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2002年第38週号(2002年9月16日〜9月22日)掲載


◆成人T細胞白血病

 成人T細胞白血病(ATL)は、幼少時に母乳を介し母親から感染したhuman T‐lymphotropic virus type 1(HTLV‐1)キャリアにのみ発症する。ATL はHTLV‐ 1キャリアに5〜10%の頻度で発症し、2年以内にほとんど死亡する。全国のキャリア数は約100 万人、ATL 発症数は年間約700 例といわれる。
 ATLの治療は依然としてはかばかしくなく、ATL の予防には感染予防が最善の方法と思われる。

疫 学

 沖縄、鹿児島、宮崎、長崎各県のキャリア率は約5%で、世界的にみても最もHTLV‐1地域集積性が強い。これらの人口は日本全国の約4.6%であるが、国内キャリアの1/3 を占める。人口比約1%(約150 万人)の長崎県では、全国平均の10 倍、年間約70 例の発症と死亡が確認され、他のすべての白血病とリンパ腫の合計に匹敵する。大都市ではキャリアの多くは高浸淫地出身者の子孫で、そこでの率は低いが絶対数は全国の約半数である。

 ここで長崎県を対象とし、21 世紀のATL について考えてみよう。妊婦のキャリア率は、1945 年出生者の約8%から、1975年出生者の約2%に、対数上直線的に減少した(表1)。1987年出生者のキャリア率は1.0%まで低下したと推定される。スクリーニング参加率、人工栄養・短期/長期母乳哺育の選択率を1987 年以降に当てはめると、2010, 2020 年には、キャリアとして検出される母親数は約100 および60 例と推定され、ATL 発症に至る感染は年間1 例以下となり、21 世紀後半には長崎県からATLは駆逐されることも予想される。

出生年
キャリア率(%)
1950
6.05
1960
3.72
1970
2.28
1980
1.40
1990
0.35
2000
0.15
2010
0.06

表1. 長崎県の妊婦キャリア率
(1970 以降は推定値)

病原体・病態

 ヒトレトロウイルスHTLV‐1は逆転写後DNA となり、CD4 +T細胞の遺伝子DNA に組み込まれ、プロウイルスとなる。プロウイルス遺伝子は発現し、体内で二次感染を生ずるため感染細胞は多クローン性である(図1A)。不死化感染細胞の大部分はウイルス遺伝子発現をしない。無限増殖もせず、腫瘍細胞でもない。Tax 蛋白による多彩な細胞遺伝子発現制御異常で感染細胞は不死化する。ごく一部の細胞は遺伝子発現し、宿主に抗原刺激を行い、キャリアの診断マーカー、抗体を維持する。免疫監視機構は抗原発現細胞を速やかに排除する。感染細胞は生涯消えず、感染者をHTLV‐1 キャリアという。

図1. キャリア体内のCD4 +T 細胞
A :キャリア。多クローン性の感染細胞。
B :腫瘍細胞のクローンが出現。
C :ATL 。腫瘍細胞が単クローン性に増殖している。

 ATL は、幼少時に母乳を介し母親から感染したHTLV‐1 キャリアにのみ発症する。成人感染の確証があるATL 例は、白血病の治療、移植など高度の免疫不全症例しかない。CD4 + T感染細胞が数種類の突然変異で腫瘍化し(図1B)、単クローン性に増殖したのがATL である(図1C)。単クローン増殖までの突然変異集積の機構は不明である。近年、60〜70歳代の患者が最も多い。TSP/HAM やぶどう膜炎などの自己免疫性疾患は慢性に経過し、それ自体致命的になることは比較的少ない。自己免疫性疾患は成人感染によっても発症するが、生涯発生率はATL より少ない。

