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2003年第26週号(2003年6月23日〜29日)掲載

ハンタウイルス肺症候群
(Hantavirus pulmonary syndrome;HPS )

 1993年米国南西部で、肺水腫を伴う急性の呼吸困難による死亡がナバホインディアンのあいだで複数報告された。腎症候を伴わず、急性の呼吸器症状を示し約50%が死亡したが、病因ウイルスはハンタウイルスであった。このハンタウイルス肺症候群(HPS )は、1995年から南米でも報告された。1993年から2002年6月までの米国での発生例は、累積で318例であり、31州で報告されている。また、致死率は37%である。
 ハンタウイルス感染症は、ネズミを自然宿主とするハンタウイルスによる人獣共通感染症である。
 HPS 、腎症候性出血熱(HFRS、Hemorrhagic fever with renal syndrome )ではヒトからヒトへの感染が起こらないと考えられている。今のところHPS の患者発生は、南北アメリカでのみである。
 我が国では、1970年代半ばから国内各地の医学系動物実験施設において、ラット取扱い者の間に腎症候、出血傾向を伴う不明熱の患者が相次いで発生した。韓国高麗大学の李等が、1976年に韓国の流行地のセスジアカネズミから病因ウイルスを初めて分離し、ハンタン(Hantaan)ウイルスと命名した。そして、ハンタンウイルスの仲間に起因する疾患をHFRS と統一して呼ぶこととなった。
 米国においてはガイデユセック等により、ハタネズミのあいだにハンタウイルスが保有されていることが示されたが、動物学者などに抗体保有は認められたものの、ヒトに対する病原性は不明であったため、HPS の発生をみるまではあまり問題視されていなかった。

疫 学

(写真)シカ(ディア)マウス、(Peromyscus
maniculatus)National Audubon Society, Field
Guide to North American Mammals

(表)主要なハンタウイルス

 1993 年、米国南西部で出現したHPS の病因ウイルスはシンノンブル(Sin Nombre )ウイルスで、これを保有するネズミはシカ(ディア)マウス(Peromyscus maniculatus(写真)である。このネズミは北米大陸に広く分布しているポピュラーな種で、生息数も多い。また、人家に入りやすい性質がある。他に、シロアシマウス、コットンラット等のネズミ種のあいだに保有されていることが判明した(表)

 米国のHPS は、1993年から2000年3月までの累積では238例で、平均年齢は37歳、男性が144例、183例が白人、49例がアメリカインディアンで、致死率は42%であった。回顧的調査から、少なくとも1959 年にはすでに発生していたと考えられる。2002 年6月までの累積では318 例で、31州で報告され、致死率は37%であった。
 カナダではアルバータを主として、西部で多く発生している。1994 年から1999 年に32 例がみられ、うち12例(38%)が死亡した。平均年齢は39 歳で、男性が19例(60%)であった。
 1995 年に、南米アルゼンチンで29 例のHPS が報告された。また、1996 年の春には18例の報告があった。病原性はシンノンブルウイルスと同様に強く、アンデスウイルスと呼ばれる。他に、ブラジル、パラグアイ、ウルグアイ、ボリビアおよび中米パナマで報告されている。これまでに少なくとも、アルゼンチンで191例、ウルグアイで15 例、チリで70例、パラグアイで34例、ブラジルで12例の報告がある。
 HFRS や北米のHPS のハンタウイルス感染症では、ヒトからヒトへの感染が起こらないと考えられている。
 ところが、1996年9月の南部アルゼンチンのケースでは、住民および訪問者18例と、患者と関わったが当地を訪れていない2例のHPS が発生し、致死率は50%であった。ネズミとの接触が考えられず、ヒトからヒトへの感染が起こった例であり、ウイルス学的証拠も示され重大な問題となった。その後は終息し、再発生は起こっていないが、今後引き続き注意を要する点である。

