|
感染症の話トップページへ戻る
感染症の話 1999 年第43週(10月25 日〜31 日)掲載
◆ペ ス ト
1899年に、神戸港に上陸した船倉ネズミによってペストが日本に輸入されてから27年間に、大小の流行が起こり、約3,000人のペスト患者が発生した。しかし、それ以後絶滅に成功したのは、防疫当局が民間と協力して捕殺ネズミ対策に全力を尽くし、ペストが家住性ネズミ集団から山野に生息する齧歯類集団に移行するのをくいとめたためである。以来73年間患者の発生がないため、日本においては、ペストは過去の病気として一般的に考えられていた。しかし、昨今事情が変わり、ペスト菌常在地域の存在する森林原野も人間によって開拓が進み、近年ますます、野生動物と人間との直接的、間接的接触が増え、その結果、世界のペスト患者は近年、特に1991年を機に増加の一途を辿っている。日本においても、海外との交流が盛んになり、ペスト菌常在地域を訪れる商社マンやジャ−ナリスト、観光客等も増えている。また同時に、日本市場の自由化に伴い、ペスト菌常在地域からの資材や食物だけでなくペットの輸入も顕著に増加しているため、これからは検疫体制のすき間をすり抜けて流行地から日本に散発的或いは集団的にペスト患者、ペストネズミやペスト感染ペットが輸入される機会が無いとは言い難い。アメリカのCDCは輸出予定のプレリードッグがペストに感染して多量に死んだ事実から、危険性を察知し、プレリードッグの輸出入および販売を禁止するようにすべての州に勧奨している。
疫 学
ペストは、本来、森林原野のペスト菌常在地域に生息する齧歯類、特にネズミ科やリス科の動物に罹る病気で、蚤を介して齧歯類間では常に流行を繰り返している。しかし、時には、地震や水害などによる環境の悪化により、田畑や家住に住むネズミ属にもペストが伝播し、人居住区でも人ペスト患者が発生するようになる。又、少数ではあるが流行地でペスト菌感染蚤から猫、犬、熊、ラクダ、豚等への感染や、これらのペットや家畜から人への感染事例も報告されている。
現在、危険なペスト菌常在地域があるのは(1)アフリカ、特に南東部の密林地帯(タンザニヤ、マダカスカル、ザイ−ル、ウガンダ、ケニヤ、ジンバブエ、マラウイ、ベツワナ)、(2)中国の雲南地方・蒙古地方・ヒマラヤ山脈周辺のアジヤ地域(中国、ベトナム、ミャンマ−、モンゴリア、カザフスタン、インド)、(3)北米南西部ロッキ−山脈周辺(アメリカ)、(4)南米北西部アンデス山脈周辺(ブラジル、ペル−、ボリビア、エクワドル)等である。1996年のWHOの報告によるペスト患者3,017人(死亡者205人)を地域別に見ると、85.4%をアフリカ大陸、12.8%をアジア大陸、1.8%を南北アメリカ大陸が占めている。国別ではマダカスカル(世界の54.9%)、タンザニア(31%)、ベトナム(9%)、中国(3%)である。
昨今、ペスト菌常在地域の存在する森林原野にも近代化が訪れ、ペスト患者は近年、特に1991年を機に増加の一途を辿り、1992年〜1996年の5年間のペスト発生件数は過去15年間の発生件数の54%にも相当する。増加しているペストの多くは比較的予後の良い腺ペストであり、早期診断と適切な治療が必要な所以である。
臨床症状
ペストは腸内細菌科に属するグラム陰性桿菌のYersinia pestis に起因する病気で、感染経路や臨床症状から腺ペスト、肺ペスト、敗血症ペストに区別される。
(a)腺ペスト
腺ペストは人ペストの80-90%を占め、ペスト菌感染ネズミに吸着した蚤に刺されて感染するが、稀に、感染した人あるいは動物(齧歯類)及びその糞等への接触により、傷口や粘膜から菌が侵入して感染する場合もある。経皮に侵入したペスト菌は、鼠蹊部、腋窩、頚部等のリンパ節に伝播後急激に増殖し、リンパ節は壊死を起こし、膿瘍を形成し、クルミないしアヒルの卵大に腫大する。それと同時に、急激な発熱(38℃以上の高熱)、頭痛、悪寒、倦怠感、不快感、食欲不振、嘔吐、筋肉痛、疲労衰弱等の強い全身性の臨床症状を起こす。
(b)敗血症ペスト
次に多い敗血症ペストは全体の約10%を占め、ペスト菌が経皮感染してから局所リンパ節に侵入後、局所症状はないまま、リンパもしくは血流を介して脾臓、肝臓等全身に伝播し、菌が増殖して最後に敗血症を起こし、急激なショック症状(昏睡、手足の壊死、紫斑等)を起こして通常2-3日で死亡する。
(c)肺ペスト
腺ペスト末期や敗血症ペストの経過中に肺に菌が侵入して肺炎を続発し、肺ペストを起こす。肺ペスト患者から排出されたペスト菌エーロゾルを吸い込んだ人が二次的に肺炎を起し、それが更なる感染源になり、人から人への急速な伝播が起こる。非常に稀ではあるが最も危険性が高い。強烈な頭痛、嘔吐、39-41℃の発熱、急激な呼吸困難、鮮紅色の泡立った血痰を伴う重篤な肺炎像を示し、2-3日で死亡する場合が多い。
(d)ペスト疑い例及び確定例への対応
ペスト様臨床所見を呈する患者を診た場合には、問診から、症状が出る15日以内にペスト流行地やペスト菌常在地域近辺にいたかどうか、蚤による咬傷が有るか等を聞き取ることが臨床診断の判断のひとつとなる。ペストであることが疑われた場合には、「感染症新法」に基づき1類感染症としての届け出、および第1種感染症指定医療機関への入院が必要となる。その後、実験室診断のための検査用材料(血液、リンパ節、痰等)を採取し、