HTLV‐1の感染経路
 HTLV‐ 1感染には感染細胞が他のT細胞に接触することが必要で、母乳を介するもの以外の感染経路は、血液の移入(輸血、臓器移植、注射)と性交に限定される。文献的には、輸血により約60%感染するとされているものの、我が国では1987 年に輸血用血液のスクリーニングが導入されて以来、輸血感染は消滅している。性交による感染は、結婚後2 年で20%程度に男性から女性に感染するという。
 我々の調査では、キャリア母親の子供の約20%に感染を認めた。作業仮説「HTLV‐1の地域内伝播の大部分は母乳を介した母子感染である」は、「感染母乳なしには感染しない」で証明できる。予測される母子感染と将来のATL 発症も予防できよう。長崎大学医学部倫理委員会の承認後、1987 年より長崎県ATL ウイルス母子感染防止研究協力事業(ATL Prevention Program, [APP] ,Nagasaki )を人口150 万人の長崎県を対象として長崎県、長崎大学、日本母性保護医協会長崎県支部、日本小児科医会長崎県支部の協力によって開始した。

 キャリア母乳から毎日約10 6個が児に移行する。APP 開始後も長期母乳哺育群の感染率約20%を確認し(図2)、出生年別妊婦の抗体陽性率から計算した感染率も24%であった。これに対して、人工栄養児への感染は24/747 (3.2%)で(P <0.001)、感染の83%を予防した(図2)

図2. 栄養方法によるHTLV‐ 1 母子感染率の相違

 人工栄養児の感染は出産時の感染と思われる。人工栄養児のうちキャリアになった児8 例はすべて臍帯血中HTLV‐ 1感染細胞陰性であった。HCV 母子感染では、子宮収縮による少量輸血が主役と考えられる。HCV 血中濃度が2 ×10 6 copies/mL 以上で、破水後の出産時間が長い母親の約40%はHCV母子感染をおこし、計画的帝王切開では皆無だった。HTLV‐1でもその可能性は高いが、人工栄養児のATL 発症率は0.2%未満で、計画的帝王切開の適応はない。
 Takahashiらは、6カ月未満の短期母乳哺育群の感染率4.4%(4/90)は、長期母乳哺育群の14.4%(20/139)より低いと報告した(P=0.018)。短期間母乳と人工栄養に有意な差は認めなかった(少数例に過ぎた)。この報告から、短期母乳哺育は人工栄養と同じくらい安全であると解釈した人は多いが、長崎の観察では、短期母乳哺育群の11.4%(4/35)は、人工哺育群の3.2%に比較して有意に高く(P=0.032)、短期母乳哺育はより危険率が高いと示された。研究途中のデータは慎重に解釈すべきである。


診断

 キャリアの診断は抗体検査による。臨床的に白血病、リンパ腫を疑った場合のATL 診断は、抗体陽性、血液像、HTLV‐1 感染細胞の単クローン性増殖を調べるsouthern blotting による。進行ATL の患者ではLDH,sIL‐ 2R, Ca ++が上昇する。一部には、かなり早期から免疫不全の兆候を認める。


治療・予防
 急性型ATL の治療成績は依然として良くない。G‐ CSF を加えた多剤化学療法(LSG15)でも50%生存期間は約1 年にすぎない。最近では、同種幹細胞移植による好成績が出始めたが、大部分の高齢患者は骨髄移植の適応外になる。「くすぶり型や慢性型は経過観察する」が多数意見である。
 ATL発症頻度は低く、感染予防は必要ないという意見があるが、感染児の発症率5〜10%は日本の交通事故死危険率の数倍である。母乳哺育を信奉する医師は多いが、母乳で感染した場合の母親の苦痛は以後数十年間続くであろうし、子供が将来どう考えるかも問題である。HTLV‐1感染細胞は、56 ℃30分の加熱、又は凍結(一晩)で処理できる。いずれでも、直接授乳はできない。哺育方法は、これらの事実をふまえた上で母親の選択に任せる。担当の医師がバイアスの少ない十分な情報を与えることを願うのみである。
参考:http://virus.med.tottori‐ u.ac.jp の下「ATL を予防する」

 

(鳥取大学医学部ウイルス学教室 日野茂男)

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