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2002年第20週号(2002年5月13日〜5月19日)掲載


◆ マラリア

 マラリアのなかの熱帯熱マラリアは迅速かつ適切な対処をしないと、短期間で重症化あるいは 死亡に至る危険がある(重症マラリア)。マラリアは亜熱帯・熱帯地域の住民におけるmorbidity (病気になることにより、個人レベル・集団レベルで様々な影響を蒙ること)およびmortality として重 要度の高い疾患である。一方、非流行地からの旅行者のマラリアに関しては、流行地住民のマ ラリアとは異なる視点でのアプローチも必要である。

疫 学
 マラリアは世界で100 カ国以上にみられ、世界保健機関(WHO )の推計によると年間3 〜5 億人の罹患者と150 〜270 万人の死亡者があるとされる。この大部分はサハラ以南アフリカにおける5歳未満の小児である。サハラ以南アフリカ以外にも、アジア特に東南アジアや南アジア、パプアニューギニアやソロモンなどのオセアニア、中南米などにおいても多くの発生が見られる。旅行者が帰国してから発症する例も年間3 万人程度あるとされ、なかには熱帯熱マラリアで診断や治療の開始が遅れて死亡する例もあり、問題となっている。
 国内でも、第二次大戦後特に引き揚げ者の持ち込みにより三日熱マラリアの発生があり、1947年には約12,000 例の報告がみられたが、その後は報告数が急激に減少し、国内での伝播は見られなくなった。その後の問題として浮かび上がったのが輸入マラリアである。1999 年4 月施行の「感染症法」以前の伝染病予防法での届出によると、1990 年代には年間50 〜80 人で推移していたが、一方、「輸入熱帯病・寄生虫症に対するオーファンドラッグの臨床評価に関する研究」班は独自のアンケート調査にて、1990 年代の発生数として年間100 〜125 例を把握していた。「感染症法」の施行以後、報告数は増加し、1999 年4 〜12 月には120 例、2000年1〜12月には152例に達した。2001年1〜12月は105例(2002年5月21日現在報告数)に減少したが、これは米国での同時多発テロ以降海外旅行者が減少したことによると考えられる。

病原体
 病原体はPlasmodium 属の原虫であるが、ヒトに疾患を起こすのは熱帯熱マラリア原虫(P. falciparum )、三日熱マラリア原虫(P. vivax)、卵形マラリア原虫(P. ovale)、四日熱マラリア原虫(P. malariae )の4 種類である。
 マラリア原虫は、媒介動物であるハマダラカ(Anopheles )の唾液腺にスポロゾイトとして集まる。メスのハマダラカは産卵のために吸血を行うが、その際に唾液を注入するので、その中のスポロゾイトが体内に侵入する。血中に入ったスポロゾイトは45 分程度で肝細胞内に取り込まれて分裂を開始し、一つの肝細胞での分裂小体(メロゾイト)が数千個になった段階で肝細胞を破壊して血中に遊離される。メロゾイトは赤血球に侵入し、輪状体(早期栄養体)、栄養体(後期栄養体、あるいはアメーバ体)、分裂体の経過をたどり、8 個〜32 個に分裂した段階で赤血球膜を破壊して遊離し、メロゾイトは新たな赤血球に侵入して上記のサイクルを繰り返す。これが無性生殖のサイクルである。三日熱マラリア原虫と卵形マラリア原虫の場合には、肝細胞内で直ちに分裂を開始することなくしばらく潜んでしまう休眠原虫も形成され、これが後になって分裂を開始して血中に放出されると再発を生ずることになる。
 無性生殖を繰り返しているうちに、一部の原虫は雌雄の区別がある生殖母体(有性原虫)ヘと分化する。これは人体内では合体受精をしないが、ハマダラカに吸われるとその中腸内で合体受精して最終的にオーシストとなり、その中に多数のスポロゾイトが形成され、それらが唾液腺に集積する。

