第2セッション 予防接種について
海外渡航者,帰国者,在日外国人への予防接種


東京都立駒込病院小児科医長
高山直秀



1. はじめに
 近年,企業の海外進出に伴う海外赴任者の増加,海外旅行者の増加により年間出国者数は増え続け,昨年は1600万人を超えた。一方で,日本に住む外国人の数も確実に増加している。東京都に例をとれば,昭和53年から平成8年までの18年間に外国人登録数は約11万人から約26万人へ,2.4倍近い増加を示している。この中には特殊な事情にある在日韓国,朝鮮の人々も含まれており,これらの人々を除く外国人登録数は3.7万人から16.8万人へ,4.5倍に増加している。さらに国別に登録数の変化をみると,米国人は約2倍,英国人は約2.6倍の増加であるが,中国人は5.4倍,フィリピン人は18.4倍,タイ人は6.8倍,その他の国の人々も4.4倍に増加している。ほかに外国人登録をしていない在日外国人もいるので,東京都に住む外国人の実数はさらに多いと推測される。
 こうした状況の中で予防接種も従来のように,日本国内に居住する日本国籍の者だけを対象とした施策では対応できない,あるいは対応が困難な事態が生じてきている。

2. 海外渡航者のための予防接種
2-1. 入国に際して要求される予防接種
 現在,入国前に接種を要求される可能性のあるワクチンは黄熱ワクチンのみである。したがって,黄熱ワクチンを必要とする国へ赴任する人以外は個人防衛のための予防接種だけを考えればよい。ただし,米国では各種の教育機関で入学前に種々のワクチン接種を要求しているので,学齢期の子供を持つ出張者や米国留学予定者は注意が必要である。

2-2. 個人防衛のための予防接種
 個人防衛のための予防接種は,日本で勧奨されているワクチンの接種をすべて済ませることが基本となる。これに赴任する地域で罹患する可能性のある病気に対するワクチン接種を加える。また,日本にはあっても赴任先では発生しない病気に対するワクチンは接種を帰国後まで延期してもよい。

 2-2-1.アジア・アフリカ,南米諸国:成人
 アジア・アフリカおよび南米諸国へ赴任する成人に対しては,破傷風ワクチンを第1に行う。昭和43年以前に生まれた人は幼児期に破傷風ワクチン接種を受けていないので,少なくとも2回の接種が必要である。この際,ジフテリアワクチンも追加接種するために,1回をDTで行ってもよい。そのほかに,住居地や仕事の内容によって,A型肝炎ワクチン,狂犬病ワクチン,B型肝炎ワクチン,黄熱ワクチンなどが必要になることがある。またアジア・アフリカ諸国に赴任する成人にはOPVを1回追加したほうがよい場合がある。なお,ガンマグロブリン注射によるA型肝炎予防はワクチンが市販されている現在行うべきではない。

 2-2-2.アジア・アフリカ,南米諸国:小児 
 アジア・アフリカおよび南米諸国に滞在する予定の小児に対しては,日本で勧奨されているワクチンはすべて接種する。アジア・アフリカ諸国へ行くときは日本脳炎ワクチンはできる限り接種する。ただし,南米諸国に行く場合は,南米では日本脳炎の流行がないので,日本脳炎ワクチンの接種を帰国後まで延期してもよい。OPVは合計3回以上接種する。日本で任意接種となっているおたふくかぜワクチンや水痘ワクチンも接種できればしたほうがよい。
 生後2〜3カ月で出国する場合でも,すべてのワクチン接種を赴任後にせず,BCGとOPV1回だけは済ませておきたい。もう少し時間的余裕があるならば,DPTを2回だけでも済ませたい。日本で任意接種も含めて一通り予防接種が済んだ年長児では,OPVを1回追加し,さらに麻疹ワクチンやDTも追加したほうがよい。またBCGが済んでいる児でも,陽転が確認されていなければ,ツベルクリン反応を行い,陰性であればBCGを追加接種する。加えて,滞在地によっては狂犬病ワクチン,B型肝炎ワクチン,黄熱ワクチンの接種が必要になる。現在,小児には接種が認可されていないA型肝炎ワクチンも接種しておきたいワクチンである。

 2-2-3.欧米諸国:成人
 成人に対しては通常破傷風トキソイドまたはDTの接種だけでよい。ただし,風疹や水痘など,いわゆる子供の病気が済んでいない場合,特に妊娠可能年齢の女性では,ワクチン接種をしておいたほうがよい。中でも水痘ワクチンは一般に接種されていない国が多いので、水痘未罹患の成人には男女とも水痘ワクチン接種を勧めたほうがよい。

