%の有意水準で検定するので,20回に1回は,差がなくても差があると偶然みなしてしまうこともあり得る。従って,検定結果を鵜呑みにするのではく専門家の目で検討し蓋然性の高い結果を抽出すべきである。たとえば,ある食品を食べない人からの感染率が高いことにより有意差を生じた場合は原因食としての蓋然性が低いし,最近給食で広まってきたバイキングメニュー(ある学年やクラスのみが複数の料理の中から自分の好みに従って選べる給食)であれば,バイキングメニューを食べた学年とその他の学年での解析結果に整合性がある(原因食はどちらの群でも容疑食品として浮かび上がる)はずである。
 原因食が一つである場合には,食中毒事件録ではしばしばχ2 値の大きい方を原因食品としているが,むしろオッズ比や相対危険度の大きい方を選ぶべきである。オッズ比に大きな違いがないという場合には,@相互汚染,A交絡が考えられる。相互汚染であるか否かは,病原体検索の結果と,調理工程や盛りつけを考慮して決定する。

(2) 交絡
 原因と結果の両方に関連があり患者群と対照群で分布が異なっている要因をいう。例えば,患者群の年齢が対照群よりも若ければ,そのことだけである種の駄菓子の摂取率は患者群群の方に高くなるかも知れず,駄菓子のオッズ比が高くなる。この様な時,年齢を交絡因子といい,両群の公平な比較を妨げる。交絡の調整は疫学の教科書にゆずるが3,4),このような場合は取りあえず年齢群別の解析を行なうのが良い。年齢はしばしば交絡因子となる良い例であるが,その他にも交絡因子が有りうる。

(3) 全員が同じものを食べた時
 学校給食などでは,全員が同じものを与えられ,全員が食べ切ってしまうことがある。その様な場合には例で示したような食品別のマスターテーブルを作ることはできない。しかし,学校現場では最近は以前ほど必ずすべて食べるように指導していないし,現代の子どもは好き嫌いがはっきりしているのでどの食品でも必ず食べていない人がいるのが通例となっている。主食やそれに準じた食品のような場合には,日別欠席者における患者発生状況などを解析し,曝露があったと推定される機会を決めざるをえない。これは,曝露が起こった日に欠席した者からは1例も患者も保菌者もでないという考えによっている。

(4) 地域での集団発生
 学校や職場での集団発生は探知も容易であり,流行調査も比較的やりやすいが,地域での集団発生の調査はむずかしい。まずは,流行曲線から単一感染源同時曝露か否かを判断し,患者に特有の要因や行動様式を明らかにしながら,特定の感染経路を見つけだす努力をするというのが常道であろう。少数の患者に集って貰って,自分達に共通する経験はないかを話し合わせるというのも一手段かもしれない。ある程度の規模であれば患者対照研究を企画する必要も出てくる。いずれにしても,地域における集団発生についても流行調査を行なって原因を究明し,対策を立てる必要があることはいうまでもない。
 地域における集団感染事例のようにメニューが残されていない場合は,調査が困難である。我々も2日前の夕食のメニューなど覚えていないことが多いので,O157感染症の原因究明にはその程度の記憶では役立たない。従って,このような場合は食生活に関するその人のライフスタイルを聞き,原因究明ための資料とする。具体的には,「外食をよくするか」「焼き肉屋によく行くか」「いきつけの店があるか」「おもに家庭での食材を買う店はどこか」「ここ1か月はどのような料理が多かったか」「食事がでるような特別な催しはなかったか」「職業」などを聞くことになる。散発例にもそのような質問をして,それらの共通原因が推定できる場合もある。注意が必要なのは,牛肉だけではなく様々な食材や料理が感染原因になりうるということである。

(5) 感染源の究明
 感染経路の究明の行き着く所は感染源の究明である。感染源の究明は,流行の根本原因を解明するものであり,防疫上極めて重要であるから,最大の努力が払われなければならない。それには,疫学的な調査とともに,臨床的,試験室的な調査が並行して進められる必要がある。
 感染経路の追求の結果,感染源を突き止めうる場合も少なくないが,不明に終わる場合もある。例えば,飲食店での食事によって赤痢が流行した場合,調理人の中に保菌者または患者がいることがある。しかし,実際に調査してみると,菌検索によって調理人中に保菌者を発見したとしても,それが原因か結果かということになると,本人の隠蔽も加わって判断に苦しむことがある。いずれにせよ原因となった物質がなぜ汚染されたかをできるだけ明らかにし,周囲の同様の問題点をもった給食施設などを指導することによって事件の再発防止に努めることが重要である。


参考図書
1) 丹後俊郎.潜伏期間に対数正規分布を仮定した集団食中毒の暴露時点の最尤推定法.日本公衆衛生雑誌,1998; 45(2): 129-141.
2) 西正美:地域の公衆衛生診断.日本公衆衛生協会.
3) 重松逸造・柳川洋・監修:新しい疫学.日本公衆衛生協会.
4) 日本疫学会編:疫学:基礎から学ぶために.南江堂.

疫学一般 − 日本語
1) 福富和夫・橋本修二:保健統計・疫学.南山堂,\2,400.-.
2) MacMahon and Pugh 著,金子義徳・額田粲・廣畑富雄・共訳:疫学 − 原理と方法.丸善株式会社,\2,300.-
3) 日本疫学会編:疫学:基礎から学ぶために.南江堂.\2,800.-.
4) 日本疫学会編:疫学ハンドブック・・重要疾患の疫学と予防

英語の好きな方のために
1) Gregg MB, ed. Field epidemiology. Oxford University Press, 1996.


1) Anders Ahlbom, Staffan Norell:Introduction to modern epidemiology. Epidemiology Resources Inc., 1990, 102 p.
2) Fox, Hall, Elveback: Epidemiology − Man and disease. MacMillan Publishing Co., Inc., 1970,
339 p.
3) Beaglehole, Bonita, Kjellstroem: Basic epidemiology. WHO, 1993, 175 p.
4) Lilienfeld, Stolley: Foundations of epidemiology, 3rd edition. Oxford University Press, 1994,
371 p.
5) MacMahaon, Trichopoulos: Epidemiology−Principles & Methods, 2nd edition. Little, Brown and
Company, 1996, 347 p.
6) Rothman KJ, Greenland S: Modern epidemiology, 2nd ed. Lippincott-Raven, 1998, 737 p.

(中国語だって)
1) 耿貫一主編:流行病学,第2版.人民衛生出版社,全3巻.
2) 曾光(主編),李輝(副主編):現代流行病学方法与応用.北京医科大学中国共和医科大学聯合出版社.
3) 重松逸造(主編):流行病学方法論(臨床医学家用).人民衛生出版社.




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