第2セッション 予防接種について
日本と世界の予防接種・現在と将来


国立療養所三重病院院長
神谷 齊


 はじめに
海外へ出かける日本人の数は、年間千数百万人にのぼると報告されている。また海外に在住する日本人の数は80万人近いという事であり、全国各地から出発する人が増えている。また三重県のような地方でも、東京と同様に仕事で海外へ出かける方々は年々増加しているし、また逆に海外からやってくる外国人の人たちも増加している。ワクチン外来には当然いろいろな要望が飛び込んでくる。少なくとも各県単位では何でも相談できるセンターが必要である。

当然出かける国、滞在期間、対象者の年齢、過去の接種歴、職種等によって接種の要望も変わってくる。参考までに私どもの病院の予防接種外来での実態を示す。これらの予防接種の決定は EPI(Expande Program on Immunizationn) のワクチンスケジュールを基準にして行うが、日本人の場合は、日本の方式を念頭に置いて、米国の場合は米国の方式にあわせて行くことになる。韓国の方は日本へ来たあと自国のワクチンの続きを接種してほしいと希望を述べられることも多い。ここではワクチン接種方式の比較をして参考に供したい。また今後の方向についてポリオ根絶等を含めて述べる。

1. 基本接種
世界の予防接種はWHOの提唱するEPI方式を基準としている。我が国では基本6種は全く同一であるがB型肝炎については考え方を事にしている。それはキャリアーが少なく、母子垂直感染ルートを断ち切ってしまえば、あとは輸血と性感染であるが、国内にいる限り問題は限られている。しかし、国際化が進む中今後の考え方には色々意見もあろう。

日本の接種で特徴的なことは、アジア地域に流行する日本脳炎ワクチンが定期接種になっていること、ほとんどの先進国が麻疹ワクチンはMMR方式で実施しているにもかかわらず、単味で接種していることであろう。

世界のレベルではMMRワクチンは先進国の定番になっている。また、Hibワクチンも多くの国に導入されている。その他発展途上国では国の状況によって異なるが、狂犬病、黄熱病、コレラ等のワクチンも要求される場合がある。

2. 接種時期と接種方式
表2に示した如くわが国とは状況を多少異にしているのは移行抗体の消失時期、それぞれの感染症の頻度によっているからである。またコストベネフィットにもとづいた接種効果と経済性を検討し、副反応も含めて考え方が異なっているからである。EPIの方式が基本的には採用されているが、米国ではさらに独自に設定しており、徹底した予防接種を推進している。

接種方式で我が国が独自なのはBCGで、管針法を採用しているのに対し、世界の国々では皮下接種を実施している。また、BCGは米国のように接種していない国もある。

ポリオワクチンも我が国では生ワクチン2回法であるが、ほとんどの国では3回以上の投与をしている。また最近は米国も含め、フランス、カナダ、デンマーク、スウェーデン、オランダ等は不活化ポリオワクチン単独又は不活化+生ワクチン方式に変更している。今後2001年のポリオ撲滅宣言を向かえるに当たり、我が国でも議論が高まるものと思われる。

3. 海外のワクチンの品質と渡航に関する準備等

我が国のワクチンはかなりハイレベルの安全なワクチンと考えられている。先進諸国では我が国と比較しても特に品質等の問題はないが、例えば百日咳についてはまだ全菌体ワクチンを採用しているところもある。また発展途上国については、レベルが色々であり国を特定して議論しないといけない。出来れば出発前に済ませて行くことを進めたいが、日本の企業は辞令が出てから出発まで2週間程度の所もあり十分時間がとれないことも多い。参考までに表3に国立療養所三重病院で対応しているワクチンの接種状況を示しておく。

何れにしろ予防接種を積極的に受けていれば追加分も少なく間に合うが、こどもの留学が決まったとたんに今までのワクチン反対論者で拒否してきた保護者が、急に慌ててワクチン接種をどうしても何日までにやってほしいと来院する姿を見ると、日本人の公衆衛生思想の貧しさにあきれることがある。

4. 予防接種率に関する考え方
予防接種法の改正で個別接種になったために、接種率が下がったという意見が出ている。乳幼児ではむしろ高くなってきているが、小学校6年生で実施するDT、中学校で実施する風疹、日本脳炎の接種率の低下が見られていると言われている。その理由として、親が付き添うことに決められているから来にくいとする意見が多い。医師の意見を調査してみると、2つに分かれており、小学校高学年以上は事前に親の承諾を得ておけば、付き添いは不要であるという考え方と子どもの健康管理は保護者の努力義務であり、一生に何回としか無い機会に家族の健康教育を考え、かかりつけ医と話し合うぐらいの責任はあっても良い。万一副反応が起こったときも理解が得易いという意見がある。特に風疹については中学生だけでも集団接種に戻してはどうかという意見もある。

予防接種法の改正により接種機関が90ヵ月迄延長されたことにより、摂取率の算定が今までの方法では出来なくなった。従って例えば一歳半、三歳、小学校入学前、卒業前、中学校卒業前等が、接種状況を知る良いチャンスであろう。表4に現在入手出来る、定期接種に関するいくつかの方法による摂取率を示した。どれが正確か分からないが、研究班の調査は集計は途中であるがかなり近似値がでているものと思われる。いずれにしろまだ全国一律に個別接種にはなっていないし、対象の取り方も不一致であるのでこのような結果になるものと思われ、このような段階で結論を急ぐのは良くないと考える。確かにこの表で見ても、高学年の摂取率が低いことは確かである。しかし、私は予防接種法改正の本質を考えた場合、安全に予防接種をすることと、病気の予防の重要性を国民に浸透させてゆくことが一番大切な問題であり、姑息的解決策は採るべきでないと思っている。米国、英国、フランス、スウェーデンなど日本と同様の先進国が、予防接種を義務としておらず勧奨である。国民が自覚をして接種しているわけである。我が国は国民は全員字も読め、教育程度も高く、正しい判断が出来る能力を持っ ている。また、私達は予防接種率がさがれば、必ずその病気が流行することも既によく知っている。保健、教育、医療等あらゆる機会を通じて、予防接種の必要性を理解させる努力をするべきである。

我が国の接種率の維持は世界の国から注目され、日本人の叡知が問われていると云って過言でない。小児科学会予防接種委員会でも、この点の議論は進めて行くが、風疹については結婚・妊娠前に抗体をチェックする機会を得られるので、産科の先生方の協力も得れば、先天性風疹症候群対策は現状でも可能と考える。今後どうするかは医師のみが考えるのではなく、社会の問題としてもっと議論を尽くすべきである。

5. 予防接種の将来
世界レベルではポリオの撲滅のターゲットを2001年と決め最終段階に入っている。それに続いて麻疹の撲滅に向けて前進することになろう。

我が国では平成11年に予防接種法の見直しが検討されることになっている。感染症予防法の動きとも合わせ、今後検討されるであろう。個別接種の推進はさらに前進する事になるし、市町村県の枠を越えた接種体制の確立、予防接種手帳の独立、予防接種の啓発等が重要課題になるであろう。21世紀は病気の予防を積極的に推進する事になることが期待される。





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