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2002年第40週号(2002年9月30日〜10月6日)掲載

◆後天性免疫不全症候群(後編) *前編は39号に掲載

 

臨床症状
 HIV 感染の自然経過は急性初期感染期、無症候期〜中期、エイズ発症期の大きく3期に分けられる(図5 、表2)

図5. HIV 感染の臨床経過(模式図)

表2. HIV 感染症のCDC 分類

1)急性初期感染期:HIV 感染成立の2〜3週間後にHIV 血症は急速にピークに達するが、この時期には発熱、咽頭痛、筋肉痛、皮疹、リンパ節腫脹、頭痛などのインフルエンザあるいは伝染性単核症様の症状が出現する。症状は全く無自覚の程度から、無菌性髄膜炎に至るほどの強いものまで、その程度は様々である。初期症状は数日から10週間程度続き、多くの場合自然に軽快する。
2 )無症候期〜中期:感染後6〜8週で血中に抗体が産生されると、ピークに達していたウイルス量は6〜8カ月後にある一定のレベルまで減少し、定常状態となり、その後数年〜10年間ほどの無症候期に入る。無症候期を過ぎエイズ発症前駆期(中期)になると、発熱、倦怠感、リンパ節腫脹などが出現し、帯状疱疹などを発症しやすくなる。
3)エイズ発症期:抗HIV 療法が行われないとHIV 感染がさらに進行し、HIV の増殖を抑制できなくなり、CD4 陽性T 細胞の破壊が進む。CD4 リンパ球数が200/mm3 以下になるとカリニ肺炎などの日和見感染症を発症しやすくなり、さらにCD4 リンパ球数が50/mm3を切るとサイトメガロウイルス感染症、非定型抗酸菌症、中枢神経系の悪性リンパ腫などを発症する頻度が高くなり、食欲低下、下痢、低栄養状態、衰弱などが著明となる。エイズを発症して未治療の場合の予後は2 〜3年である。

[話題3 −エイズの発症機構に関する新知見]
 HIV 感染の無症候期には、血中のウイルス量は見かけ上安定しているが、決して他のレトロウイルス感染症における潜伏期のような静的な状態ではない。最近の研究によって、HIV は体内で1日当たり10億個から100億個の速さで産生され、一方、それに見合うだけのCD4 陽性T 細胞が産生され、感染し破壊されるというダイナミックな過程が感染者の体内で日々繰り返されていることが明らかにされた。また、HIV 感染の主要な場はリンパ節であるが、リンパ節の中では感染の早期からウイルスの増殖とリンパ濾胞の破壊が進行している。このようにウイルスと免疫系とのたゆみない攻防の末、ついには免疫系が破綻し、エイズが発症するものと考えられる。
 なお、無症候期に定常状態になった時のウイルス量(ウイルス・ロード)をウイルス学的セットポイントといい、この値がその後の予後に重要な関係があり、セットポイント時のウイルス量が多い程エイズを発症しやすいことが明らかにされている(図5)

[話題4 −HIV 感染やエイズ発症に対する抵抗性の遺伝的背景に関する最新知見]
 これまで男性同性愛者や売春婦の中で、非常にリスクの高い性行動をしているにも拘らず、感染から免れている人々(exposed‐uninfected)が存在することや、一方ウイルスに感染しているにも拘わらず、15年以上の長期間にわたってエイズの発症から免れている−いわゆる長期未発症者(long‐term non‐progressor、LTNP)が存在することが明らかにされていた。しかし、このような現象がどのような要因によるものかについては、これまで決定的な解答を見い出すことはできなかった。このような感染・発症抵抗性の遺伝的背景の一部として、コレセプター遺伝子など宿主遺伝子の多型性が関与していることが最近急速に明らかになってきている。CCR5 Δ32 (CCR5 遺伝子内の32 塩基の欠失変異)やCCR2 64I 変異がその代表的なものである。これらコレセプター遺伝子多型の他に、ケモカイン、サイトカイン関連遺伝子多型やヒトの組織適合抗原の多型性など、様々な宿主要因がエイズ発症速度に影響を及ぼすことが明らかになっている。