臨床症状
 流行地で生まれ育ち、何度もマラリアに罹患して多少の免疫を得ている者(semi‐immune )では発熱などの症状が軽度かみられないこともあるが、我々流行地に住んでいない者では免疫が得られず(non‐immune)、発熱は必発であると言ってよい。発熱には殆ど悪寒を伴うが、戦慄は必ずしもみられるものではなく、特に熱帯熱マラリアではみられないこともある。発熱にともない、倦怠感、頭痛、筋肉痛、関節痛などがみられることも多い。時には発熱以外に腹部症状すなわち悪心・嘔吐、下痢、腹痛や、呼吸器症状すなわち乾性咳嗽がみられることもある。
 一般検査所見では血小板減少、LDH 上昇、総コレステロール(特にHDL‐ コレステロール)低下、血清アルブミン低下などが高頻度にみられる。貧血は長期化するとみられるが、病初期にはみられないことも多い。熱帯熱マラリアで重症化すると脳症、腎症、肺水腫/ARDS (図1)、DIC 様出血傾向(図2)、重症貧血、代謝性アシドーシス、低血糖、黒水熱(図3)などの種々の合併症を生じる。これらの症状については、WHO の重症マラリア治療のガイドラインに詳しい(Trans. R. Soc. Trop. Med.Hyg.,94 (Supple.1), 2000 )。低血糖は脳症に合併することが多く、脳症の意識障害とみなされて見逃されがちなので注意する必要がある。
図1. 重症マラリア症例における肺水腫/ARDS の胸部レ線像
両肺野全体に異常陰影があるが、特に右肺に顕著である。
図2. 重症マラリア症例における出血傾向
左上肢に広範な出血斑がみられる。
図3. 重症マラリア症例における高度
の血色素尿、すなわち黒水熱

病原診断
 血液塗抹標本をギムザ染色し、光学顕微鏡で検査する方法(顕微鏡法)がgold standardである。塗抹標本には厚層塗抹と薄層塗抹があり、前者の場合には蒸留水で溶血させてからメタノール固定、ギムザ染色を行う。理論上は厚層塗抹の方が多くの血液量を検査できるので診断感度が高いと言えるが、実際上は原虫の形態の判読が容易でないことがあり、通常は薄層塗抹標本をじっくり観察することが推奨される。陰性の判定をどの段階でするかが問題となるが、薄層塗抹標本で視野を動かしながら白血球もカウントしていき、通常の白血球数の検体であれば白血球300〜400個程度の視野を観察して原虫が全く認められない場合、一応陰性と判定する。原虫が認められた場合には原虫種の判定を行うが、成書に記載されている鑑別点を参考にする。熱帯熱マラリア原虫とそれ以外のマラリア原虫との区別は必須である。
 熱帯熱マラリアでは通常輪状体のみで、数が少ないときなど見逃しやすい。したがって、他の 検査手段、抗原検出法やPCR 法などを併用することが望ましい。理論上は顕微鏡法が検出感度がもっとも優れているはずである。なぜならば、一定量の血液中に原虫が一個でもあれば、その血液を丹念に全部見れば検出できるはずであるから。ところが実際は、顕微鏡法で見られる血液量は非常にわずかであり、他の方法では多い血液量を測定できるので実際上の検出感度が高いということになる。
 抗原検出法には大別して2 種類あり、一方は熱帯熱マラリア原虫のhistidine‐rich protein 2(HRP2)を主体に検出し、他方はマラリア原虫特異的LDH (pLDH)を検出する。前者のキットとしてはNow ICT Malaria P.f/P.v (Binax 社)があり、後者としてはOptiMAL (Flow 社)があるが、両者ともに国内では販売されていない。両者ともに熱帯熱マラリア原虫とそれ以外の3 種のマラリア原虫を区別して検出する。熱帯熱マラリア原虫の検出には、一般にHRP2 検出系の方がpLDH 検出系よりも優れている。
 PCR 法としては種々の研究室で種々の方法が開発されているが、岡山大学綿矢および湧永製薬山根らの開発になる方法(PCR‐ MPH 法)は優れている。ある程度の設備と技術が必要ではあるが、4 種類のマラリア原虫を区別して感度良く検出でき、顕微鏡法を補うものとして、あるいは顕微鏡法の技術を高めるものとして有用である。
 しかし、診断に熟練していない医療機関ではいたずらに診断を試みるのでなく、速やかに専門機関に相談したり、患者の紹介をするべきである。