 2-2-4.欧米諸国:小児
 原則として日本で勧奨されているワクチンをすべて接種する。日本脳炎ワクチンは,欧米では日本脳炎の流行はないので,出国前に必ずしも接種する必要はなく,帰国後まで延期できる。日本では任意接種のおたふくかぜワクチンや水痘ワクチンもできれば接種したほうがよい。生後数カ月で出国しなければならない場合は,すべての予防接種を赴任先で,その国の接種方式に従って受けるのも一つの選択である。ただし,欧米諸国の多くではBCGは結核感染の危険がある人々のみに限定して,一般には接種しない国が多いので,BCGだけは済ませたほうがよい。
 多くの国では,現在日本で接種中止になっている,はしか・おたふくかぜ・風疹3種混合生ワクチン(MMR)を接種している。また国によっては,不活化ポリオワクチン,インフルエンザb型菌ワクチンなど日本で接種していないワクチンを接種している。赴任先の予防接種方式についてあらかじめ説明しておけば,赴任後の不安を軽減できるであろう。

2-3. ワクチンの接種方法:接種間隔と同時接種
 日本では,異なる2種類以上のワクチンを同じ日に接種すること(同時接種)は一般に行われていないが,諸外国ではワクチンの接種機会を逃がさないために,DPTとOPVを同じ日に投与する同時接種が普通に行われている。その他の生ワクチン同士の同時接種,不活化ワクチン同士の同時接種,生ワクチンと不活化ワクチンとの同時接種も可能である。同時接種することによってそれぞれのワクチンの効果が減弱することはないが,副反応は接種したそれぞれのワクチンから出現する可能性があるので,単独接種のときより外見上の副反応出現率は高くなる。海外赴任者や旅行者には時間的余裕がないので,可能なかぎりワクチンを同時接種したほうがよい。

2-4. 海外渡航者への予防接種の問題点
(1) 受診から出発までの時間が短く,必要なワクチン接種を済ませるための時間的余裕がないことが多い。
(2) ワクチン接種機関の多くは小児を対象としており,成人へのワクチン接種を行う機関が少ない。家族ぐるみで相談を受けられる機関はさらに少ない。
(3) 渡航前のワクチン接種はほとんどが自費となるため,経済的負担が大きい。

3. 帰国者への予防接種

3-1. 小児の場合
 実際に問題となるのは,外国滞在中に生まれた,または生まれて間もなく渡航した幼児で,海外で既に数回ワクチン接種を受け,帰国後に追加接種を希望する場合であろう。
 一般にワクチンは同じ名称でも国やメーカーによって組成が異なることが多いので,海外で接種されたワクチンと同一のワクチンを日本で接種することは困難である。通常は同じ種類のワクチンを接種してよい。たとえば,外国製のDPTの追加接種を国産のDPTで行っても問題はない。ただし,インフルエンザb型菌ワクチンのように,外国では一般に接種していても,日本では製造も輸入もしていないワクチンもあり,追加接種の希望にいつでも応じられるわけではない。

3-2. 成人の場合
 成人で問題になるのは,海外で狂犬病危険動物に咬まれ,現地で狂犬病ワクチン接種を数回受けて帰国した場合であろう。この場合は現地で接種された狂犬病ワクチンが組織培養ワクチンであれば,引き続き日本製狂犬病ワクチンを接種してよい。しかし,現地で感染動物脳由来ワクチンの接種を受けた場合には,現地で狂犬病ワクチン接種を受けなかった場合に準じて処置すべきである。

3-3. 帰国者への予防接種の問題点
(1) 外国では接種を受けられたワクチンが日本では接種できないことがある。
(2) 外国では一般に接種していないため接種できずに帰国しても,年齢超過などにより公費負担によるワクチン接種が受けられないことがある。

4. 在日外国人への予防接種
 日本に居住する外国人が増加すれば,医療機関を受診する外国人も増加し,ワクチン接種を希望する外国人も増加して当然であり,予防接種外来でも外国人への対応を考えておく必要がある。