病原診断

 HIV 感染症の診断は、臨床知見(指標疾患)による臨床診断に加え、検査室レベルでの診断が行われる。実験室診断は(1)HIV 抗体の検出(エライザ(ELISA)法や粒子凝集法(particle agglutination,PA 法)、(2)ウイルス抗原の検出(HIV gag 蛋白質p24 アッセイ)、(3)HIV ゲノムDNA/RNA 検出(PCR 法、血漿あるいは血清中のウイルス量の定量のためのamplicore monitor法、NASBA 法、b‐DNA 法など)、(4)ウイルス分離、の4 つの方法によって行われる。HIV 感染症の診断は一般にHIV 抗体検査による。HIV 抗体スクリーニング検査法(酵素抗体法(ELISA)、粒子凝集法(PA )など)の結果が陽性で、かつ(1) 抗体確認検査(Western Blot法、蛍光抗体法(IFA))あるいは、(2) HIV 抗原検査、ウイルス分離及び核酸診断法(PCR等)等の病原体に関する検査(「HIV 病原検査」)で陽性である場合、HIV 感染と診断できる。
 ただし、周産期に母親がHIV に感染していたと考えられる生後18 カ月未満の児の場合は、HIVの抗体スクリーニング法が陽性であり、また、(1) 「HIV 病原検査」が陽性、あるいは(2) 血清免疫グロブリンの高値に加え、リンパ球数の減少、CD4 陽性T リンパ球数の減少、CD4 陽性T リンパ球数/CD8 陽性T リンパ球数比の減少という免疫学的検査所見のいずれかを有する場合にHIV 感染症と診断される(母体由来のIgG 抗体が胎盤を通過できるため、この移行抗体が完全に消失するまでの生後15カ月程度までは、児の抗体検査からは感染の有無を判断できない)。
 最近の検査法の発展として特記すべきは、血漿/血清中のウイルス量(ウイルス・ロード)の検出・定量が、アンプリコア法やb‐ DNA 法などの市販キットによって日常的に可能となったことである。ウイルス量のモニタリングにより、治療効果の客観的な評価を随時行うことができるようになり、エイズ治療の評価・方針決定に大きな進展がもたらされている。
 またこの方法は、献血の安全性の確保のためにも応用され、実用化されている。ウインドウ期にあたるHIV 感染初期には一過性のウイルス血症があり、末梢血中に105 〜6/ml におよぶウイルス粒子が出現することから、献血のために他の血液とプール、希釈された後においても、ウイルスRNA を高感度に検出できる。このような核酸増幅法(NAT法)の導入によって、実際2000年度には3 件のウインドウ期にある献血者が未然に発見され、輸血用血液の安全性の確保に大いに役立っている。
 章末に感染症法におけるHIV 感染症およびエイズの診断基準、およびその取り扱いの詳細が掲載されているので参考にされたい。

治療・予防
 エイズ治療はこれまでの10年間で急速な進歩をとげ、感染者に大きな福音をもたらしている。AZT (azidothymidine)を代表とする逆転写酵素阻害剤(reverse transcriptase inhibitor, RTI)に加え、近年、優れたプロテアーゼ阻害剤(protease inhibitor, PI)が開発され、逆転写酵素阻害剤2 種とプロテアーゼ阻害剤(あるいは非ヌクレオシド系逆転写酵素阻害剤)1種との組み合わせによる多剤(3 剤)併用療法(highly active antiretroviral therapy, HAART)が奏効している。この治療法の導入により、先進国における日和見感染症の頻度や、エイズによる死亡者数が95 年以来40%も減少してきている。
 標準的な治療開始の基準は、これまで血漿中ウイルス量5,000〜20,000コピ−/ml 以上、CD4 陽性リンパ球500/mm3 以下が目安となっていたが、副作用の問題や、さらに有効性の高い薬剤の開発が進んでいることから、現在はCD4 陽性リンパ球200/mm3 (350/mm3 )以下と、治療開始をなるべく遅らせる方向にある。

 治療に用いられる抗ウイルス剤の構造と、推奨される薬剤の組み合わせを図6 に示す。しかし、薬剤へのアドヒランス(投薬スケジュールを厳密に遵守することが、副作用、服薬条件等の問題で必ずしも容易でないこと)、耐性の問題などから、米国においても、これまで年々半減してきた死亡数の減少が頭打ちになりつつある。