病原体
 病因ウイルスはブニヤウイルス科の5番目の新しい属であるハンタ(hanta)ウイルス属に分類されている。RNAウイルスでマイナスの1本鎖であり、3分節である。80‐ 120nm の球形粒子でエンベロープを有する。粒子表面には、G1, G2と呼ばれる糖タンパクのスパイク構造を持つ。
 ハンタウイルスはネズミ媒介性で、節足動物媒介性はないと考えられている。ネズミは不顕性感染している。ウイルスは宿主ネズミの種との関係が強く、同一種のネズミに特定の抗原性状を示すウイルスが保持されている。
 ウイルスはネズミの糞、尿中に排出される。多くは、新鮮な糞または乾燥した糞、尿中からエアロゾルとしてウイルスを吸い込むことにより感染するが、ネズミの咬傷でも感染する。さらに、ネズミに触れたものを介して鼻、目または口を触れることでもおこると考えられる。

臨床症状
 HPS の臨床症状は頻呼吸、頻脈、下背部疼痛、肺の両側性間質性の浸潤による呼吸困難が特徴的である。ほとんどの場合、咳や38〜40度の発熱、筋痛、悪寒がみられ、嘔気、嘔吐、下痢および倦怠もよくみられる。症状は急速に進行し、呼吸困難となる。潜伏期は一般的には2週間である。
 一方、HFRS では軽度の腎症から重度の腎機能不全を示し、急性期のショック症状で死亡することも見られる。

病原診断

1)HPS ウイルスに対するIgM,IgG 抗体の間接蛍光抗体法、酵素抗体法による測定、2)組織免疫化学的手法を用いて、組織中に存在するウイルス抗原の検出、3)RT‐ PCR 法による遺伝子断片の遺伝子配列決定、などが行われる。
 ネズミを捕獲し、サンプリングする場合は、エアロゾル対策を立てて実施する必要がある。病原体の取扱いは、バイオセーフティレベル(BSL)3、または4である。診断にあたっては、ネズミとの接触があったかどうかを必ず聞く必要がある。

治療・予防
 早期の集中治療が必須で、ICU 搬送中に酸素分圧が低下するのを防がなければならない。酸素飽和度、体液バランス、および血圧を注意深くモニターする必要がある。
予防としては、1)ネズミの尿や糞で汚染されたほこりや食物をさける、2)流行地でのキャンプ等のアウトドアの活動はハンタウイルスを考慮し、ネズミ対策をたてる、3)南北アメリカ大陸の発生地域に出かける場合は、HPS についての現地の情報をチェックする、などで特にネズミとの接触について十分に注意する必要がある。
 日本にはシカネズミの仲間は生息していない。ドブネズミのように海外から日本へ持ちこまれる可能性は、極めて低いと考えられる。

感染症法における取り扱い
 ハンタウイルス肺症候群は4類感染症全数把握疾患に定められており、診断した医師は7 日以内に最寄りの保健所に届け出る。報告のための基準は以下の通りである。
○診断した医師の判断により、症状や所見から当該疾患が疑われ、かつ、以下のいずれかの方法によって病原体診断や血清学的診断がなされたもの
  ・病原体の検出
   例:ウイルスの分離など
  ・病原体の遺伝子の検出
   例:PCR 法など
  ・病原体に対する抗体の検出
   例:免疫蛍光法やELISA 法でのIgM,IgG の検出など

【参考文献】
1)Kruger, D. H., Ulrich, R., and Lundkvist, A. Hantavirus infections and their prevention. Microbes and Infection, 3:1129‐1144, 2001
2)Nicol, S.T., Spiropoulou, C.F., Morzunov, S, Rollin, P. E., Kaiazek, T.G., Feldmann, H., Sanchez, A., Childs, J., Zaki, S., and Peters C. J. Genetic identification of a hantavirus associated with an outbreak of acute respiratory illness.Science, 262:914‐917,1993
3)Padula, P. J., Edelstein, A., Miguel, S. D. L., Lopez, N. M., Rossi, C. M., and Rabinovich, R. D.
Hantavirus pulmonary syndrome outbreak in Argentina:Molecular evidence for person‐to‐person transmission of Andes virus.Virology, 241: 323‐330,1998
4)Arthur, R. R., Lofts, R. S., Gomez, J., Glass, G. E., and Childs, J.E.Grouping of Hantaviruses by small(S)genome segment polymerase chain reaction and amplification of viral RNA from wild‐caught rats. Am. J. Trop. Med. Hyg., 47:210‐224, 1992
5)http://www.cdc.gov/ncidod/diseases/hanta/hps/


(国立感染症研究所バイオセーフティ管理室 杉山和良)

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この記事は、2000年25週 掲載を改訂して発行しました。

 

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