4-1. 言葉の壁
 ワクチン接種の通知は通常日本語だけで書かれている。またワクチンを接種する医療機関でも,接種前に問診表の記入を求められるが,これも通常日本語で書かれている。送付されて来たワクチン接種の通知を正しく理解し,問診表に正しく記入することは,最近増加している,日本語教育を受けずに来日してカタコトの日本語で日常生活をなんとか乗り切っているような在日外国人にとって絶望的に困難なことである。一方,多くの医師や看護婦にとって,こうした人々に接種するワクチンの種類,接種スケジュール,副反応などについて説明することはきわめて困難なことである。そのうえ,以下に記すように,国によってワクチン接種方式が異なるため,ワクチンを接種する側の予防接種の「常識」とワクチンを受ける側の「常識」が一致せず,思わぬ誤解を招く恐れがある。この種の問題を医師や看護婦の個人的な努力で解決することは不可能であり,日本語と中国語,タイ語,ポルトガル語,ペルシャ語などとの対訳問診表を準備する,ボランティア通訳者を募集して派遣する,日本の習慣や種々の制度についてそれぞれの母国語で解説するなど,行政レベルでの対策が必要である。現在部分的 に日本語との対訳になっている,英語,中国語,韓国(朝鮮)語,スペイン語,ポルトガル語版の母子手帳が制作され,一部で使用されている。この種の母子手帳が広く利用できれば,ワクチン接種現場でも非常に有用である。今後さらにタイ語版,ペルシャ語版などの部分対訳付き母子手帳が作られ,利用可能となることが望まれる。

4-2. 諸外国との接種方式の相違
 ワクチン接種方式は,各国の疾患流行状況,歴史的,経済的事情などによって異なっており,日本で実施されている接種方式は国際的に標準的なものではない。在留外国人へのワクチン接種を行うまえに,出身国での予防接種方式を日本の予防接種担当者が知っておけば,無用な誤解を避けることができるであろう。しかし,日本にいながら外国の予防接種事情を知ることはかなり困難である。以下に主な相違点について述べる。

4-2-1. BCG
 韓国、台湾、香港、タイなどのアジア諸国では,BCGの接種時期が日本より早く,生後間もなく,ツベルクリン反応を行わずに接種している。タイでは生後8カ月でツベルクリン反応を実施し、陰性者にはBCGの追加接種を行っている。一方、中国北京市の方式では接種回数は日本と同数であるが、接種時期が日本より早い。また2回目、3回目のBCG接種もツベルクリン反応を行わずに接種しているようである。
 多くの欧米諸国ではBCG接種を一般には行っていない。日本の接種方式に最も近い方式をとっているのはフランスである。ほかに乳児期にBCG接種を一般に行っている国はフィンランドであり、イギリスは一部で乳児期に接種している。 オランダ、ルクセンブルグ、ドイツではBCG接種は結核患者のいる家族、結核の流行地出身の児童や流行地に3カ月以上滞在する人、結核医療関係者などのハイリスク群に限られている。米国では生後12カ月でツベルクリン反応を行い、陽性者には予防内服をさせる方式をとっている。

4-2-2. ポリオワクチン

 アジア諸国では日本と同様にポリオ生ワクチン(OPV)を採用しているが,韓国、台湾、香港、タイでは接種回数が5回(香港の1回目は 型のみ)、中国北京市でも4回と日本より接種回数多い。なお,中国ではポリオ生ワクチンをボンボンに入れて与えている。
 イギリス、ベルギー、米国、カナダではOPVを3〜5回投与している。一方、デンマークでは不活化ポリオワクチン(IPV)を3回接種した後に、OPVを3回投与している。スウェーデン、フィンランドではIPVを採用している。フランスとオランダではDPTとIPVとの混合ワクチンを採用している。

4-2-3. 麻疹ワクチン
 麻疹・風疹・おたふくかぜ3種混合ワクチン(MMR):韓国、台湾、中国ともに乳児期の麻疹予防を考えて麻疹ワクチンを8〜9か月で1回目の接種を行い、12〜15か月で2回目の接種を行い、さらに台湾と中国では学齢期以降に3回目の接種を行っている。香港では生後15カ月でMMRを1回接種するが、麻疹が流行した場合は接種時期を早めることができる。また米国、ドイツ,フランス,オランダ,デンマーク,フィンランドなどでは麻疹ワクチンをMMRとして1歳代と就学前または学童期の2回接種している。日本では麻疹ワクチンは1歳から7歳半の間に1回だけの接種であり,MMRワクチンは,ムンプスワクチン株による髄膜炎が多発したため、接種が中止されて,現在では接種不可能である。

