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 感染症の話 1999 年第51/52週合併号(12月20 日〜1月2日)掲載

 
◆クリプトスポリジウム症

 クリプトスポリジウム(Cryptosporidium)は従来からウシ、ブタ、イヌ、ネコ、ネズミなどの腸管内寄生原虫として知られてきたものであるが、ヒトでは1976年にはじめて重症腸炎症例患者から報告された。1980年代に入ってからは後天性免疫不全症候群(AIDS)での致死性下痢症の原因微生物として注目され、その後ほどなく免疫機能正常者にあっても一過性であるがさまざまな程度の非血性水様下痢症の原因となることが明らかとなった。本症に関しては散発例よりもむしろ、水道水や食品を介した集団発生が重要となる。特に、米英両国では1980年代中頃から頻繁に水系汚染に伴う集団発生が報告されるようになっている。その中で最大規模のものは1993年の米国ウイスコンシン州ミルウオ−キ−市での事例で、40万人を超える住民が感染した。わが国では1994年に神奈川県平塚市の雑居ビルで460人余の患者が発生し、1996年には埼玉県越生町で町営水道水が汚染されて8,800人におよぶ町民が被害を被っている。
図1 .Cryptosporidium 感染マウス腸管の電子顕微鏡像 図 2 . Cryptosporidium の生活史

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疫 学  
 ヒ トおよび家畜における感染状況は国によりそれぞれ異なるものの、汚染自体は世界的に広がっている。1997 年にまとめられた文献調査によると発展途上国では健常人下痢症の6.1%が、先進国では2.1%が本原虫の感染に起因していたと言う。HIV 陽性者ではそれぞれ下痢症の24 %および14 %が本原虫によるものであった。一方、ウシを中心とした調査では患畜を含めると非常に高い感染率となっている。調査範囲が限られるがわが国でも下痢の症状を呈すウシ、特に仔ウシから検出されており、畜産の分野では必ずしもまれな病気ではない。また、イヌ、ネコなどからの報告もある。
 ちなみに上述の集団感染事例を除いたわが国での散発例はきわめて少なく、ある集計による1986 年から1997年1月までの全症例数は37 名で、その内訳は海外旅行者13 名、エイズ患者12名、獣医学関係学生(感染牛との接触)9名となっている。

病原体 
 Cryptosporidiumは胞子虫類に属する原虫で、人への感染は主にC. parvumである。AIDS患者ではC. baileyi やC. muris、その他の感染の可能性が否定できない。C.parvumは腸管上皮細胞の微絨毛に侵入して寄生体胞を形成する。寄生体胞内では無性生殖により8個のメロゾイトが形成される。遊離メロゾイトが再び微絨毛へ侵入・寄生することで著しく数を増す。メロゾイトのうちあるものは有性生殖の過程へ移行して雄性および雌性生殖細胞に分化する。受精により直径4〜5μmのほぼ球形のオーシストが形成され、中に4個のスポロゾイトが発育する。この時点で感染性を有するようになる。微絨毛から脱離したオーシストはその場でスポロゾイトを放出して自家感染を繰り返すか、糞便とともに外界へ排泄されて水や食品に混じって新たな感染を起こす。接触感染の可能性もある。なお、感染者一人が排出するオーシストは1010(10の10乗)個にのぼると言われている。

臨床症状
 免疫機能正常宿主: 正常生体に発症した症例の臨床症状は下痢(主に水様下痢)、腹痛、倦怠感、食欲低下、悪心などが挙げられ、軽度の発熱を伴う例もある。下痢は非血性で、一日数回程度から20回以上の激しい症例まで多様で、数日から2〜3週間持続する。抗生物質は無効であるが、健常人では自然治癒する。原因微生物が検出されない旅行者下痢症、あるいは既知の腸管系病原体を検出した症例にあっても説明のできない腹部症状が持続する場合にはGiardiaとともに本症を考えるべきであろう。また、集団下痢症にあっても通常の病原体が検出されない場合には本症の可能性を念頭において検査を進める必要がある。
 AIDS: Cryptosporidium による一カ月以上続く下痢症はAIDS発症の指標疾患の一つである。すなわち、この原虫は免疫不全宿主に重症・難治性・再発性・致死性下痢症を発症させる。下痢は非血性であり、その程度は軟便・泥状から水様便までさまざまであるが、免疫不全の進行とともに重症化する傾向がある。重症例ではコレラに見られるような大量の水様便や失禁を伴う症例が報告され、このような例では本感染症が直接死因となることが多い。治療にあたってはいくつかの有効性が期待される薬剤が使用されるが、効果が証明されても一過性であり、多くの場合に再発、再燃が観察される。免疫不全の進行や投薬の中止とともに症状が増悪する。正常宿主での感染部位は腸管、とくに小腸であるが、AIDSでは腸管外病変として胆嚢、胆管や呼吸器系疾患も報告される。

病原体診断
 クリプトスポリジウムの診断は検便でオーシストを検出することによる。 急性期の患者便では多数のオーシストを含むが、きわめて小さいために通常の顕微鏡観察では見落とされる危険がある。遠心沈殿法やショ糖浮遊法により集オーシストを行い、蛍光抗体法、抗酸染色、ネガティブ染色などの染色標本を作製することが望まれる。最も高い検出感度の期待できる方法は蛍光抗体染色で、簡便な染色用キットが市販されている。
 詳しくはhttp://www.nih.go.jp/~tendo/atlas/japanese/crypt.html 等を参照されたい。

図3 .C.parvum オーシストの微分干渉像 図 4 .C.parvum オーシストの蛍光抗体染色像
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治療・予防
 正常免役機能を有した生体での本症は抗微生物薬による特異療法を行わなくとも下痢症は自然治癒する。下痢の程度が軽度である場合には非特異的治療法である(1)食餌制限と (2)水・電解質の摂取(WHO処方によるORSで、いわゆるスポ−ツ飲料水がこれに近い組成)を行う。これにくわえて鎮痙剤、激しい下痢症例では止瀉剤も用いられる。
 AIDSに合併した症例の長期間持続する下痢症に対してはパロモマイシン2グラム・3週間、経口投与が行われる。症状が寛解した段階でパロモマイシンの維持投与を行うこともある。
クリプトスポリジウムは強い感染力を持ち、米国で行われたヒトの感染実験では130個程度の経口摂取で人の半数が感染している。ちなみに、1個のオーシストの摂取で感染する確率は0.4%と計算されている。この原虫は水中で数カ月程度は感染力が衰えず、しかも直径4〜5μmと小型であるため浄水場における通常の浄水処理で完全に除去することは困難とされる。さらに、塩素消毒にも抵抗性であることから水道に用いられている消毒では死滅しない。HIV感染者をはじめとする免疫機能低下症あるいは将来的にその可能性を持つ患者にあっては、可能な限りナマ物や煮沸消毒されていない水道水の摂取は避けるべきである。


発生動向調査について
 感染症新法で第4類感染症の全数届け出疾患とされた。報告のための基準は以下の通りである。
 ○診断した医師の判断により、症状や所見から当該疾患が疑われ、かつ以下のいずれかの方法によって病原体診断がなされたもの。
  ・病原体の検出
   例:糞便などからの検鏡による原虫(オーシスト)の証明など

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この記事は、2001年第52週にて改訂しました。

 

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