治療・予防
 三日熱マラリア、卵形マラリア、四日熱マラリアでの急性期治療としてはクロロキンが用いられるが、三日熱マラリアではパプアニューギニア、ソロモンなどで軽度のクロロキン耐性も出現していることを念頭におく。クロロキンが入手不可能な場合などではスルファドキシン/ピリメタミン合剤(ファンシダール)、メフロキン(メファキン)などを用いてもよい。三日熱マラリアと卵形マラリアの場合、急性期治療が成功した後、肝臓に潜む休眠原虫を殺滅する根治療法を行うが、これにはプリマキンを用いる。
 熱帯熱マラリアではクロロキン耐性が進行しているので、クロロキン以外の薬剤を用いるべきである。スルファドキシン/ピリメタミン合剤も耐性が進行しつつあり、好ましくない。タイ・カンボジアあるいはタイ・ミャンマーなどの国境地帯の感染でなければ、メフロキンを使うのは一つの選択である。欧米では経口キニーネとドキシサイクリン、あるいはクリンダマイシンとの併用も行われる。
アトバコン/プログアニル合剤(Malarone)も薬剤耐性熱帯熱マラリアに有効である。欧米ではアーテメーター/ルメファントリン合剤(Riamet)が使われ始めており、今のところ評判はよい。
 重症マラリアでは非経口的な投与が必要であり、注射用キニーネがもっとも信頼されているが、最近ではアーテミシニン誘導体の注射や坐薬が用いられることがある。
 上記においては禁忌、副作用などの記述を省略したが、実際にはそれらの知識が必要である。
また、国内で販売されている抗マラリア薬は経口キニーネ、ファンシダール、メファキンの3 種類のみであり、「熱帯病に対するオーファンドラッグ開発研究」班(筆者が班員)が輸入・保管している薬剤(表1)が必要になることも多い。これらの薬剤と保管機関・担当者は当感染症情報センターホームページに掲載されている(http://idsc.nih.go.jp/index‐j.html より、[旅行医学]→[Malaria Web])。この体制により国内でもマラリア治療が十分できるようになっているが、その認識が行き渡ってない部分があるのは残念である。
 重症マラリアでは適切な抗マラリア薬治療以外に、合併症の病態に応じた適切な支持療法も重要である。詳細はWHO のガイドライン(Trans. R. Soc.Trop. Med. Hyg.,94 (Supple.1), 2000)の記載にゆずるが、欧米での最近の傾向として交換輸血が積極的に行われ、しかも評価されていることが挙げられる。
 予防の3 原則は、1)蚊による刺咬を避けること、2)薬物予防(予防的に抗マラリア薬を服用すること)、3)スタンバイ治療(マラリアが疑われるときに自らの判断で抗マラリア薬を服用すること)であるが、1)はマラリア流行地ヘ行く場合に必ず行うべきことであり、2)と3)は状況を十分に検討して、抗マラリア薬の副作用を上回るメリットがあると判断される場合に行う、いわばオプションと考えるべきものである。これには、個々の状況でのマラリア特に熱帯熱マラリアに罹患する危険性の判断、また、抗マラリア薬の副作用について種々の意見が出されているが、それをどう認識するか、などが大きく影響する。この種の問題は新しい専門分野である「旅行医学」において絶えず議論されており、マラリア予防に携わる医療従事者は旅行医学に関係することが望まれる。

感染症法における取り扱い
 
マラリアは4 類感染症全数把握疾患であり、診断した医師は7 日以内に最寄りの保健所に届け出る。届出のための基準は以下の通りである。
 診断した医師の判断により、症状や所見から当該疾患が疑われ、かつ、以下のいずれかの方法によって病原体診断がなされたもの。
  ・病原体の検出
   例、血液塗抹標本による顕微鏡下でのマラリア原虫の証明と、鏡検による虫種の確認など
  ・病原体の遺伝子の検出
  例、PCR 法など


(国立感染症研究所感染症情報センター 木村幹男)

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この記事は、2005年第4週 にて改訂しました。

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この記事は、2000年第27週 掲載を改訂して発行しました。
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