4-3. ワクチンの接種方法および接種量
 ワクチンの接種方法や接種量もまた日本と異なる国々がある。ワクチン接種のまえに,接種部位をアルコール綿で消毒することは日本ではごく普通に行われており,日本人にとっては常識であるが,国によっては常識ではない。たとえばオランダでは局所をまったく消毒せずにワクチン接種しているという。現在日本でBCG接種は管針法で行われているが、諸外国では管針法ではなく、昭和40年代中頃まで日本で行われていた皮内接種法である。またBCGの接種部位も三角筋部ではなく,臀部に皮下接種している国々もある。
 同じ名前で呼ばれているワクチンであっても,国によって成分に相違があることはまれではない。たとえば,DPTに含まれる百日咳ワクチンは,日本では改良された無細胞ワクチンであるが,多くの国々では全菌体ワクチンである。

4-4. 複数ワクチンの同時接種
 現在の日本では,混合ワクチンを除いて,一般に同じ日に2種以上のワクチン接種を行うことはない。一方,諸外国ではワクチン接種の機会を逃がさないために,OPVとDPT,DPTとHib, OPVとDPTとHibなどの組み合わせで同時接種が行われている。OPVとDPTなどの同時接種が「常識」になっている外国人にとって,同時接種が行われず,MMRも接種中止になっている日本の現状は非常に不便で不親切なものに思われるであろう。

5. 外国人登録を行った在日外国人

 日本に入国した外国人は90日以内に,また日本で生まれた外国人は生後60日以内に外国人登録をするように定められている(外国人登録法,第3条)。外国人登録は日本人にとっての住民登録のようなものであり,登録することによってはじめて自治体から地域住民として認識され,自治体からの各種の通知も受けられる。

6. 外国人登録を行っていない在日外国人

 これには各種の入国ビザをもっているが,外国人登録をしていない外国人,および定められた滞在期間を超えて日本に滞在している外国人(いわゆる不法滞在者,以下期間外滞在者)が含まれる。ともに自治体から地域住民として認識されていないので,各自治体から勧奨ワクチン接種の通知が送付されることはない。外国人登録をしていなくとも,各自治体の保健所の予防接種担当窓口で申告すれば,勧奨接種を無料で受けられるような配慮がなされているようである。しかし,期間外滞在者にとっては種々の理由からこうした申告も行いにくい場合が多いと思われる。
 外国人登録もせず,特別の申告もしない外国人の子供はすべての予防接種を自費で受けなければならない。その費用は決して安くないが,子供のためには最少限,BCG1回,OPV2回,DPT4回,はしかワクチン1回は接種を受けるように勧めるべきである。アジア・アフリカ諸国の出身者であれば,帰国前にポリオの追加接種を,また日本脳炎の流行地であれば,年齢によって日本脳炎ワクチンを2回接種したほうがよい。また,このような子供にはDPTとOPVを同時接種するなどして受診回数を減らし,保護者の負担を軽減するように配慮すべきである。

7. 期間外滞在小児に対するワクチン接種
 期間外滞在者の子供に対するワクチン接種は,単に外国人の子供の健康だけの問題ではなく,日本での各種疾患の流行状況にも影響が及ぶ可能性がある。現在日本ではワクチン接種は集団防衛ではなく,個人防衛の見地から実施されているが,個人防衛の集積によって,結果的に集団防衛もまた達成できる。したがって,破傷風や日本脳炎のようにヒトからヒトへの伝播がない感染症は別にして,百日咳,ジフテリア,ポリオ,はしかなどでは,予防接種制度からもれ,ワクチン接種を受けない小児が増加すると,小児集団全体の抗体保有率が低下して,流行の阻止や抑制が困難となる。また現在日本では発生がないジフテリアやポリオが海外から日本に持ち込まれた場合に,ワクチン未接種集団があると,これが足場になって流行が再燃する可能性もある。

8. 今後の望ましい対応策
 望ましい対応策の例
(1) 予防接種も含めて海外赴任者の健康管理を行える医療機関を整備する。ここでは成人,小児の区別をせず,家族単位で医療相談や診療を行えるようにする。さらに,日本では一般に接種されていないワクチンも接種できるようにする。
(2) ワクチン接種にも健康保険を利用できるようにする。
(3) 期間外滞在者の子供たちへの予防接種実施方法を勧奨予防接種とは別に考える。




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