第2セッション 予防接種について
3. 予防接種疾患の血清疫学調査


国立感染症研究所 感染症情報センター
予防接種室長  松永泰子


厚生省が伝染病流行予測事業として予防接種対象疾患の血清疫学調査を開始したのは、1962年のことである。当時、ポリオ生ワクチンの導入にあたり、ポリオワクチン研究協議会で実施されていたポリオの感受性調査を引き継いだ形で、ポリオの3つの型に対する中和抗体測定と、それに加えてジフテリア抗体測定(シック反応)がスタートした。その後、1963年にインフルエンザ、1966年に日本脳炎、1970年に風疹、1975年に百日咳、1978年に麻疹が加わった。これらの調査によって、わが国の通常の人々におけるこれら疾患に対する抗体保有状況が明かとなり、予防接種計画の見直しや推進、あるいはワクチンの品質改良に有用な情報を提供してきた。

伝染病流行予測事業は、厚生省結核感染症課と都道府県の衛生部局との協力により実施されてきた。抗体測定に使用する各年齢群別血清の収集と、その血清に関する情報(生年月日、性別、職業、予防接種歴等)の記録は保健所が担当し、全国一定の方法による抗体測定は都道府県の衛生研究所で行った。測定方法の標準化と標準法の伝達、参照血清の提供、全国の測定結果の集計と作表、作図、解析を国立感染症研究所が担当した。報告書は図表に解説記事をつけて、年報として発行され、各衛生部局、衛生研究所宛配付されている。昨年度からは、結果の一部を感染症情報センターのホームページに載せてインターネットで発信するようにした。本日は主として1996年度調査結果の中から、予防接種関連のデータをご紹介する。

●ポリオに関しては、7都県で調査された。に示すように特定年齢群(昭和50年〜52年生まれに相当)で1型に対する抗体保有率が低い。当時のワクチンでは1型の増殖性がやや低かったことと、接種率が低かったことが重なったためと考えられている。ポリオの未根絶地へ渡航する場合は生ワクチンの追加投与を受けるよう、平成8年11月に厚生省は勧告した。現在のワクチンはより改良されており、に示すように1、2、3型すべてに抗体産生能が高い。

●日本脳炎は10都府県で調査された(図)。若年齢層の高い抗体保有率は予防接種の効果であり、高年齢群のそれは、自然感染(不顕性)によるものであろう。当初日本脳炎ワクチンは効果持続が3年程度とされていたことから、接種歴は過去3年を基準として集計してきた。に示したように15歳以上では接種群と非接種群の差が顕著でない。ワクチン製造株が中山株から北京ー1株に変更され、抗体持続が長期になっているためと考えられる。日本脳炎患者の大多数がワクチン未接種の幼児あるいは高齢者であるので、その人たちへの予防接種をどう推進するかが課題である。

●インフルエンザはここ数年抗体調査を行っていないが、新型インフルエンザ対策を踏まえて、今年度再開することとなった。

●風疹は、先天性風疹症候群の防止のために妊娠前の女性を対象として予防接種を実施してきが、現在は流行阻止を目指して男女とも小児および中学生に接種している。それに伴って抗体測定も女性のみから男女ともに変更された。に示すように、自然感染により年齢とともに上昇する抗体獲得を、1977年に始まった予防接種の効果で部分的に押し上げ、それが20年間持続していることが明らかである。1996年度10県による調査でば、女性では30歳代前半まで高い抗体保有率であるが、中学生への予防接種対象外であった男性ではやや低い(図)。予防接種法改正により個別接種となって、中学生の接種率の低下が心配な現状である。抗体保有状況を監視する必要がある。

●麻疹は9歳までを対象として4県のみで実施されたが、今回、県独自に成人まで調査した結果を送付頂き、集計した。5歳以上は90%以上の高い抗体保有率である(図)。若年齢層では特に予防接種効果が顕著である。非接種群では、7歳くらいまでに自然感染により抗体を獲得している(図)。現在の高い抗体保有状況は自然麻疹によるブースター効果による可能性もあり、麻疹流行がなくなった時には、追加免疫が必要になるかもしれない。

●百日咳とジフテリアの調査は1995年度に2都県の独自調査と合わせて計7都道県で実施された。百日咳の発病阻止のためには10単位以上の抗PT抗体価が必要と考えられている。そのためには特に初回接種において、規定回数の予防接種が望ましい(図)。1995年度では1〜3歳でほぼ60%の陽性率であり、1990年、95年の調査と比べて乳幼児での保有率が上昇している(図)。百日咳が重症化しやすい乳幼児へのワクチン接種が実施されてきたことによる。
●ジフテリアの抗体保有率は3歳でほぼ80%に達する(図)。ジフテリアの発病阻止のためには0.01単位以上の抗体が必要とされているが、予防接種初回3回接種以上でほぼ100%抗体獲得された(図)

現在、抗体測定に使用する健康者血清の入手が困難になってきている。事業の意義を十分に説明して理解されるよう努めたい。測定結果は速やかに血清提供者に還元され、全体の集計結果も広く知らせる方式が望まれる。




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