直ちに、抗生物質等による治療を開始することが必要である。
病原診断
(a)鑑別診断
臨床症状が、肺ペストと似ているBurkholderia pseudomalleiや腺ペストに類似し、且つペストと共通抗原決定基を持つFrancisella
turalensisniについてはYersiniapestisと鑑別試験を行う必要がある。鑑別試験は菌が分離されている場合は一般的同定試験によるが、病原性因子を対象としたPCR法や、患者血清が入手されている場合にはウエスタンブロット法でも行なうことができる。
(b)ペスト菌の同定
A. 核酸増幅法(PCR)によるペスト菌の迅速診断
ペスト菌に特異的な3種類の病原性因子caf1、yopM、plaに対するプライマーを用いたマルチプレックスPCRを行う。ペスト菌のみにcaf1、pla、yopMのプライマーに対応する171bp、480bp、
565bpのDNA断片が増幅される。この方法は迅速性において優れている。
B. 確定診断
確定診断は、臨床検体からペスト菌を分離しその同定を行うことである。簡便法として、臨床検体を用いてのグラム染色あるいはwayson染色像から明らかな極小体を示すグラム陰性捍菌を見出したり、あるいは莢膜抗原に対する抗体を用いた蛍光抗体法で陽性を示したりした場合にはペスト菌である可能性が高い。
(c)血清診断
診断用抗原(Fraction 1抗原)を用いて、患者血清中の坑fraction 1抗体価がpassive haemagglutination
test で16倍以上高くなった場合は陽性とする。尚Yersinia pestisに対する抗体は Yersinia pseudotuberculosis,
Francisellaturalensis, と交差反応を示すので、更に診断用抗原を用いてSDS-PAGEからウエスタンブロットを行い、ペスト菌のFraction
1抗原に対応する18kDaのバンドが検出された場合には、ペスト菌感染と疑似診断される。
治 療
ペストには抗生物質が非常に良く効き、早期治療を行えば治癒可能である。
(a)WHO、CDC、および国立感染研が提唱している抗ペスト薬
a . ストレプトマイシン・・・・すべてのペストに最も効果があるが、副作用に注意して使用すること。
b.テトラサイクリン・・・・・腺ペスト及び肺ペストに効果がある。
c. オキシテトラサイクリン・・テトラサイクリンと同様な効果がある。
d. クロラムフェニコール・・・ペストによる髄膜炎を起こしている時に用いる。
治療期間はすべての抗生物質において10日を超えないこと。
(b) 新抗ペスト薬
ニューキノロン系の抗菌薬は全般的にペストに対して優れた効力を示し、その中でも特にレボフロキサシン、スパルフロキサシンが優れているので、副作用(腎障害、耳力障害)の強いアミノグリコシド系よりペストの治療に期待が持てる。
予 防
(a)抗菌剤の投与
患者と直接接触した人や、 肺ペスト患者に接近した人のような発病する可能性の高い人に対しては、抗菌薬(テトラサイクリン系やST合剤等)の予防投与が勧められている。
(b)ワクチンの接種
ペスト流行地(ペスト菌常在地域又はその周辺を含む)における医療従事者、患者検体を取り扱う技術者、JICAやWHOの専門家等、並びに海外協力隊員や自衛隊員等の野外作業員等、また時には流行地に赴任したジャ−ナリスト、商社マン等も含めて、ペスト菌に濃厚に暴露される可能性が高い人はワクチンの接種を受けることが勧められている。
発生動向調査について
ペストは、感染症新法において1類感染症に分類されており、診断した医師には直ちに最寄りの保健所長を経由して都道府県知事に届けることが義務づけられている。
報告のための基準は以下の通りである。
○診断した医師の判断により、症状や所見から当該疾患が疑われ、かつ、以下のいずれかの方法によって病原体診断がなされたもの
(材料)臨床材料(血液、リンパ節腫吸引物、痰、組織等)
・病原体の検出
例:ペスト菌(Yersinia pestis)の分離・同定(染色後塗沫標本の検鏡も参考となる)など
・抗原の検出
例:エンベロープ(Fraction 1抗原)抗原に対する蛍光抗体法など
・病原体の遺伝子の検出
例:ペスト菌特異的遺伝子のPCR法による検出など
○当該疾患を疑う症状や所見はないが、病原体か抗原が検出されたもの
(病原体や抗原は検出されず、遺伝子のみが検出されたものを含まない)
○疑似症の診断
・臨床所見、ペスト流行地への渡航歴、齧歯類に寄生しているノミによる咬傷の有無を参考に診断し、また、以下の鑑別診断がなされたもの
(鑑別診断)
Burkholderia pseudomallei(臨床症状が肺ペストと類似)
野兎病(臨床症状が腺ペストに類似し、かつ共通抗原決定基を持つ)など
なお、血清抗体価については診断の参考として用いることができる(抗Fraction
1抗体価がpassive haemoaggltuination test (PHA) で10倍以上が目安)
IDWRトップページへ戻る
|