図6. HIV 感染症に対する3 剤併用療法に用いられる抗HIV 剤とそれらの推奨される組み合わせ

今後、さらに副作用の少ない、服用しやすい(現行のHAART では薬の服用が空腹時、食後、食間、薬によっては多量の水分補給が必要など、非常に煩瑣である)新薬の開発や服薬条件の工夫・改善などが必要と考えられる。また、多剤併用療法は決して根治的療法ではなく、血中のウイルス量が検出限界以下となっても、依然リンパ節、中枢神経系などにウイルスが駆逐されずに残存(latent reservoir)することが知られており、服薬を中止すると直ちにウイルスのリバウンドが起こってくる。このように、薬物療法には依然改善すべき様々な問題点が残されており、新薬の開発だけでなく、エイズ発症のメカニズム(AIDS pathogenesis )に関するより深い理解に向けた基礎研究が急務となっている。

 エイズ治療のもう一つの重要な領域が、エイズに伴う種々の日和見感染症に対する治療法の発展で、特に、欧米での流行の初期のエイズの主要な死因であったカリニ肺炎に対する特効薬であるペンタミジン吸入による実質的な患者の延命効果はその代表的な例である。表3 にエイズに合併する様々な日和見感染症に対する薬剤をまとめる。

表 3. エイズに合併する日和見感染症に対する予防・治療薬

 HIVの感染予防の鉄則は、他の感染症と同様に感染経路を断つことである。HIV の感染経路は、1 .経血液、2 .性的接触、3 .母子感染の3 種(その他、臓器・角膜移植などによる稀な感染例が知られている)であり、感染予防の基本はこれら3 経路を遮断することにある。蚊による刺咬や、握手、抱擁、軽いキスなどの日常的な接触(カジュアル・コンタクト)によっては感染しない。
 個々の経路による感染予防の方法は次のようである。
 1 .経血液経路の遮断:汚染血液・血液製剤による輸血の危険を回避するための血液スクリーニング。薬物乱用者との薬物の回し打ち(ニードル・シェアリング)を行わないこと。我が国ではさらに、検査目的で献血が行われることのないような体制作りと啓蒙活動が必要と考えられる。
 2 .セーフ・セックスの実行:コンドームの使用。不特定多数のパートナーとの性交渉を避ける。感染のリスクの高い肛門性交をさけることなど。
 3 .母子感染の防止策:感染した母体から約30%の頻度で児に感染するが、感染母体および出生児への抗ウイルス薬(AZT やネビラピン)の投与によって、感染を防ぐことができる。エイズは依然その拡がりを制御することが困難な病気であるが、少なくとも、母子感染による次世代の感染に関していえば、現在の医学によってすでに予防可能な状況となっている。
 感染予防の究極の方法はワクチンである。しかし、HIV が抗原構造の多様性と著しい変異性を示すこと、HIV が免疫応答の中枢にあるヘルパーT細胞そのものを破壊することなどに加えて、ワクチン開発研究のための優れた動物モデルがないことなど様々な要因から、ワクチンの実用化の目途はまだたっていない。新たな感染の90%が高価な薬物療法の恩恵を享受できない開発途上国に発生していることを考えると、有効なワクチンの一日も早い開発が望まれる。

発生動向調査について
 感染症法に基づき、エイズ・HIV 感染者の発生動向は、毎3カ月間隔で厚生労働省が主催するエイズ動向委員会(委員長 吉倉 廣 国立感染研所長)によって、各都道府県を通じて厚生労働省に報告された過去3 カ月間の症例を集計した結果に基づき分析がなされ、公表される。集計結果は、性別・感染原因、性別・年齢、性別・感染地域等のカテゴリー別にまとめられ、発生動向が多角的に分析され、厚生労働省ホームページ(http://www.mhlw.go.jp)に掲載される。

感染症法における取り扱い(2003年11月施行の感染症法改正に伴い更新)
 後天性免疫不全症候群は5類感染症全数把握疾患に定められており、診断した医師は7 日以内に最寄りの保健所に届け出る。報告のための基準は以下の通りとなっている。

1 HIV 感染症の診断
 1 .HIV の抗体スクリーニング検査法〔酵素抗体法(ELISA )、粒子凝集法(PA )、免疫クロマトグラフィー法(IC )等〕の結果が陽性であって、以下のいずれかが陽性の場合にHIV 感染症と診断する。
 (1)抗体確認検査〔Western Blot 法、蛍光抗体法(IFA )等〕
 (2)HIV 抗原検査、ウイルス分離及び核酸診断法(PCR 等)等の病原体に関する検査(以下、「HIV 病原検査」という。)
 2 .ただし、周産期に母親がHIV に感染していたと考えられる生後18 カ月未満の児の場合は少なくともHIV の抗体スクリーニング法が陽性であり、以下のいずれかを満たす場合にHIV 感染症と診断する。
 (1)HIV 病原検査が陽性
 (2)血清免疫グロブリンの高値に加え、リンパ球数の減少、CD4 陽性T リンパ球数の減少、CD4陽性T リンパ球数/CD8 陽性T リンパ球数比の減少という免疫学的検査所見のいずれかを有する。

2 AIDS の診断
 1 の基準を満たし、3 の指標疾患(Indicator Disease )の1 つ以上が明らかに認められる場合にAIDS と診断する。

3 指標疾患(Indicator Disease )
A .真菌症
 1.カンジダ症(食道、気管、気管支、肺)
 2.クリプトコッカス症(肺以外)
 3.コクシジオイデス症
   1)全身に播種したもの
   2)肺、頸部、肺門リンパ節以外の部位に起こったもの
 4 .ヒストプラズマ症
   1 )全身に播種したもの
   2 )肺、頸部、肺門リンパ節以外の部位に起こったもの
 5 .カリニ肺炎
   (注)原虫という説もある
B .原虫症
 6 .トキソプラズマ脳症(生後1 か月以後)
 7 .クリプトスポリジウム症(1 か月以上続く下痢を伴ったもの)
 8 .イソスポラ症(1 か月以上続く下痢を伴ったもの)
C .細菌感染症
 9 .化膿性細菌感染症(13 歳未満で、ヘモフィルス、連鎖球菌等の化膿性細菌により以下のいずれかが2 年以内に、二つ以上多発あるいは繰り返して起こったもの)
 1 )敗血症
 2 )肺炎
 3 )髄膜炎
 4 )骨関節炎
 5 )中耳・皮膚粘膜以外の部位や深在臓器の膿瘍
 10 .サルモネラ菌血症(再発を繰り返すもので、チフス菌によるものを除く)
※11 .活動性結核(肺結核又は肺外結核)
 12 .非定型抗酸菌症
   1 )全身に播種したもの
   2 )肺、皮膚、頸部、肺門リンパ節以外の部位に起こったもの
D.ウイルス感染症
 13 .サイトメガロウイルス感染症(生後1 か月以後で、肝、脾、リンパ節以外)
 14 .単純ヘルペスウイルス感染症
   1 )1 か月以上持続する粘膜、皮膚の潰瘍を呈するもの
   2 )生後1 か月以後で気管支炎、肺炎、食道炎を併発するもの
 15 .進行性多巣性白質脳症
E .腫瘍
 16 .カポジ肉腫
 17 .原発性脳リンパ腫
 18 .非ホジキンリンパ腫
    LSG 分類により
    1 )大細胞型
      免疫芽球型
    2 )Burkitt 型
※19 .浸潤性子宮頸癌
F .その他
 20 .反復性肺炎
 21 .リンパ性間質性肺炎/肺リンパ過形成:LIP/PLH complex (13 歳未満)
 22 .HIV 脳症(痴呆又は亜急性脳炎)
 23 .HIV 消耗性症候群(全身衰弱又はスリム病)

 ※C11 活動性結核のうち肺結核及びE19 浸潤性子宮頸癌については、HIV による免疫不全を示唆する症状または所見がみられる場合に限る。
《備考》
 報告のための基準は、サーベイランスのための診断基準であり、治療の開始等の指標となるものではない。近年の治療の進歩により、一度指標疾患(Indicator Disease )が認められた後、治療によって軽快する場合もあるが、発生動向調査上は、報告し直す必要はない。しかしながら、病状に変化が生じた場合(無症候性キャリア→AIDS 、AIDS →死亡等)には、必ず届け出ることが、サーベイランス上重要である。
 なお、報告票上の記載は、
   1 )無症候性キャリアとは、1 の基準を満たし、症状のないもの
   2 )AIDS とは、2 の基準を満たすもの
   3 )その他とは、1 の基準を満たすが、2 の基準を満たさない何らかの症状があるものを指すことになる。


(国立感染症研究所エイズ研究センター 武部 豊)

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この記事は、2000年第23週 掲載を改訂して発行しました。

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